第45話 王女三人と王太子一人から学院案内を頼まれたら、最高幹部十人まで「案内補助」に立候補した
昼休みの栽培実習区画で、小麦を植えたばかりの土へ水をやっていると、学生会の上級生がまた俺を探してやってきた。
昨日も同じ人がここまで走ってきたので、最近は俺を探す場所として認識され始めているのかもしれない。
「クロフォード君、少しいいか? 次回交流会について確認したいことがある」
「いいですよー。今日は役職じゃないですよね?」
「違う。学院長から君へ役職を与える場合は、事前に学院長本人の許可を取るよう通達まで出た」
「そこまでしなくてもいいのに」
「君はそう言うだろうと思うが、学生会としては非常に助かっている」
上級生は苦笑しながら、一枚の参加者一覧を差し出した。
昨日見たものより人数が増えている。参加希望者はすでに千二百人を超えていたが、今回確認したいのは総数ではないらしい。
何ヶ所か赤い印が付けられていた。
マリネア王国第三王女ミレイア。
フェルナード王国第二王女エリナ。
グランベル王国王太子アルフレッド。
アルヴェイン王国第二王女レティシア。
「アルヴェインで会った人たちですねー」
「そうだ。そして四名とも、備考欄に同じ希望を書いている」
王立魔法学院滞在中、アレン・クロフォードによる学院案内を希望。
そこまで読んで、俺は首を傾げた。
「俺でいいんですか?」
「向こうから君を指名しているのだから、むしろ君しか駄目なのだと思う。ただ、学生会として困っているのは、その次だ」
上級生がレティシアの欄を指した。
――前回の交流時における専属案内への返礼として、今回は私が案内される側を希望します。
「レティシアらしいねー」
「君はそれで終わるのか……」
「何か問題あります?」
「これだけならない。問題は、マリネア王国から昨日届いた追記だ」
別紙を渡される。
そこにはミレイア王女からの希望として、こんな一文が追加されていた。
――可能であれば、アレン・クロフォード本人から学生が普段利用している場所を案内していただきたい。
「普通だねー」
「まだある」
次。
フェルナード王国。
――栽培実習区画をぜひ見学したい。アレン・クロフォードが持ち帰った小麦の生育状況も確認できれば嬉しい。
「小麦見に来るんだ。まだ芽も出てないけど」
「そこへグランベル王太子からも追加が来た」
――実戦訓練場および学生食堂について、可能であればアレン・クロフォードと共に見学したい。
俺は三枚の紙を見比べた。
「じゃあ一緒に案内すればいいんじゃない?」
「……そうなるよな」
「一人ずつ案内したら時間かかるし、みんな知り合いだから四人一緒でいいでしょ?」
「私たちも同じ案を出した。ただし、アルヴェイン側へ合同案内で問題ないか確認を送ったところ、第二王女殿下から三分で返事が来た」
「早いねー」
「《異議ありません。ただし前回の専属案内役として、私がアレンさんの隣を希望します》だそうだ」
「あー」
レティシアらしい。
「いいんじゃないですか?」
答えた瞬間、上級生が俺の顔をじっと見た。
「君、本当に何も分かってないんだな」
「最近それよく言われるよー」
「では聞くが、ミレイア殿下からその返事の十分後に《私も案内内容について直接質問したいので、できるだけ近い位置を希望します》と追加が来たのはどう思う?」
「話しやすい方がいいからじゃない?」
「エリナ殿下から《栽培区画では私が説明を補足できますので、アレンさんの近くを希望します》とも来ている」
「小麦はエリナの国のだから、それは助かるねー」
「アルフレッド殿下だけは《私は後ろで構わない。これ以上面倒なことに巻き込まれたくない》だ」
「アルフレッド、やっぱりいい人だねー」
上級生はしばらく無言で俺を見たあと、諦めたように肩を落とした。
「分かった。学生会で何とかする」
「大変そうなら手伝いますよ?」
「君は学院長から何と言われた?」
「何もしないでくれ」
「なら、そのまま小麦へ水をやっていてくれ」
「はーい」
最近、俺の仕事は本当に簡単だった。
◇
ところが学生会室では、俺が小麦へ水をやっている間にも案内経路を巡る会議が続いていた。
「まず王族四名だけをアレン先輩一人へ任せるのは駄目だよな。相手が外国王族だからというより、交流会全体の対応もあるし、学院側の案内担当を最低一名付けたい」
「学生会から一人出そう。それなら外交対応というより、通常の学院案内として扱える」
「護衛は各国が付けるから、学院側で余計な警備は増やさなくていい。ただ、案内経路だけは一般参加者と重ならないよう調整した方がいいな」
ここまでは順調だった。
問題が起きたのは、会議開始から二十分後だった。
一人の学生が、新しく届いた封筒を持って入ってくる。
「《アウローラ》から書面が届きました」
「支援人数の件なら学院長と協議中だろ?」
「違います。王族四名の学院案内についてです」
室内が静かになった。
嫌な予感しかしない。
「読んでくれ」
「《海外要人の学院視察について、必要であれば当社より案内補助要員を派遣可能です》」
「人数は?」
「……十名です」
「まさか」
「最高幹部十名全員です」
学生会室から、一斉にため息が漏れた。
◇
「案内補助です」
その日の放課後。
《アウローラ・グランド》地下本部で、セレスは実に真面目な顔をしていた。
長机を囲む十人の前には、王立魔法学院の簡略地図と、次回交流会の予定表が広げられている。
カレンだけは少し離れた席で額を押さえていた。
「セレス様。確認しますが、学院内を案内するのは王立魔法学院の学生です」
「承知しています。ですから私たちは補助です」
「何を補助するのですか?」
「さまざまです」
「具体的にお願いいたします」
セレスが一瞬黙った。
隣からラグナが助け船を出す。
「安全確認だ!」
「各国の護衛と学院警備が行います」
「ならば緊急対応!」
「学院医務室があります」
「道案内!」
「アレン様本人が在籍する学院で、なぜ我々が道案内をするのですか?」
ラグナは言葉を失った。
今度はミコトが静かに手を挙げる。
「情報支援」
「何の情報です?」
「混雑」
「学生会が管理します」
「天候」
「屋内中心です」
「敵襲」
「交流会へ何を想定しているのですか」
「可能性はゼロではない」
「ゼロに近い可能性を理由に、世界最大企業の最高幹部全員を投入しないでください」
カレンは一つずつ逃げ道を塞いでいった。
やがて誰も業務上の理由を出せなくなると、ヴィオラが扇を閉じてため息をついた。
「もう正直に言ったらどうかしら。王女が三人も来て、全員アレンの近くを希望しているから気になるのでしょう?」
「私は違います」
セレスが即答した。
「では不参加でよろしいですね?」
「それとこれとは話が違います」
「同じです」
「私は《アウローラ》会長として海外王族への挨拶が必要です」
「挨拶後は?」
「……」
セレスが黙る。
「仕事へ戻ってください」
「厳しいですね」
「最近ようやくアレン様が私たちへ仕事を任せてくださるようになったのです。その信頼を、自分たちから壊すつもりですか?」
その一言で、空気が変わった。
セレスは胸元にある《また帰る》の首飾りへ無意識に指を触れた。
アルヴェインへ行く前なら、理由を付けてアレンの隣へ付いていく方法を考えていたかもしれない。
だが今は、本人から「みんなの方が詳しいから任せる」と言われたばかりだ。
「……それは嫌ですね」
「でしょう?」
「はい」
セレスが椅子へ深く座り直す。
「では、案内補助案は撤回します」
ラグナが何か言いかけたが、カレンに見られて口を閉じた。
「ただし」
今度はリゼットが口を開いた。
「海外王族四名が来訪される以上、最高幹部の一部には正式な挨拶日程が組まれています。その範囲でアレンと会うことまで禁止する必要はないでしょう」
「もちろんです。それは仕事ですから」
「ならば問題ありません」
リゼットは手帳を開き、すでに入っている業務予定だけを確認した。
追加しない。
勝手にアレンの予定へ入り込まない。
それだけのことなのに、十人にとっては以前よりずっと難しい。
「普通とは」
ラグナが重々しく呟いた。
「我慢なのだな」
「少し違うと思います」
カレンはそう答えたが、否定しきる自信もなかった。
◇
翌日。
俺は午前の授業が終わると、学生会室へ呼ばれた。
昨日の上級生が案内予定表を渡してくれる。
「王族四名の案内について、正式な案が決まった。交流会初日の午後、二時間。君と学生会から一名、それから各国護衛が同行する」
「分かりましたー。どこ回るんです?」
「希望を全部入れると、まず通常教室、図書館、学生食堂、共同工房、実戦訓練場、栽培実習区画。それから最後に学生寮周辺だ」
「二時間で足りる?」
「余計なところへ寄らなければな」
その言葉で。
二人とも少し黙った。
「俺、寄り道すると思われてる?」
「アルヴェインの市場で予定外の古い商業区へ入り、そのまま一軒の店を繁盛させたと聞いた」
「あれは偶然ですよー」
「だから今回は、寄り道してもいいように三十分余裕を持たせてある」
「信用されてるのか、されてないのか分からないねー」
「私たちも分からない」
予定表を眺めていると、一つ気づいた。
「《アウローラ》の人は?」
「ああ」
上級生が少し安心したように笑った。
「案内補助として十名派遣するという話は取り下げられた。最高幹部の皆さんも、それぞれ正式な仕事があるらしい」
「そっか。忙しいもんねー」
「……本当にそれだけだと思うか?」
「仕事でしょ?」
「まあ、君がそう思うならそれでいい」
最近そればかりだった。
◇
それから交流会までの日々は、思ったより普通に進んだ。
西旧校舎区では専門業者による安全検査が行われ、建物自体には大きな問題がないことが分かった。水回りと暖房設備だけは修繕が必要だったが、学院が地元業者へ発注し、《アウローラ》は不足する部品と一部の通信設備だけを提供することになった。
最初は二千四百人だった《アウローラ》支援要員も、話し合いを重ねた結果、三百八十名まで減った。
それを聞いたとき。
「かなり減ったねー」
と俺は素直に感心したのだけれど、学院長は「本来これでも十分多い」と言っていた。
準備委員の学生たちも忙しそうにしていたが、俺が何かをやろうとすると、きちんと役割を渡してくれるようになった。
掃除。
机運び。
案内表示を貼る。
外国から来る学生用の簡単な学院地図を折る。
どれも普通の仕事だ。
「アレン、そっちの机四つ頼む!」
「はーい」
「終わったら掲示板の紙も貼ってくれ!」
「分かったー」
大きな机を二つずつ抱えると、近くにいた一年生が目を丸くした。
「クロフォード先輩、それ一個でも重いですよ?」
「そう?」
「普通は二人で一個です!」
「あー」
忘れていた。
見た目は学生でも、力まで普通にする必要がある。
俺は一度机を下ろし、一個だけ持ち直した。
「これで普通?」
「いえ、一人で持ってる時点で結構……まあ、先輩ならいいです」
何となく許された。
「今のは普通判定ぎりぎりだな」
横で紙を貼っていたトーマが笑う。
「難しいねー」
「お前の普通は能力から考え直さないと駄目かもしれない」
それでも。
俺が何かを決める必要はない。
誰かから頼まれた仕事をして、終わったら次を聞く。
不思議なくらい楽だった。
◇
準備が始まって一週間ほどした頃、小麦の芽が出た。
「出た!」
昼休み。
土の間から伸びた小さな緑色を見つけて、俺は思わずしゃがみ込んだ。
一つ。
二つ。
少し離れたところにも。
「トーマ、出てるよー」
「見れば分かる。お前、昨日から毎日同じこと確認してたもんな」
「ちゃんと育つんだね」
「植物なんだから条件合えば育つだろ」
「でも違う国から来た種だよ?」
「お前も違う時代から来たみたいなもんだろ」
「俺は植物じゃないよー」
「知ってるよ!」
トーマが笑った。
俺も小さな芽を眺めながら笑う。
フェルナードの学生たちに見せたら喜ぶだろう。
エリナにも。
「交流会までにもう少し大きくなるかなー」
「なるんじゃないか?」
「楽しみだね」
そのとき。
背後から声がした。
「写真……ではなく、記録映像を送りますか?」
「シズク?」
振り返ると、いつの間にかシズクが立っていた。
「仕事は?」
「学院警備協議」
「終わった?」
「休憩」
「じゃあ小麦見る?」
「見る」
シズクもしゃがんだ。
しばらく。
三人で。
芽を見る。
「小さいねー」
「はい」
「でも育ってる」
「はい」
シズクは普段と変わらない無表情だったが、少しだけ目元が柔らかかった。
「アレン」
「何?」
「最近」
彼女は芽から視線を上げずに言った。
「楽しそう」
「そう?」
「はい。誰かに任せて、自分は掃除して、小麦を育ててる」
「学生っぽいからかなー」
「たぶん」
少し間を置いて。
「私たちも」
「うん?」
「少し楽」
意外だった。
「仕事増えてない?」
「増えてる。でも」
シズクは考えながら、ゆっくり言葉を選んだ。
「アレンが全部やろうとしないから、私たちもアレンの分まで先回りしなくていい」
「……」
そういうものなのか。
「昔は」
「うん」
「気づいたらいなくなる」
四百年前。
俺が。
一人で。
離れた頃のこと。
「だから、今も何か始めると」
「うん」
「また全部一人でやって、そのままどこかへ行く気がしてた」
シズクはそこで初めてこちらを見た。
「でも最近は」
ほんのわずかに。
笑った。
「ちゃんと人に渡してる」
「帰ってくるって言ったからねー」
「はい」
短い返事だったけれど。
それで十分だった。
俺は。
小麦へ目を戻す。
「じゃあこの小麦も、育てるの先生に任せようかな」
「それは自分で育ててください」
「そこは駄目なんだ」
「もらったものなので」
シズクは真顔だった。
トーマが横で吹き出した。
◇
さらに三日後。
交流会開催が正式決定した。
参加校、三十一校。
学生、八百九十六名。
教員・研究者、二百十一名。
その他の公式関係者を合わせ。
最終参加予定者。
千二百四十八名。
当初の八百人から、かなり増えた。
それでも学院側は、準備委員会と街の協力によって何とか受け入れられる見通しを立てていた。
そして開催前日。
俺たちの教室にも、外国から来る学生の座席表が配られた。
「うちのクラスには六人か」
トーマが紙を見る。
「アルヴェインから二人。フェルナード、マリネア、グランベル、それと北方の学院から一人ずつ」
「前に会った人いるかなー」
「名前だけじゃ分かんねえな」
俺も一覧を見る。
知らない名前が多い。
楽しみだった。
そこへ担任教師が教壇を軽く叩いた。
「明日から三日間、普段どおりの授業へ外国学生が参加する。変に構えず、君たちがアルヴェインでしてもらったように普通に接してくれ。それと、クロフォード君」
「はい?」
「君へ改めて学院長から伝言だ」
教室で笑いが起きる。
最近。
学院長から俺への伝言だけで。
みんな笑うようになっている。
「今回は何もしないでくれ、ですか?」
「今回は違う」
「お」
少し期待する。
「王族四名の学院案内を予定どおり頼む。ただし、一人ずつ案内する必要はない。全員まとめて行動し、学生会担当者の指示に従うこと」
「分かりましたー」
「勝手に学院外へ出ない」
「はい」
「市場へ寄らない」
「はい」
「古い商業区を発見しない」
「それは無理じゃないですか?」
「学院内に古い商業区はないから大丈夫だ」
教室がまた笑う。
「そして最後に」
教師が。
少し嫌そうな顔で。
紙を読む。
「案内中に秘密結社を作らない」
「だから作らないって!」
もはや恒例になっていた。
◇
そして翌朝。
王立魔法学院。
正門前。
各国の旗を掲げた馬車や転移門から、次々と学生たちが到着する。
制服の形。
髪の色。
使っている魔道具。
全部違う。
アルヴェインへ行ったときとは逆に、今度は俺たちが迎える側だ。
「すごい人数だな」
「賑やかだねー」
トーマと並んで眺めていると。
最初に。
グランベル王国の一団。
その中央。
アルフレッド王太子。
俺を見つけて手を上げた。
「クロフォード君。久しぶりだな」
「久しぶりですー」
「今回は後ろを歩く。先に宣言しておく」
「何の話?」
「いずれ分かる」
相変わらず変なことを言う。
次。
フェルナード王国。
エリナ王女。
「アレンさん。小麦は?」
「芽出ましたよー」
「本当ですか?」
一瞬で。
王女の顔ではなく。
普通の学生みたいな笑顔になった。
「あとで見せてください」
「もちろん」
次。
マリネア王国。
ミレイア王女。
「アレンさん。学院案内、楽しみにしていました」
「普通の学院ですよー」
「あなたがいる時点で、その説明は信用していません」
「ひどいなー」
そして最後。
アルヴェイン王国。
青い髪紐。
遠くからでも。
すぐ分かった。
レティシア王女。
「アレンさん」
「久しぶりー」
「……」
レティシアが。
少し。
止まる。
「何?」
「いいえ」
笑う。
「今度は」
「うん?」
「私が」
青い髪紐が揺れる。
「案内される番ですね」
「任せてくださいー」
「はい」
その後ろ。
少し離れた場所。
正式来賓として。
《アウローラ》最高幹部十人。
全員。
いる。
「……」
「……」
「……」
レティシア。
王女二人。
王太子。
最高幹部十人。
そして。
俺。
トーマが。
ゆっくり。
正門から離れ始めた。
「トーマ?」
「俺、クラスの留学生迎えに行く」
「一緒に案内する?」
「絶対に嫌だ!」
「どうして?」
「お前の周り、初日の朝から人口密度がおかしいんだよ!」
普通の学生として迎える。
はずだった。
世界中から集まる。
大陸学生交流会。
どうやら。
アルヴェインのときより。
少しだけ。
騒がしくなりそうだった。




