第63話 十一人の中で一人だけ『帰ってきた者』だったので調べたら、俺の最初の帰還記録だけ年代がありませんでした
《でも、十一人の中に》
《最初から一人だけ》
《帰還者が混じっている》
森を出る途中で受け取った最後の記録を前に、十人がほとんど同時に俺を見た。
トーマも見る。
北方歴史学院の教授たちまで見る。
「……俺っぽいねー」
自分から言うと、トーマが頭を抱えた。
「そこで他人事みたいに言えるの何なんだよ」
「まだ確定じゃないし」
「ここ数話で出た情報を並べてみろ。お前以外だったら、そっちのほうが驚くぞ」
それは確かにそうかもしれない。
四百年前に十一人でこの森へ来た時、第十一帰還点は俺の魔力だけを過去の情報と照合した。
俺だけ古代文字が読める。
俺だけ、誰も見えなかった旧管理者らしき存在と話していた。
しかも帰還点の記録には、俺と同じ基礎魔力波形を持つ《既存帰還情報》まで残されている。
かなり怪しい。
だからといって。
「じゃあ、やっぱりちょっと戻って――」
「戻りません」
セレスが即座に言った。
「まだ最後まで言ってないよ?」
「『戻って確かめようか』でしょう?」
「そう」
「戻りません」
強い。
ラグナも今回はセレス側だった。
「首領よ。先ほど自分で今日は帰ると言ったであろう」
「言ったねー」
「ならば帰る。我らも帰る」
「分かったよ」
俺は素直に歩き出した。
するとトーマが隣へ来る。
「何か企んでないよな?」
「企んでないって」
「夜中に一人で来るとか」
「しないよ」
「転移魔法で抜け出すとか」
「しない」
「窓から――」
「俺の信用どこまでないの?」
少し前を歩いていたシズクが振り返った。
「回復中」
「そっかー」
まだ満額ではないらしい。
そのまま仮設拠点へ戻り、現地調査班を全員撤収させた。
《最初の家》周辺には遠隔監視設備だけを残す。
地下施設も第十一帰還点も開かない。
《帰還案件・零号》への通信もしない。
そして俺たちは、その日のうちに北方歴史学院が用意した滞在施設へ戻った。
ここまで来れば、セレスたちも少し安心したらしい。
俺が自分の部屋へ入ろうとしたところで、セレスが言った。
「今夜は外出しませんね?」
「しないよー」
「地下施設について何か思いついても?」
「明日みんなに言う」
「非常に良いです」
「そんな子供を褒めるみたいに……」
「四百年かかりましたので」
反論できなかった。
ただし。
俺たちは現地へ戻らなくても、調べられるものまで放置したわけではない。
第十一帰還点そのものへ接続せずに済む記録は、すでに複製して持ち帰っている。
翌朝。
朝食を食べたあとで調査室へ行くと、エルシアは先に来ていた。
ちゃんと寝たのか聞いたら、
「三時間ほど」
と答えたので、俺はセレスを見た。
セレスがエルシアを見る。
「五時間追加してください」
「解析が終わってから――」
「追加してください」
「……はい」
何となく。
昔の俺が寝なかった時も、こんな感じだったのかもしれない。
人へ任せることを覚えた以上、任せた相手が倒れるまで働くのも止めたほうがいいだろう。
「続き、俺たちでやれるところはやろうか」
「ですが古代術式の解析は――」
「三時間しか寝てない人よりは、寝た人のほうが間違えにくいと思うよ」
エルシアが黙った。
トーマが感心したように頷く。
「まともなこと言ってる」
「俺、普段からまともだよ?」
誰も答えなかった。
ひどい。
結局、エルシアが最低限の引継ぎだけして休むことになり、解析そのものは彼女が起きてから再開する。
その間に俺たちは、すでに翻訳済みの記録を整理した。
旧管理者の最後の文章。
《十一人の中に最初から一人だけ帰還者が混じっている》
ここには、実は続きがあった。
《確認したい場合は、十一名分の初回認識情報を照合して》
古代装置へ再接続する必要はない。
四百年前に第十一帰還点が読み取った十一人分の情報は、地下施設側の複製記録にも残されている。
セレスが順番に開く。
最初。
《セレス》
《第十一帰還点 初回接触》
《既存帰還履歴――なし》
次。
《ラグナ》
《初回接触》
《既存帰還履歴――なし》
ミコト。
エルシア。
ヴィオラ。
カレン。
リゼット。
シズク。
ノエル。
クラリス。
十人すべて同じ。
そして。
最後。
俺。
《アレン・クロフォード》
《既存帰還履歴――あり》
「……やっぱりお前じゃねえか」
トーマに言われた。
「そうみたいだねー」
「もっと驚け!」
「昨日から何となく分かってたし」
ただ。
確定すると、少し感覚が違う。
四百年前。
十人は、この場所へ初めて来た。
俺だけは違う。
古代帰還網にとって俺は、
**もう一度ここへ戻ってきた人間だった。**
セレスは記録をじっと見ている。
「アレン」
「うん?」
「本当に、心当たりはありませんか?」
俺は少し時間をかけて記憶を探した。
四百年前より前。
旅をしていた頃。
もっと若い頃。
さらに昔。
長く生きている分、細部が曖昧になっている時期はある。
それでも人生そのものが丸ごと抜け落ちている感覚はない。
「ないね」
「この土地へ来たことも?」
「覚えてない」
「帰還点を使ったことも?」
「ないと思う」
「『思う』ですか」
「四百年以上前のことだから、絶対って言うと嘘になるでしょ」
そこは正直に答えるしかない。
俺は長命種だ。
四百年前に突然生まれたわけではない。
当然、それ以前の人生もある。
けれど。
第十一帰還点へ帰ってきた記憶。
あるいはほかの帰還点を使った記憶。
そんなものは一つもない。
そこへ、休憩を終えたエルシアが戻ってきた。
「続きを解析できます」
「ちゃんと寝た?」
「五時間三十七分です」
セレスを見る。
「及第点です」
厳しい。
エルシアは席へ着くと、俺の《既存帰還履歴》を開いた。
「昨日は閲覧制限を解除できませんでした。ただ、原記録そのものではなく、四百年前に第十一帰還点が参照した結果なら複製側にも残っています」
つまり。
俺が最初に帰還した時の詳細は読めない。
でも。
四百年前の装置が、
**何を見て俺を帰還者と判定したのか**
なら分かる。
「出します」
画面に情報が並んだ。
《基礎魔力波形――一致》
《魂魄識別――一致》
《自己連続性――一致》
トーマの眉が寄る。
「魂まで一致ってことは、似てる別人じゃ駄目なのか?」
「はい」
エルシアが答える。
「少なくとも古代帰還網は、四百年前のアレンと過去の帰還者を同一個体だと認識しています」
「子孫とかは?」
「否定できます」
「転生?」
「古代装置がいう《自己連続性》の定義を完全には理解できていません。しかし、別個体として再構成された場合は一致判定にならない可能性が高いです」
「じゃあ、本当に俺なんだ」
俺は記録を眺めた。
変な感じだった。
知らない人間の記録を見ているようで。
でも。
そこにいるのは間違いなく俺らしい。
「いつ?」
一番気になることを聞く。
エルシアが次を表示する。
《初回帰還日時――》
そこには。
日付がなかった。
「壊れてる?」
「最初はそう考えました」
別の古い記録なら、年月日が欠損していることは珍しくない。
何千年も経っている装置なら当然だ。
しかし今回は少し違った。
《初回帰還日時――適用不能》
「適用不能?」
「破損ではありません」
エルシアが補足情報を開く。
《標準時間軸との照合失敗》
《帰還前時間情報――取得不能》
《帰還後時間情報――正常》
トーマが嫌そうな顔をした。
「意味分からん」
「俺も」
ユノアとの映像通信をつなぐ。
古代帰還網について、今の俺たちより知識があるのは彼女だ。
説明を聞いたユノアは、しばらく考えた。
「外から帰った時に、たまにある」
「外?」
「私が八日しか経ってなかったのに、こっちではすごく時間が経ってたでしょ?」
「ああ」
ユノアたちにとっては八日。
こちらでは少なくとも千年以上。
帰還点の外側では、時間の進み方が一致しない。
「もっとずれると?」
「いつ出たか分からなくなることもある」
「じゃあ俺も、外へ行ってた?」
ユノアは首を横へ振った。
「それだけじゃ分からない」
慎重な答えだった。
「時間が違う場所かもしれない。時間そのものがない場所かもしれない。それとも、帰った記録だけ壊れたのかもしれない」
「なるほどねー」
分からないということが分かった。
それでも一つだけ。
俺の初回帰還記録は、普通の旅行や遭難から戻ったものではなさそうだった。
「帰還先は?」
セレスが尋ねる。
エルシアが次の情報を開く。
《初回帰還先――》
そこで処理が止まる。
「また壊れてる?」
「いえ」
一部だけ読み出せた。
《指定帰還点なし》
「帰還点を使ったのに帰還点へ戻ってない?」
トーマが聞く。
「正確には、特定の地点を帰還先にしていません」
さらに復元。
《帰還先種別――広域》
《指定対象――》
文字が一つ出る。
古代語。
俺には意味が分かった。
でも、最初は自分の読み方を疑った。
「何て書いてある?」
セレスに聞かれる。
俺はもう一度見る。
「……世界」
「世界?」
「たぶん」
ユノアも画面を見ていた。
彼女の表情が変わる。
「合ってる」
「こういう帰還先ってあるの?」
「ほとんど使わない」
「何で?」
「普通は帰る場所を決めるから」
町。
家。
帰還点。
最低でも地域。
世界そのものを帰還先へ指定する必要はない。
「いつ使うの?」
ユノアは少し迷った。
「どこでもいいから、戻りたい時」
部屋が静かになった。
家も分からない。
町も分からない。
帰還点すら指定できない。
ただ。
この世界へ戻りたい。
そういう時。
「……俺、どこにいたんだろうね」
俺自身のことなのに、本当に分からない。
セレスがこちらを見る。
俺がまた一人で考え込み始めると思ったのかもしれない。
「大丈夫だよ」
先に言う。
「何がです?」
「勝手に探しに行ったりしない」
「まだ何も言っていません」
「最近分かるようになってきた」
セレスは困ったように笑った。
「なら、もう一つお願いがあります」
「何?」
「分からないことを、分からないまま一人で抱えないでください」
俺は少しだけ黙った。
昔なら。
これは自分の問題だから、と言ったと思う。
俺の過去。
俺の記憶。
俺の正体。
十人には関係ない、と。
でも。
四百年前から、そうやって何でも自分の中だけで片付けた結果。
ある日。
俺は一人でいなくなった。
「分かった」
今回はすぐ答えた。
「一緒に調べよう」
セレスの表情が緩んだ。
「はい」
ラグナが大きく頷く。
「当然である! 首領の過去であろうと、我らが掘り返してくれよう!」
「物理的には掘らないでね?」
「分かっておる!」
たぶん分かっていない。
カレンへ視線を向ける。
「監視します」
安心した。
その後。
俺たちは初回帰還記録の残りを調べた。
帰還者。
俺。
帰還先。
この世界全体。
日時。
不明。
そして。
帰還時の状態。
《生命維持――正常》
《魔力――極度枯渇》
《肉体損傷――軽微》
《精神状態――》
そこで少し妙な判定がある。
《帰還先認識なし》
「どういう意味?」
「帰ってきたのに、ここが自分の帰る場所だと認識していなかったようです」
エルシアが説明する。
普通なら、
家へ帰った。
国へ帰った。
仲間のところへ帰った。
そういう目的意識がある。
当時の俺にはなかった。
ただ。
世界へ戻った。
それだけ。
「続きがあります」
《帰還完了後処置》
《帰還先不定のため、第十一規定を適用》
「第十一?」
全員が反応した。
帰る場所を持たない者のために空けられていた、第十一帰還点。
俺は最初の帰還時点で、
《帰る場所がない者》
として扱われていた。
《恒久帰還先――未設定》
《次回帰還時まで保留》
つまり。
初めて帰ってきた時。
俺には家がなかった。
だから古代帰還網は、俺の帰還処理を完了させながらも。
「帰る場所だけ決められなかった?」
「そのようです」
そして。
長い時間が経った。
少なくとも俺の記憶では、旅をした。
困っている子を助けた。
一人。
二人。
十人。
住む場所が必要になった。
森を歩いた。
その時。
第十一帰還点が俺を見つけた。
過去に、
**帰る場所を決められないまま帰還した者**
として。
だから。
四百年前の俺が十人へ、
「ここにしよう」
と言った瞬間。
《帰還処理完了》
になった。
俺は思わず笑った。
「四百年前に、やっと帰還が終わったんだ」
トーマが少し複雑そうな顔をした。
「お前が秘密基地作った日にな」
「家建てる前だけどね」
「柱一本ないのに?」
「十人いたからじゃない?」
口にしたあと。
自分で少し納得した。
初回。
俺はこの世界へ帰った。
でも帰る場所はなかった。
四百年前。
十人と一緒に暮らすと決めた。
それでようやく。
古代帰還網は、
**アレン・クロフォードには帰る場所ができた**
と判断した。
セレスも同じところへ辿り着いたらしい。
少し目元を緩める。
「建物ではなかったのですね」
「うん」
俺は十人を見る。
「みんなだったみたい」
ラグナが一瞬固まった。
ミコトも目を瞬かせる。
シズクは無言のまま視線を逸らした。
ノエルは泣きそうな顔になっている。
セレスは。
完全に止まった。
「……アレン」
「何?」
「もう一度、お願いします」
「帰る場所がみんなだった?」
セレスが顔を覆った。
「朝から心臓に悪いです」
「何で?」
「分からないのであれば、そのままでいてください」
好意には気づいている。
だから何がまずかったのかも、だいたい分かる。
「じゃあ今のなしで」
「取り消さないでください!」
難しい。
トーマが遠い目をしている。
「世界滅亡の謎調べながら何やってるんだ、こいつら……」
でも。
こういうのでいいのだと思う。
昔の謎がどれだけ大きくても。
今ここにいる人間まで全部、謎のために変わる必要はない。
それからしばらくして。
エルシアが初回帰還情報の最下部に、一つだけ付随記録を見つけた。
「アレン」
「今度は何?」
「初回帰還時にも、案内情報があります」
四百年前。
俺へ《ここ》を示した、名前を消した旧管理者。
それより前。
俺が最初にこの世界へ帰還した時にも。
誰かが帰還処理を補助していた。
《初回帰還補助者――識別不能》
また名前がない。
「同じ人?」
「照合できません。ただ……」
エルシアが二つの記録を並べる。
四百年前の旧管理者。
そして。
年代不明の初回帰還補助者。
個人情報はどちらも消えている。
でも。
一つだけ共通する記録があった。
《帰還者へ伝達した言葉》
音声ではない。
内容だけ。
初回帰還時。
俺がどこかからこの世界へ戻ってきた時。
誰かは俺へ、こう伝えていた。
《今度は、ちゃんと帰る場所を作って》
俺はその文章を見た瞬間。
頭の奥で。
また一つ。
知らないはずの記憶が動いた。
暗い場所。
足元すら見えない。
誰かが俺の背中を押している。
顔は見えない。
でも。
声だけは。
四百年前、森で俺へ、
《今度はちゃんと帰ってきてね》
と言った誰かと。
同じだった。
そして。
その記憶の中で。
俺はその相手を。
名前で呼んでいた。
声にはならない。
口の形だけ。
ほんの一瞬。
けれど。
今度は俺にも分かった。
その名前は。
古代記録から消された名前ではなかった。
俺が四百年前からずっと知っている。
別の名前だった。




