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冗談で作った秘密結社が世界最大企業になっていた ~平凡な学生を演じる創設者の俺は、今さら全部作り話だったと言い出せない~  作者: てへろっぱ


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第30話 世界の金融を握る吸血鬼に銅貨十枚で買い物をさせたら、露店街ごと買おうとした



 次回のデート順を決める。


 そのためだけに。


 《ノクス・アウローラ》最高幹部会議室へ、不正防止術式つき抽選箱が置かれた。


「では」


 リゼットが淡々と言う。


「アレン様に引いていただきます」


「俺が引くんだねー」


「最も公平です」


「異議あり!」


 ラグナが手を上げた。


「まだ何もしてないよー」


「我は前回、六時間も成果を上げた!」


「デートに成果ってあるのー?」


「ある!」


「何?」


「楽しかった!」


「あー」


 それなら。


 かなり大事かもしれない。


「ですが、今回は順番を決める抽選です」


 カレンがラグナを座らせる。


「閣下は既に一度、個別時間を得ています」


「なら最後尾なのか!?」


「公平に抽選です」


「最後尾よりはよい!」


 現金だった。


「不正は?」


 ミコトが尋ねる。


「検知します」


「魔力による札の識別」


「失格」


「未来予測」


「失格」


「統計的に手の動きを――」


「失格」


「まだ最後まで言っていません」


「過去の実績から判断しました」


「情報部門に対する偏見です」


「実績です」


 隣。


 エルシアは。


 両手を膝に置き、じっと箱を見ている。


「エルシアは不正しないのー?」


「既にデート認定を得ています」


「余裕が出てるねー」


「はい」


 足元へ霜。


 かなり嬉しいらしい。


「では、アレン」


 セレスが微笑む。


「お願いいたします」


「はいー」


 箱へ手を入れる。


 一枚。


 引く。


 開く。


「ヴィオラだねー」


「……」


 赤い瞳が。


 大きく見開かれた。


「ヴィオラ?」


「聞こえているわ」


「返事ないからー」


「心の準備をしているのよ」


 扇が。


 ゆっくり開く。


 いつもの余裕ある笑顔。


「当然の結果ね」


「抽選だよー」


「運も実力のうちよ」


「さっきまで箱を買収できないか聞いていました」


 クラリスが微笑む。


「クラリス」


「はい」


「余計なことは言わなくていいの」


「承知しました」


「買収しようとしてたんだねー」


「検討しただけよ!」


     ◇


「それで」


 俺はヴィオラを見る。


「何を教えてくれるのー?」


「金融よ」


「難しそうだねー」


「安心なさい」


 ヴィオラが胸を張る。


「世界の金融取引の三割以上に、何らかの形で私の部門が関与しているわ」


「それ、学生が最初に覚える内容かなー」


「では、投資」


「もっと難しくなったねー」


「企業買収」


「使う予定ないかなー」


「国家予算の組み方」


「学生生活から遠くなってるよー」


「……」


 ヴィオラが止まる。


「アレン」


「何かなー」


「あなたは以前」


「うん」


「学生の金銭感覚を知りたいと言ったわね?」


「言ったかなー」


「私が《初めてのお小遣い帳》を買わされたときよ!」


「あー」


 思い出した。


「使ってる?」


「……使っているわ」


「本当に?」


「毎日」


「偉いねー」


「っ」


 扇が。


 一気に顔を隠した。


「どうしたのー?」


「何でもないわ」


 耳だけ。


 赤い。


「なら」


 扇の奥から声。


「普通の買い物を教えてあげる」


「ヴィオラが?」


「何よ、その反応」


「普通の買い物したことあるのー?」


「……」


 沈黙。


「ヴィオラ?」


「買い物くらい」


「うん」


「毎日のようにしているわ」


 クラリスを見る。


「クラリスが」


「ヴィオラ様に代わって」


「……」


「それ、ヴィオラは買い物してないよー」


「では!」


 勢いよく扇を閉じる。


「今日覚えるわ!」


「俺に教える日じゃなかったのー?」


「一緒に覚えればいいでしょう!」


 最近。


 この流れが増えてきた気がする。


     ◇


 その日の放課後。


 学院都市の旧市街。


 大通りから一本外れたところに。


 夕方だけ開く、小さな露店街がある。


 野菜。


 焼き菓子。


 古着。


 手作りの装飾品。


 日用品。


 学生向けの安い魔道具。


「ここ?」


 隣のヴィオラが。


 少し驚いた顔をする。


「うんー」


「《アウローラ・グランド》ではなく?」


「普通の買い物をするんでしょー?」


「そうだけれど」


「ヴィオラのところだと、部下がいっぱい来そうだからねー」


「今日は来ないわ」


「本当?」


「当然よ」


 周囲を見る。


 怪しい人はいない。


「クラリスも?」


「留守番」


「珍しいねー」


「二人のデートに側近を連れてくる女がどこにいるのよ」


「デートなんだねー」


「……!」


 ヴィオラの歩みが止まった。


「違うのー?」


「違わないわ」


「じゃあ行こうかー」


「待ちなさい」


「何?」


「今の確認を」


「うん」


「そんな簡単に終わらせるの?」


「デートなんでしょー?」


「そうだけれど!」


「じゃあ合ってるねー」


「……あなた」


 ヴィオラが。


 額へ手を当てた。


「最近、妙に強くなっていない?」


「何がー?」


「こっちの話よ」


     ◇


「今日の規則を決めようかー」


「規則?」


「銅貨十枚だけ」


「……何が?」


「使えるお金」


 ヴィオラが。


 俺を見る。


「十枚?」


「うん」


「銅貨?」


「うん」


「金貨ではなく?」


「銅貨」


「……」


「嫌?」


「確認しているだけよ」


 ヴィオラは。


 自分の財布を見る。


 世界金融の頂点に立つ女性の財布だ。


 中身を見せてもらった。


 金貨。


 白金貨。


 宝石交換券。


 銀行証書。


 複数国家で使える信用証券。


「銅貨ないねー」


「普通は持たないわ」


「普通の学生は白金貨持ち歩かないよー」


「……」


「交換してこようかー」


「待ちなさい」


 ヴィオラが。


 近くの両替商を見る。


「銅貨十枚程度なら」


「うん」


「この店を買収して――」


「どうして店を買うのー?」


「手数料を払うより効率的でしょう?」


「全然普通じゃないねー」


「……そうだったわ」


 開始一分。


 すでに危なかった。


     ◇


 無事。


 銅貨十枚を手に入れた。


「少ないわね」


 ヴィオラが。


 手のひらを見る。


「これで何が買えるの?」


「結構あるよー」


 串焼き。


 銅貨二枚。


 焼き菓子。


 一枚。


 古本。


 三枚から。


 髪飾り。


 二枚から。


 安い布小物。


 三枚。


「なるほど」


 ヴィオラの目が。


 少しずつ真剣になる。


「金貨一枚を使わなくても」


「うん」


「選択肢が、これだけあるのね」


「普通はそうだよー」


「知らなかったわ」


 素直だった。


     ◇


「あ」


 ヴィオラが。


 一軒の露店で止まった。


 小さな革細工。


 財布。


 鍵入れ。


 腕輪。


 髪留め。


 全部。


 手作り。


「気になるものあった?」


「……」


 ヴィオラの視線。


 小さな赤い革紐。


 先端に。


 黒い石が一つだけついている。


「これ」


 店主が笑う。


「銅貨十二枚だよ」


「十二」


 ヴィオラが。


 自分の手を見る。


 銅貨十枚。


「足りないわ」


「そうだねー」


「……」


 ものすごく。


 悔しそうだった。


「買ってあげようかー?」


「駄目!」


「即答だねー」


「今日は」


 ヴィオラが。


 小さく息を吐く。


「自分のお金で」


「自分で選ぶのでしょう?」


「うん」


「なら」


「諦めるわ」


 少し。


 意外だった。


 昔のヴィオラなら。


 店ごと買ったかもしれない。


「ヴィオラ」


「何?」


「値切ってみたら?」


「……値切る?」


「露店なら、できるかもしれないよー」


「価格交渉?」


「そう」


 ヴィオラの目が。


 変わった。


「それなら得意よ」


「世界規模じゃなくてねー」


「任せなさい」


     ◇


「店主」


「はい?」


「この革紐について交渉したいわ」


「お、おう」


「材料費」


「加工時間」


「立地費用」


「同等商品の市場平均価格」


「周辺競合店の価格」


「需要予測」


「待ってー」


「何よ」


「露店の買い物だよー」


「価格交渉でしょう?」


「もう少し軽くていいと思うよー」


「軽く?」


「銅貨十枚になりませんかー、くらい」


「……」


 ヴィオラが。


 ものすごく難しい顔をした。


「それだけ?」


「うん」


「根拠は?」


「欲しいけど十枚しかないから?」


「そんな感情的な交渉が……」


 店主が笑う。


「いいよ、十枚で」


「え?」


「最後の一個だしな」


「……」


 ヴィオラが固まった。


「成立したねー」


「今ので?」


「うん」


「財務資料なし?」


「うん」


「市場分析なし?」


「うん」


「相手企業の弱点調査も?」


「しないよー」


「……」


「普通の買い物、すごいでしょう」


 俺が言うと。


「すごいわね」


 ヴィオラは。


 本気で感心していた。


     ◇


 銅貨十枚。


 全部なくなった。


 ヴィオラの手には。


 小さな赤い革紐。


「何に使うのー?」


「……」


「ヴィオラ?」


「これを」


 革紐を。


 俺へ差し出す。


「アレンに」


「俺?」


「……!」


 渡しかけて。


 止まった。


「違うわ!」


「違うの?」


「私が買ったのよ!」


「そうだねー」


「自分のために!」


「うん」


 この前。


 みんなで初給料代わりの買い物をしたとき。


 ヴィオラは小さな手鏡を選んだ。


 でも。


 自分で値段を考え。


 手持ちと比べ。


 諦めかけ。


 交渉して。


 買った。


 たぶん。


 今回は少し違う。


「じゃあ」


 俺は。


 ヴィオラの手に。


 革紐を戻す。


「自分で使おうねー」


「……」


「似合うと思うよー」


 ヴィオラが。


 赤い革紐を見る。


「どこへ?」


「髪でもいいんじゃない?」


「髪……」


 長い黒髪。


 普段は。


 高価な髪飾りを使っている。


 宝石。


 貴金属。


 職人の一点物。


 そのどれよりも。


 今持っているものは。


 安い。


「つけてみる?」


「……お願いしても?」


「俺が?」


「カレンには」


「……」


「あなたが、つけたのでしょう?」


「あー」


 知ってるんだ。


「情報が回るの早いねー」


「最高幹部会議で散々聞かされたわ!」


「そうだったねー」


「だから」


 少しだけ。


 顔を逸らす。


「私にも」


「いいよー」


 髪を。


 少し取る。


 赤い革紐を結ぶ。


「こんな感じかなー」


 世界最高級の装飾品ではない。


 でも。


 黒い髪には。


 赤がよく目立つ。


「うん」


「……」


「似合ってるねー」


 ヴィオラが。


 完全に止まった。


「ヴィオラ?」


「……もう一度」


「やっぱり言うんだねー」


「言いなさい」


「似合ってるよー」


「……そう」


 扇を持っていないので。


 顔を隠せない。


 耳まで。


 真っ赤だった。


     ◇


「次はアレンの番よ」


「俺?」


「あなたも銅貨十枚持っているでしょう?」


「うん」


「何か買いなさい」


「何がいいかなー」


「私が選ぶわ」


「ヴィオラが?」


「あなたは私へ」


「普通の買い物を教えた」


「うん」


「なら私は」


 少し考える。


「限られた予算で」


「相手に合うものを選ぶ方法を教えるわ」


「それ、できるのー?」


「世界金融を侮らないで」


「さっきまで銅貨の買い物知らなかったよー」


「今覚えたわ!」


 強かった。


     ◇


 露店街を歩く。


「これは?」


 ヴィオラが指す。


 高級そうな筆。


「銅貨三十枚」


「予算外だねー」


「……不便ね」


「それが今日のルールー」


 次。


 小型魔石。


 十五枚。


「駄目」


 次。


 焼き菓子。


 一枚。


「安すぎるわ」


「安くてもいいんじゃない?」


「贈り物なのよ?」


「誰への?」


「……」


 ヴィオラが止まる。


「私」


「ヴィオラに?」


「あなたが選ぶ練習でしょう!」


「じゃあヴィオラにしようかー」


「……」


「何がいい?」


「自分で考えなさい」


「難しいねー」


「私は」


 少しだけ。


 笑う。


「十分苦労したわ」


「確かにねー」


     ◇


 結局。


 俺が選んだのは。


 小さな陶器のカップだった。


 一個。


 銅貨四枚。


 白い器に。


 赤い花が一輪。


「これ?」


「うん」


「どうして?」


「ヴィオラ」


「仕事中って」


「ずっと高そうなカップ使ってるでしょー」


「そうね」


「これなら」


「割れても、あまり困らないかなー」


「……」


「普通にお茶飲むときに使えるよー」


「選定理由が」


「非常に庶民的ね」


「今日の勉強だからねー」


「そうだったわ」


「嫌?」


「いいえ」


 ヴィオラが。


 両手で受け取る。


「使うわ」


「うん」


「毎日」


「たまにでいいよー」


「毎日」


「そこは譲らないんだねー」


「当然よ」


 そして。


 俺の手には。


 銅貨六枚残った。


「まだ買えるねー」


「そうね」


「何か食べようかー」


「……」


「どうしたの?」


「今」


「うん」


「残金で」


「二人で食事を?」


「お菓子くらいだけどねー」


「……」


 ヴィオラが。


 ゆっくり笑う。


「いいわ」


「何食べたい?」


「あなたと同じもの」


「じゃあ焼き菓子二つかなー」


 一個。


 銅貨一枚。


 二人で二枚。


 残り四枚。


「まだ余るねー」


「余らせてもいいのでしょう?」


「うん」


「使い切る必要はない」


「そうそう」


「……」


「ヴィオラ?」


「お金を」


 彼女が。


 静かに言う。


「使わないという選択も」


「こんなに簡単なのね」


     ◇


 焼き菓子を買う。


 近くのベンチ。


 二人で座る。


「おいしいねー」


「ええ」


「ヴィオラ、こういうところ来たことない?」


「ないわ」


「子どもの頃も?」


「……」


 少し。


 考えてから。


「ほとんど」


 答えた。


「私は昔から」


「お金に困ったことはなかった」


「そうなんだねー」


「でも」


 赤い革紐へ。


 そっと触れる。


「自分で銅貨十枚を握って」


「十二枚の物を諦めようとしたことも」


「店主へ値引きを頼んだことも」


「なかった」


「うん」


「世界中の金貨を動かせるのに」


 小さく。


 笑う。


「銅貨二枚が足りなくて困る気持ちを」


「今日まで知らなかったわ」


「いい勉強になった?」


「非常に」


「俺は何も教えてないけどねー」


「教えたわ」


 ヴィオラが。


 俺を見る。


「だから」


「次は」


「私が教える番」


「何を?」


「お金は」


「高い物を買うためだけにあるのではない」


「今日」


「私が覚えたことよ」


「それを俺に?」


「ええ」


 俺からもらった。


 安い陶器のカップを見る。


「誰と」


「何に使ったかで」


「銅貨一枚でも」


「金貨一万枚より価値が出ることがある」


「……」


「アレン」


「何かなー」


「今日使った銅貨十枚を」


「私は」


「一生忘れないと思うわ」


「大げさだねー」


「あなたたちは!」


 急に。


 ヴィオラが声を大きくした。


「どうして毎回そう言うの!?」


「たち?」


「何でもないわ!」


 ミコトやセレスたちも。


 似たことを言われているらしい。


     ◇


「じゃあ帰ろうかー」


 夕方。


 露店街の灯りが。


 一つずつ点き始める。


「アレン」


「何かなー」


「腕を」


「腕?」


「……」


 ヴィオラが。


 自分の腕を。


 少しだけ差し出す。


「人が多いわ」


「あー」


「ミコトの真似?」


「……!」


 止まった。


「知ってるの?」


「最高幹部会議で本人が自慢したのよ!」


「そうなんだー」


「だから」


 ヴィオラの顔が。


 少し険しくなる。


「手ではなく」


「腕」


「なるほどー」


「差別化よ」


「何の?」


「情報戦略」


「金融部門なのに?」


「うるさいわね!」


 仕方ないので。


 腕を組む。


「……」


「これでいい?」


「……ええ」


「ヴィオラ?」


「歩きなさい」


「顔赤いよー」


「夕焼けよ!」


「まだ建物の影だねー」


「黙って歩きなさい!」


 世界金融を握る女性は。


 普通の買い物より。


 腕を組んで歩く方が。


 苦手だったらしい。


     ◇


 その夜。


 最高幹部会議室。


「本日の成果を報告するわ」


 ヴィオラは。


 いつもの席へ座っていた。


 黒い髪には。


 銅貨十枚で買った。


 赤い革紐。


 机の上には。


 俺が選んだ。


 銅貨四枚の陶器カップ。


「……」


 九人の視線。


「ヴィオラ」


 セレス。


「その髪は?」


「自分で買ったわ」


「誰がつけたのです?」


「アレン」


「……」


 空気が。


 一段。


 重くなる。


「カレンと同じだ!」


 ラグナ。


「同じではないわ」


 ヴィオラが即答する。


「カレンはアレン手製」


「私は自分で選んだ品を」


「アレンにつけてもらった」


「どっちが上?」


 ノエルが尋ねた。


「比較不能です」


 リゼットが即座に止める。


「比較してはいけません」


「非常に危険」


 シズクも続いた。


「それで?」


 ミコトが目を細める。


「写真は?」


「ないわ」


「記録上、不利」


「必要ないわ」


「なぜ?」


 ヴィオラが。


 陶器カップを持ち上げる。


「これがあるから」


「……」


「アレンが」


「銅貨十枚以内で」


「私のために」


「選んだ」


「初めての贈り物よ」


 ぴしっ。


 セレスの手元の筆。


 折れた。


「贈り物?」


 エルシアの足元。


 凍る。


「はい」


 ヴィオラは。


 ものすごく楽しそうだ。


「さらに」


「まだあるの!?」


 ノエル。


「帰りは」


「腕を組んだわ」


「……」


 沈黙。


「手ではなく?」


 ミコト。


「腕よ」


「……」


「差別化」


 シズクが呟く。


「有効」


「でしょう?」


「なぜ褒めるの!」


 ミコトの尾が逆立った。


「我も次は腕を組む!」


「閣下」


 カレン。


「真似は禁止です」


「では肩車!」


「デートでアレン様を肩へ乗せないでください」


「我が乗る!」


「さらに駄目です」


「何ならよい!」


 騒がしくなる。


「ところで」


 リゼットが。


 ヴィオラを見る。


「デート時間」


「三時間十一分」


「短いわね」


 ヴィオラ。


「セレス様、三時間四十二分」


「ラグナ様、六時間」


「ミコト様、四時間十九分」


「エルシア様、三時間五十一分」


「時間では最下位です」


「……」


 ヴィオラが止まる。


「しかし」


 クラリスが微笑む。


「非常に満足そうです」


「当然でしょう?」


「なら」


「よろしいのでは?」


「……」


 ヴィオラは。


 自分の髪へ触れる。


「そうね」


 珍しく。


 素直に頷いた。


「今日は」


「十分よ」


     ◇


「では」


 リゼットが。


 抽選箱を再び中央へ置く。


「次回の順番を決定します」


「またー?」


 俺は。


 会議室の入口から声をかけた。


「アレン!?」


 十人が一斉に振り返る。


「何でいるのよ!」


 ヴィオラ。


「カップ、忘れてるよー」


「……」


 手を見る。


 持っている。


「あれ?」


「ヴィオラが持ってるねー」


「なら何を忘れたの?」


「これ」


 俺は。


 手に持っていた小さな紙袋を見せる。


「露店で買った焼き菓子」


「残りの銅貨で、みんなの分も買ってきたんだー」


「……」


「一人一個はないから、分けてねー」


 十人が。


 紙袋を見る。


「残金四枚」


 リゼットが呟く。


「焼き菓子四個」


「十人で分ける」


 シズク。


「一人〇・四個」


「数字にすると寂しいねー」


「問題ありません!」


 ノエルが手を上げる。


「アレン様のお土産なら、一口でも!」


「我は半分欲しい!」


「公平に十分割です」


「リゼット、厳しい!」


「公平性は重要です」


 みんなが。


 たった四個の焼き菓子で。


 また騒ぎ始める。


 俺は。


 その様子を見ながら。


 少し笑った。


「何?」


 ヴィオラが聞く。


「いやー」


「銅貨でも」


「結構楽しめるんだねー」


「……そうね」


 ヴィオラも。


 同じように笑った。


 そして。


 俺はまだ知らなかった。


 翌朝。


 世界最大企業《アウローラ》の金融部門で。


 役員から新人まで。


 全員が。


 ――銅貨十枚だけを持って町へ出て、自分のために何か一つ買う。


 という。


 妙な研修を始めることを。


 ただし。


 今回は。


 俺が何か制度を作れと言ったわけではない。


 ヴィオラが。


「数字だけ見ていては分からない価値もあるわ」


 と。


 自分で決めたらしい。


 だから。


 たぶん。


 これは俺のせいではない。


 ……と思いたい。


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