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冗談で作った秘密結社が世界最大企業になっていた ~平凡な学生を演じる創設者の俺は、今さら全部作り話だったと言い出せない~  作者: てへろっぱ


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9/17

第9話 世界を動かす最高幹部たちは、一般店員のふりが下手すぎる

ストックの都合上明日の投稿から1日1話に投稿頻度が下がりますご了承ください。

18時~20時頃を予定してます。皆様宜しくお願いします。



 世界最大の秘密結社が用意した、俺専用の地下居住区。


 その中央に置かれた予定表には、こう書かれていた。


 ――アレン様、新居入居記念晩餐会。


 ――午後七時開始。


 ――宿泊予定者、十一名。


「今日はトーマと買い物に来ただけなんだけどねー」


 俺がそう告げると、十人の女性が一斉に沈黙した。


 セレス。


 ラグナ。


 ミコト。


 エルシア。


 ヴィオラ。


 そして、それぞれの側近であるリゼット、カレン、シズク、ノエル、クラリス。


 世界最大企業アウローラを動かす最高幹部たちが、深刻な表情で顔を見合わせている。


 まるで、世界の存亡を左右する問題が発生したかのようだ。


「アレン」


 セレスが慎重に口を開いた。


「そのトーマ・ベルクという学生との約束は、変更できないのでしょうか」


「先に一緒に回ろうって約束したからねー」


「私どもとの晩餐よりも?」


「どっちが大事という話じゃないよー」


「では、トーマ・ベルクも晩餐へ招待します」


 リゼットが即座に提案した。


「地下本部へ?」


「はい」


「俺の正体がばれるよー」


「入場時から退場時まで目隠しを施します」


「食事ができないんじゃないかなー」


「口元だけ開けます」


「怖すぎるよー」


 リゼットは本気だった。


「ならば、我が地上へ行って事情を説明してくる!」


 ラグナが拳を握る。


「アレンは今夜から地下本部へ住む! 貴様は一人で帰れ、と!」


「絶対に駄目だよー」


「なぜだ!?」


「友達を脅したら駄目だからねー」


「脅すつもりはない! 丁寧に命令する!」


「それを脅すって言うんだよー」


「では、私が交渉します」


 ヴィオラが優雅に足を組む。


「トーマ・ベルクへ、アレンを一晩借りる対価として金貨千枚を――」


「友達をお金で買収しないでねー」


「少ないかしら?」


「金額の問題じゃないよー」


「ならば、彼の実家の商会へ《アウローラ》との独占契約を」


「もっと駄目だねー」


 ヴィオラが不思議そうに首を傾げる。


 国家間の交渉では無敗らしいが、友人同士の約束は専門外らしい。


「創設者様」


 シズクが俺の前へ進み出る。


「トーマ・ベルクは現在、地上中央広場の長椅子へ座っています」


 空中に魔法映像が表示される。


 荷物を置いたトーマが、開業記念演奏会を見ながら俺を待っていた。


「待機開始から七分四十二秒」


「もう戻らないとねー」


「売店で飲み物を二つ購入しています」


「俺の分も買ってくれたんだねー」


「はい」


 トーマは、自分の隣へもう一つの飲み物を置いていた。


「……ご友人との約束を破らないことも、創設者様の理念なのでしょうか」


 セレスが静かに尋ねる。


「理念ってほどじゃないよー。待たせたら悪いからねー」


 十人の表情が変わった。


 なぜか全員が、また感動したように俺を見ている。


「世界の頂点に立たれても、一人のご友人との約束を軽んじない」


 クラリスが柔らかく微笑む。


「アレン様らしいお考えでございます」


「普通じゃないかなー」


「普通ではありません」


 セレスがはっきりと否定した。


「権力を得た者ほど、自分の都合を優先するものです」


「それは大変だねー」


「他人事ではありません。あなたは世界最大企業の創設者なのですよ」


「今日は普通の学生だからねー」


「……承知しました」


 セレスは少し寂しそうにしながらも、頷いた。


「今夜の晩餐会は延期します」


「延期なんだねー」


「中止ではありません」


 即答だった。


「アレン様の予定を確認し、改めて開催します」


 リゼットが手帳へ記入する。


「今後百八十日間の学院行事と、トーマ・ベルクの予定を取得済みです」


「どうしてトーマの予定まで持ってるのかなー」


「日程調整に必要ですので」


「本人にも聞いてあげてねー」


「検討します」


「聞くとは言わないんだねー」


 俺は地上へ戻るため、昇降魔道具へ向かった。


「それじゃあ、またねー」


「お待ちください!」


 ノエルが元気よく手を上げる。


「私たちも地上へ行きます!」


「みんなで?」


「せっかくアレン様が施設へ来てくださったのに、地下で待っているだけなんて寂しいです!」


「仕事があるんじゃないかなー」


「開業初日の運営状況を、現場で確認します!」


「それなら仕方ないねー」


「はい!」


 ノエルが嬉しそうに両手を上げた。


 それを見たリゼットが、静かに告げる。


「最高幹部と側近が同時に地上へ出れば、一般客の注目を集めます」


「変装すればよい!」


 ラグナが自信満々に言った。


「我は潜入任務も得意だぞ!」


「閣下が過去に行った潜入任務の成功率は、十一パーセントです」


 カレンが指摘する。


「九回に一回は成功しているではないか!」


「誇れる数字ではありません」


「今回は、エルシアが偽装魔法を担当すれば問題ないでしょう」


 ミコトが提案する。


「外見と魔力を変更すれば、一般社員として地上へ出られます」


「目的は現場視察です」


 セレスが強調する。


「アレンの後をついて回るためではありません」


「もちろんです」


 全員が答えた。


 目を逸らしながら。


「絶対についてくるよねー」


「偶然、視察場所が重なる可能性はあります」


「十人全員の?」


「開業初日ですので」


 便利な言葉だった。


     ◇


 俺が地下百階から地上へ戻ると、トーマは中央広場の長椅子に座っていた。


「遅かったな、アレン!」


「ごめんねー。昇降魔道具が地下まで行っちゃってねー」


「地下?」


「間違えて従業員用の場所に入ったみたいだよー」


「怒られなかったのか?」


「少し施設の説明を受けたくらいかなー」


「十分近くも?」


「広かったからねー」


 嘘ではない。


 地下本部は、一つの都市に匹敵するほど広かった。


「ほら、飲み物」


「ありがとうー」


 トーマから冷たい果実水を受け取る。


「俺の分まで買ってくれたんだねー」


「お前の荷物を見ててもらってるからな。これくらい当然だろ」


「優しいねー」


「急に褒めるなよ。気持ち悪いだろ」


 トーマは照れたように顔を逸らした。


 俺たちは荷物を持ち、次の目的地である世界料理区画へ向かった。


 その少し後ろ。


 一般社員の制服を着た十人の女性が、一定の距離を保ちながら歩いていた。


 外見は偽装魔法によって変えられている。


 髪の色。


 瞳の色。


 角や翼、獣耳、尾まで隠されている。


 魔力も一般社員程度に抑えられていた。


 普通の人間が見ても、《アウローラ》最高幹部だとは分からないだろう。


 ただし、俺には全員が誰なのか分かった。


「ずいぶん視察の人が多いねー」


「そうか?」


 トーマが振り返る。


 十人は一斉に別の方向を向いた。


 セレスは壁の案内図を確認するふり。


 リゼットは通行人数を記録するふり。


 ラグナは柱の強度を確かめるふり。


 カレンはラグナを止めるふり。


 ミコトは新聞を読むふり。


 シズクは植木の影へ半分隠れている。


 エルシアは魔力灯を観察するふり。


 ノエルは店頭の花へ話しかけている。


 ヴィオラは高級店の品物を眺めるふり。


 クラリスだけが、完璧な笑顔でこちらへ一礼した。


「開業初日だから、社員さんも多いんだろ」


「そうかもしれないねー」


 俺は気づかないふりをして歩き続けた。


     ◇


 世界料理区画には、大陸中の料理店が並んでいた。


 東方の米料理。


 北方の煮込み料理。


 砂漠地方の香辛料料理。


 海沿いの魚料理。


 妖精族が作る花蜜菓子。


 竜人族が好む巨大な骨付き肉。


「どれにする?」


 トーマが目を輝かせる。


「迷うねー」


「全部食べよう!」


「お腹が壊れるよー」


 俺たちが料理店を眺めていると、一人の女性店員が近づいてきた。


 赤茶色の髪を肩まで伸ばした、背の高い女性。


 外見は変わっている。


 だが、歩き方と声量で誰なのか分かった。


「そこの学生!」


 ラグナだった。


「肉を食べろ!」


「接客の第一声が命令なんだねー」


「当店の肉料理は、身体を鍛えるのに最適だ!」


 ラグナは巨大な骨付き肉を両手で差し出す。


 一人前とは思えない大きさだった。


「すごい量だな!」


 トーマが喜ぶ。


「これで一人前ですか?」


「当然だ!」


「多すぎないかなー」


「アレンなら、この程度は――」


 ラグナの口を、隣から伸びた手が塞いだ。


「こちらは二名様用の盛り合わせです」


 青い髪の女性店員へ変装したカレンが、冷静に訂正する。


「閣下――店員が、説明を間違えました」


「店員なのに閣下って呼ばれてなかったか?」


 トーマが首を傾げる。


「当店では、責任者を閣下と呼ぶ文化がございます」


 カレンは一切動揺せず答えた。


「珍しい店だな」


「国外発祥ですので」


「どこの国ですか?」


「非常に遠い国です」


「名前は?」


「現在、外交上の理由から非公開です」


「料理店の出身国を外交機密にするのか……?」


 トーマは疑っていた。


「二人で食べるなら、ちょうどいいかもしれないねー」


 俺が骨付き肉を受け取る。


 ラグナの表情が一瞬で輝いた。


「よし! もっと持ってくる!」


「閣下」


 カレンが低い声で止める。


「二名様用と説明したばかりです」


「では、二つ目の二名様用だ!」


「四人になります」


「我とカレンも一緒に食べればよい!」


「勤務中です」


「休憩にする!」


「勝手に勤務時間を変更しないでください」


 カレンはラグナの襟首を掴み、店の奥へ引きずっていった。


「変わった店員さんたちだねー」


「お前、あの二人と知り合いじゃないよな?」


「初めて会ったと思うよー」


「思うって何だよ」


     ◇


 席を探して歩いていると、狐を模した飾りを髪につけた女性社員が声をかけてきた。


「開業記念の記念撮影はいかがですか?」


 ミコトだった。


 隣には、小柄なシズクもいる。


「無料ですか?」


 トーマが尋ねる。


「もちろんです。学生のお二人には、将来の思い出となる一枚をご提供しています」


「撮ろうぜ、アレン!」


「いいよー」


 俺たちは並んで立った。


 ミコトが撮影用魔道具を構える。


「では、今後もお二人で当施設へ来館されることを約束してください」


「写真を撮るのに約束が必要なのか?」


「記念撮影用の掛け声です」


「変わってるな」


「アレン。今後も来てくださいますね?」


「あー、そうだねー」


「いつ頃でしょう?」


「そのうちかなー」


「具体的な日付を」


「写真を撮るだけじゃなかったのかなー」


 ミコトの笑顔が引きつる。


 隣でシズクが記録板へ文字を書き込んだ。


「来館約束確保作戦、失敗」


「まだ失敗していません」


「成功率は三パーセントと予測していました」


「撮影前に言わないでください」


「結果は予測どおりです」


「あなたは私の部下ですよね?」


「はい」


「もう少し応援してください!」


「次回に期待しています」


「今してください!」


 トーマが俺へ顔を寄せる。


「さっきから変な店員ばかりじゃないか?」


「開業初日で緊張してるんだねー」


「全員、別の方向に緊張してる気がするぞ」


     ◇


 俺たちは料理を持って、窓際の席へ向かった。


 途中で、白い制服を着た女性が立っている。


 エルシアだ。


 隣ではノエルが、小さな花を配っていた。


「本日は、館内温度についてのアンケートを実施しています!」


 ノエルが元気よく近づいてくる。


「暑いですか? 寒いですか? それとも私たちと一緒に過ごしたいですか?」


「最後だけ種類が違わないか?」


 トーマが突っ込む。


「新しい選択肢です!」


「温度の話じゃないよねー」


「では、アレンさんはどれですか?」


「ちょうどいいかなー」


「一緒に過ごしたい、ですね!」


「選んでないよー」


「ノエル」


 エルシアが淡々と呼ぶ。


「結果を改竄してはいけません」


「エルシア様は、どれを選んでほしいですか?」


「一緒に過ごしたい」


「ご自身の希望が漏れています!」


「質問に回答しただけです」


 エルシアの周囲だけ、薄い霜が広がっている。


「この店員さん、どこかで見たことがある気がする」


 トーマがエルシアを見つめる。


 世界最高の魔導研究者として、その顔を新聞で見たのかもしれない。


 偽装魔法で外見は変えている。


 それでも、雰囲気までは完全に隠せない。


「有名な研究者に似てないか?」


「世の中には似た人がいるからねー」


「さっきから、それで全部済ませようとしてないか?」


「便利な言葉だよー」


     ◇


 ようやく席へ座ろうとしたところで、黒い給仕服を着た二人の女性が現れた。


 ヴィオラとクラリスだ。


「お客様」


 ヴィオラが大人の余裕を見せる笑みを浮かべる。


「一般席は混雑しておりますので、上階の特別客室をご用意いたしました」


「俺たちは学生ですよ?」


 トーマが戸惑う。


「開業記念の抽選へ当選されました」


「抽選した覚えがないんですけど」


「入館証の番号による自動抽選です」


「そうなんですか?」


「はい」


 ヴィオラは堂々と言い切った。


 背後でクラリスが小声で補足する。


「抽選制度は、三十秒前に導入されました」


「クラリス!」


「事実でございます」


「今、何か聞こえなかったか?」


 トーマが尋ねる。


「店員さん同士の確認じゃないかなー」


「特別客室には、大型浴場と宿泊設備もございます」


 ヴィオラが俺を見る。


「お食事のあと、そのままお泊まりいただくことも可能です」


「今日は寮に帰るよー」


「偶然、アレンさんの衣服と日用品も用意されています」


「どうして一般客の服があるのかなー」


「標準的な学生用です」


「俺の名前が刺繍されてるように見えるけどねー」


「同姓同名の学生向けです」


「寸法も俺と同じみたいだねー」


「偶然です」


 ヴィオラは目を合わせない。


「この施設、偶然が多すぎないか?」


 トーマが本気で怪しみ始めていた。


「開業初日だからねー」


「開業初日って、そんな万能な言葉だったか?」


「ところで、一般席が空いたようです」


 クラリスが柔らかく微笑み、空席を示した。


「そちらをご利用くださいませ」


「特別客室は?」


「アレン様――」


 クラリスの言葉が止まる。


「アレンさんが、ご希望ではないようですので」


「今、様って言いかけませんでした?」


 トーマが尋ねる。


「丁寧な接客を心がけておりますので」


「さんから様に変わることあるんですか?」


「気持ちが高ぶった際に」


「接客で?」


「はい」


 クラリスの笑顔は完璧だった。


 トーマはそれ以上追及できなかった。


     ◇


 俺たちは、ようやく二人で席へ座った。


 骨付き肉を分け、買った飲み物を飲む。


「味はどう?」


「うまい!」


 トーマは幸せそうに肉へかぶりついている。


「世界本部の料理っていうから緊張してたけど、思ったより気軽に来られるな」


「そうだねー」


「店員は変な人ばかりだけど」


「みんな頑張ってるんだよー」


 少し離れた場所。


 変装した十人が、壁や柱の陰からこちらを見ている。


 こちらに気づかれていないつもりらしい。


「なあ、アレン」


「何かなー」


「お前、《アウローラ》の採用候補なんじゃないか?」


「どうしてー?」


「会長に面談されて、総司令にも指名されて、研究部門からも呼ばれた」


「偶然だよー」


「それに今日、店員全員がお前だけ妙に丁寧だった」


「開業初日だからねー」


「俺も同じ開業初日の客なんだけどな」


 もっともな指摘だった。


「世界最大企業が、優秀な学生を早いうちから囲い込むって噂は聞いたことがある」


「俺は優秀じゃないよー」


「最新術式の欠陥を見抜く奴が何を言ってるんだ」


 トーマが声を潜める。


「安心しろ。お前が《アウローラ》から勧誘されてることは、誰にも言わない」


「勧誘されてないんだけどねー」


「隠したいんだろ?」


「そういうわけじゃないよー」


「分かってる。普通の学生として過ごしたいんだよな」


 トーマが真剣な顔で頷く。


「友達として、俺が守ってやる」


「ありがとうー」


 少し勘違いしている。


 けれど、本当のことを知られるよりは都合がよかった。


「その代わり、偉くなっても俺のことを忘れるなよ」


「忘れないよー」


「約束だからな」


「うん」


 俺が頷く。


 その瞬間。


 背後から、何かが倒れる音が連続して聞こえた。


 振り返る。


 変装した十人の女性が、それぞれ別の方法で動揺していた。


 セレスは手にしていた資料を落とし。


 リゼットは数秒間停止し。


 ラグナは柱へ拳をめり込ませ。


 カレンは目を閉じて深呼吸し。


 ミコトは記録魔道具を握り締め。


 シズクの尻尾は大きく膨らみ。


 エルシアの足元には氷が広がり。


 ノエルは頬を膨らませ。


 ヴィオラは持っていたグラスを砕き。


 クラリスだけは笑顔を保っていた。


 ただし、背後の壁に指の跡がついている。


「どうしたんだ、あの店員たち?」


「忙しくて疲れてるんじゃないかなー」


「全員同時に?」


「開業初日だからねー」


 今日ほど、その言葉に助けられた日はなかった。


     ◇


『緊急最高幹部会議を開始します』


 数分後。


 地下本部の通信網に、セレスの冷静な声が響いた。


『議題は、トーマ・ベルクへの対応です』


『敵ではないのであろう?』


 ラグナが尋ねる。


『現時点では』


 セレスの声が低い。


『しかし、アレンから「忘れない」との約束を得ました』


『音声記録は保存済みです』


 ミコトが答える。


『私が百年以上かけても得られなかった明確な約束です』


『成功率を再計算します』


 シズクが淡々と告げる。


『トーマ・ベルクが我々より先にアレン様の特別な存在となる可能性――』


『計算しなくていい!』


 全員の声が重なった。


『ですが、アレンはご友人を大切にされています』


 カレンが冷静に意見を述べる。


『排除や妨害は、創設者様の不興を買います』


『分かっています』


 セレスが答える。


『トーマ・ベルクは、アレンの平凡な学院生活に必要な人物です』


『では、どうするの?』


 ヴィオラが尋ねる。


 短い沈黙。


 セレスは、世界最大企業の会長として決断した。


『トーマ・ベルクを、正式な保護対象へ指定します』


『警護等級は?』


『最高位です』


『創設者様と同等ですか?』


『それは認めません』


 即答だった。


『アレンのご友人として、危険から守ります。ただし、必要以上に二人きりにさせてはいけません』


『矛盾していませんか?』


『していません』


『していると思います』


『リゼット』


『失礼いたしました』


 こうして、俺の知らないところで。


 トーマは世界最大の秘密結社から、最高級の警護を受けることになった。


 理由は、俺の友人だから。


 ただし同時に。


 最高幹部五人と側近五人から、最重要恋愛警戒対象にも指定されたらしい。


     ◇


「明日も来ようぜ、アレン!」


 食事を終えたトーマが、楽しそうに言った。


「まだ全部の店を見てないからな!」


「いいよー」


「約束だぞ!」


「うん、約束だねー」


 その一言が、施設内の極秘通信網へ流れる。


『アレン様、明日もご来館予定!』


『全職員へ通達!』


『本日以上の歓迎体制を!』


『平常心を維持してください!』


『試食部門、明日の品目を三倍へ!』


『飲食部門、全地域の料理を準備!』


『温浴区画、創設者様の好みを再確認!』


『最高幹部、一般店員偽装計画を継続!』


 明日も普通に買い物へ来るだけなのに。


 世界最大企業は、すでに全社を挙げて準備を始めていた。


最後までお読みいただき、ありがとうございます。


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