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冗談で作った秘密結社が世界最大企業になっていた ~平凡な学生を演じる創設者の俺は、今さら全部作り話だったと言い出せない~  作者: てへろっぱ


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第50話 四百年前の黒歴史が教材になった結果、創設者本人が「そこテストに出さないで」と頼む羽目になった

 大陸学生交流会三日目の朝。


 教室の黒板横に貼られた紙を、俺はもう一度読み直していた。


 ――アレン・クロフォード君へ。


 ――困っている人物を見つけても、その場で新組織を作らないこと。


 ――《四百年前にも同様の事例あり》。


「やっぱりこれ、剥がしていいと思うんだけど」


「駄目だろ。学院長名義だぞ」


 隣でトーマはまだ笑っていた。


「そもそも新組織なんて作ってないよー。最近はちゃんと人に任せてるし」


「だから《再発防止》なんだろ。今ちゃんとしてるうちに貼っとくんだよ」


「病気みたいに言わないでよ」


「四百年前の経過記録を見る限り、症状としてはかなり重いぞ。道端で一人拾って、気づいたら食料庫が足りなくなって、半年後には人数が分からなくなったんだから」


 それだけ並べると、確かに少し変だった。


 ただ、当時は本当にそんなつもりではなかった。困っている人をそのままにできず、一人増えたら寝床を増やし、食べる人が増えたら畑や倉庫を広げただけだ。


 結果として人数が分からなくなった。


「やっぱり事故みたいなものだねー」


「事故で世界規模の秘密結社ができるか!」


 トーマの声に、教室のあちこちから笑いが起きる。


 最近は俺の昔話も、怖がられるより笑われることの方が増えてきた。


 その方が俺も気楽だった。


 ところが、ホームルームが始まると、担任教師がさらに面倒な紙を持ってきた。


「今日の二時間目だが、予定を一部変更する。交流会最終日の特別授業として、昨日確認された四百年前の手帳を教材にした歴史研究実習を行うことになった」


「先生」


「何だ、クロフォード君」


「俺、欠席していいですか?」


「駄目だ」


 即答だった。


「何で?」


「君も学生だからだ」


「こういうときだけ普通の学生扱い強いねー」


「望んでいたことだろう?」


 反論できなかった。


     ◇


 特別授業には、俺たちのクラスだけでなく交流学生も参加した。


 教材として配られたのは、セレスが公開を許可した部分だけを複写した資料だった。


 《ノクス・アウローラ》という名称が生まれた日。


 最初の拠点。


 活動人数が少しずつ増えていった記録。


 そして、後世に残った伝承との比較。


 幸い、《アレンに褒められた回数》や髪を結んだ話は完全に削除されている。


 そこだけはセレスが絶対条件にしたらしい。


 授業を担当する歴史教師は、最初に資料の扱い方を説明した。


「今回重要なのは、一次資料が見つかったからといって、それまでの研究をすべて《間違い》として捨てないことだ。過去の研究者は、当時入手できた資料から最も合理的な説明を組み立てている。新資料が出たなら、その説明を更新する。歴史研究とはそういうものだ」


 ユリウスも前の方で真剣に聞いている。


 昨日、自分の説の一部が崩れた本人なのに、むしろ誰より楽しそうだった。


「では最初に、《ノクス・アウローラ》創設目的について考えよう。従来の有力説は、《世界を影から導くために設立された長命種組織》だ」


 黒板へ大きく書かれる。


 世界を影から導く。


 格好いい。


 俺は少し感心していた。


「対して、新しく確認された手帳では――」


 教師がページをめくる。


「《秘密基地に名前が欲しくなったため》」


 教室が笑いに包まれた。


「先生、それ本当に同じ組織ですか?」


 外国から来ていた学生が手を挙げる。


「現段階では、同一組織と考えるのが最も自然だ」


「落差がすごすぎません?」


「歴史では珍しくない。後世に意味づけが追加されることはある」


 そこで教師の視線が俺へ向いた。


「クロフォード君。何か言いたそうだな」


「俺?」


「さっきから《世界を影から導く》のところを妙に気に入った顔で見ている」


「格好いいなと思って」


「君が言うと非常に複雑なのだが」


 また笑われた。


 最近、顔まで読まれるようになってきた気がする。


     ◇


 授業の後半では、班ごとに「なぜ小さな集まりが大きな組織へ発展したのか」を考えることになった。


 俺の班にはトーマ、ユリウス、アルヴェインから来た学生、それにマリネアの学生が入った。


 机の中央に資料を広げる。


「まず人数の増え方を見ると、明確な勧誘活動はしていないんですよね」


 ユリウスが指摘した。


「確かに。《加入者を募集した》という記録は一度もない。それなのに半年後には人数不明、と」


 マリネアの学生が苦笑する。


 トーマは俺を見た。


「本人、何か覚えてないのか?」


「募集はしてないよー。困ってる人いたら連れて帰ってただけ」


「それを勧誘と言うんじゃないか?」


「違うと思うけどなー」


 アルヴェインの学生が、少し考えてから口を挟んだ。


「でも、《加入してください》ではないなら、本人の認識としては勧誘じゃないのかもしれません。住む場所を用意して、仕事ができる人には仕事を頼んでいたら、自然と組織になったということでは?」


「それだ」


 トーマが俺を指した。


「こいつ、組織を作ろうとして組織を作るんじゃないんだ。生活圏を広げてたら結果的に組織になるんだよ」


「ひどい分析だねー」


「四百年前の資料と現在の行動が一致してるんだから仕方ないだろ。アルヴェインでも古い商店一軒好きって言っただけで人が集まったし」


「それは《アウローラ》のみんなが買いすぎただけだよ」


「原因お前だろ!」


 ユリウスは俺たちのやり取りを聞きながら、何かを思いついたように資料へ書き込んでいた。


「もしかすると、組織の拡大理由は《理念への賛同》より先に、《帰属先を必要とする人を拒まなかったこと》なのかもしれません」


 少し。


 空気が変わった。


「帰属先?」


「はい。当時は戦争や災害が多く、家や家族を失った人も多かった。《ノクス・アウローラ》が最初から世界を救おうとしていなくても、《ここへ帰ってきていい》という場所なら、人は自然に集まります」


 四百年前の。


 小屋。


 狭い寝床。


 大きくした食料庫。


 思い出す。


「……それは」


 たぶん。


 かなり近い。


「どうしました?」


「いや。いい研究だなーって」


 それ以上は言わなかった。


 今は授業。


 答えを全部渡すより、みんなで考える方がいい。


 最近。


 少しずつ。


 それが分かってきた。


     ◇


 各班の発表が終わると、歴史教師が最後に黒板へ三つの言葉を書いた。


 《秘密基地》。


 《帰れる場所》。


 《支援組織》。


「同じ場所でも、見る時代や立場によって名前が変わる。最初は子供たちの秘密基地でも、助けられた人にとっては家であり、国から見れば正体不明の支援組織になる。これが今日の授業で一番覚えてほしいことだ」


 いい話だった。


 そこで教師が、もう一つ文字を書く。


 《試験範囲》。


「今日扱った内容は、次回の歴史学基礎試験にも含める」


「先生!」


 思わず手を上げた。


「何だ、クロフォード君」


「秘密結社作った理由までテストに出るんですか?」


「出る可能性はある」


「本人いるのに?」


「本人がいても試験範囲は変わらない」


「じゃあ答え教えてもいい?」


「不正行為になるからやめなさい」


 教室中が笑った。


「自分が作った秘密結社の創設理由をテストで間違えたらどうなるの?」


 トーマが楽しそうに聞いてくる。


「間違えないよー」


「お前、昨日まで誰を拾ったか忘れてただろ」


「……」


「ノエルの件」


「あれは思い出したから」


「テスト前に四百年前の自分の日記で勉強する四百歳か。見たいな、それ」


「絶対見せないよー」


 これだけは。


 本気で。


 嫌だった。


     ◇


 昼休みになると、交流会最終日らしく、あちこちで別れの準備が始まっていた。


 連絡先を交換する学生。


 研究資料を持ち寄る教師。


 次回の共同実験の日程を決めている人たち。


 初日は千人以上が一気に来てどうなるかと思ったけれど、終わってみれば、かなり普通の交流会だったと思う。


 俺は栽培実習区画へ向かった。


 小麦の芽。


 また少し伸びている。


 そこには先にエリナがいた。


「アレンさん。昨日より葉が開いています」


「本当だねー」


 二人でしゃがみ込む。


「水は?」


「今日はまだ。教えてもらった通り土が乾くまで待ってる」


「完璧です」


「褒められた」


 何となく嬉しい。


「帰国後も記録を送ってくださいね。栽培担当の学生たちも楽しみにしています」


「学院同士で送るよー。俺だけだと忘れるかもしれないし」


 エリナが少し驚いた。


「ご自分だけで管理されないのですか?」


「うん。俺が忘れても誰か覚えてれば続くでしょ?」


 言ってから。


 自分でも。


 少し変わったなと思った。


 昔なら。


 全部自分で。


 覚えようとしたかもしれない。


「それがよいと思います」


 エリナは柔らかく笑った。


 少し離れたところではミレイアが学院工房の学生と話し、アルフレッドは図書館から大量の複写資料を受け取っている。


 みんな。


 もう俺がいなくても。


 それぞれでつながっている。


 いい感じだった。


     ◇


「アレンさん」


 背後から呼ばれる。


 青い髪紐。


 レティシア。


「帰国は夕方でしたっけ?」


「はい。閉会式のあとです」


「そっか」


 少し。


 寂しい。


 でも。


 前と違う。


「今度は俺がアルヴェイン行く番だねー」


「……覚えていてくださったのですね」


「約束したし」


「市場も?」


「行く」


「学生街も?」


「行くよー」


「一時間も?」


「デート?」


 レティシアの頬が少し赤くなった。


「……はい」


「もちろん」


「では」


 彼女は青い髪紐へ触れながら、嬉しそうに笑った。


「それだけで十分です」


 その会話を。


 少し離れた場所から。


 ミレイア。


 見ている。


 さらに。


 セレスたち。


 別方向から。


 見ている。


「……」


 何か。


 視線が多い。


「人気ですね」


 エリナが小声で言う。


「小麦が?」


「……そのままでいてください」


「最近それ多いなー」


     ◇


 午後。


 大陸学生交流会。


 閉会式。


 初日とは違い、今回は特別な演説もなかった。


 学院長が簡単に挨拶し、大陸学生交流連絡会の代表が成果報告を行い、次回開催については後日各校で協議すると発表する。


 俺は。


 客席。


 普通に拍手。


 誰にも呼ばれない。


 壇上にも上がらない。


 素晴らしい。


「アレン」


「何?」


 隣のトーマが、小声で聞いてくる。


「嬉しそうだな」


「今日は何も喋らなくていいからねー」


「成長したな」


「でしょ?」


「前のお前なら?」


「閉会式終わったあと片付け手伝うかな」


「今もやるだろ、それ」


「頼まれたら」


「本当に成長してる……」


 何だか。


 感動された。


     ◇


 閉会式後。


 外国学生たちが次々と帰っていく。


 アルフレッド。


「次はグランベルで待っている。冬に来るなら厚着をしてこい」


「寒いの?」


「かなりな」


「楽しみだねー」


 ミレイア。


「港湾規格の件、工房の皆様と共同研究を始めることになりました。次に会う頃には試作品をお見せできると思います」


「早いねー」


「あなたに《専門家へ聞け》と言われましたから、その通りにしました」


「俺、何もしてないね」


「それでよいのでしょう?」


「そうだね」


 エリナ。


「小麦をお願いします」


「任せて」


「毎日水をあげないでくださいね」


「分かってるよー」


「本当に?」


「信用ないなー」


「前科があります」


 植物でも。


 前科扱い。


 最後。


 レティシア。


「また」


「うん。またねー」


 それだけ。


 前より。


 簡単。


 でも。


 今度は。


 また会う予定がある。


 だから。


 それで十分だった。


     ◇


 交流会が終わった翌日。


 学院は急に静かになった。


 西旧校舎区も片付けが始まり、臨時案内板は外され、外国語の掲示も少しずつ撤去されていく。


 俺は通常授業へ戻り、昼休みには小麦を見て、放課後はトーマと本屋へ寄った。


 ようやく。


 本当に。


 普通の日常。


 そんな日の夕方。


 学院長室。


 学院長は交流会の最終報告書を読み終え、満足そうに頷いていた。


「大きな事故なし。外交問題なし。新組織の無断設立なし。《アウローラ》も必要範囲の支援に留まった。成功と言ってよいだろう」


「はい」


 学生会代表も疲れた顔で笑う。


「クロフォード君も、最後まで役職なしでした」


「素晴らしい」


「ただし」


 その一言で。


 学院長の顔。


 止まる。


「何だ?」


「交流会期間中に確認された、セレス会長の手帳ですが」


「うむ」


「歴史学院側で保存経路を調査したところ、同じ保管箱に別の資料が入っていたそうです」


「……何の資料だ?」


「まだ鑑定中ですが」


 一枚。


 古い地図。


 机へ。


 広げられる。


 四百年前。


 北方地方。


 山。


 森。


 そして。


 一ヶ所。


 小さな印。


 横。


 古い文字。


 ――《最初の家》。


「まさか」


「はい」


「《ノクス・アウローラ》最初期拠点の位置を示した地図である可能性があります」


 学院長。


 黙る。


「現存しているのか?」


「不明です。ただ」


 報告者。


 別紙。


「北方歴史学院から」


「うむ」


「共同調査の申し入れが来ています」


「誰へ?」


 学院長は。


 嫌な予感。


 もう。


 分かっていた。


「王立魔法学院へ。そして」


 少し。


 間。


「アレン・クロフォード本人へ」


 学院長は。


 ゆっくり。


 天井を見上げた。


「……やっと交流会が終わったのだぞ」


 普通の日常。


 復活。


 一日目。


 どうやら次は。


 四百年前に俺たちが作った。


 最初の秘密基地を。


 探しに行くことになるらしい。


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