↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
冗談で作った秘密結社が世界最大企業になっていた ~平凡な学生を演じる創設者の俺は、今さら全部作り話だったと言い出せない~  作者: てへろっぱ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

24/67

第24話 世界中の企業が俺を取り合っているらしいけど、一番気になったのは町の本屋だった



 王立魔法学院の《特別進路週間》。


 それは本来。


 学生がさまざまな仕事を知り、自分の将来を考えるための行事だった。


 少なくとも。


 学院側は、そのつもりだったらしい。


「アレン」


「何かなー」


「絶対に、目立つなよ」


「進路説明を聞くだけだよー」


「お前はそれだけで終わらない!」


 開催初日の朝。


 学院の中央広場には、見たこともないほど多くの天幕と展示棟が並んでいた。


 王立魔導研究院。


 冒険者ギルド総本部。


 大陸商業連盟。


 学院都市行政庁。


 各国政府機関。


 有名な魔道具工房。


 銀行。


 商会。


 運送会社。


 治療院。


 新聞社。


 学生でも名前を知っているような組織が、一堂に集まっている。


「すごいねー」


「お前宛ての採用通知が原因で、ここまで増えたんだからな」


「ほかの学生も見られるなら、いいんじゃないかなー」


「そこは俺も認める」


 トーマは少しだけ嬉しそうだった。


「実家の商会と比べるために、大陸商業連盟の説明を聞きたかったんだ」


「じゃあ一緒に行こうかー」


「いや」


 トーマが真剣な顔で俺の肩を掴む。


「最初は別行動だ」


「どうしてー?」


「俺がお前と一緒にいたら、説明する側がお前しか見なくなる!」


「そんなことないと思うよー」


「昨日、進路指導室で国王の署名入り採用通知を見ただろ!」


「あれは手紙だからねー」


「今日は送り主本人が来るんだぞ!」


 なるほど。


 そう考えると。


 少し面倒な気もしてきた。


「じゃあ、お昼に集合しようかー」


「そうしよう」


「食堂でいい?」


「お前、本当に食べることだけは普通だな」


「大事だからねー」


     ◇


 最初に入ったのは。


 王立魔導研究院の説明棟だった。


「ようこそ!」


 白衣を着た研究員が、学生たちへ資料を配っている。


「当研究院では、魔法理論、古代術式、魔導具開発など、幅広い研究を――」


 俺にも一冊渡そうとして。


 顔を見る。


 止まった。


「……アレン・クロフォード君?」


「はいー」


「少々お待ちください!」


「説明を聞きたいだけなんですけどー」


「担当者を変更いたします!」


「変えなくても大丈夫ですよー」


「研究院長!」


「一番偉い人を呼ばなくてもいいですよー」


 数分後。


 本当に研究院長が来た。


「君か!」


「こんにちはー」


「会いたかった!」


「説明会ですよねー?」


「もちろんだ!」


 研究院長は俺の両手を握った。


「研究テーマは自由!」


「はいー」


「専用研究棟を用意する!」


「大きい建物はいらないですねー」


「では専用研究室!」


「普通のところでいいですよー」


「研究費は上限なし!」


「使い切れないと思いますー」


「助手は何名必要だ!?」


「まだ入るとも言ってないですよー」


 周囲の学生たちが。


 妙な顔でこちらを見ている。


「院長」


 若い研究員が小声で注意する。


「本日は職業説明です」


「分かっている!」


「採用交渉になっています」


「説明した結果、採用したくなっただけだ!」


「来場前から採用通知を送っています」


「……」


 研究院長が黙った。


「また今度ねー」


「いつだ!?」


「卒業する頃かなー」


「何年待てばいい!」


「学生だからねー」


「特別卒業制度を――」


「作らなくていいですよー」


 俺は説明棟を出た。


 最初から。


 少し疲れた。


     ◇


 二つ目。


 冒険者ギルド。


「アレン・クロフォード君!」


「はいー」


「S級調査員待遇でどうだ!」


「まだ冒険者登録もしてないですよー」


「今ここでできる!」


「説明を聞きに来ただけでー」


 三つ目。


 大陸商業連盟。


「若手経営顧問として――」


「商売はトーマの方が詳しいですよー」


「ベルク君にも後ほど声をかけよう!」


「お願いしますー」


「だが、君は特別顧問として!」


「まだ学生ですよー」


 四つ目。


 学院都市行政庁。


「都市政策委員を――」


「授業があるのでー」


 五つ目。


 ある国の教育省。


「我が国の教育改革顧問へ――」


「この前も似た話を聞きましたねー」


 六つ目。


 世界新聞協会。


「連載を持ちませんか!?」


「何を書くんですかー?」


「日常を!」


「パンを食べたりしますけどー」


「それが読みたい!」


「変わってますねー」


 どこへ行っても。


 説明より先に。


 採用の話になってしまう。


「普通に仕事を知りたいんだけどねー」


 広場へ戻る。


 そのとき。


 巨大な黒と金の展示棟が目に入った。


 《アウローラ》。


 世界最大企業だけあって。


 展示棟も一番大きい。


 ただし。


「大きすぎないかなー」


 学院の校舎一棟ほどある。


 入口は五つ。


 経営。


 軍事・安全保障。


 情報。


 魔導研究。


 金融・外交。


 最高幹部五人の部門ごとに分かれていた。


 そして。


 それぞれの入口前に。


 見覚えのある女性が立っている。


「……何してるのー?」


 最初に目が合ったのは。


 セレスだった。


「職業説明です」


「会長本人が?」


「学生の皆様へ、経営部門の仕事を正しく知っていただくためです」


「忙しくないのー?」


「本日の予定は空けました」


「自分で?」


「偶然です」


「最近の偶然は予定を変更できるんだねー」


 隣の入口。


 ラグナが俺を見つけた。


「アレン!」


「学院では?」


「アレンさん!」


「まだ不自然だねー」


「我の――軍事部門を見るのだ!」


「説明を聞けばいいのー?」


「一日体験もあるぞ!」


「何するの?」


「模擬指揮!」


「学生向けなのかなー」


「もちろんだ! わずか百隻の仮想艦隊を指揮するだけだ!」


「規模が大きいねー」


 カレンが後ろからラグナの襟を引く。


「初心者向けは、避難誘導体験です」


「我が用意した特別コースは!?」


「削除しました」


「なぜだ!」


「学生向け進路説明で、国家間戦争の指揮を体験させないでください」


「アレンならできる!」


「アレン様だけを基準にしてはいけません」


「様って言ったねー」


「……アレンさんです」


「今日はみんな大変だねー」


     ◇


 少し離れた場所。


 ミコトの情報部門。


「情報分析体験はいかがですか?」


「何するのー?」


「大量の情報から、必要なものだけを見つけます」


「面白そうだねー」


 ミコトの耳が立つ。


「アレン専用――一般学生向け特別教材も用意しました」


「今、専用って言ったねー」


「発音が似ていました」


「全然違うと思うよー」


「こちらへ」


「待ちなさい」


 今度はエルシア。


「先に魔導研究部門です」


「どうして?」


「アレンは、まだ現代魔導理論を学びたいと書いていました」


「あー」


 進路希望調査。


 まだいろいろな人から教わりたい。


 そう書いた。


「ですので」


 エルシアは胸元へ手を置く。


「私が教えます」


「説明会だよねー?」


「はい」


「俺だけ授業になるのー?」


「必要であれば三年間の教育計画を」


「学院の授業があるよー」


「夜間授業を」


「寝る時間も必要だねー」


「では毎日一時間」


「エルシア様」


 ノエルが横から手を上げる。


「それは職業説明じゃなくて、個人授業です!」


「同じです」


「違うと思います!」


 さらに。


「アレン」


 ヴィオラが扇を広げる。


「金融部門へ来なさい」


「何を説明してくれるのー?」


「資産運用よ」


「俺、そんなにお金ないよー」


「問題ないわ」


「どうして?」


「私が用意するから」


「それだと俺の資産じゃないねー」


「では融資を」


「借りる必要もないよー」


「ならば」


 ヴィオラが少し考える。


「初給料で買える商品の選び方」


「それなら聞いてみたいねー」


「え?」


「次の給料で、みんなへの贈り物も作るからねー。材料を買うとき参考になりそう」


 ヴィオラが止まった。


「ヴィオラ?」


「……」


 扇の向こう。


 耳が真っ赤だった。


「クラリス」


「はい」


「今日の説明内容を変更するわ」


「どのように?」


「一般学生向け家計管理から、贈答品の適正価格と素材選定へ」


「私的ですね」


「教育よ」


「今、アレン様しか見ておりませんが」


「気のせいよ」


 五つの部門。


 全部。


 普通の学生向け説明会としては。


 少しおかしかった。


     ◇


 俺が《アウローラ》展示棟の中央へ入った頃。


 地下本部の極秘通信では。


 別の戦いが始まっていた。


『アレン、経営部門前を通過』


 リゼット。


『滞在時間、四分十二秒』


『短すぎます』


 セレス。


『軍事部門、六分三十八秒! 我の勝ちだ!』


 ラグナ。


『閣下が入口で話し続けただけです』


 カレン。


『情報部門は、まだ説明を開始できていません』


 ミコト。


『魔導研究部門へ興味を示しました』


 エルシア。


『アレン様が「面白そう」と言いました!』


 ノエル。


『金融部門では「聞いてみたい」と明言したわ』


 ヴィオラ。


『贈り物の材料選定に関してですが』


 クラリス。


『理由は関係ないわ』


『あります』


 静かな声。


 シズクだった。


『現在の順位を集計』


『何の順位ですか?』


 カレンが尋ねる。


『アレンの職業興味度』


『そんなものを作るな!』


 ラグナ。


『一位、金融部門』


『ふふ』


 ヴィオラ。


『二位、魔導研究』


『妥当です』


 エルシア。


『三位、情報』


『まだ説明前です』


 ミコト。


『期待値込み』


『不正では?』


『四位、軍事』


『なぜだ!』


『五位、経営』


 通信が。


 静かになった。


『……シズク』


 セレスの声。


『はい』


『評価基準について説明を』


『客観的な発言回数』


『再集計してください』


『結果は同じです』


『情報部門の人間が、会長へ忖度しないのですね』


『公平性を重視しています』


『後で話があります』


 秘密裏のアレン争奪戦。


 第一戦。


 セレスは。


 最下位だった。


     ◇


 一方。


 俺は。


 アウローラの展示棟を途中で出た。


「アレン様――アレンさん!」


 ノエルが追いかけてくる。


「どこへ行くんですか?」


「まだ見てないところがあるからねー」


「どちらですか?」


「向こうー」


 中央広場の端。


 大きな組織の展示棟から。


 少し離れた場所。


 小さな天幕が並んでいた。


 地方の商店。


 家族経営の工房。


 小さな治療院。


 農村の共同商会。


 町の食堂。


 誰でも知っている大企業に比べれば。


 学生の数も少ない。


「こういうところも来てるんだねー」


「学院が、幅広い職業を紹介するため募集したそうです」


「見てくるねー」


「私も!」


「ノエルは説明担当じゃないの?」


「……」


 ノエルが振り返る。


 遠くから。


 エルシアが見ている。


「戻ります!」


「頑張ってねー」


「はい!」


 俺は小さな天幕を順番に見ていった。


 靴屋。


 家具工房。


 薬草店。


 料理店。


 小さな魔道具修理店。


 どの仕事も。


 意外と面白い。


「こういう仕事もあるんだねー」


 そして。


 一番端。


 小さな看板。


 ――《月灯り書房》。


「本屋さんだ」


 中へ入る。


 本棚が三つ。


 椅子が一つ。


 説明員は。


 眼鏡をかけた年配の女性一人だけだった。


「あら」


「こんにちはー」


「いらっしゃい」


 机に積まれているのは。


 古書。


 児童書。


 魔法入門書。


 料理本。


 旅行記。


 珍しい本ばかりではない。


「町の本屋さんですかー?」


「そうよ」


「どんな仕事なんです?」


 女性は少し驚いた。


「本当に聞きたいの?」


「説明会だからねー」


「朝から来た学生は、あなたで三人目よ」


「少ないねー」


「みんな大きなところへ行くもの」


 女性は笑う。


「うちなんて、町外れの小さな本屋だから」


「本を売るだけ?」


「それだけではないわ」


 新しい本を選ぶ。


 客から注文を聞く。


 学校向けに教科書を届ける。


 読みたい本が見つからない子どもへ、合いそうな一冊を探す。


 古い本を買い取り。


 破れた本を修理する。


「結構いろいろするんだねー」


「小さい店だからね。何でも自分でやるのよ」


「面白そう」


「そう?」


「静かそうだしー」


「暇な日は、とても静かよ」


「本も読める?」


「仕事が終わっていればね」


「いいねー」


 気づけば。


 三十分ほど話していた。


     ◇


「アレン!」


 天幕の外から。


 トーマの声。


「何かなー」


「探したぞ!」


「商業連盟は終わったのー?」


「ああ。それよりお前!」


 トーマが看板を見る。


「本屋?」


「面白いよー」


「……」


「本を売るだけじゃないみたいでねー」


「まさか」


 トーマの顔が引きつる。


「進路候補にするつもりか?」


「まだ未定だよー」


「よかった……」


「でも、今まで聞いた中だと、一番気楽そうかなー」


「待て!」


 トーマが両肩を掴む。


「世界一位の研究機関!」


「うん」


「世界最大の企業!」


「うん」


「国家機関!」


「うん」


「それを全部見た後で!」


「うん」


「一番気になったのが、町の本屋!?」


「本、好きだからねー」


「理由が軽い!」


 店主の女性が笑っている。


「いいじゃない」


「よくありません!」


「仕事なんて、本人が楽しいと思えるのが一番よ」


「それはそうですけど!」


「もし卒業して行くところがなかったら」


 女性が俺へ言う。


「うちに来てもいいわよ」


「本当?」


「給料は高くないけどね」


「生活できれば十分かなー」


「住み込みの部屋もあるわ」


「便利だねー」


「アレン!」


「何かなー」


「即決するな!」


「まだしてないよー」


 俺は。


 ただ本屋の仕事が少し面白そうだと思っただけだった。


     ◇


 その頃。


 世界最大企業《アウローラ》の展示棟。


 最高幹部五人と側近五人は。


 緊急会議へ入っていた。


「報告」


 リゼットが読み上げる。


「アレン様の各展示における滞在時間」


 王立魔導研究院。


 十一分。


 冒険者ギルド。


 八分。


 大陸商業連盟。


 九分。


 学院都市行政庁。


 七分。


 《アウローラ》。


 合計二十八分。


「悪くありません」


 セレスが言う。


「五部門合計です」


「……」


「そして」


 リゼットが続ける。


「《月灯り書房》」


 全員が見る。


「三十七分」


「なぜ!?」


 ラグナが叫ぶ。


「本屋に負けた!?」


「小規模書店です」


 ミコトが資料を表示する。


「従業員二名」


「資本金は?」


 ヴィオラ。


「《アウローラ》の一支店に置かれた花瓶より低いです」


「比較がおかしいわ!」


「店舗面積」


「アレン様の地下私室より小さいです」


「売上は?」


「我が軍事部門の朝食費以下だ!」


「閣下の部門は食べすぎです」


 カレンが指摘する。


「何があるのです?」


 エルシアが尋ねる。


「特別な古代書?」


「ありません」


 シズク。


「希少魔導書?」


「ありません」


「秘密施設?」


「ありません」


「美女店員?」


 セレスが。


 一瞬。


 全員を見る。


「店主は六十四歳の既婚女性です」


 ミコト。


 会議室に。


 安堵が広がった。


「ならよい」


 ラグナが胸を撫で下ろす。


「よくありません」


 セレスが答える。


「アレンが」


 巨大映像。


 そこには。


 俺の発言記録。


『今まで聞いた中だと、一番気楽そうかなー』


「一番」


 セレスが呟く。


「我々ではなく」


 ヴィオラ。


「町の本屋」


 エルシア。


「非常に強力な競合です」


 ミコト。


「強力なのかな?」


 ノエルが首を傾げる。


「アレン様の希望条件を満たしています」


 リゼットが整理する。


「静か」


「本を読める」


「役職不要」


「生活可能な給与」


「大規模な責任なし」


「知らないことを教わる機会あり」


「……」


 十人が黙る。


「我々の提示条件と」


 カレンが言う。


「真逆ですね」


「専用研究棟」


 エルシア。


「最高職位」


 セレス。


「無制限予算」


 ヴィオラ。


「世界規模の指揮権!」


 ラグナ。


「情報権限」


 ミコト。


 再び。


 沈黙。


「全部」


 クラリスが微笑む。


「アレン様がお望みでないものですね」


「……」


「どうするのだ!」


 ラグナが焦る。


「本屋へ行かれてしまうぞ!」


「まだ卒業まで時間があります」


 リゼット。


「買収するか!」


「禁止です」


「隣にアウローラ書店を作る!」


「圧力になります」


「書店部門を新設して――」


「アレン様のためだけに会社を改造しないでください」


 セレスが目を閉じる。


「違います」


「会長?」


「問題は」


 静かに。


 俺の進路希望調査が表示される。


 ――まだ、いろいろな人から教わりたい。


「私たちは」


 セレスが言う。


「アレンへ何を与えられるか、ばかり考えていました」


 地位。


 資金。


 設備。


 権力。


 住居。


 安全。


 世界最高のものを。


 何でも。


「ですが」


 セレスは。


 少しだけ笑う。


「本人は、教わりたいと言っている」


「……」


「なら」


 リゼットが続きを言う。


「私たちが、教えていただく側だけでいてはいけませんね」


「教える側にも?」


「はい」


 十人が。


 それぞれ考え始める。


「では」


 セレスが立ち上がった。


「アレン争奪戦――」


 全員の目が鋭くなる。


「会長」


 リゼットが止める。


「名称が直接的すぎます」


「……進路支援計画を変更します」


「今、言い直しましたね」


「重要なのは名称ではありません」


 セレスは。


 九人を見る。


「今後、私たちからアレンへ提示するのは」


「地位でも」


「資産でもなく」


「一緒に経験できること」


「教えられること」


「アレン自身が、やってみたいと思えること」


「それを競います」


 ラグナが拳を握る。


「なるほど!」


「我なら戦闘を――」


「普通の日常を望んでおられます」


 カレン。


「では料理!」


「肉を焼く以外を覚えてからにしてください」


「ぐぬぬ!」


「私なら、現代魔導具の使い方を」


 エルシア。


「私は、現在の商業制度を」


 ヴィオラ。


「情報端末と、百年で変わった世界情勢を」


 ミコト。


「会社経営と――」


 セレスが止まる。


「普通の買い物を」


「会長」


 リゼット。


「買い物は以前一緒に行きました」


「では料理を」


「できますか?」


「……覚えます」


 世界最大企業の会長が。


 真剣な顔で言った。


「アレンへ教えるために」


「私が料理を習います」


「順番が逆では?」


 シズクの小さな声に。


 誰も答えなかった。


     ◇


 昼。


 約束どおり。


 俺は食堂でトーマと合流した。


「どうだったー?」


「面白かったぞ!」


 トーマが嬉しそうに話す。


 商業連盟。


 小規模商店。


 物流会社。


 いろいろ見たらしい。


「アレンは?」


「本屋さんが面白かったよー」


「それはもう聞いた!」


「あと、アウローラも」


「順位が逆じゃないか!?」


「順位なんてないよー」


 食事を始める。


 今日も。


 パン。


 スープ。


 肉料理。


「午後はどこを見る?」


 トーマが尋ねる。


「まだ決めてないねー」


「一緒に回るか?」


「そうしようかー」


「ようやく普通の進路説明会になったな」


「そうだねー」


 俺たちは。


 午後の予定を話しながら昼食を食べた。


 その頃。


 《アウローラ》の最高幹部五人と側近五人は。


 世界を動かす仕事を一時中断して。


 ――アレンへ何を教えられるか。


 その一覧を。


 本気で作り始めていた。


 しかも。


 誰が最初にアレンから。


 「それ、教えてほしいなー」


 と言ってもらえるか。


 記録上の第一位には。


 特別な報酬まで設定されたらしい。


 その報酬が何なのか。


 俺は知らない。


 ただ後から聞いた話では。


 世界最大企業の最高幹部たちは。


 その日から急に。


 料理。


 買い物。


 洗濯。


 今の若者の遊び。


 学生に人気の店。


 流行している本。


 普通の休日の過ごし方。


 そんな。


 世界経済にも軍事にも関係のないことを。


 部下たちへ真剣に質問し始めたそうだ。


 一番困ったのは。


 質問された部下たちだったらしい。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。