第27話 世界最強の将軍に野外料理を教わったら、ただのピクニックになった
セレスと料理をした三日後。
《ノクス・アウローラ》最高幹部会議室で。
世界最強の将軍が。
勢いよく手を挙げた。
「次は我だ!」
「何の話ー?」
俺は、セレスにもらった報告書を読みながら尋ねる。
「決まっている!」
ラグナが胸を張る。
「我がアレンへ、何かを教える番だ!」
「あー」
最近。
みんなが妙に張り切っている。
俺が進路希望調査へ。
――まだ、いろいろな人から教わりたい。
と書いたのが原因らしい。
「ラグナは何を教えてくれるのー?」
「戦闘!」
「それは昔からやってるねー」
「現代戦術!」
「軍人になる予定はないかなー」
「軍用魔導兵器!」
「もっと使わないねー」
「野営!」
「野営?」
少しだけ。
興味が出た。
「うむ!」
ラグナの顔が明るくなる。
「火の起こし方!」
「食料の確保!」
「寝床の作り方!」
「肉の焼き方!」
「最後だけ急に得意そうだねー」
「得意だからな!」
隣で。
カレンが静かに頷いた。
「閣下の料理能力で、唯一安心して他者へ教えられる分野です」
「唯一と言うな!」
「事実です」
「スープも作れる!」
「肉を湯へ入れただけのものですね」
「あれは肉汁だ!」
「塩すら入っておりません」
「肉本来の味を楽しむのだ!」
「料理ができない方の典型的な主張です」
「カレン!」
いつもどおりだった。
「じゃあ」
俺は少し考える。
「肉の焼き方、教えてよー」
「……!」
ラグナが止まる。
「聞こえた?」
「聞こえた!」
「なら返事してよー」
「もう一度言え!」
「どうしてみんな最近、二回聞きたがるのかなー」
「いいから!」
「ラグナの肉の焼き方、教えてよー」
「任せろ!」
どんっ!
ラグナが円卓へ両手をつく。
石造りの机に。
細い亀裂が入った。
「閣下」
カレンが見る。
「嬉しくても机を壊さないでください」
「壊していない!」
「亀裂があります」
「もともとだ!」
「三秒前までありませんでした」
「……」
「修理費は軍事部門予算から引いておきます」
「それくらい我が払う!」
「同じです」
◇
「それで」
セレスが口を開く。
「場所は?」
「軍事演習場だ!」
「却下します」
「なぜだ!?」
「アレンは一般学生です」
「では第三軍駐屯地!」
「さらに駄目です」
「空中要塞の甲板!」
「論外です」
「注文が多いぞ!」
「普通の野外料理を教えてください」
「普通……」
ラグナが難しい顔になる。
「普通の野外とは、どこだ?」
「そこからなのー?」
百年以上。
軍事部門の頂点にいる。
ラグナにとって。
野外活動といえば。
戦場。
演習場。
未開地。
魔獣討伐地域。
そういう場所しか思い浮かばないらしい。
「学院都市の西側に」
リゼットが地図を表示した。
「一般市民向けの河川公園があります」
「河川公園?」
「芝生広場と、野外調理区画があります」
「敵襲対策は?」
「ありません」
「危険ではないか!」
「敵襲される前提の公園ではありません」
「退路は?」
「普通に入口から帰ります」
「防壁は?」
「ありません」
「監視塔は?」
「ありません」
「本当に人が利用しているのか!?」
「毎週、多数の家族連れが利用しています」
ラグナが。
信じられないものを見る顔をした。
「平和とは……すごいな」
「感心するところ、そこなんだねー」
◇
翌休日。
俺は。
学院都市西部の河川公園へ来ていた。
広い芝生。
ゆっくり流れる川。
木陰。
遠くでは。
子どもたちが走り回っている。
家族連れ。
友人同士。
若い男女。
みんな。
普通に休日を過ごしていた。
「いい場所だねー」
「うむ」
隣。
ラグナは。
偽装魔法で角や特徴を隠し。
普通の赤髪の女性になっている。
服も。
軍服ではない。
白いシャツ。
動きやすいズボン。
革靴。
その背中には。
「ラグナ」
「何だ!」
「荷物、大きくない?」
「必要最低限だ!」
巨大な背負い袋。
俺の身体より大きい。
「二人だよねー?」
「当然だ!」
「何人分の食料が入ってるの?」
「三百人分!」
「軍隊じゃないよー」
「少なすぎたか?」
「逆だねー」
袋を開ける。
肉。
肉。
肉。
肉。
野菜。
肉。
「野菜もあるねー」
「カレンが入れた!」
「やっぱり」
「我は不要だと言ったのだが」
「必要だと思うよー」
「肉を食えば育つ!」
「ラグナらしいねー」
少し笑う。
「何だ?」
「昔から変わらないなー、と思って」
「……!」
ラグナが。
一瞬だけ黙る。
「褒めているのか?」
「半分くらい?」
「ならば残り半分も褒めろ!」
「元気だねー」
「それは褒めているのか!?」
◇
野外調理区画へ着く。
石造りの小さな炉。
薪置き場。
作業台。
「まず火だ!」
「魔法は禁止ねー」
「なぜだ!?」
「野外料理を教えてくれるんでしょ?」
「魔法で一瞬だぞ!」
「それなら教わらなくてもできるからねー」
「……確かに」
ラグナは。
素直に魔力を引っ込めた。
「では」
薪を何本か選ぶ。
「細いものから使う」
「うん」
「最初から太い薪へ火をつけようとしても、うまく燃えぬ」
「へえー」
「風上を完全に塞いでも駄目だ」
「空気が必要だから?」
「そうだ!」
意外だった。
ラグナの手つきは。
とても丁寧だった。
乾いた小枝。
細い薪。
太い薪。
順番に組み。
小さな火種を。
ゆっくり育てる。
「ラグナ」
「何だ?」
「上手だねー」
「……」
「ラグナ?」
「もう一度」
「やっぱり言うんだねー」
「いいから!」
「上手だねー」
「そうであろう!」
嬉しそうだった。
単純で。
分かりやすい。
◇
「次は肉だ!」
ラグナが。
巨大な肉塊を取り出した。
「待ってー」
「何だ?」
「それ、何キロあるの?」
「四十七キロだ!」
「二人で食べる量じゃないよー」
「我なら食える!」
「俺も食べるんだけどねー」
「安心しろ!」
別の袋から。
さらに肉。
「アレン用は別にある!」
「普通の大きさにしようかー」
「むう」
最終的に。
手のひらくらいの肉へ落ち着いた。
「弱い」
「肉に強さはいらないよー」
「小さい肉は弱そうではないか」
「食べ物だからねー」
ラグナが。
肉へ塩を振る。
「ここが重要だ!」
「うん」
「焼く直前に塩!」
「どうして?」
「……」
「ラグナ?」
「そうすると、うまい!」
「理由は知らないんだねー」
「うまければよい!」
「それも料理っぽいねー」
セレスとは。
まったく違う。
セレスは。
すべて理由を理解しようとした。
ラグナは。
経験で覚えている。
「火へ近づけすぎるな」
「うん」
「外だけ焦げる」
「なるほどー」
「だが、離しすぎれば」
「時間がかかる?」
「腹が減る!」
「そっちなんだねー」
「重要だぞ!」
確かに。
重要かもしれない。
◇
肉が焼ける。
いい匂い。
脂が落ち。
火が少し強くなる。
「今だ!」
ラグナが串を持ち上げる。
「食え!」
「熱そうだねー」
「肉は熱いうちだ!」
一口。
「……」
「どうだ!?」
ラグナが。
ものすごく近くから顔を覗き込んでくる。
「近いよー」
「うまいか!?」
「おいしいよー」
「本当か!」
「うん」
「セレスの煮込みと、どちらがうまい!」
「比べないよー」
「なぜだ!」
「料理が違うからねー」
「では肉料理として!」
「セレスのは煮込みだからねー」
「逃げたな!」
「本当においしいよー」
「……そうか!」
ラグナは。
満面の笑みを浮かべた。
「なら、もっと食え!」
「普通の量でねー」
「分かった!」
十秒後。
俺の皿に。
肉が山になった。
「ラグナ」
「何だ?」
「普通の量って知ってる?」
「我より少ない量!」
「基準がラグナなんだねー」
◇
「お姉ちゃん」
突然。
小さな声がした。
振り返る。
六歳くらいの女の子。
その後ろに。
父親らしい男性が。
困ったように頭を下げている。
「すみません」
「この子が、いい匂いがするって……」
「肉か?」
ラグナが尋ねる。
「うん!」
女の子は。
素直に頷いた。
「食うか?」
「えっ」
父親が驚く。
「いいんですか?」
「三百人分ある!」
「そんなに!?」
「ラグナ」
「何だ?」
「こういうときは、量を言わなくてもいいと思うよー」
「そうなのか?」
「たぶんねー」
ラグナは。
新しい串へ。
小さめの肉を刺す。
火へ。
「子ども用だから、少し薄くした方がいいよー」
「なるほど!」
「味も濃すぎない方が」
「塩を減らす!」
「うん」
しばらくして。
小さな串焼きが完成した。
「ほら!」
ラグナが。
女の子へ差し出す。
だが。
手が。
途中で止まった。
「どうしたのー?」
「熱い」
「そうだねー」
「このまま渡すと危険だ」
「少し冷まそうかー」
「うむ」
ラグナは。
真剣な顔で。
肉へ息を吹きかける。
世界最強の将軍が。
子どものために。
ふー。
ふー。
と。
肉を冷ましている。
「……何だ?」
「いやー」
「笑うな!」
「笑ってないよー」
「笑っている!」
「いい顔してるなー、と思って」
「……!」
ラグナが止まった。
「お姉ちゃん?」
女の子が首を傾げる。
「な、何でもない!」
耳まで赤い。
「もう食えるぞ!」
「ありがとう!」
女の子が一口。
「おいしい!」
「そうであろう!」
ラグナが。
自分が食べたときより。
嬉しそうな顔をした。
◇
その家族が去ったあと。
ラグナは。
少しの間。
川を見ていた。
「どうしたのー?」
「……昔を思い出した」
「昔?」
「我が」
ラグナは。
自分の手を見る。
「まだ小さかった頃だ」
彼女と出会ったのは。
奴隷闘技場だった。
幼い身体で。
大人の戦士や魔獣と戦わされ。
勝てば食事。
負ければ。
何もない。
そんな場所。
「肉は」
ラグナが言う。
「奪うものだった」
「……うん」
「強い者が」
「多く食う」
「弱い者は」
「残ったものを食う」
俺は何も言わず。
隣に座る。
「だから」
「初めてアレンに肉をもらったとき」
「あったねー」
「我は」
少しだけ。
笑った。
「毒だと思った」
「ひどいねー」
「仕方ないだろう!」
「まあねー」
「何も要求せず」
「肉をくれる者など」
「知らなかった」
覚えている。
俺が肉を渡したあと。
ラグナは。
ずっと俺を睨んでいた。
食べたい。
でも。
信用できない。
そんな顔だった。
「結局、食べたねー」
「三日目にな!」
「そこまで我慢してたっけー」
「忘れたのか!?」
「細かいところはねー」
「我は覚えている!」
「腐らなくてよかったねー」
「保存魔法をかけていた!」
「食べる気満々だったんだねー」
「うるさい!」
ラグナが笑う。
「それから」
少し。
声が静かになる。
「我は強くなった」
「うん」
「誰にも奪われぬように」
「うん」
「我らから」
「何も奪わせぬように」
軍事部門。
世界最強の将軍。
どんな国も。
簡単には手を出せない存在。
「でも」
ラグナは。
さっき女の子へ肉を渡した手を見る。
「強くなれば」
「奪われないだけではなく」
「渡すこともできるのだな」
「そうだねー」
「……変な感じだ」
「いい変化じゃないかなー」
「そう思うか?」
「うん」
俺は。
火の前にある。
大量の肉を見る。
「量は減らした方がいいと思うけどねー」
「そこか!」
「三百人分だからねー」
「次は百人分にする!」
「二人分を覚えようねー」
「難しい!」
「戦争より?」
「戦争の方が簡単だ!」
「ラグナらしいねー」
◇
食べ終わる。
まだ。
昼過ぎだった。
「では!」
ラグナが立ち上がる。
「次は野外戦闘訓練だ!」
「やらないよー」
「なぜだ!?」
「今日は休日だからねー」
「では行軍!」
「もっとしないよー」
「魔獣狩り!」
「公園だよー」
「何をすればよいのだ!」
「別に」
芝生を見る。
「何もしなくてもいいんじゃない?」
「……」
「セレスにも言ったけどねー」
「我はセレスではない!」
「そうだねー」
「我は動ける!」
「知ってるよー」
「なら!」
「ラグナ」
「何だ?」
「せっかくだから」
少し考える。
「ピクニックしようよー」
「ぴくにっく?」
「もうしてるけどねー」
「これは野外炊事訓練だ!」
「訓練じゃなくて」
「普通に遊びに来たことにしようー」
「……」
ラグナの顔が。
本気で困った。
「何が違う?」
「目的がないところかなー」
「目的がない!?」
「肉を焼いて」
「食べて」
「川を見て」
「帰る」
「それだけだ」
「うん」
「何の成果がある?」
「楽しかったらいいんじゃないかなー」
「……」
ラグナが。
川を見る。
遊ぶ子ども。
話をする夫婦。
寝転がる学生。
「我は」
「うん」
「そのような休日を」
少しだけ。
眉を寄せる。
「知らぬ」
「じゃあ今日覚えればいいねー」
「我が」
「アレンへ教える日ではなかったのか?」
「火の起こし方と、肉の焼き方教えてもらったよー」
「……」
「今度は」
「俺が教える番でもいいんじゃない?」
ラグナが。
俺を見る。
「ピクニックを?」
「俺も詳しくないけどねー」
「二人とも初心者ではないか!」
「一緒に覚えればいいよー」
しばらく。
沈黙。
そして。
「分かった!」
ラグナは。
芝生へ。
どんっ!
と座った。
「何をする!」
「とりあえず座るんじゃないかなー」
「分かった!」
「力まなくていいよー」
「難しい!」
◇
結局。
俺たちは。
川へ小石を投げたり。
余った肉を。
近くの人へ分けたり。
公園の売店で。
冷たい果実水を買ったりした。
「アレン!」
「何かなー」
「見ろ!」
ラグナが。
川へ石を投げる。
一回。
二回。
三回。
水面を跳ね。
対岸の岩壁へ。
どごんっ!
「……」
「七回跳ねたぞ!」
「最後の威力が強すぎるねー」
「力を抜いた!」
「もっと抜こうねー」
「人間の遊びは難しい!」
「ラグナも人間みたいに暮らしてるでしょー」
「竜人だ!」
「そういう話じゃないんだけどねー」
次。
俺が投げる。
一回。
二回。
三回。
四回。
ぽちゃん。
「我の勝ちだ!」
「対岸を壊したから失格かなー」
「そんな規則があるのか!?」
「今作ったー」
「卑怯だぞ!」
「遊びだからねー」
「もう一度だ!」
そんなことをして。
気づけば。
夕方になっていた。
◇
帰る前。
川辺。
ラグナが。
珍しく静かだった。
「楽しかった?」
「……」
「ラグナ?」
「楽しかった」
「ならよかったー」
「アレン」
「何かなー」
「我は」
真っ直ぐ。
こちらを見る。
ラグナは。
昔から。
こうだ。
言葉を隠さない。
「お前が消えたあと」
「うん」
「もっと強くなれば」
「いつか戻ってきたお前を」
「今度こそ守れると思っていた」
「……」
「だから」
「強くなった」
「強くなりすぎたねー」
「世界一だ!」
「知ってるよー」
「だが」
拳を握る。
「戻ってきたお前は」
「我に守られる気がない!」
「普通の学生だからねー」
「そういうところだ!」
少し笑う。
「それに」
ラグナが続ける。
「今日分かった」
「何が?」
「お前を守るだけでは」
「足りぬ」
「?」
「一緒に肉を食い」
「遊び」
「笑う」
「そういうことも」
「したかったらしい」
ラグナらしくない。
少しだけ。
照れた声だった。
「今まで気づいてなかったのー?」
「戦闘以外は不得手だ!」
「そこを威張るんだねー」
「だから!」
一歩。
近づく。
「これから覚える!」
「うん」
「アレンと!」
「俺と?」
「当たり前だ!」
「カレンたちでもいいんじゃない?」
「駄目だ!」
「即答だねー」
「アレンとやりたいのだ!」
まっすぐすぎる。
「そして!」
「まだあるのー?」
「最終的には!」
「うん」
「我の伴侶になれ!」
「そこまで飛ぶんだねー」
「重要だ!」
「ピクニックから結婚まで距離が遠いよー」
「今日一日で一歩進んだ!」
「何歩必要なのかなー」
「我が決める!」
「都合がいいねー」
でも。
ラグナは楽しそうだった。
「じゃあ」
俺は。
荷物を持つ。
「また来ようかー」
「……」
「今度は」
「三百人分じゃなくて、二人分の肉でねー」
「……!」
「ラグナ?」
「今」
「うん」
「また来ると言ったか?」
「言ったねー」
「二人で?」
「二人分の肉って言ったからねー」
「二人で!?」
「嫌ならみんなも――」
「絶対に二人だ!」
「声大きいよー」
「約束だぞ!」
「分かったよー」
「絶対だぞ!」
「分かったってー」
「記録がない!」
「今日はミコトいないからねー」
「ならば」
ラグナが。
俺の右手を掴む。
「これで約束だ!」
「握手?」
「違う!」
「何?」
「我が国では――」
「ラグナの国ってどこー?」
「今決める!」
「また作るんだねー」
「とにかく!」
強く。
でも。
痛くない程度に。
手を握る。
「次も二人で来る!」
「うん」
「約束!」
「約束ー」
ラグナの顔が。
一気に。
明るくなった。
◇
その夜。
最高幹部会議室。
「聞け!」
扉が開くなり。
ラグナが叫んだ。
「全員聞け!」
「うるさいです」
シズク。
「何ですか?」
セレス。
「我は!」
ラグナが。
胸を張る。
「アレンと!」
九人が警戒する。
「次回!」
「再び!」
「二人だけで!」
「ピクニックへ行く!」
「……」
会議室。
沈黙。
「二人だけ?」
ヴィオラ。
「うむ!」
「次回?」
ミコト。
「うむ!」
「アレン自身から?」
エルシア。
「うむ!」
「約束?」
リゼット。
「した!」
「証拠は?」
シズク。
「……」
ラグナが止まった。
「ない!」
「無効です」
「なぜだ!?」
「記録がありません」
「アレンが言った!」
「記録が」
「ない」
ミコトとシズク。
二人が同時に答える。
「ならばアレンに聞け!」
「今すぐ呼ぶか!?」
「閣下」
カレンが。
ため息をつく。
「その必要はありません」
「カレン!」
「閣下が嘘をつくとは思っておりません」
「さすがカレン!」
「ただし」
白い髪。
《片翼の髪留め》が。
少し揺れる。
「二人だけという部分には」
「個人的に強く抗議します」
「なぜだ!?」
「私も行きたいからです」
「駄目だ!」
「そこを何とか」
「絶対に駄目だ!」
今まで。
ラグナの暴走を止める側だったカレンが。
珍しく食い下がっていた。
「ところで」
セレスが尋ねる。
「今日、あなたは」
「アレンへ何を教えたのです?」
「火の起こし方!」
「はい」
「肉の焼き方!」
「はい」
「以上だ!」
「……二つだけ?」
「十分だ!」
「その後、何時間一緒に?」
「六時間ほど!」
セレスの。
笑顔が止まった。
「六時間」
「うむ!」
「私の料理は?」
リゼットが資料を見る。
「三時間四十二分です」
「……」
「我の勝ちだ!」
「勝敗ではありません」
セレスは笑っている。
だが。
長い耳が。
分かりやすく下がっていた。
「それと!」
ラグナは止まらない。
「アレンが!」
「我の焼いた肉を!」
「おいしいと言った!」
「回数は?」
ミコト。
「一回!」
「セレス様は二回」
ノエル。
「回数では負けています!」
「ぐぬっ!」
「でも」
カレンが。
少し笑う。
「閣下」
「何だ?」
「楽しかったのでしょう?」
「当然だ!」
「ならば」
「それでよろしいのでは?」
「……」
ラグナが。
少しだけ考える。
「そうだな!」
「我は今日」
「楽しかった!」
あまりにも。
単純な答えだった。
でも。
その言葉を聞いた瞬間。
会議室にいた九人の顔から。
少しだけ。
競争心が消えた。
百年以上。
戦場を飛び回り。
誰より強く。
誰より前へ立ってきたラグナが。
ただの休日を。
楽しかった。
と笑っている。
それは。
みんなにとっても。
悪いことではなかったらしい。
「ただし」
ヴィオラが扇を閉じる。
「次は私よ」
「私です」
エルシア。
「情報部門」
ミコト。
「我がもう一度!」
「閣下は最後尾です」
カレン。
「なぜだ!?」
「本日六時間使いました」
「時間制なのか!?」
「今決めました」
「横暴だ!」
結局。
競争心は。
三十秒ほどしか消えなかった。
◇
翌朝。
「アレン」
「何かなー」
学院の教室。
トーマが。
俺の机の上に。
一枚の新聞を置いた。
「昨日、河川公園にいたか?」
「いたよー」
「赤髪の美人と?」
「昔からの知り合いー」
「またか!」
新聞の片隅。
小さな地域記事。
――河川公園で謎の女性が肉三百人分を無料配布。
――「子どもが喜ぶなら」と追加で二百人分を焼く。
――公園管理局、食材持ち込み量について新たな注意書きを検討。
「ラグナ、途中から楽しくなっちゃってねー」
「ラグナ!?」
「……ラナ」
「今、ラグナって言ったぞ!」
「似た名前だねー」
「誤魔化すな!」
「でも」
新聞を見る。
記事には。
肉を受け取って笑う。
子どもたちの写真。
「いい休日だったよー」
「……」
トーマが。
少しだけ黙る。
「まあ」
「何?」
「お前がそう言うなら」
「珍しく本当に、普通の休日だったのかもな」
「そうでしょー?」
「ただし!」
「うん」
「三百人分の肉を持ってくる女とのピクニックは普通じゃない!」
「そこだけなんだよねー」
「そこが大きいんだよ!」
今日も。
トーマの声が。
教室へ響く。
俺は。
次は二人分だけでいいと。
ちゃんとラグナへ教えた。
だから。
次のピクニックは。
もう少し普通になる。
そう思っている。
その頃。
軍事部門の補給課へは。
ラグナ本人から。
新しい発注書が届いていたらしい。
――次回ピクニック用食材。
――人数、二名。
――肉、二百人分。
前回より。
確かに。
減ってはいた。




