第23話 進路希望を「未定」と書いただけなのに、世界中から採用通知が届いた
俺は、まだ王立魔法学院を卒業していない。
卒業する予定も、かなり先だ。
なのに。
「アレン・クロフォード」
「はいー」
「進路指導室へ来なさい」
「何かしましたー?」
「私が聞きたい!」
朝の授業が始まって五分。
担任教師は、なぜか大量の封筒を両腕に抱えていた。
その一番上には。
俺の名前が書いてある。
「アレン」
隣のトーマが、嫌そうな顔をした。
「何かなー」
「昨日、何かしたか?」
「パンを買ったねー」
「一昨日は?」
「アルバイト」
「その前」
「レティシア王女と話したかなー」
「それだ!」
「でも、もう終わった話だよー」
「お前の場合、終わったと思った翌日から本番が始まるんだよ!」
最近。
トーマの俺に対する理解が、少し深くなってきた気がする。
◇
進路指導室へ入る。
机の上に。
封筒が山積みになっていた。
「すごい量ですねー」
「全部、君宛てだ」
「俺に?」
「そうだ!」
進路指導の教師が、疲れた顔で答える。
学院長もいる。
なぜか教頭もいる。
生徒会長も。
そして。
「どうして俺まで……」
トーマも連れてこられていた。
「友人だからだ」
学院長が答える。
「その理由で最近、何にでも参加させられてませんか!?」
「アレン君が妙なことを言い始めた場合、解説してくれ」
「俺は通訳じゃないですよ!」
「普通に話してるよー」
「お前だけがそう思ってる!」
学院長が咳払いをする。
「まず、これを見たまえ」
一通目。
王立魔導研究院。
卒業後の研究員採用を前提とした特別推薦。
二通目。
大陸商業連盟。
経営企画部門への特別採用。
三通目。
冒険者ギルド総本部。
古代遺物調査顧問候補。
四通目。
学院都市行政庁。
都市開発計画の若手諮問委員。
「俺、まだ学生ですよねー?」
「我々も、そう思っている」
「よかったー」
「安心するところではない!」
さらに。
各国の研究機関。
商会。
魔道具工房。
銀行。
教育機関。
新聞社。
冒険者組合。
知らない名前まで大量に並んでいた。
「どうして急に?」
「昨日の件だ」
学院長が新聞を広げる。
アルヴェイン王国第二王女が。
王立魔法学院の学生を、自国の教育政策諮問役へ招聘しようとした。
その情報が広がったらしい。
「王女が欲しがる学生なら、うちも欲しい」
「雑じゃないかなー」
「それだけではない」
生徒会長が指を折る。
「《アウローラ・シンプル》」
「学生挑戦市場」
「無銘共同工房」
「学習継続支援制度」
「公に確認できるだけでも、君が関わった制度や事業が増えすぎた」
「みんなで考えたんですけどねー」
「だとしてもだ!」
「しかも」
学院長が最後の大きな封筒を持ち上げる。
「一番問題なのが、これだ」
金色の封蝋。
中央に。
世界最大企業の紋章。
「アウローラから?」
「君への採用意向書だ」
「俺、パン屋さんで採用されてますよー」
「臨時従業員ではない!」
封筒が開かれる。
俺も中を覗いた。
――アレン・クロフォード氏。
――卒業後の進路について、本人の希望する職種、勤務地、待遇、勤務形態を最優先とする。
――既存の職位に該当するものがない場合、新設を認める。
――本人が就業を希望しない場合、その意思も尊重する。
「自由だねー」
「自由すぎる!」
学院長が叫ぶ。
「普通の採用通知には、職種くらい書いてある!」
「何でもいいみたいですねー」
「そんな採用条件を、私は初めて見た!」
トーマが書類を覗く。
「勤務地も?」
「希望地」
「給料は?」
「本人と相談」
「勤務時間は?」
「本人希望を最優先」
「上司は?」
「希望があれば選定」
トーマがゆっくり俺を見る。
「アレン」
「何かなー」
「これ、採用じゃない」
「そうなの?」
「会社をお前に合わせるって書いてある!」
「柔軟な会社だねー」
「柔軟の範囲を超えてる!」
おかしい。
俺としては。
卒業してもいない学生へ、今から就職先を決めろと言う方がおかしい気がする。
「それで」
進路指導教師が、一枚の紙を差し出した。
「君に書いてもらいたい」
「何ですかー?」
「進路希望調査だ」
「あー」
学院では毎年。
将来どのような仕事をしたいか。
どこで働きたいか。
生徒たちへ確認しているらしい。
「本来なら、今の学年では簡単な希望だけでよい」
「じゃあ簡単に書きますねー」
羽根筆を持つ。
第一希望。
未定。
第二希望。
未定。
希望する職種。
特になし。
「待て!」
トーマに止められた。
「何かなー」
「世界中からこれだけ誘われて、未定!?」
「まだ決めてないからねー」
「一つくらい興味のある仕事はないのか?」
「うーん」
考える。
「パン屋さんは楽しいねー」
「アルバイトじゃなくて将来だ!」
「本屋さんも楽しそう」
「規模が急に小さくなった!」
「静かそうだからねー」
「王立研究院から誘われてる男の希望じゃない!」
進路指導教師まで頭を抱えていた。
「では」
学院長が尋ねる。
「仕事へ求める条件はあるかね?」
「条件?」
「給与」
「生活できればー」
「地位」
「いらないかなー」
「名誉」
「もっといらないですねー」
「研究設備」
「必要なら借りますー」
「専用執務室」
「掃除が面倒そうですねー」
学院長の顔が。
少しずつ遠くなっていく。
「ほかには?」
「あー」
少し考える。
「ちゃんと休めるところがいいですねー」
「それだけ?」
「あと、分からないことを聞ける人がいるところ」
「……聞ける人?」
「はいー」
「君ほどの人間が?」
学院長が首を傾げる。
「俺、知らないこと多いですよー」
「古代術式の間違いを見抜いた学生が言うことか?」
「パンの並べ方は店長さんに注意されましたー」
「比較がおかしい!」
「値段の決め方はトーマの方が詳しいし」
「それは実家が商会だからな」
「魔道具作りならマヤの方が熱心だしねー」
「……」
「だから」
進路希望調査の自由記入欄へ書く。
――まだ、いろいろな人から教わりたい。
「これでいいですかー?」
学院長たちは。
しばらく紙を見つめていた。
「君は」
進路指導教師が呟く。
「世界最大企業から自由に職位を作ると言われているのだぞ」
「そうみたいですねー」
「それでも、教えてもらう側でいたいのか?」
「学生だからねー」
今は。
それでいいと思う。
何百年生きていても。
知らないものは知らない。
学院へ来てからも。
パンの並べ方。
商品の値段。
今の時代の魔法。
友達との付き合い方。
知らないことばかりだった。
「普通の学生をやるのも、まだ結構楽しいのでー」
「……分かった」
学院長が。
少しだけ笑った。
「進路希望は、未定として受理しよう」
「お願いしますー」
「ただし」
「はいー」
「この採用通知の山は、自分で処理したまえ」
「俺が?」
「学院へ毎日届いているのだ!」
「捨てたら駄目ですかー?」
「国王の署名入りもある!」
「面倒だねー」
「だから普通は喜ぶところだ!」
◇
同じ頃。
《アウローラ・グランド》地下百階。
最高幹部会議室。
円卓の上には。
俺宛てに送られた採用意向書の一覧が表示されていた。
「三十八国家」
リゼットが読み上げる。
「公的機関、商会、研究機関、各種団体を合わせると、現時点で百七十六件」
会議室の空気は。
非常に悪かった。
「全部、断れ!」
ラグナが叫ぶ。
「できません」
カレンが即答する。
「なぜだ!?」
「アレンの進路を、私たちが勝手に決めることはできません」
「ならば、相手側に辞退させる!」
「それも駄目です」
「では、全組織へ軍事的圧力を――」
「もっと駄目です」
「何ならよいのだ!」
「何もしないことです」
「最も難しい!」
ラグナが円卓へ突っ伏した。
「経営面から考えれば」
セレスが静かに書類を見る。
「他組織がアレンさんを高く評価するのは当然です」
「会長」
リゼットが呼ぶ。
「何ですか」
「紙を握り潰しています」
「紙質の確認です」
「十分な強度があります」
「確認できました」
セレスが。
くしゃくしゃになった採用通知を机へ戻す。
「王立魔導研究院」
エルシアが一覧を見る。
「不適切です」
「どうして?」
ノエルが尋ねる。
「設備水準が低い」
「世界二位ですよ?」
「二位です」
「エルシア様の研究所が一位だからでは?」
「はい」
「正直です!」
「大陸商業連盟も必要ありません」
ヴィオラが扇を開く。
「資本規模が小さすぎるわ」
「大陸最大の商業組織ですよ?」
クラリスが微笑む。
「《アウローラ》を除けば、でしょう?」
「ヴィオラ様」
「何?」
「非常に不機嫌ですね」
「経済的評価をしているだけよ」
「扇を三本壊しています」
「不良品だったのよ」
「同じ職人の品です」
「今日は品質が悪かったの」
三本とも今日壊れたらしい。
「情報部門の評価では」
ミコトが空中へ資料を表示する。
「各組織の提示条件に、重大な問題があります」
「どのような?」
シズクが尋ねる。
「勤務地が、アレンの学院から遠い」
「私情ですね」
「通勤効率の問題です」
「卒業後ですよ」
「学生寮を出るとは限りません」
「普通は出ます」
「本人が希望すれば、寮そのものを――」
「買収は禁止です」
「まだ何も言っていません」
「最近、全員同じことを言いますね」
シズクの指摘に。
会議室が静かになった。
「それより」
リゼットが別の資料を表示する。
「アレン様の進路希望調査が、学院との情報共有資料に含まれていました」
十人が一斉に見る。
第一希望。
未定。
第二希望。
未定。
希望職種。
特になし。
「……」
「《アウローラ》と書いてない」
ノエルが小さく呟いた。
さらに。
自由記入欄。
――まだ、いろいろな人から教わりたい。
会議室が静まり返る。
「アレンが」
セレスが、ゆっくり言った。
「まだ教わりたいと?」
「はい」
「私たちからも?」
ラグナが顔を上げる。
「対象は特定されていません」
「ならば我も含まれる!」
「閣下が何を教えるのです?」
「戦闘!」
「今さらアレン様へ?」
「……料理!」
「できますか?」
「肉を焼ける!」
「以前も聞きました」
「ならば何を教えればよい!」
ラグナが本気で悩み始める。
「私にはあります」
エルシアが手を上げる。
「何でしょう」
「現代魔導理論」
「アレン自身が教科書を書き換えていますが」
「研究設備の操作方法」
「それは確かに、百年前とは変わっていますね」
「採用」
エルシアが小さく拳を握った。
「私もあります!」
ノエル。
「今の時代に流行っている花の育て方!」
「それは教えてもらってもいいねー、と言われそうですね」
「やりました!」
「本人はいませんよ」
「練習です!」
「現代の会社経営なら、私が」
セレス。
「金融なら私」
ヴィオラ。
「情報端末の操作は私です」
ミコト。
「現在の軍事制度は我だ!」
ラグナ。
最高幹部五人が。
少しずつ前へ出る。
そして。
「日常生活については、私たち側近の方が適任では?」
カレンが言った。
空気が止まった。
「カレン」
ラグナが見る。
「何だ?」
「アレンは、普通の学生生活を望んでいます」
「そうだな」
「料理」
「洗濯」
「買い物」
「学院での付き合い」
「休息の取り方」
カレンの白い髪には。
《片翼の髪留め》。
「そういったことなら、私たちにも教えられることがあるのでは?」
「……」
最高幹部五人が黙った。
「カレンが」
ミコトが目を細める。
「髪留めをもらってから、強くなっています」
「関係ありません」
「あります」
「ありません」
「髪留めへ触れながら言われても説得力がありません」
カレンの手が。
無意識に髪留めから離れた。
「とにかく」
セレスが咳払いをする。
「アレンがまだ進路を決めていないのであれば」
「はい」
「急かしてはいけません」
「……」
「本人が何を学び」
「どのような生活を望み」
「どこへ進むのか」
「それを決めるまで、私たちは待ちます」
ラグナの顔が曇る。
「何年だ?」
「必要なだけです」
「また百年か!?」
「それでも」
セレスは。
少しだけ笑った。
「以前とは違います」
「何が?」
「今回は、アレンがどこにいるか分かっています」
誰も。
反論しなかった。
百年以上。
帰ってくるかも分からない相手を待った。
それに比べれば。
学院へ通い。
パン屋で働き。
時々地下本部へ顔を出す俺を待つことくらい。
彼女たちには。
大したことではないらしい。
「ただし」
ヴィオラが扇を閉じる。
「他組織の採用条件は、全部調査するわ」
「妨害は禁止です」
リゼットが答える。
「調査よ」
「敵対的買収も禁止です」
「調査よ」
「圧力も」
「調査よ!」
「先に全部言われましたね」
クラリスが笑っていた。
◇
翌朝。
「アレン」
「何かなー」
「進路指導室が大変なことになってるぞ」
教室へ来たトーマが、開口一番そう言った。
「また手紙?」
「昨日より増えた」
「人気だねー」
「他人事みたいに言うな!」
「俺宛てなんだよねー?」
「そうだ!」
「じゃあ、あとで読もうかなー」
「それだけじゃない!」
トーマが一枚の紙を見せる。
――王立魔法学院・特別進路週間。
「何これー?」
「お前宛ての採用問い合わせが多すぎて、学院が制度を作った!」
「学院まで仕事が速くなったねー」
「お前の周りが全員みたいになってるんだよ!」
内容を読む。
各企業や組織が。
学院内で自分たちの仕事を学生へ紹介する。
特定の生徒だけを勧誘するのではなく。
全学生が。
さまざまな職業を知るための催しに変更したらしい。
「いい制度じゃないかなー」
「それは俺も思う」
「じゃあよかったねー」
「だがな」
トーマが。
紙の一番下を指さす。
――参加予定組織。
王立魔導研究院。
大陸商業連盟。
学院都市行政庁。
冒険者ギルド総本部。
各国政府機関。
そして。
世界企業。
「いろんな仕事を見られそうだねー」
「問題は、その下だ」
さらに小さな文字。
――《アウローラ》側説明担当者。
会長、セレスティア・エルノア。
軍事・安全保障部門長、ラグナ・ヴァルガ。
情報部門長、ミコト・クズノハ。
魔導研究部門長、エルシア・レヴァント。
金融・外交部門長、ヴィオレッタ・ノクス。
「最高幹部全員が説明に来るのー?」
「新入社員向けの職業説明だぞ!」
「熱心な会社だねー」
「絶対、お前目当てだ!」
教室の中。
ほかの学生たちも。
掲示された参加組織を見て、騒ぎ始めている。
世界最高峰の組織が。
自分たちへ直接仕事を説明してくれる。
普通なら。
一生に一度あるかどうかの機会らしい。
「楽しみだねー」
「お前は楽しむな!」
「どうしてー?」
「絶対に、また何か起きる!」
「職業の説明を聞くだけだよー」
「お前がそれだけで終わったこと、一度でもあるか!?」
言われて。
少し考える。
「……あんまりないねー」
「ようやく自覚したか!」
一か月後の王国旅行までは。
まだ時間がある。
その間くらい。
普通に学院へ通えると思っていた。
どうやら。
次は世界中の企業や国家が。
俺の学院へ集まってくるらしい。
俺としては。
いろいろな仕事の話を聞けるなら、それで十分だった。
ただ。
《アウローラ》最高幹部五人が。
誰が俺へ自分の部門を説明するかで。
すでに三時間以上の会議をしていることだけは。
まだ知らなかった。




