↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
冗談で作った秘密結社が世界最大企業になっていた ~平凡な学生を演じる創設者の俺は、今さら全部作り話だったと言い出せない~  作者: てへろっぱ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

26/67

第26話 世界最大企業の会長と二人で料理をしたら、壁の向こうに最高幹部九人がいた



 次の学院休日。


 俺は。


 世界最大企業《アウローラ》の会長と。


 二人で料理をすることになった。


「……」


「セレス?」


「はい」


「包丁、持ったまま固まってるよー」


「分かっています」


「怖い?」


「いいえ」


「じゃあ、どうしたのー?」


「少々」


 セレスは。


 目の前の玉ねぎを見つめた。


「緊張しています」


「玉ねぎに?」


「違います」


 即答だった。


     ◇


 場所は。


 《アウローラ・グランド》の一般客向け料理体験室。


 地下本部の専用厨房でも。


 世界最高級ホテルの調理場でもない。


 普通の家庭に近い設備を再現した、小さな貸し厨房だ。


 調理台。


 流し台。


 小さな魔導炉。


 鍋。


 包丁。


 食器。


 食卓。


 俺が。


「家庭料理を覚えるなら、普通の台所みたいなところがいいんじゃないかなー」


 と言った結果。


 ここになった。


 ただし。


「普通の貸し厨房って、入口に警備員が二十人もいるのかなー」


「偶然です」


「厨房の外に対軍用結界もあるみたいだけどー」


「防火設備です」


「天井に緊急転移装置もあるねー」


「避難設備です」


「セレス」


「何でしょう」


「普通って難しいねー」


「……現在、改善中です」


 たぶん。


 普通の基準が違う。


 今日はセレスも。


 会長としての豪華な服ではない。


 白いシャツ。


 長いスカート。


 その上に。


 普通の生成り色の前掛け。


「似合ってるねー」


「……」


「セレス?」


「聞こえています」


「返事が遅いねー」


「一度目は聞き間違いの可能性を検討しました」


「じゃあ、もう一回言おうかー?」


「お願いします」


「前掛け、似合ってるよー」


「ありがとうございます」


 今度は。


 すぐに返事が来た。


 でも。


 尖った長い耳は赤くなっていた。


「耳、赤いよー」


「厨房が暑いためです」


「まだ火をつけてないねー」


「……」


「セレス?」


「料理を始めましょう」


 話を変えられた。


     ◇


 今日作るものは。


 野菜と鶏肉の煮込み。


 焼きたてのパンは。


 さすがに俺たちでは難しいので、《麦の朝》で買ってきた。


「どうして、この料理を?」


 セレスが尋ねる。


「本に最初の方で載ってたからねー」


 前回。


 《月灯り書房》でもらった古い料理本。


 ページの端には。


 以前の持ち主が書いたらしい細かなメモが残っている。


 ――火は強すぎない。


 ――野菜は同じくらいの大きさに。


 ――焦げても慌てない。


 ――味が薄ければ、あとから足せる。


「簡単そうじゃない?」


「理論上は」


「料理で、その言葉を使う人初めて見たねー」


「材料の加工工程と熱処理工程を正確に実行すれば、完成するはずです」


「うんー」


「問題がありますか?」


「セレスらしいなー、と思って」


「……」


 また耳が赤くなる。


「今日は赤くなるの早いねー」


「厨房ですから」


「まだ火はついてないよー」


「アレン」


「何かなー」


「先ほどから、私の耳を見すぎです」


「分かりやすいからねー」


「見ないでください」


「分かったよー」


「……少しなら構いません」


「どっちなのー?」


「料理を始めましょう」


 また逃げた。


     ◇


 最初は。


 玉ねぎ。


「皮を剥いてー」


「はい」


「半分に切ってー」


「はい」


「それから適当な大きさに」


「適当?」


 セレスの手が止まった。


「うん」


「寸法は?」


「食べやすいくらい?」


「具体的には?」


「このくらいかなー」


 俺が一つ切る。


 セレスが。


 じっと見る。


「縦二・七センチ」


「測らなくていいよー」


「横二・二センチ」


「セレス」


「はい」


「料理本にも書いてあったでしょー」


 ページを開く。


 ――多少、大きさが違っても気にしないこと。


「……」


「昔の持ち主も苦労したみたいだねー」


「なぜ統一しないのでしょう」


「家庭料理だからじゃないかなー」


「熱の通り方に差が出ます」


「少しくらいなら大丈夫だよー」


「ですが」


「セレス」


「はい」


「失敗しても、二人で食べるだけだよー」


「……」


 セレスが。


 ゆっくり俺を見る。


「二人で」


「うん」


「食べる」


「そのために作ってるからねー」


「そうですね」


 セレスは。


 小さく息を吐いた。


「多少違っても、構わない」


「うん」


「失敗しても」


「うん」


「アレンと二人で食べるだけ」


「そうだねー」


「……分かりました」


 玉ねぎへ包丁を入れる。


 今度は。


 一切れずつ測らなかった。


「できたねー」


「形が揃っていません」


「料理っぽいねー」


「これが?」


「うん」


 セレスは。


 不揃いな玉ねぎを見て。


 ほんの少し。


 笑った。


     ◇


 次。


 人参。


 じゃがいも。


 鶏肉。


「アレン」


「何かなー」


「人参の皮を剥く速度が遅くありませんか?」


「俺も慣れてないからねー」


「貸してください」


「セレスも初めてでしょー?」


「玉ねぎで、刃物の扱いは理解しました」


「早いねー」


 渡す。


 するすると。


 皮が落ちていく。


「上手だねー」


「構造を理解すれば簡単です」


「もう俺より上手かも」


 ぴたり。


 手が止まる。


「もっと言ってください」


「何をー?」


「今の言葉を」


「セレスの方が上手だねー」


「もう一度」


「調子に乗ってるねー」


「……申し訳ありません」


「嬉しかった?」


「非常に」


 正直だった。


     ◇


 材料を切り終わる。


 鍋へ油。


 鶏肉を入れる。


 じゅうっ。


「……!」


 セレスが一歩下がった。


「どうしたのー?」


「油が跳ねました」


「跳ねるよー」


「攻撃では?」


「鶏肉からの?」


「反射的に防御結界を展開しかけました」


「料理中に結界を張ると、鍋まで弾きそうだねー」


「危険です」


「どっちがー?」


「私が」


「自覚あるんだねー」


 鶏肉を木べらで返す。


「セレスもやる?」


「はい」


 木べらを渡す。


 セレスは慎重に鶏肉を返す。


「これで?」


「うんー」


「焼き色が均一ではありません」


「大丈夫だよー」


「一枚だけ濃いです」


「おいしそうじゃない?」


「……」


「焦げてないからねー」


「料理とは」


「うん」


「許容範囲が、非常に広いのですね」


「会社の仕事よりはねー」


「慣れません」


「そのうちねー」


「そのうち」


 セレスが。


 小さく繰り返す。


「また一緒に作れば、慣れるんじゃないかなー」


 木べらが止まった。


「セレス?」


「アレン」


「何かなー」


「今」


「うん」


「また、と」


「言ったねー」


「次も?」


「セレスが料理続けるならねー」


「続けます」


「即答だねー」


「生涯続けます」


「そこまで大きく決めなくてもいいよー」


「では」


 セレスは。


 少し考えた。


「少なくとも、次回までは」


「それくらいがいいねー」


 どうしてか。


 とても嬉しそうだった。


     ◇


 野菜も鍋へ入れる。


 水。


 塩。


 香草。


 蓋をして。


 煮込む。


「しばらく待つだけだねー」


「二十八分です」


「本には二十五分から三十分って書いてあるよー」


「中間値を選択しました」


「やっぱりセレスだねー」


 料理中。


 初めて。


 何もすることがなくなった。


「座ろうかー」


「はい」


 小さな食卓。


 向かい合わせで座る。


 厨房は。


 妙に静かだった。


 いつものセレスなら。


 この時間にも。


 何かしら書類を読んでいる。


 世界中から報告が届く。


 決裁。


 承認。


 判断。


 会議。


 百年以上。


 ずっとそうしている。


「暇だねー」


「……はい」


「こういう時間、普段ある?」


「ありません」


「やっぱり」


「必要とも考えておりませんでした」


「今日は?」


 セレスが。


 俺を見る。


「必要だと思います」


「何もしてないよー?」


「だからです」


「?」


「何もしない時間を」


 少しだけ。


 穏やかな声。


「誰かと過ごすという経験が、私にはほとんどありません」


「あー」


 昔も。


 セレスはよく働く子だった。


 拾った中では。


 一番年上だったから。


 ほかの子の面倒も見て。


 俺が何か頼む前に。


 必要なことを先回りしていた。


「昔からそうだったねー」


「覚えていますか?」


「もちろん」


「私は」


 セレスが。


 自分の手を見る。


「あなたに助けていただいたあと」


「少しでも役に立たなければ、と考えていました」


「そんなこと考えなくてよかったのにー」


「当時は分かりませんでした」


「うん」


「何もしなくなれば」


 声が。


 少しだけ小さくなる。


「また、必要のない者になるような気がしていました」


 俺は。


 黙ってセレスを見る。


 彼女がまだ小さかった頃。


 そんなふうに考えていたなんて。


 聞いたことがなかった。


「セレス」


「はい」


「一個、間違ってるねー」


「何がでしょう」


「俺は」


 少し考える。


「役に立つから、セレスを連れて帰ったわけじゃないよー」


「……」


「困ってたから」


「はい」


「助けたかっただけ」


「……はい」


「仕事しなくても」


「何もできなくても」


「セレスはセレスでしょー」


 長い耳が。


 少し下がる。


「だから」


「今日みたいに何もしない時間があっても、いいんじゃないかなー」


「……」


「料理を失敗してもねー」


 セレスは。


 しばらく。


 何も言わなかった。


 やがて。


「アレン」


「うん」


「百年以上経っても」


「うん」


「あなたは、本当に」


 そこで。


 少し笑った。


「ずるいですね」


「何がー?」


「分からなくて結構です」


「そうなの?」


「はい」


 その表情は。


 世界最大企業の会長ではなく。


 昔。


 俺の後ろを歩いていた女の子に。


 少しだけ似ていた。


     ◇


 その頃。


 厨房の隣室。


「……」


 九人が。


 壁へ耳を当てていた。


「聞こえぬ!」


 ラグナが小声で叫ぶ。


「防音壁です」


 カレンが答える。


「壊すか!」


「絶対に駄目です」


「穴なら!」


「もっと駄目です」


「情報部門の盗聴魔法は?」


 ヴィオラがミコトを見る。


「設置していません」


「珍しいわね」


「アレンに妨害しないと約束しました」


「観測希望は出したのでしょう?」


「許可されませんでした」


「誰に?」


「リゼット」


 全員が。


 リゼットを見る。


「本日は二人だけで料理をする予定です」


「我らは邪魔せぬぞ!」


「壁へ耳を当てた状態で言わないでください」


「観測しているだけだ!」


「それを邪魔と呼びます」


 エルシアが。


 壁へ検査魔法を使っていた。


「音波を解析すれば」


「エルシア様」


 ノエルが袖を引く。


「それも盗み聞きです!」


「研究です」


「違います!」


「では」


 クラリスが微笑む。


「料理が完成するまで、普通に待ちませんか?」


「……」


 九人。


 誰も動かない。


「皆様?」


「何も聞こえなくても」


 ミコトが言う。


「アレンが、この壁の向こうにいるという情報には価値があります」


「分かるぞ!」


 ラグナが頷く。


「分からない方がよい気がします」


 カレンは。


 自分も壁の近くに立ちながら言った。


     ◇


 二十八分。


 鍋の蓋を開ける。


 湯気。


 香草。


 鶏肉。


 野菜。


「いい匂いだねー」


「見た目は」


 セレスが鍋を覗く。


「本の完成例と、十四パーセントほど異なります」


「どうやって計算したのー?」


「視覚的面積比です」


「料理では気にしなくていいと思うよー」


「分かってきました」


「本当ー?」


「多少違っても、料理です」


「大進歩だねー」


 皿へ盛る。


 パン。


 水。


 それだけ。


 世界最大企業の会長との食事にしては。


 ずいぶん普通だ。


「食べようかー」


「はい」


「いただきますー」


「いただきます」


 一口。


「……」


 セレスが俺を見る。


「どう?」


「アレンから先に」


「俺?」


「はい」


「味見してなかったねー」


 食べる。


 鶏肉。


 人参。


 じゃがいも。


 少し。


 塩が薄い。


 でも。


「おいしいよー」


「……」


「セレス?」


「もう一度」


「最近それ多いねー」


「お願いします」


「おいしいよー」


「……はい」


 セレスは。


 自分の皿へ視線を落とす。


 一口食べる。


「薄いですね」


「ちょっとねー」


「失敗です」


「でも、おいしいよー」


「なぜ?」


「一緒に作ったからかなー」


「……」


「次は、もう少し塩を増やせばいいしねー」


「次」


「うん」


 セレスが。


 静かに笑った。


「はい」


「次は」


「もっと、おいしくします」


     ◇


 食べ終わる。


「ごちそうさまー」


「ごちそうさまでした」


「片づけようかー」


「私が」


「二人でやろうよー」


「……はい」


 皿を洗う。


 俺が洗って。


 セレスが拭く。


「こういうのも料理なんだねー」


「そのようです」


「会社の食堂だと、誰かがやってくれるからねー」


「今後は」


「うん」


「時々、自分で行います」


「いいんじゃないかなー」


 皿を一枚。


 渡す。


 受け取る。


 また一枚。


 そのとき。


 指が。


 少し触れた。


「……」


「……」


「セレス?」


「はい」


「皿、落とさないでねー」


「分かっています」


 両手で。


 ものすごく大事そうに皿を持っている。


「普通のお皿だよー」


「現在は違います」


「どうして?」


「……何でもありません」


 また分からなかった。


     ◇


 全部片づけ終わる。


「楽しかったねー」


「はい」


「また作ろうかー」


「はい」


「次は何がいいかなー」


「アレンが食べたいものを」


「俺?」


「はい」


「じゃあ」


 考える。


「卵料理とか?」


「承知しました」


「簡単なのでいいよー」


「帰宅後、百種類ほど調査します」


「一種類でいいよー」


「では五十」


「減らし方がおかしいねー」


 前掛けを外す。


 セレスも。


 外そうとして。


 少し止まる。


「どうしたの?」


「これを」


 生成り色の普通の前掛け。


「いただいても?」


「セレスが使ったんだから、いいんじゃないかなー」


「では」


 丁寧に畳む。


「保管します」


「次も使おうねー」


「……使ってよいのですか?」


「料理するならねー」


「はい」


 また。


 嬉しそうだった。


     ◇


 厨房を出る。


 扉が開いた。


 そして。


「……」


 九人。


 廊下にいた。


「みんな何してるのー?」


「偶然です」


 ヴィオラ。


「通りかかった」


 ラグナ。


「九人で?」


「はい」


 エルシア。


「壁に耳を当てた跡があるけどー」


 全員。


 壁を見る。


「施工品質を確認していました」


 ミコト。


「情報部門長が?」


「専門外です」


 シズクが即座に否定した。


「シズク!」


「事実です」


「観測してたのー?」


「……」


 全員。


 目を逸らした。


「まあ、いいけどねー」


「いいのですか!?」


 ノエルが驚く。


「料理してただけだからねー」


「何を作りましたか?」


「鶏肉と野菜の煮込み」


「味は!?」


「おいしかったよー」


 九人。


 一斉にセレスを見る。


「……」


 セレスは。


 静かに微笑んだ。


「アレンから」


「二度」


「おいしいと言っていただきました」


「二度!?」


 ラグナ。


「なぜ回数まで言うの!」


 ヴィオラ。


「記録は?」


 ミコト。


「ありません」


 リゼット。


「なぜ!?」


「盗聴禁止でしたので」


「痛恨です」


「何が痛恨なのです?」


 カレンがため息をつく。


「それと」


 セレスが続ける。


「次回も」


「二人で料理をします」


「次回!?」


 九人が叫ぶ。


「アレン!」


 ラグナが俺を見る。


「我とも料理を!」


「ラグナは肉を焼くんだよねー」


「煮る!」


「急に成長したねー」


「私も!」


 ノエル。


「お菓子なら私です」


 エルシア。


「お菓子作ったことあるのー?」


「これから学びます」


「セレスと同じだねー」


「だから勝てます」


「何に?」


「……料理技術です」


「今、間があったねー」


 ヴィオラまで前へ出る。


「私は、食事に合う飲み物を」


「料理じゃないねー」


「ならば覚えるわ!」


「みんな、急に料理好きになったねー」


 九人が。


 黙った。


 違うらしい。


     ◇


「ところで」


 リゼットが。


 セレスを見る。


「会長」


「何ですか」


「本日の予定は終了です」


「はい」


「十五時より、世界物流会議があります」


「承知しています」


「十六時三十分、三王国との会談」


「はい」


「十八時、金融部門との予算協議」


「出席します」


 いつもの会長へ。


 戻っていく。


 でも。


 腕には。


 普通の前掛けを入れた紙袋。


 俺から渡した古い料理本。


 世界最大企業の会長が持つには。


 少し変な荷物だ。


「セレス」


「はい?」


「仕事、頑張ってねー」


「……はい」


「でも」


「うん?」


「ちゃんと休んでねー」


 セレスが止まる。


「料理のときみたいに」


「何もしない時間も、大事みたいだからねー」


「……」


 その瞬間。


 長い耳が。


 真っ赤になった。


「アレン」


「何かなー」


「お願いがあります」


「珍しいねー」


「今日のことを」


「うん」


「忘れないでください」


 百年以上。


 世界を動かしてきた女性が。


 そんな小さなお願いをする。


「忘れないよー」


 俺が答えると。


 セレスは。


 本当に。


 幸せそうに笑った。


     ◇


 その日の夜。


 《ノクス・アウローラ》最高幹部会議。


「本日の検証を開始します」


 ミコトが宣言した。


「何の検証です?」


 カレン。


「セレスが得たもの」


「まず」


 巨大画面へ文字が並ぶ。


 ――アレンとの二人きりの料理。


 ――「前掛け、似合ってる」。


 ――「セレスの方が上手」。


 ――「また一緒に作れば」。


 ――「おいしい」二回。


 ――次回の料理約束。


 ――「ちゃんと休んでね」。


 ――「忘れないよー」。


「……」


 会議室が。


 恐ろしく静かになった。


「多すぎない?」


 ヴィオラが尋ねた。


「客観的記録です」


「我ら九人は、廊下にいただけだぞ!」


 ラグナ。


「自業自得です」


 カレン。


「これが」


 エルシアが静かに言う。


「個別回の威力」


「何の話です?」


 ノエルが首を傾げる。


「非常に危険です」


 ミコト。


「対策が必要」


 シズク。


「対策?」


 クラリスが微笑む。


「何をなさるのですか?」


 九人が。


 互いを見る。


 そして。


 全員の答えは。


 同じだった。


「次は私です」


 その夜。


 アレンへ何かを教える《進路支援計画》は。


 いつの間にか。


 ――アレンと二人で何かをする権利。


 を巡る争奪戦へ。


 完全に変わっていた。


 ただし。


 その議題より先に。


 セレスが一つだけ。


 会長権限で決裁したものがある。


 《アウローラ》全社。


 幹部を含めた。


 休息制度の再確認。


 理由欄には。


 たった一行。


 ――何もしない時間も、必要だから。


 と書かれていた。


 誰の言葉なのか。


 古参の女性社員たちは。


 説明されなくても。


 すぐに分かったらしい。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。