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冗談で作った秘密結社が世界最大企業になっていた ~平凡な学生を演じる創設者の俺は、今さら全部作り話だったと言い出せない~  作者: てへろっぱ


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第53話 四百年前に置いていった『帰るための道具』が、世界中の救難網の原型になっていました

《帰還者認証済》


《最終保管庫、解放準備開始》


《保管対象――創設者が置いていったもの》


表示された文字を見ながら、俺は首を傾げた。


「……何か置いていったっけ?」


「それを今、私たちも必死に思い出しているところです」


隣に立つセレスの声は落ち着いていたけれど、視線だけは封印扉へ完全に固定されている。


四百年前に住んでいた《最初の家》なら、忘れ物の一つや二つくらいあっても不思議ではない。服、鍋、工具、壊れた魔道具。思い当たるものはいくらでもあるのだが、わざわざ後世の人間が巨大な地下施設の最深部に保管するほどの物となると、まったく心当たりがなかった。


ラグナは腕を組み、妙に楽しそうに笑った。


「首領よ。実は世界を滅ぼせる兵器を置き忘れていた、などということはないであろうな?」


「ないと思うよー」


「『思う』なのですね……」


カレンが額へ手を当てる。


「いや、四百年前だからね。細かいことまでは覚えてないし」


「アレン。その返答が一番怖い」


ミコトにまで言われてしまった。


後ろでは、調査隊の面々が完全に会話を聞かなかったことにしようとしている。北方歴史学院の教授など、手にした記録板へ視線を落としたまま微動だにしない。


たぶん「世界最大の秘密結社の創設者が、世界を滅ぼせる兵器を置き忘れたかもしれない」なんて話を聞いたこと自体、後世へ残したくないのだろう。


トーマだけはいつも通りだった。


「とりあえず開けてから考えればいいだろ。お前の場合、本当に鍋とか出てきそうだし」


「それはあるかも」


「否定しろよ」


そんなことを話しているうちに、封印扉を走っていた淡い光が一つに集まった。


低い振動音とともに、何百年も閉ざされていた石扉が左右へゆっくり開いていく。


全員が息を呑んだ。


その向こうにあったのは――。


「……小さいね」


俺が最初に口にした感想は、それだった。


巨大な宝物庫でもなければ、大量の古代兵器が並んでいるわけでもない。


十人も入れば少し窮屈になりそうな、小さな石室だった。


中央には一つだけ台座があり、その上に古びた木箱が置かれている。木箱自体には豪華な装飾もなく、むしろ四百年間残っていることのほうが不思議なくらい質素だった。


ただし、この部屋そのものには保存術式が幾重にも張られている。


エルシアが扉の境界へ手をかざし、すぐに眉を上げた。


「保存術式だけで十二重。湿度、温度、魔力濃度、腐食防止、物質劣化抑制……箱の中身を保存するためだけに、かなり大規模な設備が組まれています」


「箱そのものより部屋のほうが高そうだな」


トーマの感想に、俺も頷いた。


「そうだねー」


「そこで同意するのかよ」


中へ入ると、台座の前面に小さな文字が刻まれていた。


セレスが灯りを近づける。


『これは聖遺物ではない』


一行目から妙だった。


その下には続けて、


『祀るな』


『飾るな』


『本人が帰還した場合、本人へ返却すること』


とある。


さらに少し間を空けて、


『なお、本人はおそらく「まだ使えるなら誰か使えばいいよー」と発言するため、その場合は本人の意思を尊重すること』


俺は黙って文字を見た。


トーマがゆっくりこちらを見る。


「お前、四百年前から返答が変わってないのか?」


「たぶん使えるなら誰か使えばいいと思うよー」


「ほら!」


後ろから何とも言えない空気が流れてきた。


セレスは口元を押さえている。笑っているのか泣きそうなのか判断しづらい表情だった。


「本当に……よく分かっていたのですね」


「誰が書いたんだろうね?」


それが一番気になる。


文章を書いた人物は、少なくとも俺のことをかなりよく知っている。


けれどセレスたちは知らないと言う。


つまり俺たちがこの土地を離れたあと、俺について詳しく知る誰かがここへ関わったことになる。


俺が木箱へ手を伸ばすと、セレスたちが揃って少し身を乗り出した。


視線が重い。


「開けるよ?」


誰も止めなかったので、金具を外した。


蓋を持ち上げる。


中に入っていた物を見た瞬間、俺はしばらく動けなかった。


金でも宝石でもない。


武器ですらない。


手のひら二つ分くらいの、古びた黒い板だった。


中央に針が一本付いている。周囲には十一個の小さな窪みがあり、それぞれへ細い魔力回路が伸びていた。


端の一部は焦げ、角には俺自身が適当に削った跡まで残っている。


「あー」


思い出した。


俺の声を聞いた瞬間、セレスたち全員の視線がこちらへ集中する。


「知っているのですか?」


「うん。これ、俺が作ったやつだ」


部屋の空気が止まった。


トーマだけが嫌な予感を覚えた顔をした。


「ちなみに何なんだ?」


「帰るための道具」


俺は箱から黒い板を取り出した。


予想よりずっと軽い。


四百年ぶりなのに、手へ持った感触まで何となく覚えていた。


「あの頃、この辺りって霧が濃かったでしょ?」


セレスが小さく頷いた。


《最初の家》があった森は、昔から朝晩になると濃い霧が出た。今では《灰霧の森》なんて大層な名前で呼ばれているけれど、当時の俺たちにとっては単に迷いやすい森だった。


「食べ物を取りに行ったり、薪を拾いに行ったりする時に、何人か迷ったことがあったんだよね」


「……ありました」


セレスが遠い記憶を見るように目を細めた。


「私は二度ほど」


「我は迷っておらぬ。少々遠回りしただけだ」


「三時間?」


ミコトがぽつりと言う。


ラグナが黙った。


俺は笑いながら、黒い板の中央を指で軽く叩いた。


「だから家に目印の魔石を置いて、その方向だけ分かる道具を作ったんだよ。どっちへ進めば家に帰れるか分かれば、霧が出ても大丈夫かなって」


「これが……?」


エルシアが珍しく呆然としている。


俺は少し魔力を流してみた。


黒い板が淡く光る。


何百年も動かしていなかったはずなのに、中央の針がゆっくり回転し、やがて一方向を指した。


俺たちがさっきまで調べていた、《最初の家》の跡がある方向だ。


「まだ動くねー」


「動くねー、ではありません」


エルシアが俺の手元へ顔を寄せた。


その目が完全に技術者のものへ変わっている。


「アレン、この術式をいつ作ったのですか?」


「ここに住んでた頃だから……四百年くらい前?」


「そういう意味ではなく!」


珍しく強めに言われた。


エルシアは黒い板へ触れないぎりぎりの距離まで指を近づけ、内部を走る術式を凝視している。


「位置そのものを測定していません。固定点との魔力位相差だけを読み、方角を算出している……だから周辺の魔力場が乱れても機能する。しかも使用者側に高度な術式が必要ない。この構造……」


途中で言葉を止めたエルシアが、ゆっくり俺を見る。


「現代の《アウローラ帰還標》と、基本思想が同じです」


今度は俺が首を傾げた。


「何それ?」


その言葉を聞いたトーマが、本気で頭を抱えた。


「お前、アウローラが世界中に設置してる救難設備を知らないのか?」


「名前くらいは聞いたことある気がする」


「港にも鉱山にも街道にもあるだろ! 魔物災害とか遭難事故の時、救難信号を出した人間を最寄りの避難拠点まで誘導するやつだよ!」


そう説明されて、ようやく思い出した。


街の門や大きな駅で見かける、黒と金の柱みたいな設備だ。


世界中の《アウローラ》系列施設だけではなく、王国の公共設備にも導入されている。


「あれって、これと関係あるの?」


誰もすぐには答えなかった。


エルシアが黒い板を見ている。


セレスが俺を見る。


カレンは天井を仰いだ。


そしてラグナが腹を抱えて笑い始めた。


「はははははっ! つまり首領が子供を森で迷子にさせぬため作った物が、四百年後には世界中の遭難者を帰還させておるのか!」


「そういうことになるのでしょうね……」


カレンが諦めたように言った。


北方歴史学院の教授は、いつの間にか記録板を持つ手を震わせている。


俺としては、そこまで驚くような話でもない。


便利なら改良されて残ることはあるだろう。


けれどセレスは違ったらしい。


彼女は黒い板を見つめたまま、静かに口を開いた。


「《アウローラ帰還標》が初めて世界規模で配備されたのは、二百八十六年前です」


「そんな昔からあるんだ」


「当初は《ノクス・アウローラ》の遠征員や輸送員を帰還させるための設備でした。しかし、その後は商隊、鉱夫、船員、冒険者、一般市民へと対象が広がりました。現在では七十三か国で公共救難設備として採用されています」


七十三。


思っていたより多い。


セレスは少しだけ笑った。


「その設計思想を記した最古の文書には、『帰還とは所属へ戻ることではない。本人が帰りたい場所へ辿り着けるようにすることである』と書かれています」


俺は手の中の黒い板を見た。


そんな立派なことを考えて作った覚えはない。


ただ、霧の中で迷った子供たちが家へ帰ってこられるようにしたかった。


お腹が空く前に。


暗くなる前に。


怖い思いをしなくて済むように。


本当に、それだけだった。


「大げさになったねー」


そう言うと、セレスは少しだけ目を伏せた。


「あなたはいつも、そう言います」


責めるような声ではなかった。


むしろ、懐かしむような響きだった。


「自分がしたことを、いつも小さく言うのです」


「実際、小さい物だからね」


手のひらに収まる黒い板を見せる。


するとトーマがため息をついた。


「物理的な話じゃないだろ」


「そうなの?」


「そこから説明しないと駄目なのか……」


皆が少し笑った。


地下深くの古い保管庫で、四百年前と現在が妙な形で重なる。


世界最大企業の救難網の原型が、子供たちを迷子にさせないための手作り道具だった。


それを知った後世の人たちは、この場所を守り、帰還記録を残し続けた。


俺が忘れていた物を、四百年もの間。


「でも」


俺は黒い板を箱へ戻そうとして、手を止めた。


中央の針が動いている。


さっきまで《最初の家》の方向を指していたはずの針が、小刻みに震えていた。


「エルシア」


「はい。私も気づきました」


彼女の表情から、さっきまでの興奮が消えている。


針は一度大きく振れたあと、《最初の家》とはまったく違う方角を向いた。


そして黒い板の端に、四百年前にはなかったはずの文字が浮かび上がる。


《外部帰還要求を受信》


俺は眉を寄せた。


「こんな機能、付けてないよ」


「でしょうね」


エルシアが即答した。


どうやら後世の誰かが、俺の作った原型へ機能を追加している。


部屋の壁面にも光が走った。


封印されていた記録装置が連動したらしく、新たな文字列が次々に表示される。


《原型帰還標、起動確認》


《長期保留案件を再照合》


《対象件数――一》


その場にいた全員が画面を見る。


《帰還要求:継続中》


《発信者:識別不能》


《登録者照合:該当なし》


《初回受信――三百九十七年前》


誰も声を出さなかった。


三百九十七年前。


俺たちが《最初の家》で暮らしていた時代と、ほとんど変わらない。


「そんな昔の信号が、まだ残ってるのか?」


トーマが低い声で尋ねる。


エルシアはすぐには答えなかった。


何度か術式を確認してから、慎重に口を開く。


「信号が保存されているのではありません。今も発信されています」


空気が変わった。


俺は黒い板を見る。


四百年前に作った、ただの帰り道を示す道具。


その道具へ向けて、誰かが三百九十七年間ずっと帰還要求を送り続けている。


「発信場所は?」


俺が聞くと、エルシアが壁面の術式を操作した。


簡易地図が現れ、方角と距離の計算が始まる。


けれど途中で何度も数値が乱れた。


「通常の座標として取得できません。空間位相がずれています。ですが……」


エルシアの指が止まった。


表示の一番下。


帰還要求に付随する古い記録欄へ、一つの注意書きが残されていた。


《当該帰還要求について》


《救助隊を単独で派遣してはならない》


《災厄干渉を確認》


部屋の中から音が消えた。


俺はその文字をしばらく見つめる。


昔、子供たちとの遊び半分で作った秘密結社。


冗談で考えた世界の危機。


後世では、それすら本当に存在していた。


そして今度は、俺が子供たちを家へ帰すために作った道具から、三百九十七年間止まっていない帰還要求が見つかった。


ラグナが珍しく笑わず、低い声で言った。


「首領」


「うん」


「これは、里帰りだけでは済まぬようだな」


「みたいだねー」


俺は答えてから、一度セレスたちを見る。


昔なら、たぶんここで自分だけで調べに行った。


場所さえ分かれば、誰にも言わずに出発していただろう。


でも、それをしたせいで何が残るのかは、もう嫌というほど知っている。


「エルシアは信号の解析。セレスはこの施設の後世記録を調べて。カレンは北方歴史学院と調査範囲を調整してくれる?」


三人がすぐに頷いた。


「ラグナは?」


待ちきれない様子で聞かれたので、少し考える。


「勝手に救助隊組んで出発しない係」


「役割ではないではないか!」


「かなり重要だと思うよー」


カレンが深く頷き、シズクまで「重要」と追い打ちをかけた。


ラグナは不満そうだったけれど、それでも一人で飛び出そうとはしなかった。


たぶん俺だけではなく、みんなも少しずつ変わっている。


トーマが俺の横へ来て、黒い板を覗き込んだ。


「お前は何するんだ?」


「今日はみんなと一緒に戻るよ」


「……そうか」


それだけ言って、トーマは少し笑った。


俺はもう一度、表示を見る。


《帰還要求:継続中》


その下に、新しい文字が一つだけ増えていた。


俺が戻ってきたことで、長い間停止していた処理が再開されたらしい。


《創設者帰還を確認》


《未帰還者への応答権限を再接続します》


そして最後に、これまで誰も見たことのない記録番号が現れた。


《帰還案件――零号》


四百年前。


俺たちがまだ《ノクス・アウローラ》を秘密基地の名前くらいにしか思っていなかった頃。


すでに誰かが、帰れなくなっていたらしい。


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