第34話 王女に「普通の王都を見たい」と言ったら、世界最大企業三千二百人が全員目立たないふりを始めた
アルヴェイン王国へ到着して。
十分後。
「アレン」
「何かなー」
「俺は今」
トーマが。
ものすごく真面目な顔で言った。
「外国へ来たんだよな?」
「そうだねー」
「教育交流で」
「うん」
「学生として」
「俺もそのつもりだよー」
「じゃあ」
トーマが。
俺たちの後ろを見る。
「何で世界最大企業の会長と最高幹部たちが、学生の列の後ろを歩いてるんだ?」
「仕事じゃない?」
「全員か!?」
「偶然らしいよー」
「その言葉、便利すぎないか!?」
俺も。
最近。
少しそう思う。
転移門から王宮へ向かう大通り。
先頭には。
王国の案内役。
その後ろに。
王立魔法学院の学生四十八人。
教師六人。
そして。
少し距離を空けて。
セレスたち。
さらに。
その遥か後方や。
王都各所へ分散していく。
《アウローラ》関係者。
三千二百人。
全員が。
教育交流支援。
らしい。
「アレンさん」
「はいー」
隣を歩いていたレティシア王女が。
振り返った。
「何か気になるものはありますか?」
「いっぱいありますよー」
「本当ですか?」
ぱっと。
顔が明るくなる。
「あのお城とか」
「はい」
「あの塔も」
「王立天文塔です」
「あっちの大きな建物は?」
「中央大聖堂です」
「へえー」
白い石造りの街並み。
青い屋根。
道沿いには。
見たことのない花。
馬車の車輪が。
石畳を規則正しく叩いている。
初めて来た場所は。
やっぱり。
面白い。
「それと」
「はい」
「あそこ」
俺が指さす。
「……あそこ?」
「うん」
王女が。
俺の指の先を見る。
そこにあるのは。
王城でも。
大聖堂でも。
立派な像でもない。
普通の市場。
野菜。
果物。
肉。
焼きたてのパン。
生活用品。
朝の買い物客。
子どもを連れた母親。
荷車を押す老人。
「あそこも見てみたいですねー」
「市場を?」
「はい」
「もちろん」
王女が。
嬉しそうに笑った。
「今日の予定にも入っています」
「よかったー」
「ただ」
「はい?」
レティシア王女が。
ちらりと。
後ろを見る。
俺も。
見る。
セレス。
目が合った。
にこり。
さらに。
ラグナ。
にこり。
ミコト。
無表情。
エルシア。
こっちを見ている。
ヴィオラ。
扇で口元を隠している。
カレン。
普通。
リゼット。
何か書いている。
シズク。
いつの間にか屋根の上。
ノエル。
手を振っている。
クラリス。
こちらも笑っている。
「……」
「どうしましたー?」
「いえ」
王女が。
少しだけ。
困った顔をする。
「普通の市場をご案内するには」
「うん」
「少しだけ」
「問題がありまして」
「何が?」
「普通ではない方々が」
もう一度。
後ろを見る。
「多すぎます」
「あー」
なるほど。
◇
「提案があります」
王宮へ向かう途中。
一時休憩。
レティシア王女が。
セレスたちへ言った。
「市場の視察時だけでも、可能な限り少人数にしていただけませんか?」
「理由を伺っても?」
セレス。
「《アウローラ》の最高幹部が十名揃って歩けば」
「はい」
「市場の人々は緊張します」
「……」
「そして」
王女が。
少し離れた通りを見る。
すでに。
《アウローラ》の制服を着た人たちが。
何人も。
荷物を運んでいる。
「三千二百名の皆様が周囲にいらっしゃれば」
「はい」
「普段の王都を見ていただくことは難しいかと」
「もっともです」
セレスが頷いた。
「では」
「はい」
「目立たないようにします」
「ありがとうございます」
話が。
すぐ終わった。
よかった。
王女も。
少し安心している。
そのとき。
セレスが。
リゼットを見る。
「通達を」
「承知しました」
「何の?」
俺が聞く。
「目立たないようにするための通達です」
「必要なの?」
「三千二百名おりますので」
「全員に?」
「はい」
「市場へ来ない人も?」
「念のため」
「念入りだねー」
リゼットが。
通信端末へ。
短く入力する。
数秒。
「通達完了しました」
「早いねー」
「通常業務です」
「どんな内容?」
「アルヴェイン王国滞在中」
リゼットが読み上げる。
「一般市民の生活を阻害しないこと」
「うん」
「不要な警護線を形成しないこと」
「うん」
「必要以上にアレンへ接近しないこと」
「……」
「うん?」
「続けます」
「今、俺だけ具体的だったよー」
「気のせいです」
「そうかなー」
「そして」
リゼット。
「可能な限り」
一拍。
「普通に振る舞うこと」
「いいんじゃない?」
「はい」
何も。
問題はなさそうだった。
◇
三十分後。
「問題しかねえよ!」
トーマが叫んだ。
「静かにしようよー」
「お前が言うな!」
王都中央市場。
学生たちは。
班ごとに分かれて。
市場を見学している。
俺。
トーマ。
同じ班の学生六人。
教師一人。
そして。
案内役のレティシア王女。
ここまでは。
普通。
問題は。
周囲だった。
「アレン」
「うん?」
「さっきから」
トーマが。
小声になる。
「あの八百屋」
「うん」
「客多くないか?」
「人気店なんじゃない?」
「全員、姿勢良すぎるだろ!」
八百屋の前。
十数人。
普通の服。
でも。
全員。
背筋が。
ものすごく伸びている。
「あと」
「うん」
「あっちのパン屋」
「繁盛してるねー」
「三人とも同じパンを一個ずつ買って、同じ角度で袋を持ってるぞ!」
「仲いいんじゃない?」
「怖いよ!」
さらに。
露店。
ベンチ。
噴水。
本屋。
食堂。
いろいろな場所に。
普通の服を着た人たち。
たくさん。
いる。
「……」
レティシア王女が。
黙っている。
「殿下?」
「はい」
「どうしました?」
「いえ」
王女が。
微笑む。
「《アウローラ》の皆様は」
「うん」
「非常に」
一瞬。
「真面目なのですね」
「そうですねー」
「普通に振る舞えと言われて」
「はい」
「全力で普通に振る舞っていらっしゃいます」
「いいことでは?」
「全力でやることではありません」
「あー」
言われてみれば。
そうかもしれない。
◇
「報告」
少し後ろ。
市場の果物屋。
客のふりをしたミコトが。
小さな通信端末へ囁いていた。
「対象」
「市場中央へ移動」
「距離」
「二十八メートル」
その隣。
同じく。
普通の服を着たシズク。
「ミコト様」
「何?」
「目立っています」
「どこが?」
「今」
「報告していました」
「普通の客も」
「報告する」
「しません」
「……」
「あと」
シズクが。
ミコトの手元を見る。
「果物」
「六個目」
「必要」
「何に?」
「客を装う」
「買いすぎです」
「では食べる」
「そうしてください」
しゃく。
「……」
「どうです?」
「甘い」
「普通の感想ですね」
「成功」
「何がでしょう」
◇
反対側。
服屋。
「ラグナ様」
「何だ」
カレンが。
低い声で言う。
「なぜ店の入口に立っているのですか」
「買い物客だ」
「入口を封鎖しています」
「む」
「あと腕を組まないでください」
「なぜだ?」
「軍事施設の警備にしか見えません」
「ではどうすればいい」
「商品をご覧ください」
「服か」
「服屋ですから」
ラグナが。
近くにあった。
薄い桃色の帽子を手に取る。
「これでよいか?」
「なぜそれを?」
「一番近かった」
「普通に選んでください」
「普通とは難しいな」
「戦場より苦戦しないでください」
「むむ……」
◇
さらに。
少し離れた喫茶店。
「セレス様」
「はい」
ノエルが。
小さな声で尋ねた。
「注文されないのですか?」
「しています」
「お茶一杯で四十分ですよ?」
「ゆっくり飲んでいるだけです」
「ずっと窓の外をご覧になっています」
「景色が良いので」
「アレン様しか見てませんよね?」
「王都の景観です」
「あ」
「アレン様が曲がりました!」
「会計を」
「はい!」
「普通はもっとゆっくりするんじゃないですか?」
「急用です」
「ですよね!」
◇
「……」
俺は。
市場を歩きながら。
何となく。
周りを見る。
「どうしましたか?」
レティシア王女。
「いやー」
「はい?」
「知ってる人が多い気がして」
「気のせいではないと思います」
「やっぱり?」
「はい」
王女が。
少し笑う。
「でも」
「うん」
「先ほどよりは」
「普通?」
「……」
また。
少し考えた。
「努力は感じます」
「よかったー」
褒められた。
たぶん。
◇
市場は。
面白かった。
アルヴェイン王国では。
果物が安い。
代わりに。
海から遠いから。
魚は少し高い。
香辛料は。
南方との交易が盛んなおかげで。
種類が多い。
パンは。
学院都市のものより。
少し固い。
でも。
香りが強い。
「アレンさん」
「はいー」
「こういう場所がお好きなのですか?」
「好きですよ」
「王城より?」
「比べるものなのかなー」
「いえ」
王女が。
くすりと笑う。
「少し気になっただけです」
「王城も見たいですよー」
「本当ですか?」
「はい」
「よかった」
「でも」
「はい?」
俺は。
市場を見る。
「普通の場所って」
「うん」
「その国の人が」
「何に困ってるかとか」
「何を大事にしてるかとか」
「分かりやすいじゃないですか」
「……」
「だから面白いです」
レティシア王女が。
俺を見る。
「アレンさんは」
「はい?」
「いつも」
「変わったところをご覧になるのですね」
「そうかなー」
「はい」
「普通だと思うけど」
「普通の方は」
王女が。
少し先を見る。
「外国の王女に案内されて」
「うん」
「最初に青果市場を見たいとは言いません」
「そうなの?」
「少なくとも私は初めてです」
「じゃあ」
「はい」
「いい経験ですねー」
「……ふふ」
笑われた。
◇
市場の奥。
少し古い一角。
そこは。
さっきまでの賑やかな場所と比べて。
人が少なかった。
「この辺は?」
「古い商業区です」
レティシア王女が答える。
「昔からある店が多いのですが」
「うん」
「新しい中央市場ができてから」
少し。
声が落ちる。
「客足が減っています」
「へえー」
古い。
でも。
悪い場所には見えない。
小さな菓子屋。
靴屋。
食器屋。
本屋。
修理工房。
通り自体は。
きれいに掃除されている。
「ここも」
「はい?」
「見てもいいですか?」
「もちろんです」
王女が。
少し驚いた顔をしてから。
頷いた。
「こちらこそ」
「うん?」
「見ていただきたいです」
◇
「あっ」
小さな声。
俺たちの前で。
一人の女の子が。
荷物を落とした。
紙袋から。
いくつかの焼き菓子が。
石畳へ転がる。
「大丈夫?」
俺は。
一つ。
拾う。
「あ……」
十歳くらいだろうか。
女の子は。
俺を見て。
その後ろのレティシア王女を見て。
固まった。
「ひっ」
「あー」
やっぱり。
王女がいると。
緊張するのか。
レティシア王女も。
気づいたらしい。
少しだけ。
姿勢を低くする。
「驚かせてしまいましたね」
「で、殿下……!」
「今日は案内役です」
「え?」
「ですから」
王女が。
落ちた焼き菓子を一つ拾う。
「今は一緒に拾わせてください」
「そ、そんな!」
「あと三つあります」
「え?」
「アレンさん」
「はいー」
「そちらをお願いします」
「了解です」
二人で。
拾う。
トーマも。
「俺も拾う」
「ありがとー」
他の学生たちも。
集まる。
すぐに。
全部戻った。
「ありがとう、ございます……」
「どういたしましてー」
女の子が。
紙袋を抱える。
でも。
その場から動かない。
「どうしたの?」
「あの」
「うん」
「それ」
女の子が。
俺の胸元を見る。
学院の制服。
「外国の学校?」
「そうだよー」
「魔法学院?」
「うん」
「すごい」
「そう?」
「魔法使える?」
「少しねー」
実際は。
少しどころではないけれど。
普通の学生なので。
少しということにしておく。
「お兄ちゃん」
「うん?」
「これ」
女の子が。
焼き菓子を一つ。
差し出した。
「お礼」
「いいの?」
「うん」
「じゃあ」
受け取る。
「ありがとう」
「へへ」
女の子が。
笑った。
「おいしいよ」
「楽しみだねー」
「あの店」
指をさす。
古い通り。
小さな菓子屋。
「お母さんの店だから」
「そうなんだ」
「昔はいっぱい売れたんだよ」
「今は?」
「……」
女の子。
ちょっとだけ。
困った顔。
「新しい市場のほうが」
「みんな行くから」
「そっかー」
隣。
レティシア王女が。
静かに聞いている。
「でも」
女の子が言う。
「お母さんのお菓子」
「一番おいしいよ」
「うん」
「食べてみるねー」
◇
その場で。
一口。
食べた。
蜂蜜。
木の実。
少しだけ。
柑橘。
「あ」
「どう?」
「おいしい」
「でしょ!」
女の子。
すごく嬉しそう。
「これ」
「はい」
レティシア王女も。
小さく驚いている。
「昔ながらのアルヴェイン菓子です」
「そうなんですねー」
「最近は」
「王都でも作る店が減りました」
「もったいないねー」
「……はい」
俺は。
菓子を見る。
特別。
豪華ではない。
高価でもない。
でも。
ちゃんと。
その場所の味がする。
「トーマ」
「ん?」
「食べる?」
「俺の分ねえだろ」
「半分」
「お」
割る。
「うま」
「でしょ?」
女の子が。
なぜか。
自分のことみたいに。
胸を張った。
「じゃあ」
俺は。
財布を出す。
「お店行こうかなー」
「ほんと!?」
「みんなで食べたいし」
「誰と?」
「知り合いが多いから」
後ろ。
市場のあちこちで。
何人か。
びくっ。
とした。
「何個買うの?」
「うーん」
セレスたち。
十人。
学生たちにも。
少し。
先生も。
王女の護衛。
それと。
「三十個くらい?」
普通なら。
それくらい。
「……」
なぜか。
遠くで。
リゼットが。
ものすごい速さで。
通信端末を操作した。
「リゼット?」
聞こえる距離ではない。
でも。
目が合った。
止まった。
「何してるのかなー」
「さあ……」
レティシア王女も。
少し不安そうだった。
◇
「いらっしゃいませ!」
小さな菓子屋。
女の子の母親は。
突然。
王女と。
外国の学生たちが入ってきて。
顔が真っ青になった。
でも。
レティシア王女が。
「今日は一人の客として参りました」
そう言うと。
少しだけ。
緊張が解けた。
「このお菓子」
「はい!」
「三十個ください」
「三十個も!?」
「多かった?」
「い、いえ!」
店主は。
嬉しそうに。
包み始める。
「久しぶりです」
「何が?」
「こんなに」
手を動かしながら。
笑った。
「一度に注文をいただいたの」
「そうなんですねー」
「昔は」
「この通りも」
「もっと賑やかだったんですけどね」
笑っている。
けれど。
少しだけ。
寂しそうだった。
俺は。
店を見る。
古い。
だけど。
丁寧に使われている。
木の棚。
焼き窯。
手書きの値札。
「移転はしないんですか?」
「できませんよ」
店主が笑う。
「中央市場は家賃が高いですから」
「あー」
「それに」
奥を見る。
「この窯は」
「母から受け継いだものなんです」
「大事なんですねー」
「はい」
「なら」
俺は。
もう一つ。
菓子を買う。
「ここに来ないと食べられない方が」
「いいのかもねー」
「……え?」
「新しい市場と」
「同じことしても」
「勝てないでしょ?」
店主が。
止まった。
「なら」
「古いのを」
「隠さなくてもいいんじゃない?」
「古いのを……」
「うん」
「俺」
「この店」
「好きですよ」
「……」
あ。
また。
変なことを言っただろうか。
店主が。
固まっている。
「すみません」
「い、いえ!」
「お菓子おいしいし」
「ありがとうございます……!」
何だか。
すごく。
喜ばれた。
◇
店を出る。
隣。
レティシア王女が。
ずっと静かだ。
「殿下?」
「はい」
「どうしました?」
「アレンさん」
「はいー」
「先ほどの言葉」
「どれ?」
「古いものを隠さなくてもいい」
「あー」
「適当に言っただけですよ」
「……」
王女。
ため息。
「またですか」
「何が?」
「いいえ」
少し。
笑う。
「覚えておきます」
「忘れてもいいですよー」
「忘れません」
「そう?」
「はい」
後ろ。
トーマが。
なぜか。
俺の肩を叩いた。
「アレン」
「何?」
「お前」
「また何かしただろ」
「菓子買っただけだよー」
「俺もそう見えた」
「ならいいじゃん」
「でも」
トーマ。
周りを見る。
「嫌な予感しかしない」
「心配性だねー」
「その台詞」
「前も聞いたぞ!」
◇
十分後。
古い商業区。
一軒目。
「すみません」
普通の服を着た女性が。
菓子屋へ入る。
「先ほどの焼き菓子を」
「はい」
「三十個」
二軒目。
「私も三十個」
三軒目。
「二十個ください」
四軒目。
「十個」
五軒目。
「家族用です」
六軒目。
「個人的購入です」
七軒目。
「教育交流の一環です」
「え?」
店主。
困惑。
棚。
空になる。
「ちょ、ちょっと待ってください!」
◇
「リゼット」
「はい」
「何かした?」
「何も」
「本当に?」
「はい」
リゼット。
目を逸らす。
「ただ」
「うん」
「先ほど」
「アレンが」
「みんなで食べたいと」
「言いましたので」
「言ったねー」
「近隣にいた者が」
「自主的に」
「購入したようです」
「近隣って?」
「この地区に配置されている」
一瞬。
「教育交流支援要員です」
「何人?」
「現在」
端末を見る。
「百八十七名」
「多いよー」
「市場全体では九百二十一名です」
「もっと多いねー」
「残りは別地区です」
「みんな普通にしてる?」
「努力しております」
「努力が必要なんだねー」
そのとき。
菓子屋から。
さっきの女の子が。
飛び出してきた。
「お兄ちゃん!」
「うん?」
「大変!」
「何が?」
「全部売れた!」
「よかったねー」
「違う!」
「違うの?」
「お母さんが!」
女の子。
ものすごく興奮している。
「泣いてる!」
「えっ」
それは。
大変だ。
◇
戻ると。
店主は。
本当に。
泣いていた。
「大丈夫ですか?」
「はい……!」
「でも泣いてますよ?」
「嬉しくて……」
「あー」
「今日の分」
「全部」
「売れたんです」
「よかったですねー」
「こんなの」
「何年ぶりか……」
後ろを見る。
普通の服を着た。
《アウローラ》関係者らしき人たち。
たくさん。
いる。
全員。
知らないふりをしている。
分かりやすい。
「みんな」
「買いすぎじゃない?」
「……」
誰も。
こっちを見ない。
「聞こえてるよねー」
全員。
さらに。
目を逸らした。
やっぱり。
聞こえてる。
◇
その頃。
王都支社。
「緊急案件です!」
「何だ!」
「旧商業区の伝統菓子店に」
「我々の職員が集中しています!」
「何名だ!」
「現時点で二百十四名!」
「なぜだ!」
「創設者様が購入されたとの情報が!」
「待て!」
支社長が。
机を叩く。
「買い占めは禁止だ!」
「はい!」
「一般客へ迷惑をかけるな!」
「はい!」
「購入希望者には」
「一人一個まで!」
「はい!」
「あと」
「はい!」
支社長。
一瞬。
迷う。
「私の分も」
「一個だけ確保してくれ」
「支社長!」
「個人的購入だ!」
◇
さらに。
《アウローラ》物流部門。
「旧商業区」
「客数上昇」
「原因確認」
「創設――」
「その呼称禁止!」
「失礼しました!」
「学院交流参加者の一人が」
「伝統菓子を購入」
「それで?」
「職員が追随」
「止めろ!」
「すでに制限を通知済みです!」
「なら問題ない」
「ですが」
「何だ?」
「周辺店舗にも」
「人が流れ始めています」
「……」
「靴屋」
「食器屋」
「古書店」
「修理工房」
「昼食店」
「軒並み」
「昨日同時刻比で」
「来客が増加しています」
「なぜだ」
「菓子の焼き上がり待ちです」
「……」
「店が一つ売れると」
「通り全体に人が流れるのか」
「そのようです」
「記録しろ」
「はい」
「ただし」
「介入するな」
「はい」
「今日は」
一拍。
「普通にする日だ」
「承知しました!」
◇
「アレンさん」
「はい?」
市場見学の終わり。
レティシア王女が。
俺を呼び止めた。
「ありがとうございます」
「何が?」
「今日」
「ここへ来てくださったことです」
「楽しかったですよー」
「本当ですか?」
「はい」
「お菓子もおいしかったし」
残り。
二十八個。
袋いっぱい。
「重ければお持ちします」
「大丈夫ですよー」
「では」
王女が。
少しだけ。
俺へ近づく。
「一つ」
「いただいても?」
「もちろん」
渡す。
レティシア王女。
一口。
「……おいしい」
「ですよねー」
「はい」
少し。
嬉しそう。
俺たちの後ろ。
「……」
「……」
「……」
十人。
すごく。
見ている。
「あー」
「どうされました?」
「これ」
袋を持ち上げる。
「みんなにも配らないと」
十人。
一斉に。
表情が明るくなった。
分かりやすい。
「セレス」
「はい!」
「一個」
「ありがとうございます」
「ラグナ」
「うむ!」
「ミコト」
「受領」
「エルシア」
「ありがとう」
「ヴィオラ」
「いただくわ」
「カレン」
「ありがとうございます」
「リゼット」
「予定外ですが、受領します」
「シズク」
「感謝」
「ノエル」
「やったー!」
「クラリス」
「ありがとうございます」
全員へ。
一個ずつ。
「これで公平だねー」
「はい」
セレス。
幸せそう。
簡単だ。
◇
「なあ」
トーマ。
「何?」
「俺の分は?」
「さっき半分食べたじゃん」
「半分だぞ!?」
「仕方ないなー」
「扱い違いすぎないか!?」
「はい」
一個渡す。
「よし」
「満足?」
「した」
「安いねー」
「お前の周りがおかしいんだよ!」
失礼だ。
◇
市場見学を終えて。
王宮へ向かう。
振り返る。
古い商業区。
さっきより。
少し。
人が多い。
「今日は賑やかだねー」
「……そうですね」
レティシア王女が。
その景色を。
じっと見ている。
「殿下?」
「アレンさん」
「はい?」
「明日以降も」
「うん」
「少しだけ」
「王都の普通の場所へ」
「お付き合いいただけますか?」
「もちろんですよー」
「ありがとうございます」
王女が。
笑う。
そして。
少ししてから。
「あの」
「はい?」
「例の一時間も」
「一時間?」
「……デートです」
「あー」
後ろ。
十人の足音が。
ぴたり。
止まった。
「覚えてますよー」
「本当ですか?」
「約束したからねー」
「……よかった」
王女が。
ほんの少し。
頬を赤くした。
その瞬間。
後ろから。
ものすごい勢いで。
紙へ何かを書く音がした。
「リゼット?」
「はい」
「何してるの?」
「予定確認です」
「また五分刻み?」
「……」
「違うよねー?」
「今回は」
一秒。
「三分刻みです」
「細かくなってるよー」
「緊急事態ですので」
「何が?」
「個人的な問題です」
「最近みんな正直だねー」
◇
そして。
その日の夕方。
アルヴェイン王国。
王都商業組合に。
一つの報告が届いた。
――旧商業区。
本日来客数。
平常時の四・七倍。
原因。
不明。
ただし。
目撃証言。
多数。
外国の学院生らしき少年が。
古い菓子屋で。
「この店、好きですよ」
と。
言ったらしい。
さらに。
《アウローラ》王国支社でも。
一つの通達が出た。
――創設者関連商品の買い占めを禁止する。
――一般客を最優先とする。
――旧商業区の店舗へ過剰な支援を行わない。
そして最後に。
太字で。
こう書かれていた。
――「普通に振る舞うこと」を、全力で実行しないこと。
翌朝。
その通達を読んだ三千二百人が。
今度は。
どうすれば普通なのか。
本気で悩み始めることになる。
俺は。
まだ知らない。




