第52話 四百年前の秘密基地跡で俺たちも知らない地下施設を見つけたら、入口に『帰還者を待つ』と刻まれていた
森の奥に現れた石造りの門を前にして、調査隊はしばらく動けなかった。
俺たちが探しに来たのは、四百年前にセレスたちと暮らしていた最初の拠点だった。古い小屋が朽ちずに残っていれば十分な成果で、基礎石や井戸跡だけでも歴史資料になると聞いていた。
ところが、目の前にあるものはどう見ても小屋ではない。
地面から斜めに突き出した巨大な石門は高さだけでも五メートル近くあり、両脇から続く石壁の大半は土と木の根に覆われている。自然に埋もれた遺跡のようにも見えるが、中央上部には明らかに人の手で彫られた紋章があった。
夜を示す黒い円。
その中を横切る細い光。
昔、俺たちが適当に決めた《ノクス・アウローラ》の印だった。
「……本当に知らないんだよね?」
俺がもう一度確認すると、セレスたち十人は誰も冗談を言わなかった。
セレスは苔に覆われた門を見上げたまま、ゆっくり首を横に振る。
「少なくとも、私がここを離れた時点では存在していませんでした。当時この辺りにあったのは、最初の家と倉庫、それからラグナが勝手に訓練場と呼んでいた空き地くらいです」
「勝手ではない。立派な訓練場だった」
「木を何本も倒しただけでしょう」
ラグナの反論にも、いつもの勢いはなかった。
彼も気になっているらしい。
ユリウスと教授たちはさらに慎重だった。
北方歴史学院の教授が門へ近づき、表面へ直接触れないよう距離を取って観察する。
「石材自体はこの地方のものに見えます。ただし加工法はかなり高度です。少なくとも簡易拠点として作った設備ではありません。それに、この土の堆積を見る限り……建設年代もかなり古い」
「四百年前より後?」
「現時点では断定できませんが、三百年以上前でも不思議ではありません」
俺たちがここを離れたあと。
かなり早い時期に作られた可能性がある。
それならなおさら、誰が作ったのか分からない。
◇
調査隊はすぐに中へ入らず、まず周囲を確認することになった。
門の左右へ伸びる石壁は森の斜面へ食い込み、数十メートル先で完全に土へ埋まっている。上から見ると建物の屋根らしいものはなく、どうやら施設の大部分は地下にあるらしい。
「秘密基地としては、後世の方が本格的ですね」
トーマがそう言うと、俺も頷いた。
「俺たちのときは雨漏りしてたのにねー」
「比較対象がおかしいんだよ」
周囲では歴史学院の学生たちが測量を始め、《アウローラ》側の護衛も危険な魔力反応がないか調べている。
俺は邪魔にならないよう少し離れ、昔の地形を思い出しながら森を見回した。
最初の家があったのは、この門より少し南だったはずだ。
小さな坂。
井戸。
裏手に木を干す場所。
冬になると雪が吹き込むから、セレスたちと板を打ち付けた。
「アレン」
呼ばれて振り返ると、シズクが少し離れた場所を指していた。
「石」
「何かあった?」
「たぶん、昔の家」
近づいてみる。
土と苔の間。
四角く並んだ古い基礎石。
その一つ。
傷。
斜めに三本。
「あ」
覚えている。
「ラグナが薪割り失敗したところだ」
「なぜ我の失敗ばかり残っている!」
森の向こうから声が飛んできた。
間違いない。
最初の家はここだった。
ということは、地下施設はそのすぐ北側に、あとから作られたことになる。
教授も位置関係を確認してから、難しい顔をした。
「元の拠点を保存するために、隣接して新施設を建設したのかもしれませんね」
「保存?」
「最初の家を壊して建て替えるのではなく、あえて残した可能性があります。もし後世の《ノクス・アウローラ》関係者がここを特別な場所と認識していたのなら、十分考えられます」
「特別って言っても、雨漏りしてた小屋だよー」
「それを決めるのは、住んでいた本人ではなく後世の人間です」
ユリウスの言葉。
少し前にも。
似た話をした気がする。
秘密基地。
帰れる場所。
支援組織。
同じ場所でも。
見る人によって意味が違う。
◇
一時間ほどの外部調査を終えたあと、ようやく門そのものを確認する段階になった。
門の中央には取っ手も鍵穴もない。
ただ。
紋章の下。
苔を慎重に除去すると。
文字が出てきた。
「読めますか?」
教授に聞かれ、俺とセレスは同時に近づいた。
古い共通語。
かなり薄い。
でも。
読める。
――ここは、帰還者を待つ。
「……」
俺は黙った。
横のセレスも。
声がない。
その下。
さらに。
――最初の火を忘れぬ者たちが、これを遺す。
――名を継ぐ者ではなく。
――帰る場所を継ぐ者として。
ユリウスの筆が止まった。
教授たちも何も言わない。
《ノクス・アウローラ》の名はある。
でも。
「組織を継ぐ」とは書いていない。
帰る場所を継ぐ。
その言い方。
「セレス」
「はい」
「これ、みんなが書いたんじゃないんだよね?」
「違います」
セレスの声は、少し震えていた。
「ですが」
一度。
文字を見直す。
「私たちのことを、かなり近くで知っていた方が書いたのでしょう」
そうでなければ。
こんな言葉にはならない。
◇
「入口、どうやって開けるんだろう」
トーマが門を見ながら言った。
「押すとか?」
「アレン。四百年前の施設へ現代人の感覚で触るな。研究者が全員倒れるぞ」
「じゃあ待つよー」
「それでいい」
専門家に任せる。
最近。
かなり得意になってきた。
歴史学院側と《アウローラ》技術班が非破壊で確認した結果、門の内部には魔力式の封印装置が残っていることが分かった。
問題は。
起動条件。
「魔力鍵ですね」
エルシアが門へ触れずに術式を読んでいた。
「古い形式ですが、複数の魔力波形を登録してあります」
「開けられる?」
「無理に解除すれば可能です。ただし内部機構を壊す恐れがあります」
「じゃあやめよう」
俺が即答すると、教授が少し驚いた。
「よろしいのですか?」
「壊してまで入りたいわけじゃないし」
「……歴史研究者としては非常にありがたい判断です」
「俺、最近褒められるねー」
トーマが小声で「昔がひどすぎたんだよ」と言った。
聞こえている。
◇
エルシアは術式をさらに調べ、やがて登録されている魔力鍵が一つではないことに気づいた。
「十……いえ、もっとあります」
「何個?」
「少なくとも二十以上。ただし古すぎて、完全な波形は読み取れません」
「俺たちのかな?」
セレスが。
少し考え。
手を出す。
「試しても?」
教授たちが慌てて安全距離を取り、エルシアが慎重に術式へセレスの魔力を流した。
一瞬。
何も起きない。
そのあと。
門の紋章。
光。
薄い。
白。
「反応しました!」
ユリウスの声。
門全体。
低い音。
でも。
開かない。
「認証は通ったようですが、単独では足りません」
「複数人?」
「可能性が高いです」
次。
ラグナ。
反応。
ヴィオラ。
反応。
ミコト。
反応。
カレン。
リゼット。
シズク。
ノエル。
クラリス。
全員。
通る。
「……」
十人。
登録。
されている。
作った本人たちは。
知らないのに。
「どういうこと?」
俺が聞いても。
誰も分からない。
最後。
全員の視線。
俺。
「嫌な予感するなー」
「アレン」
セレス。
少し。
笑ってる。
「お願いします」
「やっぱり?」
◇
門の前に立つ。
触れる場所。
ない。
エルシアに言われた位置へ。
手。
近づける。
魔力。
ほんの少し。
流す。
瞬間。
施設全体。
震えた。
地面の下。
重い。
音。
長い間。
眠っていた何かが。
起きるような。
紋章。
強く。
光る。
そして。
文字。
新しい。
浮かび上がった。
――帰還を確認。
「……」
俺。
止まる。
セレス。
止まる。
全員。
止まる。
「帰還……?」
トーマ。
俺を見る。
「お前を待ってたってことか?」
「俺に聞かれても分からないよー」
門。
ゆっくり。
左右。
開く。
中。
暗い。
でも。
完全な闇ではない。
壁沿い。
古い魔導灯。
一つ。
二つ。
三つ。
順番。
点灯。
地下へ続く。
長い階段。
その奥。
誰もいない。
でも。
空気。
まだ。
生きている。
◇
調査隊は、そこで一度止まった。
門が開いたからといって、すぐ入るわけにはいかない。
内部の空気。
崩落。
魔力罠。
全部。
確認。
俺は。
ちゃんと待った。
「アレン、入らないんだな」
トーマが感心したように言う。
「入っちゃ駄目って言われたからねー」
「本当に成長したな……」
「最近その評価ばっかりだね」
十分。
二十分。
《アウローラ》技術班と学院側が確認。
空気問題なし。
構造安定。
危険魔力反応なし。
ようやく。
入場許可。
先頭は。
教授。
護衛。
その後ろ。
俺たち。
階段。
下る。
一段。
一段。
壁。
きれい。
思ったより。
保存状態。
いい。
そして。
最初の部屋。
広い。
円形。
中央。
石台。
その上。
一冊。
本。
「また日記?」
俺が言うと、セレスが少し嫌そうな顔をした。
「今度は私ではありません」
教授が。
慎重に。
近づく。
表紙。
文字。
――帰還記録。
「……」
嫌な名前。
◇
触れる前に。
周囲。
確認。
部屋の壁。
何か。
いっぱい。
名前。
刻まれている。
一人。
二人。
十人。
百人。
もっと。
「これ……」
ユリウス。
声。
小さい。
「人名です」
年代。
古い。
俺たちが去ったあと。
百年。
二百年。
続いている。
名前の横。
短い言葉。
――帰還済。
――西部支援より帰還。
――北方遠征より帰還。
――死亡確認。
――未帰還。
胸。
少し。
重くなる。
秘密結社。
冗談。
そう言って。
始めた。
でも。
残った人たちは。
ここを。
本当に。
帰る場所にした。
「アレン」
セレス。
隣。
「はい」
違う。
返事。
小さい。
「うん」
壁。
見る。
たくさん。
知らない名前。
俺が。
会ったかもしれない人。
会ってない人。
俺たちのあと。
生きた人たち。
◇
教授が、中央の《帰還記録》を開く許可を求めた。
最初のページ。
文章。
――この記録は、帰った者を忘れぬために残す。
――帰らなかった者も、忘れぬために残す。
次。
――最初の家にいた者たちが去ったあとも、ここへ戻る者は絶えなかった。
――ゆえに我々は、この地を守る。
次。
――首領の帰還を待つためではない。
――誰であれ、帰ってこられる場所を残すために。
俺は。
そこで。
少し。
安心した。
「俺を待ってたわけじゃないんだ」
「……はい」
セレスも。
少し。
笑う。
「よかったねー」
俺だけを。
四百年。
待っていた施設。
だったら。
ちょっと。
重い。
でも。
違った。
ここは。
みんなの場所。
◇
ところが。
ページ。
さらに。
めくる。
途中。
別の筆跡。
――ただし。
「……」
嫌な接続詞。
――もし、アレンが帰ってきた場合。
俺。
目。
止まる。
トーマ。
顔。
押さえる。
「やっぱりあるじゃねえか」
「まだ続きあるよー」
読む。
――本人は、自分のために残された場所だと知れば嫌がる可能性が高い。
その通り。
――したがって、絶対にそのように説明してはならない。
「……」
「……」
俺。
周囲。
見る。
「これ書いた人、俺のこと知ってるねー」
セレスたち。
全員。
頷く。
さらに。
――彼は、おそらく「みんなが使うならいいよー」と言う。
「……」
トーマ。
吹き出す。
「完全にお前じゃん!」
「予言されてる」
「性格読まれてるだけだよ!」
俺も。
少し。
笑う。
◇
でも。
最後。
さらに。
文章。
――そのうえで。
――もし本人が再び帰還したなら。
――最深部を開放せよ。
部屋。
静か。
「最深部?」
教授。
地図。
ない。
エルシア。
壁。
調べる。
「この先」
一ヶ所。
封印。
さらに。
強い。
「また認証?」
「おそらく」
俺。
少し。
嫌。
「まだあるの?」
セレス。
今度。
笑っていない。
「私も」
一度。
息を吸う。
「知りません」
四百年前。
俺たちが。
最初に住んだ場所。
そのあと。
誰かが。
守り。
増やし。
地下施設まで。
作った。
そして。
その最深部。
アレンが。
帰ったときだけ。
開けろ。
「帰ろうか?」
俺が言うと。
トーマ。
即答。
「ここまで来て帰れるか!」
「だよねー」
俺も。
少し。
見たい。
ただ。
その瞬間。
奥。
封印扉。
まだ。
誰も。
触っていない。
なのに。
光。
点いた。
文字。
浮かぶ。
――帰還者認証済。
――最終保管庫、解放準備開始。
そして。
その下。
もう一行。
――保管対象。
――《創設者が置いていったもの》。
「……」
俺。
固まる。
「俺、何か置いてったっけ?」
セレスたち。
十人。
全員。
こっちを見る。
「何?」
誰も。
答えない。
その顔。
嫌な予感。
「みんな知ってるの?」
セレス。
ゆっくり。
首を横に振る。
「いいえ」
そして。
珍しく。
少しだけ。
困った顔で。
「ですが」
「うん?」
「アレンは昔」
「……」
「色々なものを」
「そこら中へ置き忘れていました」
「そんなに?」
「はい」
ラグナ。
深く。
頷く。
「非常に多かった」
「我まで知っておる」
「何でそこだけ全員覚えてるの!」
四百年前の。
俺の忘れ物。
それが。
地下施設の最深部へ。
わざわざ保管されている。
どうやら。
次に調べるのは。
秘密結社の歴史ではなく。
俺自身の。
四百年前の。
忘れ物らしい。




