第43話 三ヶ国の王族から同時に面会を申し込まれたら、第二王女が「専属案内役は私です」と席を譲らなかった
教育交流祭三日目の朝。
アルヴェイン王国第二王女レティシアは、父である国王から渡された三通の面会申請書を、いつになく真剣な表情で見比べていた。
一通目は、海運と造船で栄えるマリネア王国第三王女から。
二通目は、大陸北部の鉱山と魔道具素材を押さえるグランベル王国王太子から。
三通目は、穀倉地帯を広く持つフェルナード王国第二王女から。
目的欄には、どれも似たようなことが書いてある。
――教育交流について、アレン・クロフォード君と非公式に意見交換を希望する。
内容だけを見れば何もおかしくない。昨日の座談会をきっかけに、七ヶ国の学生が自発的な交流組織を作り始めたのだから、各国王族が興味を持つのも自然だった。
問題は備考欄だった。
一通目。
――可能なら本人と少人数で。
二通目。
――昼食を兼ねても構わない。
三通目。
――王都案内中でも差し支えないので、都合のよい時間をいただきたい。
「父上」
「何だ」
「三通目だけ、なぜ私の王都案内へ割り込む前提なのですか?」
「私に聞くな」
国王は朝から疲れた顔をしていた。
「おそらく昨日までの行動が他国にも伝わっているのだろう。君がアレン君の専属案内役だということも含めてな」
「でしたら、なおさら分かるはずです」
「何がだ?」
「専属です」
「……」
「滞在中の案内役は、私です」
「レティシア」
「はい」
「お前は今、外交上の担当者として話しているのか?」
「もちろんです」
「では、その青い髪紐を触りながら言うのをやめなさい」
指摘されて、レティシアの手が止まった。
今日も髪には、学生街でアレンから贈られた銅貨八枚の髪紐が結ばれている。
「これは関係ありません」
「そうか」
「はい」
「では、三人との面会を断るか?」
「それも駄目です」
国王は少し意外そうに娘を見た。
レティシアは三通の申請書を机へ戻し、今度は王女らしい落ち着いた表情になる。
「アレンさんは昨日、自分が中心にならなくても学生同士の交流が続けばいいと話していました。各国がその考えに興味を持ったのであれば、話す機会そのものを私情で潰すべきではありません」
「……そうだな」
「ですから、面会は受けていただきます」
「本人の意思を聞く前に決めるな」
「あ」
そこだった。
アレン本人が断れば終わりである。
レティシアは少し考え、それから三通をまとめて持ち上げた。
「では、先に聞いてまいります」
「頼む」
「ただし」
「何だ?」
「面会を受ける場合、私も同席します」
「……外交担当としてか?」
「専属案内役としてです」
「やはりそこなのだな」
◇
「嫌だよー」
朝食中。
三通の申請書を見た俺は、最初にそう答えた。
「早い!」
正面に座っていたトーマが、パンを喉に詰まらせかける。
「せめて内容読んでから断れ!」
「読んだよー」
「今、三通目の半分くらいだっただろ!」
「だいたい同じじゃん」
「王族三人からの面会希望を『だいたい同じ』でまとめるな!」
面会そのものが嫌なわけではない。
ただ。
「一人ずつ会ったら時間なくなるでしょ?」
「ああ……」
トーマの勢いが少し弱くなった。
「今日は教育交流祭の最終日だし、まだ見てない展示もあるからねー。それに学院のみんなとも回りたいし」
「なるほど」
レティシアも頷く。
「では合同でお会いするのはいかがでしょう?」
「それならいいよー」
「軽いな!」
「三人一緒なら一回で終わるじゃん」
「相手、全員王族だぞ?」
「レティシアとも普通にご飯食べてるよー」
「レティシア殿下を基準にするな!」
怒られた。
当のレティシアは、少し嬉しそうだった。
「では、昼食前に学生交流室を用意いたします。正式な王族会談ではなく、教育交流参加者同士の意見交換という扱いにしましょう」
「助かりますー」
「私も同席します」
「もちろん」
「……」
なぜかレティシアが一瞬止まった。
「どうしたの?」
「いえ。思ったより自然に許可されたので」
「案内役なんでしょ?」
「はい」
青い髪紐が、嬉しそうに揺れた。
「専属です」
「そこ強調するねー」
◇
少し離れた席。
《アウローラ》最高幹部十人も、その会話を聞いていた。
「三ヶ国」
ミコトが呟くと、ラグナの眉が動いた。
「王族が三人同時にアレンへ接触するだと?」
「教育交流です」
カレンが先に釘を刺す。
「軍を動かす必要はありません」
「まだ何も言っておらぬ!」
「昨日までの実績から先に申し上げました」
「では我も同席を――」
「しません」
「なぜだ!」
「普通の学生同士の交流へ、《アウローラ》軍事部門総司令が同席する方がおかしいからです」
「だが相手は王族だぞ!」
「アレン様も了承されています」
ラグナはなおも何か言いたそうだったが、それを聞いて口を閉じた。
以前なら、それでも護衛だの安全確認だのと理由を付けて介入したかもしれない。
しかし今は。
「……分かった」
驚くほど素直に座り直した。
「普通の学生生活、だからな」
「はい」
カレンが少し笑う。
その隣ではリゼットも手帳を開いていたが、アレンの予定へ何かを書き込むことはなかった。
「リゼット」
セレスが尋ねる。
「予定調整は?」
「いたしません。アレン本人と学院側で決めるべき内容です」
「……成長しましたね」
「セレス様に言われたくありません」
「どういう意味ですか?」
「先ほどから会話を全部記憶しようとして、一度も瞬きをしていません」
「気のせいです」
「三十七秒です」
「数えていたのですか?」
普通に見守る。
それは彼女たちにとって、まだ訓練が必要なことらしかった。
◇
午前十一時。
王立高等学院の学生交流室。
俺がトーマと一緒に部屋へ入ると、すでに三人の王族が待っていた。
「……何で俺まで」
「友達だから」
「昨日もそれで巻き込まれた!」
「一人だと緊張するし」
「四百年以上生きてる奴が何言ってんだ!」
小声で文句を言いながらも、トーマは結局隣の席へ座ってくれる。
長いテーブルの向こうには三人。
一人目は、明るい水色の髪を肩のあたりで切り揃えた少女だった。年齢は俺たちと同じくらいで、マリネア王国第三王女ミレイアというらしい。
二人目は、背の高い青年。グランベル王国王太子アルフレッド。王族というより騎士のような体格をしている。
三人目は、淡い茶色の髪を長く編んだフェルナード王国第二王女エリナ。昨日、乾燥地域用の小麦を展示していた学生たちと同じ国だ。
そして俺の右隣。
レティシア。
席が妙に近い。
「レティシア」
「はい」
「椅子動かした?」
「いいえ」
「昨日より近くない?」
「学生交流室の机が小さいのです」
「そうなんだ」
「はい」
向こうでミレイア王女が笑った。
「アルヴェインの第二王女殿下は、随分と熱心な案内役なのですね」
「任務ですから」
「なるほど。専属の?」
「はい」
笑顔。
笑顔。
でも。
何となく。
空気が見えないところでぶつかった気がした。
「アレン」
トーマが俺の袖を引く。
「何?」
「俺、もう帰っていい?」
「駄目ー」
「何でだよ!」
◇
最初に話を切り出したのは、グランベル王太子アルフレッドだった。
「クロフォード君。まず、急な申し出を受けてくれたことに礼を言いたい。昨日の座談会も聞かせてもらった」
「ありがとうございますー」
「特に興味を持ったのは、災害時の協力についてだ。我が国は鉱山が多い反面、冬季になると主要街道が雪で閉ざされる地域も少なくない」
机の上へ、簡単な地図が広げられる。
「毎年備蓄は行っている。しかし大規模な雪崩が起きれば、一つの都市が数週間孤立する可能性もある」
「大変ですねー」
「そこで君の言葉を聞いて考えた。我が国単独で全都市へ十分な備蓄を置くより、近隣諸国や商会と緊急輸送の取り決めを作る方が現実的かもしれない」
「いいんじゃない?」
「……」
「どうしました?」
「いや」
アルフレッド王太子が少し笑う。
「もっと難しい答えが返ってくると思っていた」
「俺、専門家じゃないですよー」
「だが、君ならどうする?」
「俺なら?」
地図を見る。
山。
道。
町。
今の道路事情までは分からない。
「まず住んでる人に聞くかなー」
「住民に?」
「どこが一番先に塞がるとか、どこなら冬でも通れるとか、毎年困ってる人の方が詳しいでしょ?」
アルフレッドの表情が少し変わった。
「そのあと、運ぶ人にも聞く」
「商人か」
「うん。馬車で無理でも別の方法あるかもしれないし。《アウローラ》じゃなくても、地元の小さい商会の方が山道に詳しいかもしれない」
「……なるほど」
「それで無理なら、他の国に頼めば?」
「簡単に言うな」
「昨日そういう話したじゃんー」
王太子が笑った。
「その通りだ」
何となく。
話は終わった気がする。
ところが彼は、地図を畳みながら続けた。
「だからこそ、一度グランベルへ来てほしい」
「俺が?」
「ああ。実際の土地を見てもらいたい」
「旅行?」
「視察と言いたいところだが、君にそう言うと断られそうだな」
「仕事っぽいからねー」
「では学生交流ということでどうだ?」
「あー」
それなら。
「学院の休みと合えば」
「本当か?」
「みんなで行けるなら楽しそう」
俺が答えた瞬間、右隣でレティシアの青い髪紐がぴくりと動いた。
髪紐そのものは動かない。
たぶん。
本人が動いた。
◇
「でしたら次は、マリネアにも来ていただきたいです」
ミレイア王女がすぐに続いた。
「海、好きですか?」
「好きですよー」
「船は?」
「昔はよく乗りました」
「昔」
トーマ。
横から。
「何年前?」
「最近」
「お前の最近、百年単位じゃねえだろうな?」
「失礼だなー」
ミレイアは楽しそうに笑ってから、こちらへ一枚の絵図を見せた。
巨大な港。
何十隻もの船。
沖合には、魔導灯台らしき高い塔が立っている。
「我が国は大陸南部の海運拠点です。しかし、昨日あなたが話した《困ったときに助け合える関係》を海路へ当てはめるなら、まだ改善できる余地があります」
「例えば?」
「災害や戦争で陸路が止まったとき、海から物資を送る仕組みです。各国の港ごとに規格が違うため、現状では荷物の積み替えに時間がかかります」
「あー」
それは。
昔もあった。
港によって荷箱の形。
荷車の幅。
量の単位。
全部違う。
運ぶたびに。
中身を移す。
「箱を同じ大きさにしたら?」
言ってから。
ミレイアが止まった。
「……箱?」
「全部じゃなくてもいいけど、よく運ぶものだけ」
机の上にあった紙へ四角を描く。
「この大きさの箱なら、どこの港でもそのまま船から降ろせるって決めておけば楽じゃない?」
「……」
「荷車もそれに合わせて」
「……」
「ミレイア?」
王女が。
紙を。
じっと見ている。
「それ」
「うん?」
「今まで誰か試しましたか?」
「知らないよー」
昔。
《ノクス・アウローラ》で似たようなことをやった気もする。
でも。
四百年前の話だ。
今はもっといい方法があるかもしれない。
「専門家に聞いた方がいいですよー」
「そうします」
ミレイアは。
俺が描いた。
ただの四角を。
ものすごく丁寧に畳んだ。
「それ捨てていいよ?」
「いただきます」
「四角だけだよ?」
「いただきます」
「そう?」
王族の人は。
紙を大事にするらしい。
◇
「最後は私ですね」
フェルナード王国第二王女エリナが微笑んだ。
他の二人ほど積極的に話へ入らず、これまでは静かに聞いていた。
「昨日、我が国の学生がアレンさんへ小麦の種を差し上げたそうですね」
「あ」
もらった袋。
「はい。学院へ帰ったら育ててみようと思ってます」
「本当に?」
「駄目?」
「いいえ」
エリナは目を丸くしてから、嬉しそうに首を振った。
「むしろ、そこまでしてくださるとは思いませんでした」
「もらったからねー」
「我が国は食料生産量だけを見れば豊かな国です。でも、それゆえに他国から《食料を売る国》としてしか見られないことも多いのです」
「そうなんだ」
「昨日の座談会であなたは、技術も知識も必要な分だけ共有すればいいと仰いました」
「うん」
「私は逆のことを考えました」
「逆?」
「私たちは、小麦を売るだけではなく」
エリナは静かに続ける。
「乾燥地で育てる方法や、土を守る方法まで伝えられるのではないかと」
「あー」
それは。
いいと思う。
「それなら食べ物足りない国が自分で作れるようになるねー」
「はい。ただ」
「うん?」
「王国内では反対もあるでしょう」
「どうして?」
「我が国から食料を買う国が減るからです」
「……なるほど」
商売。
難しい。
「じゃあ」
少し考える。
「全部教えなくてもいいんじゃない?」
「昨日と同じですね」
「うん。でも」
今度は。
少し違う。
「飢えてる人がいるところには、ちゃんと育つところまで教えた方がいいと思う」
「利益を失っても?」
「その人たちが元気になったら」
別のものを作るかもしれない。
別のものを買ってくれるかもしれない。
「ずっと食べ物買ってもらうより、友達になった方が長く付き合えるんじゃないかなー」
「……」
「商売はヴィオラに聞いた方がいいけど」
離れた建物にいるはずのヴィオラが。
なぜか。
くしゃみしたような気がした。
◇
話し始める前は。
三十分くらいだと思っていた。
終わってみると。
一時間近く経っていた。
「また昼ご飯短くなったねー」
「お前、そこだけは一貫してるな」
トーマがため息をつく。
でも。
三人の王族とも。
最初よりずっと普通に話せるようになっていた。
「では、クロフォード君」
アルフレッド王太子が立ち上がる。
「グランベルへの招待は、学院側へ正式に出しておく」
「俺だけじゃなくて学生交流でお願いしますー」
「分かっている」
続いて。
ミレイア王女。
「マリネアもです。次はぜひ港をご案内します」
「船乗りたいですねー」
「では私が案内します」
「……」
右。
レティシア。
静か。
「レティシア?」
「何でもありません」
「本当に?」
「はい。現在はアルヴェイン王国内ですので」
「うん」
「現在は」
二回言った。
「フェルナードにも」
最後にエリナ王女が言う。
「広い農園があります。学生たちと一緒に、ぜひ」
「行ってみたいですねー」
「約束です」
「予定合えばねー」
「はい」
三人。
満足そう。
俺も。
いろいろ聞けて。
面白かった。
これで終わり。
だと思った。
「あの」
ミレイア王女が。
扉へ向かう前に。
もう一度振り返った。
「一つだけ、教育交流とは関係のないことを聞いても?」
「いいですよー」
「レティシア殿下からいただいたのですか?」
「何を?」
ミレイアが。
自分の髪を指す。
「あー」
青い髪紐。
「逆ですよー」
「逆?」
「俺がレティシアにあげた」
「……」
三人。
止まった。
トーマ。
顔を覆った。
レティシアだけ。
ものすごく。
嬉しそう。
「そうなのですね」
ミレイア。
青い髪紐を見る。
「学生街で?」
「はい」
「ご本人が選ばれた?」
「俺が買っただけだよー」
「その場で」
レティシアが。
静かに付け足す。
「アレンさんに結んでいただきました」
「レティシア?」
「事実です」
「聞かれてないところまで言ったよねー」
「説明不足かと思いまして」
「……」
ミレイア王女の目。
少しだけ。
変わった。
フェルナードのエリナ王女も。
髪紐。
俺。
交互に見る。
アルフレッド王太子だけは。
数秒考えたあと。
なぜか。
俺の肩を軽く叩いた。
「苦労しているな」
「何が?」
「分からないなら、そのままでいい」
「変なのー」
◇
三人が退出して。
扉が閉じる。
「レティシア」
「はい?」
「最後、何で髪紐の説明追加したの?」
「正確な情報共有です」
「学生交流?」
「外交です」
「そうなんだ」
「はい」
きっぱり。
「あと」
「うん?」
「アレンさん」
「何?」
レティシアは。
俺を見る。
「他国へ行かれるのは構いません」
「うん」
「学生交流ですから」
「そうだねー」
「ですが」
一度。
言葉を選ぶように。
止まる。
「その国で」
「うん?」
「また専属案内役を付ける必要は」
トーマが。
立ち上がった。
「俺、昼飯買ってくる!」
「急だねー」
「ここにいたら巻き込まれる!」
「何に?」
「知らねえままでいろ!」
逃げた。
「レティシア?」
「……何でもありません」
「また?」
「またです」
青い髪紐へ。
指先が触れる。
「ただ」
「うん」
「次にアルヴェインへ来られたときも」
少し。
微笑む。
「案内役は私が希望します」
「もちろんいいですよー」
「……」
「どうしたの?」
「そういうところです」
「何が?」
「何でもありません」
また。
分からなかった。
◇
同じ頃。
《アウローラ》教育交流支援本部。
「面会終了」
ミコトが呟いた。
「予定時間超過、二十七分」
「記録しない約束だったでしょう」
カレンが言う。
「開始と終了のみ」
「それも記録です」
「業務上必要」
「何の業務ですか?」
「……」
ミコトが黙る。
一方。
ラグナはもっと分かりやすかった。
「三ヶ国へ行くと言ったらしいぞ!」
「《学生交流として、予定が合えば》です」
リゼットが訂正する。
「同じではないか!」
「まったく違います」
「では予定を埋めれば行かずに済むな!」
「閣下」
カレンの声が低くなる。
「何だ」
「アレン様の予定を勝手に埋めないでください」
「……」
「以前ならやっていましたね?」
「……」
「閣下?」
「やらぬ!」
ラグナは。
ものすごく悔しそうに。
椅子へ座った。
「成長しましたね」
「褒められている気がせぬ!」
ヴィオラも、三ヶ国からの招待については特に口を挟まなかった。
「いいんじゃないかしら」
「ヴィオラ?」
セレスが見る。
「アレンが行きたいなら行けばいいわ。私たちが止める理由はないでしょう?」
「……はい」
「ただし」
ヴィオラは扇を開く。
「その三ヶ国にある《アウローラ》支社の宿泊環境は確認するわ」
「それは介入では?」
「社員の出張環境確認よ」
「アレンは社員ではありません」
「では将来のため」
「もっと駄目です」
完全に普通になるまで。
まだ時間はかかりそうだった。
◇
昼食後。
教育交流祭の最終行事は。
学生たちによる自由交流だった。
昨日作られたばかりの《大陸学生交流連絡会》も、講堂の片隅に小さな机を出している。
俺が近づくと。
七人の学生代表。
一斉に。
こちらを見た。
「アレンさん」
「はい?」
「お願いがあります」
「役職なら嫌だよー」
「まだ何も言っていません!」
「昨日いっぱい言われたから」
「今日は違います」
「じゃあ何?」
一人が。
紙を差し出す。
そこには。
各国の学校名。
連絡先。
研究分野。
交換できる資料。
災害時に協力できること。
そんな項目が並んでいた。
「これ」
「はい」
「連絡会へ参加する学院向けの登録票です」
「いいじゃん」
「それで」
「うん」
「王立魔法学院の分を」
「うん」
「持ち帰っていただけませんか?」
「それだけ?」
「それだけです」
「いいよー」
紙を受け取る。
軽い。
たった一枚。
「先生に渡せばいい?」
「はい。参加するかどうかは、学院の皆様で決めてください」
「分かったー」
「……」
「どうしたの?」
七人。
少し。
笑っている。
「何?」
「いえ」
代表の一人が。
首を振る。
「アレンさんに」
「組織を任せず」
「紙一枚だけ持って帰ってもらえる日が来るとは」
「どういう意味?」
「こちらの話です」
何だか。
最近。
俺に分からない話をする人が増えた気がする。
◇
夕方。
教育交流祭。
全日程終了。
閉会式が終わると、外国から来ていた学生たちは翌日の帰国準備を始めた。
俺たち王立魔法学院の代表団も同じだ。
「長かったような短かったような感じだな」
東迎賓宿舎の部屋で荷物をまとめながら、トーマが言った。
「楽しかったねー」
「お前はな」
「トーマも楽しんでたじゃん」
「まあ」
少し照れくさそうに。
笑う。
「普通に面白かったよ」
「よかった」
「普通じゃなかったの、お前の周りだけだったし」
「失礼だなー」
「王女とデートして、国王に正体バレて、王族三人に招待される学生のどこが普通だ!」
「授業も受けたよ?」
「それで相殺できると思うな!」
荷物。
もらった小麦の種。
研究資料。
各国の学生から渡された小さな記念品。
最後。
《大陸学生交流連絡会》の登録票。
ちゃんと鞄へ入れる。
「忘れ物ないかなー」
「向かいの部屋も確認しろよ」
「あー」
《教育交流支援臨時連絡室》。
扉を開ける。
数日前まで机や通信装置がぎっしり並んでいた部屋は、もうほとんど片付いていた。
残っていたのは。
一つだけ。
机の上。
小さな袋。
「何これ?」
紙。
――帰路用。
リゼットの字。
中。
焼き菓子。
飲み物。
予備の靴紐。
「靴紐まだ心配してるねー」
「最後までそこだけは譲らなかったな……」
笑った。
◇
その夜。
王宮。
別れの前。
「アレンさん」
庭園を通ったところで、レティシアに呼び止められた。
「はい?」
「明日、帰られるのですね」
「うん。朝の転移門で」
「そうですか」
知っていたはずなのに。
少し寂しそうだった。
「また来るよー」
「……」
「約束したじゃん」
「市場へ?」
「市場も」
「学生街も?」
「うん」
「普通に買い物も?」
「もちろん」
レティシアは。
青い髪紐へ触れた。
「では」
「うん?」
「次回も」
一度。
息を整える。
「一時間」
「あー」
デート。
「いいですよー」
「……本当に?」
「約束増えたねー」
「嫌ですか?」
「嫌じゃないよ」
「でしたら」
王女。
笑う。
「忘れないでください」
「リゼットみたいに予定表作る?」
「三分刻みは嫌です」
「そこは同意見だねー」
二人で。
少し笑った。
◇
そして翌朝。
アルヴェイン王都。
帰還用転移門。
学生たちが荷物を持って並び、《アウローラ》の三千二百人も各部門ごとに帰還準備を進めていた。
「アレン」
「何?」
トーマが。
転移門前。
妙な顔。
「後ろ見ろ」
「何が?」
振り返る。
レティシア。
国王。
王妃。
学院関係者。
昨日知り合った各国学生。
それから。
三ヶ国の王族。
いっぱい。
「見送り豪華だねー」
「お前のだよ!」
「みんなのじゃない?」
「今、全員お前見てる!」
「気のせいじゃない?」
「じゃあ手振ってみろ!」
振る。
「またねー」
向こう。
一斉。
手。
「ほら!」
「みんな礼儀正しいねー」
「もういい!」
転移門が。
光り始める。
俺は。
最後に。
レティシアを見る。
青い髪紐。
見える。
「アレンさん!」
「はい?」
「また!」
「うん!」
「必ず!」
「また来ますよー!」
光。
視界が。
白く染まる。
◇
次に目を開いたとき。
王立魔法学院。
見慣れた。
転移門広場。
「帰ってきたねー」
「やっとだ……」
トーマが。
なぜか。
疲れ切っている。
「楽しかったじゃん」
「楽しかったけど、お前の隣にいるだけで寿命縮むんだよ」
「まだ若いから大丈夫」
「四百歳に言われたくねえ!」
そして。
俺は。
鞄の中にある。
一枚の登録票を。
思い出す。
「先生」
「何だ?」
「これ」
引率教師へ。
渡す。
「アルヴェインで学生たちが作った連絡会です。学院も参加するか決めてほしいって」
「分かった。学院長へ渡しておこう」
「お願いしますー」
それだけ。
本当に。
それだけだった。
俺は荷物を担ぎ直して、トーマと学生寮へ向かった。
◇
三時間後。
王立魔法学院。
学院長室。
「……」
学院長は。
届いた登録票を。
じっと見ていた。
「大陸学生交流連絡会?」
「はい」
「発起校七校」
「はい」
「参加希望、すでに十九校?」
「今朝の時点では」
「……」
「さらに増加中です」
「誰が作った?」
「各国学生代表です」
「アレンでは?」
「本人は役職をすべて断ったそうです」
「では、これは?」
「ただ持って帰ってきただけです」
「……」
学院長。
紙。
見る。
窓。
見る。
学生寮へ。
普通に帰っていった。
一人の学生。
思い出す。
「本当に?」
「はい」
「今回は」
「はい」
「本当に紙一枚持って帰ってきただけなのか?」
「はい」
学院長は。
しばらく。
感動したように。
目を閉じた。
「……成長したな」
ただ。
その登録票の。
一番下。
備考欄には。
小さく。
もう一つ。
書かれていた。
――次回交流会開催候補地。
第一候補。
――王立魔法学院。
「……」
学院長。
もう一度。
紙を見た。
「何人来る予定だ?」
「現在の希望者だけで」
「うむ」
「各国学生、教員、研究者、王族関係者を含め」
「うむ」
「約八百名です」
「……」
「さらに《アウローラ》から」
「待て」
「はい」
「それ以上言うな」
学院長は。
ゆっくり。
両手で。
顔を覆った。
教育交流から。
普通に帰ってきた。
はずだった。
次は。
世界の方が。
こちらへ。
来るらしい。




