第28話 情報部門長に今の若者の遊びを教わったら、百年前の俺との思い出を全部持ってきた
ラグナとピクニックをした翌日。
学院の昼休み。
「アレン」
「何かなー」
「最近、休日のたびに女の人と出かけてないか?」
トーマが。
パンを片手に、妙に真剣な顔をしていた。
「そうかなー」
「最初は、世界最大企業の会長と料理」
「うん」
「次は赤髪の美人と河川公園」
「ラグナだねー」
「普通に名前を言ったな!?」
「あー」
「もう隠す気が薄くなってないか?」
「昔からの知り合いだよー」
「その昔からの知り合いが全員美人なのがおかしいんだよ!」
トーマは俺を指さす。
「それで」
「うん」
「次は誰だ」
「次?」
「絶対、もう約束してるだろ」
「まだしてないと思うけどー」
その瞬間。
俺の机の上に。
小さな紙片が落ちた。
「……」
「……」
二人で見る。
窓は閉まっている。
誰も近くにはいない。
なのに。
紙だけが。
いつの間にか置かれていた。
「アレン」
「何かなー」
「これ、普通じゃないぞ」
「読んでみようかー」
開く。
短い文章。
――本日放課後。
――学院正門前。
――現代学生文化の実地講習を実施します。
――担当、情報部門。
その下に。
小さな狐の絵。
「ミコトだねー」
「誰!?」
「昔からの知り合いー」
「また女か!」
「そうなるねー」
「何人いるんだよ!」
「十人くらいかなー」
「全員お前を好きなんだろ!?」
「たぶんねー」
「その状態で毎週一人ずつ出かけるな!」
「勉強だよー」
「絶対違う!」
トーマの声が。
昼休みの教室へ響いた。
◇
放課後。
学院正門。
「遅刻、零分」
「時間ぴったりだからねー」
「好感度、上昇」
「何の?」
「こちらの話です」
待っていたのは。
ミコトだった。
九本の尾も。
狐耳も。
今日は偽装魔法で隠している。
外見だけなら。
少し年上の学院生に見えなくもない。
「今日は何を教えてくれるのー?」
「現代学生文化です」
「具体的には?」
「遊び」
「遊び?」
「はい」
ミコトは。
少し得意そうに。
一冊の雑誌を取り出した。
前に《月灯り書房》で。
俺が彼女へ選んだものだ。
――《今どき学生の休日百選》。
「全部読んだの?」
「十二回」
「多いねー」
「暗記しました」
「遊ぶ本って、暗記するものなのかなー」
「さらに」
別の紙束。
「王立学院生三千二百人への聞き取り調査」
「調査したのー?」
「情報部門ですので」
「遊びにそこまで必要かなー」
「必要です」
「そうなの?」
「アレンに」
一瞬だけ。
ミコトが止まる。
「……正確な情報をお伝えするためです」
「今、何か違うこと言いそうだったねー」
「気のせいです」
「最近みんな、それ言うねー」
◇
「最初はこちらです」
連れてこられたのは。
学院都市の中心部。
《学生遊戯通り》。
飲食店。
雑貨店。
魔導遊戯場。
小さな劇場。
菓子屋。
若い学生が多い。
「こんな場所あったんだねー」
「学院から徒歩八分」
「近いねー」
「アレンは《アウローラ・グランド》ばかり利用していますので」
「パン屋さんもあるよー」
「把握しています」
「何でも知ってるねー」
「情報部門ですから」
「俺の行く店まで?」
「……業務上必要な範囲です」
「本当かなー」
「次へ行きましょう」
逃げた。
◇
最初の店。
卓上遊戯店。
「盤上ゲーム?」
「現在、学生に人気です」
四角い盤。
駒。
カード。
魔力で変化する地形。
二人で陣地を取り合う遊びらしい。
「ミコト、やったことある?」
「ありません」
「教えてくれるんじゃなかったのー?」
「規則は完全に把握しています」
「遊んだことは?」
「ありません」
「じゃあ二人とも初めてだねー」
「私は事前に」
ミコトが。
分厚い紙束を出す。
「過去三年間の大会記録を解析しました」
「そこまでしなくていいと思うよー」
「勝率八十二パーセントの初手があります」
「遊びだよー」
「勝敗があります」
「ミコトらしいねー」
席へ座る。
開始。
「ここかなー」
適当に駒を置く。
「……」
「どうしたのー?」
「定石外」
「初めてだからねー」
「その位置は非効率です」
「そうなの?」
「はい」
「じゃあ、ここー」
「さらに悪化しました」
「楽しいねー」
「なぜ?」
「ミコトが困ってるから」
「……」
「そんな顔もするんだねー」
「私は困っていません」
「耳が出そうだよー」
偽装魔法の中で。
狐耳らしき膨らみが。
ぴくっと動いた。
「出ていません」
「じゃあ続けようー」
◇
二十分後。
「勝ったー」
「……」
「ミコト?」
「再戦」
「もう一回?」
「再戦」
「そんなに悔しいのー?」
「理論上」
ミコトが盤面を見つめる。
「私が負ける可能性は十四パーセント以下でした」
「でも負けたねー」
「アレンの手が、意味不明です」
「初めてだからねー」
「意図は?」
「特にないよー」
「……」
「ミコト?」
「最も苦手な相手です」
「俺が?」
「情報から行動を予測できない」
「あー」
「合理性がない」
「ひどいねー」
「褒めています」
「そうなの?」
「非常に」
顔は。
少し楽しそうだった。
「もう一戦」
「次もあるんでしょー?」
「……あります」
「じゃあ行こうかー」
「次回来店時に再戦します」
「また来るの?」
「予定へ登録しました」
「俺の予定は?」
「これから確認します」
「順番が逆だねー」
◇
二軒目。
魔導射的。
「これは簡単です」
棚の上に。
小さな的。
魔力を込めた玩具の杖で撃つ。
当たれば景品。
「ミコトは得意そうだねー」
「命中率百パーセントです」
「遊んだことあるの?」
「実戦用投射術の経験があります」
「射的に持ち込む技術じゃないねー」
「狙うという本質は同じです」
店員さんが。
少し困った顔をしている。
「お客様」
「はい」
「強化魔法や狙撃補助術式は禁止です」
「使用しません」
「本当?」
「問題ありません」
ミコトが杖を構える。
ぱん。
中央。
ぱん。
中央。
ぱん。
中央。
十発。
全部。
同じ場所。
「……」
店員さんが固まった。
「満点です」
「景品を」
「ええと」
大きなぬいぐるみ。
菓子。
小物。
「どれにするのー?」
「アレンが選んでください」
「ミコトが取ったんだよー?」
「私が欲しいものはありません」
「じゃあ、どうしてやったの?」
「あなたに」
言いかけて。
止まる。
「……実演するためです」
「今、また違うこと言おうとしたねー」
「錯覚です」
「今日は多いねー」
俺は景品を見る。
小さな狐のぬいぐるみ。
「これ、ミコトっぽいねー」
「……!」
「これにしようかー」
「私に?」
「ミコトが取ったんだからねー」
「……」
「嫌?」
「いえ」
両手で。
受け取る。
「大切にします」
「普通に使ってねー」
「保管庫へ」
「普通にねー」
「寝室へ置きます」
「それなら普通かなー」
「枕元へ」
「うん」
「毎晩見ます」
「ちょっと重くなってきたねー」
◇
三軒目。
「ここは?」
「現在、最も人気があります」
店の中には。
小さな個室が並んでいた。
入口に。
――《幻影写真館》。
「写真?」
「現代の記録魔法を、娯楽用に簡略化した設備です」
「あー」
昔は。
写真を一枚残すだけでも。
かなり大掛かりだった。
「今は簡単なんだねー」
「はい」
「入ってみる?」
「……」
「ミコト?」
「当然です」
返事が。
少し速かった。
◇
小さな個室。
前に。
鏡のような魔導板。
硬貨を入れる。
文字が表示された。
――人数を選択。
「二人だねー」
「はい」
――撮影形式。
普通。
記念。
友人。
家族。
恋人。
「いっぱいあるねー」
「普通で」
ミコトが。
ものすごい速さで押した。
「早いねー」
「不要な選択肢を除外しました」
「恋人ってのもあったねー」
「見間違いです」
「文字だったよー」
「気のせいです」
「無理があるねー」
――三秒後に撮影します。
三。
二。
一。
「ミコト」
「はい?」
「もう少し近くに来ないと、端から切れるみたいだよー」
「……!」
肩を。
軽く引く。
隣へ。
「このくらいかなー」
「……はい」
「顔赤くない?」
「撮影装置の熱です」
「光るだけみたいだけどー」
ぱしゃ。
一枚。
光が走る。
数秒後。
小さな写真が出てきた。
「へえー」
俺と。
ミコト。
二人で並んでいる。
俺は普通。
ミコトは。
妙に固い。
「ミコト、緊張してるねー」
「撮り直します」
「別にいいんじゃない?」
「私は納得していません」
「じゃあ、もう一枚ー」
二枚目。
ぱしゃ。
三枚目。
ぱしゃ。
四枚。
五枚。
「ミコト」
「はい」
「何枚撮るのー?」
「満足するまで」
「百枚とかにならない?」
「否定できません」
「一枚でも思い出になるよー」
手が。
止まった。
「一枚でも」
「うん」
「記録として?」
「記録というか」
出てきた写真を見る。
「今日、一緒に遊んだ記念だねー」
「……」
ミコトが。
写真を見つめる。
「記念」
「うん」
「では」
一枚目を。
大切そうに持つ。
「これで構いません」
「最初の固いやつ?」
「はい」
「もっと笑ってる方がよくない?」
「最初に撮ったものですから」
「ミコトも最初とか気にするんだねー」
「非常に」
「カレンの髪留めみたいだねー」
「……」
少し。
頬が膨らんだ。
「比較しないでください」
「ごめんー」
◇
写真館を出たあと。
ミコトは。
いつもより静かだった。
「次は?」
「……」
「ミコト?」
「本来の予定では」
紙を見る。
「菓子店」
「劇場」
「魔導遊技場」
「学生向け喫茶店」
「多いねー」
「全十九か所」
「今日だけで?」
「効率的に回れば可能です」
「遊びなのに効率を求めすぎじゃないかなー」
「……」
「疲れた?」
「いいえ」
「じゃあ」
近くの広場。
ベンチを指す。
「少し座ろうよー」
「ですが予定が」
「遊びなんだから」
「全部やらなくてもいいでしょー」
「……」
「ミコト?」
「はい」
珍しく。
素直に。
一緒に座った。
◇
夕方。
学生遊戯通り。
行き交う人。
店の呼び込み。
笑う学生。
「賑やかだねー」
「はい」
「昔とは全然違うねー」
「百年前、この一帯は倉庫街でした」
「そうだったっけー」
「記録があります」
「ミコトは何でも記録してるねー」
「はい」
「昔から」
「はい」
ミコトが。
小さな狐のぬいぐるみを膝へ置く。
その手には。
さっきの写真。
「アレン」
「何かなー」
「覚えていますか?」
「何を?」
「百二十一年前」
具体的だ。
「北方街道の野営地で」
「私が」
「あなたへ」
「明日も一緒にいてくれますか、と聞いたこと」
「……」
「あー」
なんとなく。
覚えている。
まだミコトが。
今ほど笑わなかった頃。
「アレンは」
彼女が続ける。
「言いました」
『いるよー』
「短いねー」
「その翌朝」
「うん」
「あなたは食料を取りに行き」
「夕方、戻りました」
「戻ったねー」
「私は」
ミコトが。
少しだけ笑う。
「一日中」
「あなたが帰ってこないと思っていました」
「……」
「だから」
「それから」
「あなたが言ったことを」
「全部記録するようになりました」
百年前の。
いつかねー。
まで。
残っている理由。
「言葉が残っていれば」
「約束が残る」
「記録が残っていれば」
「忘れられない」
「……」
「あなたが」
一度。
姿を消したあと。
その癖は。
もっと強くなったのだろう。
「百年以上」
ミコトは。
俺の声。
手紙。
行動。
何気ない言葉。
全部。
残していた。
「記録なら」
「消えませんから」
小さな声だった。
「人は」
「いなくなります」
「……」
情報部門長。
世界中の情報を握る女性が。
ずっと。
そんな理由で記録を集めていたらしい。
「ミコト」
「はい」
「俺」
「今いるよー」
「……」
「はい」
「学院にも通ってるし」
「はい」
「パン屋さんにもいるし」
「はい」
「地下本部にも行くし」
「……はい」
「ミコトとも今日遊んだしねー」
「はい」
「だから」
「全部を証拠にしなくてもいいんじゃないかなー」
「……」
「忘れそうなら」
「また新しい思い出作ればいいよー」
ミコトが。
動かなくなった。
「また?」
「うん」
「今日だけではなく?」
「遊びを教えてくれるんでしょー?」
「まだ十九か所中」
「三か所しか回ってないもんねー」
「……」
「残りは、また今度行こうよー」
「……」
「ミコト?」
「待ってください」
俯く。
「どうしたのー?」
「情報処理能力が」
「一時的に」
「限界を超えています」
「大丈夫ー?」
「大丈夫ではありません」
「珍しいねー」
「アレン」
「何かなー」
「今の発言」
「うん」
「記録してよいですか?」
「やっぱりするんだねー」
「重要です」
「いいよー」
「……」
「でも」
「何でしょう」
「記録しなくても」
さっきの写真を。
指さす。
「俺は、今日のこと覚えてると思うよー」
ミコトの。
目が。
少しだけ見開かれる。
「本当に?」
「うん」
「百年後も?」
「百年後は分からないかなー」
「……」
「でも」
「忘れてたら、ミコトが教えてよー」
「……」
「記録、得意でしょ?」
長い沈黙。
そして。
「はい」
ミコトは。
笑った。
情報部門長の。
人をからかうような笑顔ではない。
昔。
まだ小さかった頃に。
たまにしか見せなかった。
普通の笑顔だった。
「任せてください」
「うん」
「一言一句」
「そこまで細かくなくていいよー」
「駄目です」
「やっぱりミコトだねー」
◇
「では」
ミコトが立ち上がる。
「次へ」
「まだ行くのー?」
「残り十六か所」
「今日は帰ろうよー」
「まだ三時間あります」
「遊びなのに予定表が厳しいねー」
「では」
少し考える。
「一か所だけ」
「どこ?」
「菓子店」
「お腹空いた?」
「少し」
「じゃあ行こうかー」
「はい」
歩き始める。
数歩。
「アレン」
「何かなー」
「手を」
「手?」
「人が多いです」
夕方。
確かに通りは混雑している。
「迷子になる?」
「私は情報部門長です」
「なら大丈夫じゃない?」
「……」
「ミコト?」
「迷子になります」
「絶対ならないよねー」
「今日は可能性があります」
「どういう可能性なのかなー」
「あります」
手を。
差し出される。
「あー」
なるほど。
昔も。
人混みでは。
小さい子の手を握って歩いた。
「はいー」
手を握る。
「……!」
「これなら大丈夫?」
「はい」
「昔みたいだねー」
ミコトの足が止まる。
「昔?」
「うん」
「子ども扱いですか?」
「あー」
「アレン」
「何かなー」
「そこだけは訂正してください」
「今は大人だねー」
「はい」
「じゃあ」
手を見る。
「大人のミコトと歩いてるねー」
「……」
「これでいい?」
「非常によいです」
九本の尾を隠している偽装魔法が。
一瞬。
大きく膨らんだ。
「尾、出そうだよー」
「見ないでください」
「今日はみんな同じこと言うねー」
「みんな?」
「あー」
「誰と比較しました?」
「何でもないよー」
「重要情報です」
「遊びに行こうかー」
「逃げましたね」
◇
その夜。
《ノクス・アウローラ》情報部門。
世界中の国家機密より。
遥かに厳重な保管庫へ。
一枚の写真が。
登録された。
――分類。
最高機密。
――撮影者。
自動幻影撮影装置。
――被写体。
アレン・クロフォード。
ミコト・クズノハ。
――撮影日時。
本日十六時十二分。
――重要度。
測定不能。
「おい」
ラグナが。
保管情報を覗き込む。
「なぜ普通の写真が最高機密なのだ?」
「普通ではありません」
ミコトが答える。
「アレンと私が」
「二人で」
「初めて」
「現代の撮影機で残した写真です」
「我とも撮れ!」
「嫌です」
「なぜだ!?」
「これは私の記録です」
「ずるいぞ!」
ヴィオラも。
写真を見ている。
「距離が近くない?」
「撮影範囲の都合です」
「肩が触れているわ」
「撮影範囲の都合です」
「あなた、嬉しそうね」
「錯覚です」
「ミコト」
シズクが。
淡々と告げる。
「口元が緩んでいる」
「生理現象です」
「どのような?」
「幸福」
「認めた」
「……」
ミコトが黙った。
「それだけではありません!」
ノエルが。
何かの報告書を持ってくる。
「今日の成果一覧です!」
「成果?」
セレスが読む。
――アレンと盤上遊戯。
――次回来店時の再戦予定。
――狐のぬいぐるみをアレンに選んでもらう。
――二人で写真撮影。
――残り十六か所を「また今度」回る約束。
――手をつないで移動。
会議室が。
静かになった。
「手?」
エルシア。
「はい!」
「自発的に?」
リゼット。
「ミコト様からです!」
「アレンは?」
クラリス。
「普通に握りました!」
沈黙。
「……」
セレスが。
ゆっくりミコトを見る。
「説明を」
「人混みでしたので」
「あなたが迷子になりますか?」
「今日は可能性がありました」
「具体的な確率は?」
「……」
「情報部門長」
「……零・〇〇〇〇一パーセント」
「ほぼありませんね」
「零ではありません」
「強い」
シズクが呟く。
「何が?」
カレン。
「言い訳が」
「情報部門ですので」
ミコトは。
まったく悪びれなかった。
「それで」
ヴィオラが扇を閉じる。
「何時間?」
「四時間十九分」
「セレスは?」
リゼットが確認する。
「三時間四十二分」
「ラグナは?」
「六時間」
「まだ我が一位だ!」
「時間を競わないでください」
カレンがため息をつく。
「しかし」
エルシアが。
真剣な顔で言った。
「ミコトは、次回約束を十六か所分残しています」
「……!」
全員が。
ミコトを見る。
「一度の約束で」
シズク。
「最大十六回まで分割可能」
「その考えはなかったわ」
ヴィオラ。
「卑怯だぞ!」
ラグナ。
「情報戦です」
ミコトは。
少しだけ。
誇らしげに胸を張った。
「では」
セレスが静かに尋ねる。
「次は誰ですか?」
会議室の空気が。
再び変わる。
「私」
エルシアが。
すぐに手を上げた。
「アレンは、現代魔導具について学びたいと言いました」
「確かに」
リゼットが記録を確認する。
「エルシア様には明確な理由があります」
「では決定」
「待ちなさい」
ヴィオラ。
「あなた、二人きりで研究室へ連れ込むつもりでしょう?」
「はい」
「即答しないで!」
「研究指導です」
「本当に?」
「当然」
エルシアの足元へ。
薄い霜が広がる。
「ただし」
「アレンが望むなら」
「夜まで」
「……」
「エルシア」
セレス。
「研究は何時まで?」
「必要なだけ」
「却下します」
「なぜ?」
「アレンは睡眠を取ります」
「では夕食まで」
「夕食も二人で?」
「研究効率上」
「却下します」
「不合理です」
次の個別指導を巡る会議は。
深夜まで続いたらしい。
◇
翌朝。
「アレン」
「何かなー」
トーマが。
俺の机の上を見る。
「それ何だ?」
「これ?」
小さな写真。
昨日。
ミコトが二枚目を。
俺にもくれた。
「昨日遊びに行ったとき撮ったんだー」
「……」
「どうしたの?」
「女の人と二人で?」
「うん」
「肩が触れてるぞ」
「狭かったからねー」
「その女の人」
「うん」
「お前の手、握ったりした?」
「帰りに少しー」
「……」
トーマが。
両手で顔を覆った。
「アレン」
「何かなー」
「もうお前、自分が何してるか分かってるか?」
「遊びを教えてもらったよー」
「違う!」
「何が?」
「料理!」
「うん」
「二人きりのピクニック!」
「うん」
「写真!」
「うん」
「手つなぎ!」
「人混みだったからねー」
「全部デートだ!」
「そうなのー?」
「そうだよ!」
教室中の。
何人かが。
こちらを見る。
「じゃあ」
写真を見る。
ミコトは。
少し固い顔。
俺は。
いつもどおり。
「ミコトはデートって言ってなかったけどねー」
「本人に聞いてみろ!」
「今度会ったら?」
「そうしろ!」
「分かったー」
その瞬間。
教室の外。
誰にも見えない場所で。
情報部門の通信網へ。
最高優先警報が流れた。
――緊急。
――アレン様。
――次回ミコト様へ。
――「昨日はデートだったのか」と確認する可能性あり。
世界中の情報を管理する部門が。
国家転覆の兆候を掴んだときより。
速く。
動き始めたらしい。
俺は。
そんなことを。
もちろん知らなかった。




