第42話 普通の学生代表挨拶が他国まで届いた結果、各国代表が俺の昼休みを予約し始めた
教育交流祭二日目の朝。
まだ朝食前だというのに、トーマは新聞を三部抱えて俺たちの部屋へ飛び込んできた。
「アレン! 起きろ! いや起きてるな! とにかくこれ見ろ!」
「朝から元気だねー」
「お前のせいだよ!」
俺は制服の襟を直しながら、一番上の新聞を受け取った。
アルヴェイン王国の新聞ではない。
紙面の隅に印刷された発行元を見ると、隣国の名前が書いてある。
「もう届いたの?」
「通信魔道具で記事だけ先に飛ばしたらしい。ほら、ここ!」
トーマが記事の中央を指さした。
――教育交流祭にて、王立魔法学院学生が国家間協力の新理念を提唱。
「新理念?」
「お前が聞くな!」
昨日。
俺が言ったのは。
得意な人が得意なことをやる。
足りないものがあれば持っているところから融通する。
困ったときは、知っている相手へ頼ればいい。
そのくらいだったはずだ。
「別に新しくないよねー」
「俺もそう思う。でも記事だと、お前が大陸の未来を語ったことになってる」
「語ってないよー」
「知ってるよ! 俺、目の前で聞いてたから!」
次の新聞。
――国境を越える相互扶助。若き学生の言葉に《アウローラ》最高幹部が一斉に注目。
三枚目。
――世界最大企業が記録した十五分。学生演説の真意を追う。
「十五分も話してないよ?」
「そこ気にする!?」
新聞というものは。
少し大げさに書くものらしい。
ただ、一番下まで読むと、記事の最後にはきちんと《アウローラ》側からの声明も載っていた。
――本発言は学生個人による挨拶であり、当社の新経営方針を示すものではない。
「セレス、ちゃんと止めてくれたんだねー」
「そこは本当に仕事早いな」
「よかった」
「でもな」
トーマが、三紙をまとめて俺の寝台へ置いた。
「企業方針じゃないって否定された結果、今度は『じゃあ個人として何者なんだ』って話になってる」
「学生」
「それを世間が信じなくなり始めてんだよ!」
困った。
せっかくアルヴェイン王国の人たちは、俺を普通の学生として扱うために四十七ページも規則を作ってくれたのに。
今度は国外の人たちがややこしくなっている。
◇
朝食へ行くと。
王宮側は昨日よりだいぶ普通だった。
「おはようございます、クロフォード君」
「おはようございますー」
給仕は普通に挨拶し、俺だけ特別な料理を出したりもしない。パンも切られていないし、果物にも皮が付いている。
素晴らしい。
「普通だねー」
「それを毎朝確認するのやめないか?」
向かいのトーマが呆れている。
「昨日取り戻したばっかりだから」
「普通の学生生活を取り戻したって言いながら、新聞三社に載ってる奴が言うことじゃねえよ」
「新聞は俺が書いたわけじゃないよー」
「分かってるけど腹立つな!」
そこへ。
「おはようございます」
レティシアがやってきた。
今日も青い髪紐を付けている。
「おはようー」
「今朝の新聞は?」
「見ました」
「やっぱり知ってるんだ」
「王宮へ各国から問い合わせが来ていますから」
「何の?」
「主に」
レティシアは俺の隣へ座りながら、少し困ったように笑った。
「アレンさんとの面会希望です」
「俺と?」
「はい。昨日の挨拶について詳しく話を聞きたい、と」
「演説の原稿渡せばいいんじゃない?」
「途中から原稿にないことを話されましたよね?」
「あー」
そうだった。
「じゃあ、覚えてる範囲で書く?」
「そういう問題ではありません」
「難しいなー」
「昨日から何度目でしょうね、その言葉」
レティシアまで数え始めているらしい。
◇
「ちなみに」
レティシアが朝食を取りながら続けた。
「今日の教育交流祭では、各国代表による自由交流時間があります」
「うん」
「本来は学生同士で好きに話す時間です」
「楽しそう」
「そのはずだったのですが」
少しだけ。
間が空く。
「今朝の時点で、アレンさんとの面談を希望する学生代表が二十七名おります」
「多いねー」
「学生だけです」
「……」
「教員、研究者、行政関係者を含めると六十三名です」
「昼休み終わらないんじゃない?」
「そこを心配するのですか?」
「昼ご飯食べたいし」
「アレンさんらしいです」
レティシアが笑った。
でも。
六十三人。
全員と話すのは。
さすがに無理だと思う。
「まとめて話せば?」
トーマが言った。
「合同質問会みたいにすればいいだろ」
「それいいねー」
「……待て」
自分で言って。
トーマが止まる。
「俺、今また何か大きくした?」
「六十三人と一回で話せるよー」
「合理的だけど嫌な予感しかしねえ!」
「では」
レティシアがすぐに手帳を開いた。
「自由交流時間の一部を合同座談会へ変更できるか、学院側へ確認します」
「いいの?」
「六十三件の個別面談よりは、運営側も助かります」
「じゃあお願いー」
「はい」
簡単に決まった。
その瞬間。
少し離れた席にいたリゼットが。
持っていた匙を止めた。
「……座談会」
聞こえたらしい。
でも。
こちらへ来ない。
偉い。
普通の学生生活を守ってくれている。
ただ。
セレスが横で何か言う。
リゼット。
手帳を開く。
「見てるねー」
「見ない方が幸せだぞ」
トーマの助言に従った。
◇
午前中の教育交流祭は、一般公開された共同展示から始まった。
俺たちの学院は魔法訓練用の簡易結界や、学生が作った魔道具を展示している。
アルヴェイン側は行政教育、商業教育、都市計画など。
他国の学院も、それぞれ特色が違う。
俺が一番長く見ていたのは。
農業国家から来た学生たちの展示だった。
「これ何?」
「乾燥地域用の小麦です」
説明役の女子学生が、少し緊張しながら答える。
最初は俺を見て妙に姿勢を正していたけれど、展示物について聞き始めると少しずつ普通になった。
「水少なくても育つの?」
「通常種の七割程度でも収穫できます。ただし、味は少し落ちます」
「保存は?」
「一年半ほど」
「すごいねー」
「……あの」
「はい?」
女子学生が。
少し迷ってから。
「昨日のお話ですけれど」
「あー」
「うちの国は」
一度。
展示されている麦を見る。
「三年前に大旱魃がありました」
「大変だったね」
「はい。あのとき、隣国から穀物を買おうとしたのですが」
表情が少し暗くなる。
「政治関係が悪くて、交渉に時間がかかりました」
「間に合った?」
「ぎりぎりでした」
「そっか」
「ですから」
彼女は俺を見る。
「昨日の『困ったときに頼れる相手を、困る前に作っておけばいい』というお話」
「そこまで格好よく言ってないよー」
「意味は同じです」
「そうかなー」
「私は」
小さく笑う。
「好きでした」
「ありがとう」
「それで」
差し出されたのは。
小さな袋。
「この小麦の種です」
「俺に?」
「はい。記念に」
「もらっていいの?」
「ぜひ」
「じゃあ大事にするよー」
受け取る。
「育てるの?」
隣のトーマ。
「学院で植えられるところあるかな」
「お前が育てるのかよ!」
「もらったからねー」
「世界規模の話から急に家庭菜園になるな!」
◇
そこから。
似たことが続いた。
海洋国家の学生からは塩害に強い植物の資料。
山岳国家からは小型水車の設計図。
別の学院からは簡易医療術式の研究冊子。
全部。
「昨日の話を聞いて、うちにもこういうものがあると伝えたくなった」
という理由だった。
「アレン」
「何?」
昼前。
両手いっぱいになった俺を見て。
トーマが言う。
「昨日お前、『いいものは持ち帰る』って言ったよな」
「言ったねー」
「物理的に持ち帰ってどうすんだ!」
「いいものだから?」
「そういう意味じゃねえ!」
「でも面白いよ」
実際。
知らない技術や。
他国の工夫。
いっぱいある。
「学院へ持って帰って、詳しい先生に見せたら何か使えるかもしれないし」
「……」
「こっちの魔法技術も、向こうで役立つかもしれないでしょ?」
「お前さ」
「うん」
「そういうのを何でもない顔で言うから記事になるんじゃないか?」
「普通だと思うけどなー」
「もうその言葉、信用しねえ」
◇
昼食後。
合同座談会。
場所は学院の中講堂へ変更された。
六十三人。
と聞いていた。
でも。
入ってみると。
「多くない?」
「増えました」
レティシアが答える。
「何人?」
「百八十四名です」
「増えたねー」
「見学希望者が加わりました」
「座れる?」
「ぎりぎり」
トーマは。
入口で。
帰ろうとした。
「どこ行くの?」
「俺は関係ない」
「一緒に座ろうよー」
「嫌だ! これ絶対普通の座談会じゃない!」
「友達でしょー」
「そういう時だけ友達を使うな!」
結局。
捕まえた。
俺の隣。
トーマ。
反対側。
レティシア。
正面には。
各国の学生や教師。
「では」
司会役の教師が始める。
「昨日の学生代表挨拶について、自由な意見交換を――」
「ちょっといいですか?」
「はい、クロフォード君」
「俺」
会場を見る。
「答えられないことも多いですよー」
歴史とか。
《ノクス・アーク》とか。
正体とか。
そこを聞かれたら困る。
「もちろんです」
「あと」
「はい?」
「難しい政治の話もよく分からないです」
「……」
教師。
少し固まる。
「学生なので」
「……そうですね」
「はいー」
後ろ。
王国関係者たちが。
何か。
妙に安心した顔をした。
◇
最初の質問は。
学生だった。
「昨日、国同士が困る前から助け合える関係を作った方がよいと話されましたが、敵対国とはどうすればいいと思いますか?」
「敵対してるなら難しいんじゃない?」
「……」
質問者。
止まる。
「でも」
俺は少し考える。
「国同士が仲悪くても」
「はい」
「全員が全員嫌いなわけじゃないでしょ?」
「それは……はい」
「だったら学生とか、商人とか、研究者とか」
展示会場で会った人たちを思い出す。
「話せるところから話せばいいんじゃない?」
「国家間協定より先に?」
「協定は偉い人がやるものでしょー」
一部。
行政官たちが。
笑った。
「俺たち学生だから、まず友達になればいいと思います」
「……」
「友達の国に困った人いたら」
「うん」
「ちょっと助けたいなって思うでしょ?」
質問した学生は。
少しだけ考えて。
頷いた。
「そうですね」
「なら、それでいいんじゃない?」
◇
次。
「相手国が約束を破ったら?」
「次から気をつける」
「……それだけですか?」
「だって破られたものは戻らないし」
「では報復は?」
「必要なときもあるんじゃない?」
俺は政治家ではない。
そこは。
簡単には言えない。
「でも」
「はい」
「報復するために、自分の国まで困るなら」
少し考えてから。
「一回寝てから考えた方がいいと思う」
「……」
会場のあちこちから。
笑い。
「寝るのですか?」
「怒ってると判断間違えるからねー」
昔。
ラグナが怒った勢いで。
敵の砦どころか。
山を半分消しかけたことがある。
止めるの大変だった。
「アレン」
後ろ。
離れた場所から。
ラグナの声。
「その例」
「言ってないよー」
「顔に書いてある!」
会場。
さらに笑い。
◇
三人目。
今度は。
研究者だった。
「各国が得意分野を共有すると仰いました。しかし、技術を他国へ渡せば、自国の優位性を失う恐れがあります」
「全部渡さなくていいんじゃない?」
「では何を共有するのです?」
「困ってる人を助けるのに必要な分だけ」
「基準は?」
「……」
難しい。
考える。
「それを一緒に決めるために」
「はい」
「こういう場所があるんじゃない?」
講堂。
教育交流祭。
違う国の人たち。
「最初から答えがあるなら」
「うん」
「みんな集まらなくていいし」
静かになる。
「分からないから話すんでしょ?」
研究者は。
しばらく。
何も言わなかった。
それから。
ゆっくり座った。
「ありがとうございます」
「答えになってた?」
「十分です」
よかった。
◇
座談会は。
予定三十分だった。
終わったのは。
一時間二十分後。
「長かったねー」
「誰のせいだ!」
講堂を出るなり。
トーマが叫んだ。
「質問多かったから」
「お前が全部ちゃんと考えて答えるから増えるんだよ!」
「無視できないじゃんー」
「まあ、そこはそうだけど……」
トーマが。
少しだけ。
笑う。
「でも」
「うん?」
「最初より学生同士で話してたな」
「そうだねー」
途中から。
俺への質問ではなく。
質問者同士で。
「うちの国ではこうしている」
「それならこっちでは使えるかもしれない」
そんな話が増えていた。
俺が答えなくても。
会話が続く。
「それが一番いいんじゃない?」
「何が?」
「俺いなくても話せる」
「……」
トーマは。
少しだけ。
変な顔をした。
「お前」
「何?」
「やっぱり時々、四百歳っぽいこと言うよな」
「失礼だなー」
「褒めてねえよ」
◇
その頃。
講堂の後方。
《アウローラ》最高幹部十人。
「……」
全員。
静かだった。
珍しく。
誰も。
手帳を開いていない。
「記録しないの?」
ノエルが小声で尋ねる。
ミコトが首を振る。
「不要」
「どうして?」
「覚えてる」
ヴィオラが。
少し笑う。
「私たちがやる必要ないわね」
「はい」
セレスも。
講堂から出ていく学生たちを見る。
違う国の学生同士が。
すでに。
連絡先を交換している。
研究資料を見せ合っている。
次の交流を相談している。
「昔は」
カレンが。
ぽつりと言う。
「アレン様が」
「全部つないでいました」
「うん」
エルシア。
「今回は」
「本人」
「ほぼ何もしてない」
「何もしていないは言いすぎでは?」
リゼット。
「でも」
シズクが。
短く。
「離れた後も」
「続く」
セレスが。
胸元。
《また帰る》。
首飾りへ触れる。
「それでいいのです」
◇
しかし。
王宮側では。
また。
少しだけ。
困ったことになっていた。
「陛下!」
「今度は何だ!」
教育交流祭の臨時報告室。
国王は。
最近。
報告を聞くたび。
少し身構えるようになっていた。
「本日の合同座談会についてです!」
「問題発言か?」
「ありません!」
「外交問題?」
「ありません!」
「《アウローラ》が動いた?」
「動いておりません!」
「では何だ!」
「各国代表学生から」
「うむ」
「次年度以降も同様の学生座談会を開催してほしいとの要望が」
「……」
国王。
止まる。
「それだけか?」
「さらに」
「まだあるのか」
「七ヶ国の学生代表が、自主的な交流組織の設立を相談しております」
「……」
「目的は?」
「国を越えた研究資料、災害情報、学生交流の共有です」
「誰が提案した」
「明確な発起人はいません」
「アレンではないのか?」
「いいえ」
「本当に?」
「はい」
国王。
少し。
驚いた。
「本人は?」
「座談会終了後」
「うむ」
「昼食時間が短くなったため」
「うむ」
「トーマという学生と屋台へ走っていきました」
「……」
国王は。
顔を覆った。
「なぜ」
「はい」
「本人がいないところで」
「はい」
「話が大きくなるのだ」
誰も答えられなかった。
◇
そして。
夕方。
「アレンさん」
「はい?」
レティシアが。
一枚の紙を持ってきた。
「これ」
「何?」
「今日の座談会に参加した学生たちが作ったものです」
読む。
――《大陸学生交流連絡会》。
「名前固いねー」
「最初の案だそうです」
「何するの?」
「災害時の学生ボランティア情報共有、研究資料の交換、各学院間の交流窓口などを予定しています」
「いいじゃん」
「はい」
「頑張ってほしいねー」
「……」
「レティシア?」
「代表へ就任してほしいと」
「誰が?」
「アレンさんに」
「嫌だよー」
即答した。
「……早いですね」
「俺、王立魔法学院に帰るし」
「はい」
「こういうの」
紙を見る。
「作った人たちがやった方がいいでしょ?」
「理由を伺っても?」
「俺が代表になったら」
「うん」
「みんな俺を見るじゃん」
「……」
「せっかく」
今日。
講堂で。
俺が答えなくても。
学生同士で話していた。
「俺がいなくても続きそうなのに」
「うん」
「俺が真ん中に戻ったら」
「もったいないよー」
レティシアは。
しばらく。
俺を見ていた。
「分かりました」
「断って大丈夫?」
「はい」
「代わりに」
「うん?」
「名誉顧問」
「もっと嫌だよー」
「では相談役」
「仕事増える?」
「少し」
「嫌」
「即答しないでください!」
◇
結局。
俺は。
役職なし。
必要なときに。
聞かれたら話すだけ。
ということになった。
「それ役職じゃない?」
トーマに聞くと。
「友達だろ」
「なるほど」
それなら。
分かりやすい。
◇
教育交流祭。
二日目。
終了。
その夜。
《大陸学生交流連絡会》の仮設立文書が。
七ヶ国の学生代表によって。
作成された。
発起人欄。
七人。
代表。
持ち回り制。
特定個人を中心にしない。
そして。
備考欄。
――設立のきっかけとなった座談会について。
――アレン・クロフォード本人は。
――役職就任を固辞。
理由。
――「俺いなくても続く方がいいでしょー」。
その文書を読んだ。
アルヴェイン国王は。
長い沈黙のあと。
「……四百年前より」
隣の宰相へ。
ぽつり。
「成長しているな」
「はい」
「昔なら?」
「おそらく」
宰相は。
四百年前の記録を思い出した。
「自分で組織を作り」
「うむ」
「自分で人を集め」
「うむ」
「自分で最後まで面倒を見ていたでしょう」
「そして」
「はい」
「気づけば」
二人。
同時に。
ため息。
「世界規模になっていた」
その失敗を。
四百年かけて。
少しだけ。
学んだ男は。
今度は。
組織の中心へ。
立たなかった。
ただし。
翌朝。
王宮へ。
別の知らせが届く。
教育交流祭へ参加していた。
三ヶ国の王族から。
同時に。
正式な申し入れ。
――アレン・クロフォードとの面会を希望。
目的。
――学生交流について。
備考。
――非公式で構わない。
それを見た国王は。
しばらく。
黙り。
そして。
「……レティシア」
娘を呼んだ。
「はい?」
「悪い知らせだ」
「何でしょう」
「君の専属案内対象が」
「はい」
「各国王族に見つかった」
レティシアの。
青い瞳が。
静かに。
細くなった。
「……何名ですか?」
「現在三名」
「現在?」
「増える可能性がある」
「……」
第二王女レティシア。
教育交流祭三日目の朝。
初めて。
《アウローラ》最高幹部十名が。
王女とのデートを警戒していた気持ちを。
少しだけ。
理解した。




