第32話 世界一仕事ができる秘書に休日の過ごし方を聞いたら、五分刻みのデート予定表が出てきた
次のデート抽選。
開始予定時刻。
午後七時。
俺が《アウローラ・グランド》地下本部の会議室へ入ったのは。
午後六時五十八分だった。
「こんばんはー」
「お待ちしておりました」
「早かった?」
「いいえ」
リゼットが答える。
カレン。
リゼット。
ノエル。
クラリス。
残る側近四人が。
抽選箱の前へ座っていた。
全員。
なぜか正装。
「ずっとここにいたのー?」
「はい!」
ノエルが元気よく手を上げる。
「何時から?」
「午前十時!」
「九時間前だねー」
「万全です!」
「何の準備が必要なのかなー」
「心です!」
「なるほどー」
分かるような。
分からないような。
「カレンは仕事あったんじゃないの?」
「こちらで処理しました」
机を見る。
書類の山。
「ここで?」
「はい」
「クラリスも?」
「金融部門の定例報告を三件、こちらから済ませました」
「ノエルは?」
「花を育ててました!」
机の端。
植木鉢が七個。
「本当に九時間いたんだねー」
そして。
リゼット。
「リゼットも?」
「はい」
「何してたの?」
「皆様が業務に支障を出さないよう、予定を再調整しておりました」
「自分の仕事は?」
「すべて完了済みです」
「いつ?」
「午前六時十二分」
「早いねー」
「通常です」
「寝た?」
「四時間十三分」
「短いねー」
「十分です」
「十分じゃないと思うよー」
「問題ありません」
いつもの。
完璧な返事だった。
◇
「では」
リゼットが。
抽選箱を中央へ置く。
「開始します」
「待ってください!」
ノエル。
「何ですか」
「最終確認!」
箱を。
上から。
下から。
横から。
「不正術式なし!」
「最初からありません」
「札の重量!」
「同一です」
「匂い!」
「ありません」
「未来予知対策!」
「実装済み」
「箱の意思!」
「ありません」
「本当に!?」
「箱に自我を持たせないでください」
カレンが。
静かに箱を見る。
「念のため申し上げますが」
「うん?」
「前回のように」
「私が当選した場合」
「辞退はいたしません」
「髪留めのとき?」
「はい」
白い髪には。
今も。
《片翼の髪留め》。
「今回は」
「最初から」
「私自身のために受け取ります」
「そっかー」
「……」
「カレン?」
「それだけですか?」
「いいと思うよー」
「……はい」
少し。
嬉しそうだった。
「では引くねー」
箱へ。
手。
一枚。
開く。
「リゼットだねー」
「……」
静かだった。
「リゼット?」
「はい」
「当たったよー」
「認識しています」
「嬉しくない?」
「非常に」
「顔、変わってないねー」
「通常です」
でも。
長い月色の耳が。
ぴん。
と立っている。
「耳は嬉しそうだねー」
「耳は」
「私の管理下にありません」
「身体の一部じゃないのー?」
「本日のみ例外です」
「便利だねー」
その隣。
「ぐぬぬ……!」
ノエルが机へ突っ伏した。
「次!」
「次があります!」
「はい」
クラリスが微笑む。
「私たちには百年以上待った実績があります」
「あと数回の抽選くらい」
「誤差ですね」
「クラリス」
「はい?」
「笑顔が怖いです」
カレンが少し離れた。
◇
「それで」
俺はリゼットを見る。
「何を教えてくれるのー?」
「時間管理」
「リゼットらしいねー」
「はい」
「世界最大企業の会長秘書として」
「一日に平均二百十三件の案件を分類」
「うち四十七件を直接処理」
「会長判断が必要な案件を優先度順に整理し」
「移動、会議、食事、休息を含め」
「一分単位で最適化しております」
「休息もあるんだねー」
「当然です」
「自分のは?」
「……」
「リゼット?」
「ございます」
「どれくらい?」
「必要量」
「四時間十三分?」
「睡眠は別項目です」
「じゃあ休息は?」
「一日」
「平均」
「……」
「うん」
「十一分」
「少ないよー」
「《一日十分、何もしない時間》という書籍では」
「最低十分と」
「それ」
「俺が本屋で選んだ本だねー」
「はい」
「最低を狙う本じゃないと思うよー」
「十一分ですので」
「一割多く確保しています」
「そういう問題かなー」
◇
翌休日。
朝九時。
学院正門前。
「おはようー」
「おはようございます」
リゼットは。
すでに待っていた。
淡い銀髪。
月色の瞳。
今日は《アウローラ》の制服ではない。
薄い上着と。
長めのスカート。
普通の外出着。
「似合ってるねー」
「……」
「リゼット?」
「おはようございます」
「二回目だねー」
「聞き取れなかったことにしました」
「じゃあもう一回?」
「……お願いします」
「服、似合ってるよー」
「ありがとうございます」
耳。
真っ赤。
「耳は聞こえてたみたいだねー」
「予定を開始します」
「逃げたねー」
「九時〇一分」
「第一予定へ移行」
手元。
分厚い冊子。
「それ何ー?」
「本日の予定表です」
「見せてー」
「どうぞ」
開く。
九時〇〇分。
集合。
九時〇五分。
学院前出発。
九時十二分。
学生街到着。
九時十五分から九時三十五分。
朝市見学。
九時三十八分。
移動。
九時四十五分から十時十分。
雑貨店。
十時十二分。
移動。
十時二十分から十時四十五分。
菓子店。
十時五十分。
休憩。
十時五十分から十一時〇一分。
――何もしない。
「……」
「リゼット」
「何でしょう」
「何もしない時間まで予定に入ってるねー」
「十一分確保しました」
「きっちりだねー」
「はい」
さらに。
昼食。
散歩。
書店。
市場。
公園。
夕食前に解散。
全部。
五分単位。
「これ」
「全部今日回るの?」
「はい」
「忙しくない?」
「最適化済みです」
「デートだよねー?」
「……」
耳。
また赤くなる。
「はい」
「デートって」
「こんなに予定必要なのー?」
「初回ですので」
「失敗を避ける必要があります」
「失敗してもいいんじゃない?」
「よくありません」
「どうして?」
「アレンと」
少し止まる。
「二人だけの時間です」
「うん」
「一分も」
「無駄にしたくありません」
真剣だった。
「そっかー」
「はい」
「じゃあ」
「まず行こうかー」
「はい」
◇
朝市。
「滞在時間、二十分」
「うん」
「推奨経路はこちら」
「人多いねー」
「最短経路を確保済みです」
「普通に歩こうよー」
「ですが」
屋台。
果物。
焼きたてのパン。
小物。
花。
朝から賑やかだ。
「あ」
一軒。
焼き栗。
「リゼット」
「はい」
「食べない?」
「予定外です」
「嫌い?」
「いいえ」
「じゃあ食べようー」
「しかし」
「何分遅れる?」
「推定七分二十二秒」
「そのくらいならいいんじゃない?」
「次の予定へ影響します」
「じゃあ次を七分遅らせようー」
「……」
「駄目?」
リゼットが。
予定表を見る。
焼き栗を見る。
俺を見る。
「……可能です」
「よかったー」
二人分。
買う。
紙袋。
温かい。
「熱いから気をつけてねー」
「はい」
一個。
「おいしいねー」
「……はい」
「リゼット?」
「おいしいです」
「予定になかったけど?」
「……」
「どう?」
「問題」
少し考える。
「ありません」
「じゃあ次も予定外ありだねー」
「それは」
「検討します」
まだ。
少し抵抗があるらしい。
◇
雑貨店。
予定より六分遅れ。
「取り戻します」
「どうやって?」
「商品確認時間を」
「二十五分から十九分へ短縮」
「急がなくてもいいよー」
「しかし」
「見たいものある?」
「私は」
「アレンの希望を優先します」
「俺は聞いてるだけだよー」
「私?」
「うん」
「リゼットは何見たい?」
「……」
止まった。
「ない?」
「目的物はありません」
「欲しいものは?」
「必要品はすべて支給されています」
「必要じゃないもの」
「……」
「何かない?」
店内。
髪飾り。
文房具。
香水。
小さな置物。
食器。
布小物。
リゼットの目が。
一瞬だけ。
棚の端へ。
「それ?」
「何がでしょう」
「今見たやつー」
「見ていません」
「見てたよー」
小さな。
砂時計。
手のひらサイズ。
青い砂。
「あー」
「リゼット、前に俺へ砂時計作ってくれたよねー」
「はい」
共同工房。
リゼットが俺用に作った。
小さな砂時計。
「好きなの?」
「時間を可視化できますので」
「やっぱり時間なんだねー」
「合理的です」
「欲しい?」
「必要ありません」
「でも見てたよー」
「……」
「買おうか?」
「不要です」
「じゃあ」
「見るだけ見ようー」
手に取る。
砂を。
ひっくり返す。
さらさら。
「三分くらいかなー」
「二分五十八秒」
「分かるの?」
「はい」
「すごいねー」
リゼットも。
隣で見る。
二人で。
青い砂が落ちるのを。
ただ。
眺める。
「……」
「……」
二分五十八秒。
終わった。
「何もしてなかったねー」
「はい」
「どうだった?」
「……」
「リゼット?」
「悪く」
「ありません」
「本の効果あったねー」
「まだ判断には早いです」
「じゃあ」
「もう一回?」
砂時計を。
ひっくり返す。
「予定が」
「遅れるねー」
「……」
「やめる?」
「……いいえ」
リゼットは。
初めて。
自分から言った。
「もう一度」
「見たいです」
◇
店を出たとき。
予定より。
十二分遅れていた。
「……」
「リゼット」
「はい」
「予定表、ずっと見てるねー」
「十二分四十一秒の遅延」
「結構増えたねー」
「昼食時間を短縮すれば」
「ご飯はゆっくり食べようよー」
「では公園を」
「公園も行きたい?」
「……」
「リゼットは」
「どこ行きたいの?」
「予定表に」
「いっぱいあります」
「予定表じゃなくて」
俺は。
彼女を見る。
「リゼットが」
「今日」
「一番したいこと」
「……」
返事がない。
「ない?」
「考えたことが」
「ありません」
「一番したいことを?」
「はい」
「仕事では」
「優先順位があります」
「うん」
「セレス様の予定」
「会社の案件」
「緊急度」
「重要度」
「すべて」
「順位をつけます」
「うん」
「ですが」
「私自身が」
「したいこと」
「……」
「判断基準がありません」
「そっかー」
「申し訳ありません」
「謝ることじゃないよー」
「しかし」
「デートなのに」
「アレンへ」
「適切な希望を提示できません」
「適切じゃなくていいんじゃない?」
「……?」
「食べたい」
「見たい」
「座りたい」
「帰りたい」
「もう少し一緒にいたい」
「そういうのでー」
「……」
最後。
リゼットの耳が。
動いた。
「最後?」
「うん?」
「最後の項目」
「もう少し一緒にいたい?」
「例だよー」
「……」
「リゼット?」
「それなら」
予定表を。
胸元へ抱える。
「あります」
「何?」
「もう少し」
「一緒にいたいです」
小さい。
でも。
はっきり聞こえた。
「じゃあ」
「予定変えようかー」
「……はい」
◇
俺たちは。
予定表の残りを。
全部やめた。
「全部?」
「うん」
「書店も」
「また今度でいいよー」
「市場も」
「また今度ー」
「午後の公園は」
「今行こうかー」
「昼食は?」
「お腹空いたら食べようー」
「……」
リゼットが。
ものすごく不安そうな顔をする。
「そんなに怖い?」
「予定のない午後は」
「記憶にありません」
「休日でも?」
「予定を作ります」
「昔から?」
「はい」
「じゃあ」
「今日が初めてだねー」
「……はい」
◇
学院都市中央公園。
昼前。
木陰。
ベンチ。
「座ろうかー」
「はい」
二人で。
座る。
「次は?」
「ないよー」
「……」
「何時まで?」
「決めてないー」
「……」
「リゼット?」
「落ち着きません」
「じゃあ砂時計使う?」
「店へ戻りますか?」
「買うの?」
「……欲しいです」
「言えたねー」
「……はい」
「でも」
俺は。
空を見る。
「今は」
「雲でも見ようかー」
「雲」
「うん」
「何のために?」
「何となく」
「……」
「予定ないんだから」
「理由なくてもいいでしょー」
「……はい」
青い空。
白い雲。
鳥。
風。
しばらく。
誰も話さない。
「……」
「……」
「アレン」
「何かなー」
「現在」
「何分経過しましたか」
「分からないー」
「……」
「気になる?」
「非常に」
「時計見れば?」
「……」
「見ないの?」
「本日は」
両手を膝へ置く。
「見ない練習をします」
「偉いねー」
「……」
耳。
赤くなる。
「褒められると弱いねー」
「把握しています」
「自分で?」
「最近」
「データが増えました」
「誰のせい?」
「アレン」
「俺なんだねー」
「はい」
◇
そのまま。
どれくらい経ったのか。
本当に分からなかった。
リゼットが。
ぽつり。
話し始める。
「昔」
「うん」
「セレス様と私が」
「まだ二人だけで行動していた頃」
「うん」
「私は」
「セレス様の役に立つことだけを」
「考えていました」
「リゼットはセレス大好きだもんねー」
「尊敬しています」
「うん」
「救われましたから」
セレスが。
俺と出会ったあと。
さらに救った少女。
それが。
リゼットだった。
「セレス様に必要とされること」
「ノクスに必要とされること」
「アウローラに必要とされること」
「それが」
「私の存在理由でした」
「……」
「ですので」
「自分が何をしたいかは」
「必要ありませんでした」
「そっかー」
「はい」
「でも」
俺は。
隣を見る。
「今日」
「一緒にいたいって言ったねー」
「……」
「あれは」
「リゼット自身がしたいこと?」
「……はい」
「じゃあ」
「ちゃんとあるじゃんー」
「……」
「一個見つかったねー」
「一個」
「うん」
「これから増やせばいいんじゃない?」
「……」
「食べたいものとか」
「行きたいところとか」
「欲しいものとか」
「やりたいこととか」
「一緒に探そうよー」
「……」
リゼットの。
月色の瞳が。
俺を見る。
「一緒に?」
「俺も今の時代、知らないこと多いからねー」
「……」
「ちょうどいいでしょ?」
「アレン」
「何かなー」
「その提案には」
「期限がありますか」
「期限?」
「いつまで」
「一緒に探していただけますか」
「あー」
考える。
「見つかるまで?」
「……」
「それでは」
「一生かかる可能性があります」
「それでもいいんじゃない?」
「……!」
耳が。
一気に。
真っ赤になる。
「リゼット?」
「今の発言」
「うん」
「撤回予定は?」
「ないよー」
「記録しても?」
「ミコトみたいになってきたねー」
「重要案件です」
「いいよー」
「……」
「でも」
「何でしょう」
「記録より」
俺は。
少し笑う。
「覚えてた方がいいんじゃない?」
「……」
「今日」
「何もしないで」
「こうしてたこと」
「……はい」
「俺も覚えとくからー」
リゼットは。
何も言わなかった。
ただ。
耳だけが。
ずっと。
赤かった。
◇
「お腹空いたねー」
「現在時刻は」
「見ないんじゃなかった?」
「……」
取り出しかけた時計を。
戻す。
「空腹を基準とします」
「そうしようー」
近く。
小さな屋台。
サンドイッチ。
果実水。
「何食べたい?」
「アレンと同じものを」
「それはリゼットの希望?」
「……」
「同じものを」
「食べたいです」
「じゃあそうしようー」
「はい」
買う。
芝生。
二人で座る。
「おいしいねー」
「はい」
「予定表には何食べる予定だったの?」
「予約済みの高級料理店」
「全然違うねー」
「価格差、約四十三倍」
「こっち嫌?」
「いいえ」
「ならよかったー」
「むしろ」
「うん?」
「こちらの方が」
サンドイッチを見る。
「記憶に残る気がします」
「そう?」
「はい」
「なぜ?」
「予定に」
「ありませんでしたので」
少しだけ。
笑った。
◇
食後。
「リゼット」
「はい」
「眠そうだねー」
「問題ありません」
「四時間しか寝てないからでしょー」
「四時間十三分」
「十三分は大事なんだねー」
「はい」
「少し寝たら?」
「ここで?」
「芝生だし」
「外です」
「俺いるよー」
「……」
「荷物見てるから」
「そういう」
「意味では」
「ありません」
「じゃあ?」
「……」
リゼットが。
しばらく。
俺を見る。
「眠っている間」
「ここにいますか」
「いるよー」
「起きるまで?」
「うん」
「……」
「なら」
珍しく。
素直に。
「少しだけ」
「休みます」
◇
木陰。
芝生。
リゼットは。
最初。
きちんと座ったまま。
目を閉じた。
三分。
たぶん。
寝ていない。
「寝にくい?」
「問題ありません」
「問題ありそうだねー」
「……」
「横になれば?」
「服が汚れます」
「これ敷こうかー」
上着。
地面へ。
「アレンの服が」
「洗えばいいよー」
「……」
少し迷い。
座る。
横になる。
「どう?」
「不慣れです」
「目閉じてみたらー」
「はい」
五分くらい。
今度は。
呼吸が。
ゆっくりになる。
「寝たかなー」
返事なし。
珍しい。
いつもなら。
呼べば。
一秒以内に返事をする。
「リゼットー」
「……」
本当に寝たらしい。
俺は。
近くの木へ。
背中を預ける。
しばらく。
何もしない。
◇
一時間ほどして。
「……っ」
リゼットが。
急に目を開けた。
「おはようー」
「現在時刻!」
飛び起きる。
「落ち着いてー」
「私は何分!?」
「一時間くらい?」
「一時間!?」
「よく寝てたねー」
「あり得ません」
「寝てたよー」
「アレン」
「何?」
「なぜ起こさなかったのです」
「気持ちよさそうだったからー」
「予定が」
「今日はないよー」
「……」
止まる。
「あー」
「忘れてた?」
「はい」
「初めて?」
「はい」
「よく寝れた?」
「……」
少し。
考える。
「非常に」
「ならよかったー」
「アレンは」
「うん」
「一時間」
「ここに?」
「約束したからねー」
「……」
「どうしたの?」
リゼットは。
立ったまま。
俯いた。
「ずるいです」
「何がー?」
「セレス様も」
「そのようなことを」
「以前おっしゃっていました」
「俺、何かした?」
「自覚がないところです」
「よく分からないねー」
「分からなくて結構です」
セレスと。
似たことを言う。
長く一緒にいると。
似るのかもしれない。
◇
帰り。
「あ」
俺は。
朝の雑貨店を指さす。
「寄っていい?」
「もちろんです」
中へ。
青い砂時計。
まだある。
「欲しいって言ってたよねー」
「はい」
「買う?」
「……はい」
リゼットが。
自分で手に取る。
会計。
「これ」
「何に使うの?」
「何もしない時間用」
「時間測るのー?」
「はい」
「結局測るんだねー」
「少しずつ慣れます」
「じゃあ最初は三分?」
「いいえ」
「十一分」
「そこは譲らないんだねー」
「ただし」
「うん?」
青い砂時計を。
俺へ見せる。
「時々」
「二回連続で」
「ひっくり返します」
「二十二分?」
「はい」
「大進歩だねー」
「一〇〇パーセント増です」
「数字にするとすごいねー」
◇
学院正門。
夕方。
「今日はどうだった?」
「予定消えちゃったけどー」
「……」
「リゼット?」
「非常に」
一度。
俺を見る。
「よい一日でした」
「よかったー」
「次回は」
「また予定作る?」
「……」
少し考える。
「集合時刻だけ」
「決めます」
「そのあとは?」
「アレンと」
「その場で決めます」
「できそう?」
「不安です」
「じゃあ一緒にねー」
「はい」
俺が。
手を上げる。
「またねー」
「アレン」
「何?」
「一つだけ」
「うん」
「予定として」
「決めても?」
「いいよー」
「次回も」
「私と」
「二人で」
「出かける」
「……」
「そこだけ」
「はい」
「予定へ入れたいです」
「いいよー」
「……!」
「いつにするかは後で決めようー」
「はい」
「それなら予定一個だねー」
「十分です」
「十一分じゃなくて?」
「……」
一瞬。
リゼットが。
止まる。
「アレン」
「何かなー」
「今のは」
「少し意地悪です」
「そう?」
「はい」
でも。
笑っていた。
◇
その夜。
最高幹部会議室。
「報告します」
リゼットが。
いつもの席へ座る。
「本日のデート」
残る九人。
全員。
聞いている。
「事前予定」
「全二十九項目」
「多い!」
ノエル。
「実施できた項目」
「四」
「少なっ!」
「予定遵守率」
「十三・七九パーセント」
「失敗では?」
エルシア。
「いいえ」
リゼットが。
机へ。
青い砂時計を置く。
「最高でした」
「……」
全員が。
止まった。
「リゼットが」
セレスが目を見開く。
「予定を守れなかった一日を」
「最高と?」
「はい」
「何があったの?」
ヴィオラ。
「予定外の焼き栗」
「予定外の買い物」
「予定外の公園」
「予定外の昼食」
「予定外の睡眠」
「一時間!?」
セレスが立ち上がった。
「リゼット」
「はい」
「あなたが日中に一時間眠ったのですか?」
「はい」
「具合が悪い?」
「健康です」
「医療部門を!」
「不要です」
「しかし!」
「アレンが」
「起きるまで」
「隣にいてくださいました」
「……」
セレスが。
静かに座った。
「それなら」
「仕方ありませんね」
「会長!?」
ラグナが叫ぶ。
「判断基準がおかしいぞ!」
「重要情報」
ミコトが前へ出る。
「睡眠場所」
「公園」
「距離」
「近距離」
「接触」
「ありません」
何人かが。
ほっとする。
「ただし」
リゼットが続ける。
「次回のデート」
「確約を取得」
「……」
ほっとした顔が。
全部消えた。
「また!?」
ラグナ。
「最近みんな次回を取るじゃない!」
ヴィオラ。
「一度の抽選による権利は」
ミコト。
「一度では?」
「アレンの自発的同意です」
「強い」
シズク。
「非常に強い」
「では」
カレンが。
静かに尋ねる。
「本日の最大成果は?」
「最大成果」
リゼットが。
少し考える。
普段なら。
一秒もかからない。
でも今日は。
ゆっくり。
考えた。
「自分が」
「したいことを」
「一つ」
「見つけました」
「何?」
ノエルが尋ねる。
「アレンと」
「もう少し」
「一緒にいたい」
「……」
会議室が。
静かになった。
「それだけ?」
ラグナ。
「はい」
「でも」
カレンが。
少し笑う。
「リゼットにとっては」
「大きなことですね」
「はい」
リゼットの耳が。
少しだけ。
赤くなった。
セレスも。
何も言わず。
微笑んでいた。
「なら」
ノエルが。
勢いよく手を上げる。
「次は私です!」
「まだ抽選です」
リゼット。
「今、いい話だったのに!」
「公平性は重要です」
「今日は予定を捨てたのに!」
「それとこれとは別です」
「戻った!」
どうやら。
何もしない時間を覚えても。
抽選管理だけは。
手放さないらしい。
◇
翌朝。
「アレン」
「何かなー」
教室。
トーマが。
俺を見る。
「昨日は?」
「公園で昼寝見てたー」
「女と?」
「リゼットと」
「デート?」
「うんー」
「お前は昼寝してない?」
「俺は起きてたよー」
「女の子が寝てる横で一時間?」
「そうだねー」
「……」
「何?」
「何もしてないだろうな?」
「雲見てたー」
「本当に?」
「うん」
「手を握ったり」
「してないねー」
「抱きしめたり」
「してないよー」
「膝枕」
「してないー」
「よし!」
「次のデートの約束はしたけどー」
「よくない!」
「どっちなのー?」
「それを最初に言え!」
朝から。
元気だった。
「ところで」
トーマが。
俺の机を見る。
「それ何だ?」
一枚の紙。
「今朝届いてたー」
「……」
開く。
王立魔法学院。
正式通知。
――アルヴェイン王国《教育交流祭》参加者各位。
――出発まで、あと七日。
「あ」
「もうそんな時期なんだねー」
「忘れてたのか!?」
「いろいろあったからねー」
「デートしてたからだろ!」
「そうとも言うねー」
「認めるな!」
一か月後だと思っていた。
アルヴェイン王国への学院行事。
王女レティシア。
王立魔法学院の代表団。
そして。
《アウローラ》最高幹部たち。
「そういえば」
俺は通知の続きを読む。
「参加人数」
「確定したみたいだねー」
「学院側は?」
「学生と教師で四十八人」
「普通だな」
「アウローラ側」
「うん」
「三千……」
トーマが。
紙を見る。
「……二百人?」
「増えてるねー」
「何で二百人増えた!?」
「教育支援じゃない?」
「絶対違う!」
さらに。
下。
――アルヴェイン王国側より。
――アレン・クロフォード学生代表へ。
――第二王女レティシア殿下が、王宮滞在中の専属案内役を務める予定です。
「……」
トーマが。
止まる。
「王女様が案内してくれるってー」
「アレン」
「何かなー」
「これ」
「うん」
「絶対」
「最高幹部たちに見せるなよ」
「どうして?」
その瞬間。
教室の窓の外。
遥か遠く。
《アウローラ・グランド》の地下で。
何か。
ものすごく大きな警報が。
鳴ったような気がした。
気のせいだと思う。
たぶん。




