第51話 四百年前の秘密基地を調査することになったら、最高幹部十人が全員『里帰りです』と同行を希望した
大陸学生交流会が終わって二日目。
ようやく普通の学院生活へ戻れたと思っていた俺は、朝食を食べ終えたところで、また学院長室へ呼び出された。
「最近ここへ来る回数、多くないですか?」
「私も同じことを思っている」
学院長は俺を見るなりそう答え、机の中央に一枚の古い地図を広げた。
昨日見つかった、四百年前の北方地方を描いた地図だ。
紙は黄ばんでいるものの、山脈や川、当時存在していた村落の名前まで細かく記されている。その北東部、深い森の中に小さな丸印があり、横には古い文字で《最初の家》と書かれていた。
隣にはトーマもいる。
呼ばれたのは俺だけだったはずなのに、最近は学院長まで彼が一緒に入ってくることを何も言わなくなった。
「それで、北方歴史学院から正式に共同調査の申し入れが来た。地図が本物なら、《ノクス・アウローラ》最初期拠点の位置を示す一次資料になる可能性があるらしい」
「行って見てくればいいんじゃないですか?」
「その調査へ、君にも参加してほしいそうだ」
「あー」
そこまで聞いて、ようやく呼ばれた理由が分かった。
学院長は俺の反応を慎重に見ながら続ける。
「もちろん強制ではない。君が四百年前の人物とどの程度関係しているのかについて、学院として公表するつもりもない。単純に、現地を知っている可能性がある長命種として協力を求められている」
言い方はかなり気を使っていた。
研究倫理の規則を作ったばかりなので、本人の意思を優先しているのだろう。
俺はもう一度地図を見る。
北方の森。
古い山道。
小さな印。
確かに、何となく覚えがある。
「行ってもいいですよー」
「即答だな」
「ちょっと見たいし」
四百年前。
セレスたちと暮らしていた場所。
最後に見たのがいつだったかすら、もうはっきりしない。
残っているとは思っていないけれど、それでも気にはなった。
「ただ」
俺は地図を指でなぞりながら、一つ気づいた。
「この道、今はたぶんないですよ」
「分かるのか?」
「昔でも細い道だったから。川も位置が少し違う気がするし、この辺、地形変わってるかも」
学院長。
止まる。
トーマも。
黙る。
「何?」
「いや」
トーマが困ったように笑った。
「お前が地図見て普通に四百年前の道路事情を話すの、何回見ても慣れねえなと思って」
「研究協力だからいいでしょー」
「今回はな」
学院長も否定しなかった。
◇
共同調査は、当初かなり小規模に行う予定だったらしい。
北方歴史学院から教授二名と学生四名。
王立魔法学院から歴史教師一名。
安全管理担当者。
それに俺。
ところが、その日の昼には参加希望者が一気に増えた。
「十名?」
学生会室へ呼ばれた俺は、目の前の申請書を見て首を傾げた。
「そうだ。《アウローラ》最高幹部十名全員から同行申請が来ている」
担当の上級生は、すでに諦めた顔をしていた。
「理由は?」
「全員ほぼ同じだ」
一枚目。
セレス。
――当該拠点に居住経験があるため、現地確認および安全判断に協力可能。
二枚目。
ラグナ。
――地形および当時の防衛設備を記憶している。
三枚目。
ミコト。
――隠匿設備の位置を一部記憶。
以下。
エルシア。
ヴィオラ。
カレン。
リゼット。
シズク。
ノエル。
クラリス。
全員。
「みんな住んでたなら、詳しいんじゃない?」
「学院側もそこは認めている。ただ、歴史調査に世界最大企業の最高幹部十人が全員参加する必要があるのかという問題がある」
「仕事もあるしねー」
「そこなんだ」
実際、《アウローラ》ほどの規模になれば、一人休むだけでも予定調整は大変なはずだ。
「それで本部側へ、《本当に十名全員必要なのか》と問い合わせた」
「返事は?」
上級生は。
別紙を出した。
――業務上の必要性だけを考慮すれば、二名程度で対応可能。
「ちゃんと分かってるねー」
「続きがある」
――ただし、当該地点は我々にとって最初期の生活拠点であり、個人的には全員が同行を希望。
その下。
備考。
――平たく言えば、里帰りです。
「……」
俺は少し笑った。
「なら行けばいいんじゃない?」
「君は簡単に言うが、世界最大企業の最高幹部が十人同時に里帰り休暇を取るんだぞ」
「有給あるでしょ?」
「論点がそこではない!」
最近、学院の人までトーマみたいになっている。
◇
結局。
《アウローラ》側で業務を調整した結果、十人全員の同行が認められた。
ただし。
調査隊の指揮権は北方歴史学院の教授。
遺物が見つかっても勝手に触らない。
建物が残っていても、所有権や文化財指定が確認されるまで修復しない。
そして。
《アウローラ》の人員を勝手に追加しない。
そこまで決められた。
「最後、必要?」
俺が聞くと、学院長は即答した。
「必要だ。放っておけば現地に仮設本部を建てるだろう」
「建てません」
セレスが隣で否定した。
「本当に?」
「……宿泊設備程度なら」
「それを建てると言っているのだ!」
学院長の声が響いた。
最終的に、《アウローラ》側の追加要員は護衛・医療・輸送を合わせて二十名まで。
今回は本当に少ない。
「二十名で足りるの?」
俺が聞いたら、学院長にものすごく嫌な顔をされた。
◇
調査出発は三日後に決まった。
その間。
俺は普通に授業を受けた。
小麦へ水をやった。
歴史学の試験範囲も確認した。
そして。
トーマへ聞いた。
「一緒に行く?」
「何で俺が?」
「友達だから」
「便利な言葉として使うな」
トーマはそう言ったものの、少しだけ地図へ興味を示していた。
「でも四百年前の秘密基地なんだろ?」
「秘密基地って言っても、最初は古い小屋だよー」
「お前らの『古い小屋』を信用していいのか?」
「普通の小屋だったと思う」
「《思う》か……」
数秒考えたあと。
トーマは。
ため息。
「学生枠あるの?」
「北方歴史学院との合同実地研修扱いになるから、希望者二人まで参加できるって」
「じゃあ行く」
「やっぱり興味あるんだ」
「あるに決まってるだろ。お前の昔話、最近授業にまで出てくるんだぞ。だったら現物見た方が早い」
友達らしいのか。
研究者らしいのか。
分からない理由だった。
◇
出発前日。
歴史研究室で、調査隊の事前説明会が開かれた。
昨日の発表者だったユリウスも、北方歴史学院側の学生代表として参加する。
「現地は現在、《灰霧の森》と呼ばれる保護地域に含まれています。四百年前とは植生も地形も変わっており、当時の道はほぼ残っていません」
教授が現在の地図と古地図を並べる。
俺も見比べてみた。
やっぱり。
「川がこっちに移ってますねー」
「分かりますか?」
「昔は、この山の西側を流れてた気がする」
教授がすぐ資料へ記録する。
「他に覚えていることは?」
「んー」
古地図を見る。
森。
川。
山。
「この辺に、大きい岩があった」
「岩?」
「屋根みたいな形したやつ。雨の日に下へ入れたから覚えてる」
ユリウスが現在の地形図を調べる。
「それらしい巨岩が、現在もあります。地元では《伏せ竜岩》と呼ばれているようです」
「じゃあそこまで行けば、道分かるかも」
「本当に?」
「たぶん」
トーマが俺を見る。
「四百年前の道を、岩一個で思い出すのすごいな」
「道って案外そういうもので覚えてるよー」
そのとき。
ラグナが。
地図。
覗く。
「この地点から北へ行けば、訓練場があったはずだ」
「訓練場?」
教授が食いつく。
「ただの空き地です」
カレンが訂正した。
「ラグナ様が勝手に訓練場と呼んでいただけです」
「広かったではないか!」
「あなたが木を倒して広げたのです」
「……」
教授。
ゆっくり。
メモ。
――人為的伐採痕の可能性。
「研究資料にされてるよー」
「なぜ我の昔話ばかり!」
「実績じゃない?」
「アレンまで!」
◇
説明が進むにつれ。
少しずつ。
みんなの記憶も戻ってきた。
セレスは水場。
ヴィオラは薬草を育てていた場所。
カレンは冬になると雪が積もる斜面。
ノエルは。
俺に拾われたという道。
「ここ」
地図の端。
小さな旧街道。
「たぶん」
「思い出した?」
「少し」
ノエルは。
地図を見つめた。
「雨」
「うん」
「寒かった」
俺も。
何となく。
思い出す。
ずぶ濡れで。
道端。
しゃがんでいた。
小さい子。
「傘なかったんだよねー」
「はい」
「俺の上着あげたら、返さなかった」
「……」
ノエル。
こっち。
見る。
「返してほしかった?」
「今さら?」
「四百年前でも」
「いらないよー」
「ならよかった」
ほんの少し。
笑う。
教授たちは。
今度は。
メモを取らなかった。
そこは研究資料ではないと。
分かってくれたらしい。
◇
翌朝。
調査隊は学院の転移門から北方地域へ移動した。
目的地近くの町までは転移できる。
そこから先。
馬車。
最後は。
徒歩。
久しぶりの遠出。
学生旅行みたいで。
少し楽しい。
「アレン」
「何?」
馬車の向かい。
トーマ。
「遠足じゃないぞ」
「分かってるよー」
「さっきから窓ばっかり見てるじゃん」
「景色懐かしいから」
そう言うと。
トーマも。
外を見る。
「四百年前と変わってる?」
「かなり」
昔。
森しかなかった場所。
畑。
町。
道路。
逆に。
昔あった村。
今はない。
「変わるんだな」
「四百年だからねー」
「お前だけ変わってなさそうなのが怖いよ」
「身長は伸びたよ?」
「その話、国王にもしてただろ!」
前の馬車から。
笑い声。
聞こえた。
◇
午後。
《灰霧の森》入口。
ここからは徒歩だった。
保護地域の管理官が先導し、調査隊は細い山道へ入る。
木々は高く。
空。
ほとんど見えない。
湿った土。
苔。
虫の音。
森の匂い。
少し。
懐かしい。
「アレン」
セレスが。
隣へ来る。
「覚えていますか?」
「何となく」
「私もです」
昔。
ここを。
何度も。
歩いた。
今は道も違う。
木も違う。
でも。
空気は。
少し。
同じ。
二時間ほど歩いたところで、ユリウスが声を上げた。
「《伏せ竜岩》です!」
前方。
木々の間。
巨大な岩。
確かに。
屋根みたいな形。
「これだ」
触る。
冷たい。
苔。
昔より。
いっぱい。
「ここで雨宿りしたよー」
セレスたち。
全員。
岩を見る。
「覚えています」
ヴィオラが。
小さく笑う。
「ラグナが上へ登って落ちたところね」
「落ちておらぬ! 飛び降りたのだ!」
「頭から?」
「……滑っただけだ」
四百年。
経っても。
こういうことは。
覚えているらしい。
◇
ここから。
俺が。
少し先を歩くことになった。
今の道。
ない。
でも。
地形。
見る。
岩。
山。
川の音。
「こっちかなー」
「本当に分かるのか?」
トーマ。
心配。
「たぶん」
「その言葉で原生林入るの怖いんだけど!」
「昔は毎日歩いてたから」
「四百年前だろ!」
でも。
少し進むと。
セレス。
止まる。
「こちらです」
「覚えた?」
「はい」
そこから。
カレン。
ヴィオラ。
シズク。
それぞれ。
思い出す。
道はない。
でも。
俺たちの中には。
残っていた。
◇
そして。
森へ入ってから。
三時間四十分。
前方。
木々。
少し。
開ける。
「……」
俺。
止まる。
セレスも。
止まった。
そこ。
小さな。
石垣。
苔だらけ。
崩れかけ。
でも。
残っている。
「ここだ」
声。
自然に。
小さくなる。
四百年前。
最初。
みんなで。
住んだ場所。
建物。
ある。
はず。
でも。
木々の間から見えたのは。
小屋ではなかった。
「……え?」
トーマ。
前。
見る。
ユリウス。
地図。
見る。
教授。
完全に。
固まる。
俺も。
同じ。
「こんなの」
「なかったよね?」
森の奥。
石造り。
巨大な門。
半分。
地面に埋まっている。
その上。
古い。
紋章。
《ノクス・アウローラ》。
でも。
俺は。
知らない。
「セレス」
「……はい」
「これ」
「うん」
「みんな作った?」
十人。
全員。
首を横に振った。
セレスも。
門を見つめたまま。
静かに答える。
「いいえ」
四百年前。
俺たちが。
去ったあと。
誰かが。
ここへ。
何かを。
作っている。
最初の家を探しに来た。
はずだった。
なのに。
森の奥で待っていたのは。
俺たち自身も知らない。
《ノクス・アウローラ》の。
地下施設だった。




