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冗談で作った秘密結社が世界最大企業になっていた ~平凡な学生を演じる創設者の俺は、今さら全部作り話だったと言い出せない~  作者: てへろっぱ


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第4話 情報部門長は、百年前の「いつかねー」を証拠として提出した



 俺が冗談で考えた災厄は、王立魔法学院の地下で俺の帰還を待っていたらしい。


 もちろん、俺にはまったく覚えがない。


「夜明けの創設者、帰還せり……か」


 ラグナが腕を組み、深刻そうに呟く。


「やはり、この学院にはアレンを待つ何かが隠されていたのだな!」


「俺は食堂のパン目当てで入学したんだけどねー」


「それすらも、我らを欺くための偽装だったのだろう!」


「どうして味方まで欺く必要があるのかなー」


「アレンの考えは深すぎて、我には分からぬ!」


「俺にも分からないねー」


 そもそも、何も考えていない。


 応接室には、俺とラグナ、カレンの三人が残っていた。


 学院地下から響いていた心臓のような音は、今は止まっている。


 けれど、床の下から感じる巨大な魔力は消えていない。


「学院側には、古代遺跡の一部が起動したとだけ説明しています」


 カレンが通信魔道具を操作しながら報告する。


「先ほど出現した戦闘ゴーレムは、ラグナ総司令が停止させたことになりました」


「我は何もしていないぞ」


「承知しています」


「止めたのはアレンだ!」


「承知しています」


「ならば、なぜ我の功績にする?」


「創設者様が平凡な学生として生活するためです」


「そうであった!」


 ラグナは納得すると、嬉しそうに俺を見る。


「心配するな、アレン! お前が小石一つで古代兵器を止めたことは、絶対に口外せぬ!」


「その声量だと、応接室の外まで聞こえそうだけどねー」


「問題ありません。防音結界を二十枚展開しています」


 カレンが淡々と答える。


 昨日より五枚増えている。


 どうやらラグナへの対策は、着実に進んでいるらしい。


「地下の調査は、情報部門が引き継ぎます」


「情報部門?」


「はい。すでに部門長本人が学院へ向かっています」


「ミコトが来るのかなー」


 名前を口にした瞬間、応接室の隅に置かれた花瓶が揺れた。


 ラグナが剣の柄へ手を伸ばす。


「何者だ!」


「気づくのが遅いですね」


 何もなかったはずの影から、一人の女性が現れた。


 黒い髪から覗く猫の耳。


 小柄で細身の身体には、動きやすそうな黒い服をまとっている。


 影猫族。


 ミコトの専属秘書、シズク・アヤメだった。


「久しぶりだねー、シズク」


「……」


 シズクは無言で俺を見つめた。


 百二十七年前も、感情を表情に出さない子だった。


 当時は幼かったせいか、物陰や屋根の上から俺を観察していることが多かった。


 今もあまり変わっていないらしい。


「大きくなったねー」


「百二十七年が経過していますので」


「猫耳もきれいになったねー」


「……」


 シズクの尻尾が大きく膨らんだ。


 本人は平静を装っているが、尻尾は昔から正直だった。


「動揺していますね」


 カレンが指摘する。


「湿度の影響です」


「室内の湿度は一定です」


「では、静電気です」


「魔法結界によって除去されています」


「カレン様。余計な観察はお控えください」


 シズクが無表情のまま言う。


 耳だけは赤かった。


「ミコトは一緒じゃないのかなー」


「到着しています」


「姿が見えないけどねー」


「現在、学院長と面会中です」


 シズクが小さな通信魔道具を取り出す。


 その表面には、王立魔法学院の学院長室が映し出されていた。


     ◇


「このたびの古代遺跡発見につきまして、《アウローラ》情報・通信部門が調査へ協力いたします」


 学院長室で、一人の女性が優雅に微笑んでいた。


 艶やかな黒髪。


 頭には狐の耳。


 背後には九本の尾が扇のように広がっている。


 九尾の妖狐、ミコト・クズノハ。


 世界中の情報網、通信施設、報道機関を統括する《アウローラ》情報部門長だ。


 表向きは柔らかな笑みを浮かべている。


 だが、あの顔は間違いなく何か企んでいる。


「情報部門長自らお越しいただけるとは……!」


 学院長は緊張しながらも、どこか誇らしげだった。


「我が学院の地下に、このような遺跡が存在していたとは存じませんでした」


「学院の創立以前から封印されていたようです。責任を問うつもりはございません」


「ですが、生徒たちの安全が……」


「ご安心ください」


 ミコトは笑みを深める。


「私ども《アウローラ》が、責任を持ってお守りいたします」


 その言葉と同時に、学院長室の窓の外を複数の影が横切った。


 屋根の上。


 校舎の影。


 中庭の木々。


 あらゆる場所に、情報部門の女性構成員が潜んでいる。


 学院長は気づいていない。


「調査にあたり、古代術式に詳しい学生を一名、同行させたいと考えております」


「学生をですか?」


「昨日、セレスティア会長が面談されたアレン・クロフォード学生です」


「また彼を……」


 学院長の表情に、わずかな疑念が浮かんだ。


 まずい。


 会長、総司令、情報部門長。


 世界最大企業の最高幹部が、三人続けて俺を指名している。


 いくら魔法理論に興味を持たれた学生という理由があっても、不自然さが増してきた。


「彼は授業中、王立研究院の最新術式に存在した欠陥を指摘したと伺っております」


 ミコトは用意していた書類を机へ置く。


「先ほど出現した古代ゴーレムにも、同様の術式が使用されていました。知識を借りるのは合理的な判断かと」


「なるほど……」


 学院長が頷く。


 きちんと表向きの理由を準備してきたようだ。


 ラグナとは違う。


「ただし、危険はないのでしょうか?」


「私が同行いたします」


「ミコト部門長ご本人が?」


「将来有望な若者を守ることも、大人の務めですので」


 ミコトが完璧な笑みを浮かべた。


 その九本の尾が、嬉しそうに左右へ揺れている。


「随分と機嫌がよさそうですね」


 映像を見ていたカレンが言う。


「百二十七年ぶりですので」


 シズクが答えた。


「しかし、学院長の前で尾を制御できていません」


「ミコト様は策士を自称していますが、創設者様が絡むと精度が低下します」


「今回の成功率は?」


「三パーセントです」


「低すぎぬか?」


 ラグナが眉をひそめる。


「創設者様が相手ですので」


「では、なぜ協力するのだ?」


「失敗して悔しがるミコト様が面白いからです」


「忠誠心はどこへ行った?」


「十分にございます」


 シズクが真顔で答えた。


     ◇


 学院長から許可を得たミコトは、十分後に応接室へ現れた。


 扉が開く。


 九本の尾を揺らしながら入ってきたミコトは、俺を見るなり立ち止まった。


 学院長はすでにいない。


 部屋には防音結界も張られている。


 それでもミコトは、すぐには動かなかった。


「久しぶりだねー、ミコト」


「……本当に」


 ミコトの笑顔が消える。


「本当に、アレンなのですね」


「そうだよー」


 次の瞬間。


 ミコトの姿が消えた。


 気づけば目の前まで移動し、俺の頬を両手で挟んでいる。


「幻術ではありませんね」


「たぶんねー」


「変身魔法でもない」


「使ってないよー」


「偽物である可能性は?」


「偽物なら、もっと威厳のある話し方をするんじゃないかなー」


「それはそうですね」


「納得するんだねー」


 ミコトの指が、わずかに震えている。


 笑っているのに、目には涙が浮かんでいた。


「百二十七年間、どこへ行っていたのですか」


「いろいろな場所を旅してたよー」


「その間、連絡の一つも寄越さず?」


「みんななら大丈夫だと思ってねー」


「大丈夫ではありませんでした」


 ミコトは俺の胸へ額を押しつけた。


「私たちは、あなたが死んだとは一度も思いませんでした」


「うん」


「ですが、生きていると信じ続けることも、簡単ではなかったのですよ」


「ごめんねー」


「謝罪だけでは足りません」


「何をすればいいかなー」


 ミコトが顔を上げる。


 涙はもう消えていた。


 代わりに、いつもの悪戯好きな笑みが戻っている。


「では、百二年前の約束を果たしていただきましょう」


「約束?」


「忘れたとは言わせません」


 ミコトが指を鳴らす。


 空中に、古い映像が映し出された。


 焚き火の前に座る、幼いミコト。


 その隣には、今とほとんど姿の変わらない俺がいる。


『アレン。将来、私はアレンのお嫁さんになれますか?』


 映像の中のミコトが尋ねる。


『あー、そうだねー。いつかねー』


 昔の俺が答えた。


 映像が止まる。


 ミコトが勝ち誇った笑みを浮かべた。


「百二年前、私を伴侶の候補として考えると発言しましたね?」


「よく覚えてるねー」


「音声記録があります」


「怖いねー」


「なぜ私が悪いような反応をするのです!」


「この映像、誰が撮ってたのかなー」


「私です」


「当時から自分で記録してたんだねー」


「アレンの発言を保存するのは、私の日課でしたので」


「百年以上前から日課なんだー」


 昔のミコトは、盗みをして生きていた。


 食べ物だけでなく、俺の私物まで頻繁に盗んでいた。


 注意すると、これは将来必要になるものです、と答えていた。


 まさか俺の声や映像まで記録していたとは思わなかった。


「それで、約束を果たしてもらえますか?」


「あー、そうだねー」


「その返答は禁止です」


「じゃあ、いつかねー」


「同じ意味です!」


 ミコトの九本の尾が一斉に逆立った。


 シズクが無表情で記録板へ文字を書き込む。


「求婚作戦、失敗」


「まだ終わっていません!」


「想定どおりです」


「シズク、あなたは誰の味方なのですか?」


「ミコト様の味方です」


「では、もう少し悲しそうな顔をしてください!」


「顔には出さない主義ですので」


 シズクの尻尾は、少しだけ楽しそうに揺れていた。


「それより、地下の遺跡を調べるんじゃないのかなー」


 俺が尋ねると、ミコトが咳払いをする。


「もちろん、そのために参りました」


「求婚のためではなかったんだねー」


「両方です」


「正直だねー」


「嘘をついても、アレンには見抜かれますから」


 見抜いているわけではない。


 ミコトは昔から、悪巧みをすると九本の尾が別々の方向へ動く。


 今も三本が俺の腕へ絡みつこうとしていた。


「創設者様」


 シズクが俺の前へ進む。


「地下へ向かう前に、確認したいことがあります」


「何かなー」


「《灰冠の王》について、覚えていることをすべてお聞かせください」


「ほとんど覚えてないねー」


「ほんの些細な内容でも構いません」


 俺は記憶をたどる。


 百年以上前。


 少女たちを励ますため、俺は秘密結社の敵として七つの災厄を考えた。


 第一の災厄、《灰冠の王》。


 大地の下で眠り、偽りの炎が世界を覆うときに目覚める。


 だったと思う。


「目覚めた灰冠の王は、世界中の命を灰へ変える――とか言ったかなー」


「ほかには?」


「炎を食べるとか、魔法を吸収するとか」


「弱点は?」


「考えてなかったねー」


 ラグナが驚いた顔をする。


「アレンにも分からぬのか?」


「その場で適当――」


 俺は言葉を止めた。


 四人が真剣な顔で見ている。


「……その場では、あえて弱点を教えなかったんだよー」


「やはり、我ら自身で見つけ出せという試練だったのだな!」


「さすがアレンです」


「創設者様のお考えは深遠です」


「記録しました」


 全員が納得してしまった。


 今さら、続きを言い出せない。


「ただ、一つだけ覚えてるよー」


「何でしょう?」


「灰冠の王は、扉の向こうから自分で出てくることはできない」


 俺は昔の物語を思い出しながら答える。


「夜明けを知る者が扉を開けなければ、永遠に封印されたまま――だったかなー」


 部屋が静かになった。


 ミコトとシズクが目を合わせる。


「どうかしたの?」


「アレン」


 ミコトの声から、先ほどまでのふざけた調子が消えた。


「地下の封印扉には、取っ手も鍵穴もありません」


「うん」


「私たちが調べても、開閉機構を発見できませんでした」


「かなり古い扉みたいだからねー」


「ですが、扉の中央に一つだけ、魔力を受け入れる箇所があります」


 ミコトが魔法写真を机へ置く。


 黒い円。


 七本の亀裂。


 その中央には、人間の手のひらほどの窪みがあった。


「魔力波形を分析した結果、この部分は特定の一人にしか反応しないことが判明しました」


「特定の一人?」


「はい」


 ミコトは俺をまっすぐ見つめる。


「アレンと同一の魔力を持つ者です」


     ◇


 地下遺跡へ向かうことは、すぐに決まった。


 学院側には、古代術式を理解できる可能性がある学生として、俺が調査へ同行すると説明された。


 ラグナとカレンは護衛。


 ミコトとシズクは調査責任者。


 表向きには、俺と四人はほとんど面識がない。


 そのはずだった。


「アレン。段差がありますので、私の手をどうぞ」


「ありがとう。でも見えてるよー」


「暗闇では何があるか分かりません」


「夜目が利くから大丈夫だよー」


「では、転倒した場合に備えて腕を組みましょう」


「必要ないんじゃないかなー」


「必要です」


 ミコトが俺の右腕へ、自分の腕を絡めようとする。


 反対側からラグナが割り込んできた。


「護衛なら我に任せろ!」


「ラグナは先頭を歩いてください」


「アレンの隣が最も安全だ!」


「あなたが隣にいると、壁が最も危険です」


「どういう意味だ!」


「言葉どおりです」


 二人が俺の左右を取り合う。


 その後ろでは、カレンとシズクが並んで歩いていた。


「止めなくてよいのですか?」


 シズクが尋ねる。


「どちらか一方を止めれば、もう一方が創設者様の隣を確保します」


「では、両方とも排除しますか?」


「その場合、私たちが隣を歩くことになりますね」


「合理的です」


「同意します」


 二人の声が聞こえた瞬間、ラグナとミコトが同時に振り返った。


「聞こえているぞ!」


「あなたたちは後方を警戒してください!」


「残念です」


 シズクは無表情だった。


 カレンも冷静な顔を保っている。


 ただし、二人とも少しだけ悔しそうだった。


 地下へ続く階段は、想像以上に長かった。


 学院の地下倉庫を抜け。


 古い排水路を通り。


 さらに、魔法で隠されていた石造りの階段を降りる。


 やがて巨大な空間へ出た。


「これは……」


 学院の地下に存在するとは思えないほど広い。


 天井も壁も黒い石で造られ、いくつもの巨大な柱が並んでいる。


 柱には、見覚えのない古代文字が刻まれていた。


 その最奥。


 魔法写真で見た石扉が立っている。


 高さは二十メートル以上。


 近づくだけで、肌がひりつくほどの魔力を感じた。


「この奥に、《灰冠の王》がいるのだな」


 ラグナが剣へ手を添える。


「まだ断定はできません」


 ミコトはそう言いながらも、表情が険しい。


「ですが、アレンが語った内容と一致しすぎています」


「創設者様」


 シズクが扉の中央を指す。


「ご覧ください」


 黒い紋章の中央。


 手のひらを置くための窪みが、淡い光を放っている。


 俺たちが近づくにつれ、光が強くなっていく。


 そして、扉に刻まれた古代文字が次々と発光した。


『夜明けの創設者、帰還せり』


『第一の鍵、資格を確認』


『封印解除権限を付与』


 古代文字を読めないはずの俺にも、なぜか意味が理解できた。


「封印解除権限?」


 俺は首を傾げる。


「アレン。扉へ触れるのは、調査が終わってからにしましょう」


 ミコトが珍しく慎重な声を出す。


「内部の魔力は、先ほどより増大しています」


「我が先に扉を破壊するか?」


「封印まで壊れますので、おやめください」


「では、どうする?」


「安全な場所から術式を解析します」


 シズクがいくつもの観測魔道具を設置する。


 カレンも周辺へ防御結界を展開し始めた。


 俺は少し離れた場所から、巨大な扉を眺める。


 俺が作ったはずの物語。


 俺が考えたはずの紋章。


 俺だけに反応する扉。


 まるで、誰かが俺の冗談を千年以上前から知っていたようだった。


「不思議だねー」


 何気なく呟き、扉へ一歩近づく。


 その瞬間。


 床の石が沈んだ。


「アレン!」


 四人の声が重なる。


 足元の古代術式が発光する。


 俺の身体から魔力が引き出され、扉の窪みへ流れ込んだ。


「触ってないんだけどねー」


「離れてください!」


 ミコトが俺の腕を掴む。


 しかし、光は止まらない。


 巨大な石扉の奥から、鎖が切れる音が響いた。


 一つ。


 二つ。


 三つ。


 扉の中央に、細い隙間が生まれる。


 そこから、熱ではない冷たい灰が流れ出した。


『封印解除工程を開始』


 古代文字が赤く染まる。


『第一災厄《灰冠の王》』


『完全覚醒まで――残り七日』


 地下空間全体へ、鐘の音が鳴り響いた。


 俺は開き始めた扉を見上げる。


「……触ってないのに開いたねー」


「アレン!」


 ラグナが叫ぶ。


「やはり、すべて計算していたのだな!」


「今の状況を見て、どうしてそう思えるのかなー」


 俺が冗談で考えた第一の災厄は、七日後に目を覚ますらしい。


 そして組織の仲間たちは、俺がそれすら予想していたと思っている。


 全部作り話だったと告白する機会は、ますます遠ざかっていった。


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