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冗談で作った秘密結社が世界最大企業になっていた ~平凡な学生を演じる創設者の俺は、今さら全部作り話だったと言い出せない~  作者: てへろっぱ


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10/17

第10話 自分の会社へアルバイトに応募したら、最高幹部全員が面接官になった



 《アウローラ・グランド》の開業から、三日が過ぎた。


 世界最大級の複合商業施設は、連日大勢の客で賑わっている。


 学院でも、授業の合間になるたび話題に上がっていた。


「温浴施設だけで、学院の敷地より広いらしいぞ」


「世界料理区画は、一週間通っても全部食べられないって!」


「転移門を使えば、海の向こうの商品まで当日中に届くらしい」


「学生証があれば、ほとんどの店で割引されるぞ!」


 教室中で、そんな会話が飛び交っている。


 俺も開業初日に行ったが、確かに便利な場所だった。


 少し店員たちの視線が気になったものの、商品は安く、料理もおいしい。


 地下百階に世界最大の秘密結社の本部がなければ、ごく普通の商業施設として通えたと思う。


「アレン!」


 授業が終わると同時に、トーマが一枚の紙を持って俺の席へ駆け寄ってきた。


「これを見ろ!」


「何かなー」


「《アウローラ・グランド》が、王立魔法学院の学生を対象に、臨時従業員を募集してる!」


 机の上へ置かれた募集用紙には、大きな文字が並んでいた。


 開業直後の人員増強。


 学生の職業体験。


 優秀な人材の早期育成。


 地域との交流。


 週一日から勤務可能。


 授業を優先して勤務時間を調整。


 食事補助。


 制服貸与。


 従業員割引あり。


「ずいぶん条件がいいねー」


「だろ!」


 トーマは募集用紙を指で叩いた。


「普通の商店で働くより、給料が三割も高い。それに《アウローラ》で働いた経験があれば、卒業後の就職にも有利だ!」


「トーマは働くの?」


「実家が商会だからな。世界最大企業の店舗運営を見ておきたい」


 トーマの実家は、地方で複数の雑貨店を営んでいるらしい。


 三男なので商会を継ぐ予定はないと言っていたが、商売には興味があるようだ。


「一緒に応募しようぜ」


「俺も?」


「お前も寮で暇そうにしてるだろ」


「それなりに忙しいよー」


 秘密会議へ呼ばれたり。


 世界を滅ぼす災厄を止めたり。


 地下本部の専用居住区へ入居させられそうになったり。


「放課後は、いつも食堂でパンを食べてるだけじゃないか」


「大事な時間なんだけどねー」


「そのパンを買う金も、自分で稼げるぞ」


「なるほどー」


 少し面白そうだった。


 学生として授業を受ける。


 友人と買い物へ行く。


 自分で働いて、お金を稼ぐ。


 長く放浪を続けていた俺にとって、どれも新鮮な経験だ。


「普通の学生らしくていいねー」


「普通の学生は、いちいち普通かどうか確認しないけどな」


「じゃあ、応募してみようかなー」


「決まりだ!」


 トーマは嬉しそうに募集用紙を二枚へ分けた。


「希望職種はどうする?」


「何があるのー?」


「販売、飲食、清掃、倉庫、案内、魔道具整備……かなり多いな」


 一覧の中に、学生向け商店街のパン店があった。


 開業初日に、形の崩れたパンを買った店だ。


 規格外品を安く販売する制度が始まり、以前より忙しくなったらしい。


「パン屋さんがいいかなー」


「やっぱりパンなのか」


「余ったら安く買えるかもしれないよー」


「志望動機が小さいな!」


「大きな志望動機が必要なのー?」


「面接では、もう少し立派なことを言えよ」


「近くて、パンが好きだからじゃ駄目かなー」


「せめて、客を笑顔にしたいとか言え」


「嘘をつくのもよくないからねー」


「お前は面接で落ちるかもしれない」


 トーマは心配そうだった。


 俺は、世界最大企業の採用試験がそこまで厳しいとは知らなかった。


     ◇


 その日の放課後。


 俺とトーマは、《アウローラ・グランド》の学生採用受付へ向かった。


 受付区画だけで、学院の講堂ほどの広さがある。


 百人近い学生が列を作り、順番に応募書類を提出していた。


「すごい人数だな」


「人気なんだねー」


「採用されるのは、三人に一人くらいらしいぞ」


「厳しいねー」


「お前も少しは緊張しろよ」


「落ちたら、また食堂でパンを食べるから大丈夫だよー」


「向上心がない!」


 列は順調に進み、やがて俺たちの番になった。


 受付には、銀色の髪を短く整えた女性社員が座っている。


 胸元には上級社員を示す金色の徽章。


 俺の顔を見た瞬間、女性の背筋が跳ねるように伸びた。


「本日は学生臨時従業員へのご応募、まことにありがとうございます!」


「お願いしますー」


「お、お名前をお願いいたします!」


「アレン・クロフォードです」


「存じ――」


 女性社員が口を閉じる。


「……応募用紙で、確認いたしました」


「まだ渡してないけどねー」


「同姓同名の応募者が、事前登録されておりますので!」


「俺、登録してないよー」


「では、予測登録です!」


「採用する人を予測してるの?」


「最新の人材管理制度でございます!」


 女性社員の額に汗が浮かんでいる。


 トーマが俺の横から顔を出した。


「やっぱり、お前は《アウローラ》の採用候補なんじゃないか?」


「違うと思うよー」


「受付の人が名前を知ってたぞ」


「同姓同名らしいよー」


「本人がそう言ってないだろ!」


 俺は応募用紙を受付へ置いた。


 女性社員が、読み取り用の魔道具へ用紙を通す。


 次の瞬間。


 受付台の下から、荘厳な音楽が流れ始めた。


『最上位権限者を確認』


『全人事権限を開放します』


『雇用形態――創設者』


『役職――全組織統括責任者』


 受付区画が静まり返った。


 周囲の学生たちまで、こちらを見ている。


 女性社員は読み取り用魔道具を両手で持ち上げ、そのまま床へ叩きつけた。


 魔道具が粉々になる。


「故障です!」


「壊したよねー」


「重大な誤作動が確認されたため、安全のため緊急停止いたしました!」


「創設者って聞こえたぞ」


 トーマが破片を見る。


「同じ名前の人が会社にいるんじゃないかなー」


「役職が全組織統括責任者だったぞ」


「偉い人みたいだねー」


「そんな役職、聞いたことがない!」


 女性社員が素早く新しい魔道具を持ってきた。


「手動で受付いたします!」


「大丈夫なのー?」


「問題ございません!」


「手が震えてるけど」


「開業直後で疲労が蓄積しているだけです!」


 女性社員は、震える手で俺の名前を書き写す。


 職種希望欄に「学生向けパン店」と記入した瞬間、その手が止まった。


「パン店……でございますか?」


「はいー」


「ほかにも、経営企画、全社統括、最高顧問、名誉会長などがございますが」


「学生の臨時募集だよねー」


「特別採用枠として、今すぐ新設可能です」


「パン店でお願いしますー」


「本当に?」


「はいー」


 女性社員は、泣きそうな表情になった。


 どうやらパン店は、あまり人気がないらしい。


     ◇


 同じ頃。


 地下百階にある《ノクス・アウローラ》総合指令室では、最高緊急警報が発令されていた。


『アレン様より、学生臨時従業員への応募を確認!』


『希望職種、学生向け商店街のパン店!』


『繰り返します! アレン様がパン店への勤務を希望されています!』


 数百人の女性職員が、一斉に立ち上がる。


「どういうことですか!」


 セレスが会長執務室から駆け込んできた。


 その後ろにはリゼット。


 別の転移門から、ラグナとカレン。


 壁の影からミコトとシズク。


 研究区画からエルシアとノエル。


 金融区画からヴィオラとクラリス。


 十分も経たないうちに、最高幹部と側近全員が揃った。


「アレンが、ご自身の企業へ従業員として応募した?」


 セレスが信じられないものを見るように、巨大映像を見上げる。


 画面には、採用受付で順番を待つ俺とトーマが映っていた。


「我には分かったぞ!」


 ラグナが拳を握る。


「アレンは現場の実態を自ら確認するため、身分を隠して働こうとしているのだ!」


「違うと思います」


 カレンが即座に否定した。


「志望動機欄には、『近いから』『パンが好きだから』『余ったパンを安く買えそうだから』と記載されています」


「それも偽装であろう!」


「閣下がアレン様の行動へ深い意味をつけたいだけでは?」


「アレンの行動に、意味がないはずがない!」


「普通にアルバイトを経験したいのではないでしょうか」


 セレスが画面を見つめる。


「学院では、平凡な学生として過ごすことを望んでおられます」


「ならば、希望を叶えなければなりませんね」


 クラリスが柔らかく微笑む。


「アレン様を学生従業員として採用いたしましょう」


「待ちなさい」


 ヴィオラが扇を閉じた。


「給料は、いくら支払うつもり?」


「募集要項どおり、学生従業員の標準額です」


 リゼットが答える。


「不十分よ」


「特別扱いをすれば、アレン様が不審に思われます」


「では、基本給は標準額のまま、特別手当を金貨千枚――」


「学生のアルバイトへ、国家予算ほどの手当を支給しないでください」


「少なすぎるよりよいでしょう?」


「限度があります」


「我の軍事部門で雇うのはどうだ!」


 ラグナが提案する。


「一時間立っているだけで金貨百枚を支払う!」


「業務内容が存在しません」


「我を褒める仕事だ!」


「私的な欲求を、軍事予算で満たさないでください」


「ならば、我の個人資産から払う!」


「問題はそこではありません」


 エルシアが巨大映像へ近づく。


「パン店は危険です」


「パン屋さんに、どんな危険があるのかな?」


 ノエルが尋ねる。


「火を使用します」


「アレン様は災厄を止められる方ですよ?」


「刃物もあります」


「指二本で古代兵器の刃を折っていました!」


「熱い鉄板へ触れる可能性があります」


「心配する場所が細かすぎませんか?」


 エルシアは真剣だった。


「安全のため、店舗全体へ防御結界を設置します」


「すでに一般店舗としては過剰な結界が設置されています」


 リゼットが答える。


「さらに二百枚追加します」


「パンを焼く熱まで遮断されます」


「調整します」


「その前に、誰がアレンの上司になるかを決めましょう」


 ミコトが九本の尾を揺らした。


「情報部門から、優秀な人材を店長として派遣します」


「なぜ情報部門がパン店を運営するのです?」


「来店客の需要調査です」


「私が店長になる!」


 ラグナが手を上げる。


「パンを作った経験は?」


「肉なら焼ける!」


「パンについて尋ねています」


「似たようなものだ!」


「違います」


「研究部門で、完全自動製パン魔道具を開発します」


 エルシアが提案する。


「アレンは、完成したパンを並べるだけでよいです」


「それでは職業体験になりません」


「私が毎日客として来店するわ」


 ヴィオラが優雅に告げる。


「陳列された商品を、すべて購入します」


「ほかのお客様が買えなくなります」


「では半分にするわ」


「多すぎます」


 最高幹部会議は、瞬く間に混乱した。


 議題は、世界情勢でも災厄対策でもない。


 俺が週に一度、パン店で働くだけの話だった。


「静かにしてください」


 セレスの一言で、全員が口を閉じる。


「アレンは、普通の学生として働くことを希望されています」


 会長は、周囲を順番に見回した。


「特別扱いは許しません」


「しかし――」


「一般の学生と同じ選考を受け、同じ業務を行い、同じ賃金を受け取っていただきます」


 誰も反論しない。


「ただし」


 セレスが続ける。


「面接内容は、私たち全員で確認します」


 十人が同時に頷いた。


「それは特別扱いでは?」


 シズクが小さく尋ねる。


「安全確認です」


「全員が面接官になる必要は?」


「あります」


 セレスは断言した。


「アレンの初めての職業面接です。見届けないわけにはいきません」


 こうして。


 表向きは一般社員一人が行うはずだった面接を、世界最高の十人が地下から監視することになった。


     ◇


「次の方、どうぞ」


 俺とトーマは、ほかの学生二人と一緒に面接室へ入った。


 集団面接らしい。


 正面には、先ほどとは別の女性社員が座っている。


 栗色の髪をまとめた、穏やかそうな女性だった。


 ただし、左耳には小さな通信魔道具が装着されている。


「皆様、緊張なさらずにお答えください」


 女性面接官は微笑んだ。


 通信魔道具から、小さな声が漏れている。


『アレンへ最初に質問してください』


『いいえ。特別扱いだと気づかれます』


『では最後に』


『待たせるのも問題です』


『閣下、通信に割り込まないでください』


『我も質問したい!』


『声が漏れています』


 聞き覚えのある声ばかりだった。


 面接官の笑顔が少し引きつっている。


「それでは、左の方から志望動機をお願いいたします」


 最初の学生が、緊張しながら答える。


「世界最大企業で経験を積み、将来は経営部門で活躍したいと考えています!」


「立派だな」


 トーマが小声で言う。


 二人目の学生も続く。


「一流の接客技術を学び、お客様を笑顔にしたいです!」


「俺が言えって教えた言葉だ」


 トーマが俺を見る。


「アレンも似た感じにしろよ」


「考えておくねー」


 次はトーマだった。


「実家が商会を営んでおります。こちらの店舗運営を学び、将来に生かしたいと考え、応募しました」


 面接官が満足そうに頷く。


「具体的で、よい志望動機ですね」


 そして、俺の番になる。


「アレン・クロフォードさん」


「はいー」


 面接官の通信魔道具から、一斉に声が流れた。


『アレン!』


『アレン様!』


『落ち着いてください!』


 面接官の肩が震える。


「志望動機をお願いいたします」


「学院から近いからですねー」


「ほ、ほかには?」


「パンが好きだからかなー」


『飾らないお言葉です』


『現場に必要なのは、虚飾ではなく本心という意味ですね』


『記録しました』


「それと、余ったパンを安く買えたら嬉しいですねー」


 面接官が固まる。


 通信魔道具の向こうが静かになった。


 トーマが額を押さえる。


「だから、もう少し立派なことを言えって教えただろ……」


「嘘はよくないからねー」


 やがて、通信魔道具からセレスの声が聞こえた。


『採用です』


『まだ面接中です』


 リゼットが止める。


『志望動機は十分に確認できました』


『ほかの応募者との公平性を保ってください』


「では、次の質問です」


 面接官が気を取り直す。


「仕事をするうえで、大切にしたいことは何ですか?」


 最初の学生は、責任感と答えた。


 二人目は、笑顔。


 トーマは、客と店の双方が得をすること。


 俺は少し考える。


「無理をしないことかなー」


 面接官が瞬きをする。


「無理をしない、ですか?」


「疲れてると失敗するからねー。忙しくても、ちゃんと休んだ方がいいと思いますよー」


『全従業員の労働環境を気遣っておられる……』


『開業準備で休息が不足した者を把握してください』


『勤務制度の全面見直しを』


『アレン様は、面接の場でも組織全体を導いてくださっています!』


 何か大げさな話になっている。


「それから、失敗した人をすぐ怒らないことかなー」


「理由をお聞きしても?」


「誰でも間違えるからねー。怒るより、次に同じ失敗をしない方法を考えた方がいいよー」


 面接官の目が少し潤んだ。


 通信魔道具の向こうでは、完全に誰も話さなくなっている。


「アレン」


 トーマが小声で話しかけてきた。


「今のは、普通にいい答えだったぞ」


「そうなのー?」


「最初からそれを言え!」


「最初のも本当なんだけどねー」


 面接は、その後も続いた。


 接客で困ったときはどうするか。


 客から苦情を受けたらどうするか。


 忙しい時間に仕事が重なったらどうするか。


 俺は思ったことを、そのまま答えた。


「分からなかったら、詳しい人に聞きますねー」


「怒ってる人には、まず話を聞きますー」


「一人で無理なら、みんなに手伝ってもらいますー」


 特別なことは何も言っていない。


 それなのに、面接官は質問するたび深く頷き、通信魔道具の向こうでは何度も記録魔法が作動していた。


「最後の質問です」


 面接官が俺たちを見回す。


「採用された場合、どのような従業員になりたいですか?」


「誰よりも売上を作る従業員です!」


「お客様から名前を覚えていただける従業員です!」


「商売の仕組みを理解できる従業員です!」


 三人が立派な目標を答える。


 俺の番になった。


「普通に働けたらいいですねー」


「普通に、ですか?」


「はいー。ほかの人と同じように教えてもらって、失敗したら直して、給料をもらえたら十分です」


 通信魔道具の向こうから、セレスの小さな声が聞こえた。


『ほかの人と、同じように……』


 少しだけ寂しそうな声だった。


『アレンが望まれているのです』


 カレンが静かに答える。


『私たちが、その普通を壊してはいけません』


『分かっています』


 セレスの声が戻る。


『採用してください』


 面接官は、一度だけ深く息を吸った。


「以上で面接を終了いたします。結果は、本日中に学院へお届けします」


「ありがとうございました!」


 ほかの三人が一斉に頭を下げる。


 俺も少し遅れて頭を下げた。


「ありがとうございましたー」


 面接官が、今にも椅子から立ち上がって頭を下げ返しそうになる。


 しかし、通信魔道具からリゼットの声が飛んだ。


『耐えてください』


 面接官は、机の端を強く握った。


「ご応募、ありがとうございました」


 何とか一般の面接官らしい対応を続けた。


     ◇


 面接室を出ると、トーマが俺の肩を叩いた。


「意外とよかったぞ」


「受かるかなー」


「最初の志望動機以外はな」


「パンが好きなのは、大事だと思うよー」


「パン店だから間違ってはいないけどな」


 俺たちは学院へ戻った。


 その日の夕方。


 学生寮へ、一通の封筒が届いた。


 差出人は、《アウローラ・グランド》人事部門。


「来たぞ、アレン!」


 隣の部屋からトーマが飛び込んでくる。


「俺にも届いた! 一緒に開けようぜ!」


「いいよー」


 俺たちは同時に封を切った。


 トーマの結果は、採用。


 学生向け商店街《麦の朝》。


 販売補助。


 週二回勤務。


「やった!」


「おめでとうー」


「お前は?」


 俺も書類を開いた。


 採用。


 配属先は、トーマと同じパン店《麦の朝》。


 勤務は週一回。


 職位は、学生臨時従業員。


 時給も募集要項どおり。


「受かってるじゃないか!」


「普通に採用されたねー」


「よかったな!」


「うん。楽しみだねー」


 その下には、小さな注意事項が記載されていた。


 ――初回勤務日は、明日。


 ――担当指導員の指示に従うこと。


 ――特別扱いは一切行わない。


「最後の一文、普通は書かないよな」


「平等な会社なんじゃないかなー」


「わざわざ書く必要があるのか?」


「新しい制度だからねー」


 俺は書類を折り、机の上へ置いた。


 初めてのアルバイト。


 友人と同じ店。


 パンを並べ、客へ渡し、自分で働いた分の給料を受け取る。


 ようやく、普通の学生らしい経験ができそうだった。


     ◇


 同じ頃。


 《アウローラ・グランド》人事部門では、緊急会議が行われていた。


「アレン様の採用通知が送付されました!」


「初回勤務は明日です!」


「担当指導員は誰ですか?」


 職員の問いに、リゼットが書類を確認する。


「パン店《麦の朝》の店長です」


「一般社員に、アレン様をご指導させるのですか!?」


「ご本人が、ほかの学生と同じ扱いを希望されています」


「ですが、何か失礼があれば……」


「店長には事情を伝えています」


「耐えられるのでしょうか」


 全員が沈黙した。


 一般社員が、秘密結社の創設者へ、


 声を出して挨拶してください。


 商品の並べ方が違います。


 遅刻をしてはいけません。


 などと指導しなければならない。


 世界を救う任務より、難しい仕事かもしれなかった。


「それより問題があります」


 シズクが一枚の報告書を机へ置いた。


「アレン様の配属決定後、《麦の朝》への異動願いが急増しています」


「何名ですか?」


「現時点で、一万二千四百八十六名」


 会議室が静まり返る。


「店舗に入れる従業員は?」


「十二名です」


「全件却下してください」


 リゼットが即答する。


「すでに店舗の客役として、正式構成員二千名から勤務申請が提出されています」


「客役は勤務ではありません」


「警護任務と主張しています」


「却下します」


「最高幹部の皆様からも、明日の予定変更届が提出されています」


 机の上には、五枚の書類。


 その隣には、側近たちの分も含めた五枚。


 変更理由は、全員同じだった。


 ――新店舗の運営状況を現場で視察するため。


「十名全員が同時に視察する必要はありません」


 リゼットが指摘する。


 すると通信魔道具から、セレスの声が聞こえた。


『偶然、予定が重なっただけです』


「会長」


『経営上の合理的判断です』


「パン店一店舗の視察へ、世界最高幹部全員が必要でしょうか」


『必要です』


 即答だった。


 こうして俺が初めてアルバイトをするパン店には。


 一般客に紛れた正式構成員二千名。


 一般社員へ変装した最高幹部五人。


 同じく変装した側近五人。


 地下から監視する情報部門。


 周囲を封鎖寸前の軍事部門。


 緊急医療班。


 魔導研究班。


 金融・外交部門の臨時予算まで配備されることになった。


 俺がパンを一つ売るためだけに。


 明日の《麦の朝》は、世界で最も警備の厳しいパン店になるらしい。


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