第22話 他国の王女に勧誘されたら、世界最高幹部全員が学院へ来た
世界最大企業との協議から、翌日。
俺は朝から。
トーマに、妙なお願いをされていた。
「アレン」
「何かなー」
「今日は、何もするな」
「難しいお願いだねー」
「難しくない!」
王立魔法学院。
朝の教室。
俺はいつもの席に座りながら、食堂で買ってきた小さなパンを食べていた。
向かい側では、トーマが真剣な顔をしている。
「昨日、お前が学院代表として《アウローラ》と話し合った結果」
「うん」
「世界中の学生を対象にした教育支援制度が作られることになった」
「ヴィオラたちが決めたんだけどねー」
「世界企業の金融部門長を、友達みたいに名前で呼ぶな!」
「あー」
学院では、ヴィオラさんと言った方がいいのかもしれない。
「それだけじゃないぞ」
トーマが新聞を机に広げる。
一面には、大きな見出し。
――《アウローラ》、世界規模の学習継続支援制度を発表。
――成績上位者だけでなく、「学び続ける意思」を重視。
――卒業後の入社義務、返済義務なし。
「今日の朝刊、ほとんどこの話だ」
「すごいねー」
「きっかけを作った奴が、一番他人事なんだよ!」
「俺、制度を作ってないよー」
「昨日、お前が言ったことがそのまま制度になってるだろ!」
「相性がいいのかなー」
「その説明も聞き飽きた!」
トーマは新聞を畳む。
「とにかく」
「うん」
「今日は何もするな」
「授業も?」
「授業は受けろ!」
「お昼ご飯は?」
「食べろ!」
「アルバイトは?」
「行け!」
「普通の一日だねー」
「それを頼んでるんだ!」
どうやら。
トーマは俺に、普通の学生として過ごしてほしいらしい。
俺も同じ気持ちだった。
「分かったよー」
「本当だな?」
「今日は世界企業の制度を変えたりしないよー」
「普通の学生は、最初から変えられない!」
朝から元気だった。
◇
一時間目が始まる直前。
担任教師が教室へ入ってきた。
その後ろに。
見知らぬ少女が一人いる。
年齢は、俺たちより少し上。
十八か十九くらいだろうか。
淡い金色の長い髪。
青い瞳。
学院の制服ではなく、白と青を基調とした上品な服を着ている。
胸元には、王家を示す銀色の紋章。
教室の空気が変わった。
「全員、静かに」
教師が教卓へ立つ。
「本日は、アルヴェイン王国より教育視察団が来校している」
「王国?」
トーマが小さく呟く。
俺も聞いたことはある。
学院都市から転移門をいくつか越えた先にある、中規模の王国だ。
魔導教育に力を入れているらしい。
「そして、視察団代表として」
教師が少女へ視線を向ける。
「アルヴェイン王国第二王女、レティシア・アルヴェイン殿下が、本日の授業を見学される」
教室中がざわめいた。
「皆様」
レティシア王女は穏やかに微笑み。
軽く頭を下げた。
「今日は一人の学ぶ者として見学させていただきます。どうぞ、普段どおりに」
王女に普段どおりと言われても。
難しいらしい。
生徒たちの姿勢が、一斉によくなった。
「アレン」
トーマが小声で言う。
「何かなー」
「絶対に関わるな」
「どうして?」
「王女だぞ」
「そうみたいだねー」
「お前が王女と関わったら、次は国家制度が変わる!」
「大げさだねー」
「昨日までの自分を思い出せ!」
「普通にしてるだけなんだけどねー」
「だから、それが怖いんだ!」
今日のトーマは、少し心配性だった。
◇
午前の授業は、何事もなく終わった。
本当に何も起きなかった。
魔法史。
基礎術式。
実技。
昼休み。
「よし!」
トーマが机を叩く。
「何がー?」
「何も起きてない!」
「普通の学校だからねー」
「今日は、このまま終われる!」
「まだ半日あるよー」
「余計なことを言うな!」
俺たちは食堂へ向かった。
今日の昼食は。
野菜のスープ。
焼いた肉。
丸パン二個。
「平和だな……」
トーマが嬉しそうにパンをちぎる。
「昨日も平和だったよー」
「世界最高幹部五人と会議したあとに、パン屋で学院長を驚かせた日を平和とは言わない」
「誰も怪我してないよー」
「平和の基準が大きすぎる!」
そんな話をしていると。
「こちら、よろしいですか?」
声がした。
顔を上げる。
昼食の盆を持った少女が立っていた。
レティシア王女だった。
「どうぞー」
「アレン!」
トーマが立ち上がりかける。
「何かなー」
「そこは普通、もっと驚け!」
「席、空いてるからねー」
「そういう問題じゃない!」
「ありがとうございます」
レティシア王女は楽しそうに笑い。
俺の正面へ座った。
護衛はいない。
少し離れた場所に、それらしい者が二人いるだけだ。
「王女様も食堂で食べるんですねー」
「視察ですから」
レティシア王女が丸パンを持ち上げる。
「それに、王宮でも食事はしますよ?」
「それはそうですねー」
「お前ら、なんで普通に会話できるんだ……」
トーマが頭を抱えている。
「トーマ・ベルクさん、でしたね」
「は、はい!」
「先ほど先生から伺いました」
「俺の名前まで!?」
「アレンさんのご友人だと」
トーマが俺を見る。
「またお前経由か!」
「俺に言われてもねー」
レティシア王女はスープを一口飲む。
「実は」
「はいー」
「アレンさんへ、お話があって来ました」
トーマの手から。
パンが落ちた。
「俺ですかー?」
「はい」
「王女殿下」
トーマが慌てて口を挟む。
「アレンは今日、何もしない予定です!」
「トーマが決めたんだけどねー」
「頼むから黙ってろ!」
レティシア王女は、くすくす笑った。
「面白いご友人ですね」
「よく言われますー」
「お前が言うな!」
◇
「昨日、《アウローラ》と王立魔法学院が協議した記録を拝見しました」
レティシア王女が言う。
「もう見られるんですかー?」
「教育支援制度に関する部分は、各国政府へ共有されています」
「そうなんですねー」
「特に興味深かったのが」
彼女の青い瞳が俺へ向く。
「経済的に困窮する学生への支援条件です」
「あー」
「成績上位だけを条件にしない」
「はいー」
「卒業後の就職先も指定しない」
「うん」
「本人に、学び続けたい意思があることを重視する」
「そうですねー」
「あなたの発言だと聞いています」
「話し合って決めただけですよー」
「その話し合いを受け、世界最大企業が世界規模の制度を開始しました」
「仕事が速いですよねー」
「……本当に、そういう認識なのですね」
レティシア王女が少し笑う。
「アルヴェイン王国でも、似た問題があります」
「学校を辞める人ですかー?」
「はい」
地方。
貧しい家庭。
家族の仕事を手伝うため、学ぶことを諦める子ども。
才能があっても。
機会がない。
「そこで、我が国でも新しい制度を検討することになりました」
「いいことですねー」
「あなたの考え方を参考に」
「俺の?」
「はい」
トーマが。
ゆっくり机へ額をつけた。
「国家制度まで来た……」
「まだ変わってないよー」
「時間の問題だ!」
「トーマさん」
レティシア王女が笑う。
「ご安心ください。今日は制度を変更しに来たわけではありません」
「よかった……!」
「アレンさんを、我が国へお誘いしに来ただけです」
「もっと悪い!」
トーマが立ち上がった。
◇
「お誘い?」
俺が尋ねる。
「はい」
レティシア王女は、懐から一枚の封書を取り出した。
王家の印。
「アルヴェイン王国では、若い世代の意見を教育政策へ取り入れるため、新しい学生諮問制度を設ける予定です」
「へえー」
「その第一号として」
封書が俺の前へ置かれる。
「あなたを特別招聘したいと考えています」
食堂が静かになった。
近くの席にいた学生たちが。
完全にこちらを見ている。
「俺、アルヴェイン王国の学生じゃないですよー」
「問題ありません」
「王国に住んだこともないですよー」
「外部だからこそ、見えることがあります」
「なるほどー」
「年に数回、我が国へ来て意見をいただくだけでも構いません」
「遠くないですかー?」
「王家専用転移門を利用できます」
「便利ですねー」
「滞在時は王宮に客室を用意します」
「立派ですねー」
「必要であれば、専用邸宅も」
「いらないですねー」
「判断が早い!」
トーマが叫ぶ。
レティシア王女が目を瞬く。
「邸宅は必要ありませんか?」
「掃除が大変そうなのでー」
「使用人を百名ほど」
「もっと大変になりそうですねー」
「では二百名」
「増えましたねー」
「アレン!」
トーマが俺の肩を掴む。
「王女殿下から王宮と邸宅を提示されてるんだぞ!」
「学生寮があるからねー」
「比較対象がおかしい!」
レティシア王女は口元を押さえる。
「新聞で読んだ以上ですね」
「何がですかー?」
「あなたについてです」
「新聞には何て?」
「世界最大企業の最高幹部を相手にしても態度が変わらず、普通のパン店でアルバイトを続ける不思議な学生、と」
「普通ですねー」
「全然普通じゃない!」
トーマが代わりに答えた。
◇
「すぐに返答いただく必要はありません」
レティシア王女は封書を俺へ渡す。
「一度、我が国をご覧になってからでも」
「旅行なら面白そうですねー」
「では!」
王女の表情が明るくなる。
「来月、我が王都で教育交流祭を開催します」
「教育交流祭?」
「各国の学院、研究者、商人、職人が集まる催しです」
「楽しそうですねー」
「ぜひ、学院代表として――」
その瞬間。
食堂の入口が開いた。
女性が十人。
入ってきた。
「……」
トーマが固まる。
俺もそちらを見る。
先頭。
セレス。
その隣にリゼット。
ラグナとカレン。
ミコトとシズク。
エルシアとノエル。
ヴィオラとクラリス。
今日は。
偽装していない。
《アウローラ》最高幹部と、その側近としての姿だった。
食堂中が騒然となる。
「どうして全員いるのー?」
俺が尋ねる。
セレスは。
完璧な会長の微笑みで答えた。
「偶然です」
「十人全員が?」
「はい」
「学院食堂に?」
「教育機関との連携状況を確認するための、定期視察です」
「昨日も学院に来てたよねー」
「本日も必要性が生じました」
リゼットが横から補足する。
「十四分前に」
「急だねー」
「偶然です」
最近。
みんなの偶然は。
発生するのが速い。
◇
「これはこれは」
レティシア王女が立ち上がる。
「セレスティア会長」
「レティシア殿下」
セレスも丁寧に頭を下げる。
「アルヴェイン王国の教育視察と伺っています」
「ええ」
「有意義な視察となっておりますでしょうか」
「非常に」
レティシア王女が俺を見る。
セレスも俺を見る。
「特に、興味深い学生とお話しできました」
「……そうですか」
笑顔だった。
きれいな笑顔だ。
ただ。
セレスの後ろ。
リゼットが持っている記録板には。
――外部国家によるアレン招聘案件。
――重要度、最高。
と書いてある。
「見えてるよー」
「何のことでしょう」
リゼットが記録板を裏返した。
「遅かったねー」
「気のせいです」
ラグナは、さっきから王女が俺へ渡した封書を見ている。
「アレン」
「学院ではアレンさんだよー」
「アレンさん!」
「不自然だねー」
「その手紙は何だ!」
「王国へ来ないかって」
「ならぬ!」
食堂中へ響いた。
「ラグナ様」
カレンが袖を引く。
「一般学生の進路を、軍事部門長が決定する権限はありません」
「だが!」
「表向きは」
「……」
ラグナが口を閉じる。
「今、表向きって言いました?」
トーマが尋ねた。
「聞き間違いです」
「聞こえたぞ」
「食堂は騒がしいですから」
「今、すごく静かですけど」
カレンが少し目を逸らした。
◇
「皆様は」
レティシア王女が十人を見回す。
「アレンさんを随分と高く評価されているのですね」
「もちろんです」
セレスが即答する。
リゼットが小さく咳をした。
「……当社の学生モニターとして」
セレスが付け足した。
「非常に優秀な方です」
「パン店の臨時従業員でもあります」
リゼット。
「安全保障上――」
ラグナが言いかける。
「学生として非常に将来性があります」
カレンが上から被せた。
「情報部門でも――」
ミコト。
「一般学生の個人情報へ言及するべきではありません」
シズク。
「魔導研究者としても才能が」
エルシア。
「アレンさんは研究部門所属ではありません!」
ノエルが慌てる。
「金融面では、本人の望む生活を生涯維持できる程度の――」
「ヴィオラ様」
クラリスが微笑む。
「それ以上は、囲い込みと誤解されます」
「誤解では――」
ヴィオラが口を閉じた。
レティシア王女は。
笑っていた。
「なるほど」
「何でしょう」
セレスが尋ねる。
「《アウローラ》は、この方を手放したくないのですね?」
「……」
十人全員が沈黙した。
「そんなことないと思いますよー」
俺が答える。
「アレン」
十人から同時に名前を呼ばれた。
「何かなー」
「少し黙っていてください」
セレスに言われた。
どうしてだろう。
◇
「誤解のないよう申し上げますが」
セレスがレティシア王女を見る。
「《アウローラ》が、学生個人の将来を拘束することはありません」
「では」
「アレンさんが、将来どこで何をなさるかは」
一瞬。
言葉が止まる。
「……ご本人がお決めになることです」
「会長」
リゼットが小さく呼ぶ。
「何ですか」
「よく言えました」
「後で話があります」
「褒めたのですが」
セレスは少しだけ寂しそうだった。
「そうですか」
レティシア王女は俺を見る。
「では改めて、アレンさん」
「はいー」
「アルヴェイン王国へ来ていただけますか?」
十人の視線まで俺へ集まった。
「うーん」
「条件については相談できます」
「条件というよりねー」
俺は少し考える。
「今は学院が楽しいからねー」
「……」
「授業もあるし」
「はい」
「トーマもいるし」
「俺!?」
「アルバイトも始めたばかりだしねー」
「パン屋を王国より上に置くな!」
トーマが叫ぶ。
「それに」
俺はセレスたちを見る。
全員。
何でもない顔をしようとしている。
全然できていないけれど。
「こっちに、昔からの知り合いもたくさんいるからねー」
セレスの瞳が少し揺れた。
ラグナは笑い。
ミコトの耳が立ち。
エルシアの周囲に薄い霜が広がり。
ヴィオラは扇で顔を隠した。
側近たちも。
少しだけ表情を緩めている。
「だから、今すぐ住む場所を変えるつもりはないかなー」
レティシア王女は。
しばらく俺を見たあと。
笑った。
「断る理由が、地位でも報酬でもないのですね」
「そうですねー」
「面白い方です」
「よく言われるよー」
「では」
王女が封書を回収する。
「招聘のお話は、一度取り下げましょう」
俺の周囲から。
ものすごく小さな安堵の息が、十人分聞こえた。
「ただし」
十人が再び固まる。
「教育交流祭へのご招待は、別です」
「旅行の方ですねー」
「はい」
「それなら行ってみたいかなー」
「アレン!」
十人。
今度はトーマまで加わった。
「何かなー」
「話を聞いていましたか!?」
セレスが珍しく声を上げる。
「旅行だよねー」
「アルヴェイン王国へ!」
「そうだねー」
「レティシア殿下の案内で!」
「そうみたいだねー」
「……」
セレスが何か言おうとして。
止まる。
俺はレティシア王女を見る。
「トーマも一緒ならねー」
「俺!?」
再びトーマが叫んだ。
「友達だからねー」
「その理由で外国の王宮へ連れていくな!」
「一人より楽しいよー」
「そういう問題じゃない!」
レティシア王女は楽しそうに笑う。
「歓迎します。トーマさんも、ぜひ」
「俺の意思は!?」
「行かないの?」
「行く!」
「即答だねー」
「王都を見られる機会なんて、普通はないからな!」
普通の学生らしい反応だった。
◇
「それでは、一か月後」
レティシア王女は立ち上がる。
「アルヴェイン王国でお待ちしています」
「よろしくお願いしますー」
王女と護衛が食堂を去っていく。
静かになった。
「さて」
俺は残ったスープを見る。
「冷めちゃったねー」
「アレン」
「何かなー」
セレスが笑っている。
「一か月後の予定について、お話があります」
「旅行の?」
「はい」
「学院行事だから、学院の人と行くと思うよー」
「承知しています」
「じゃあ何を話すのー?」
「《アウローラ》も、アルヴェイン王国の教育交流祭へ正式参加します」
「今決まったの?」
「偶然です」
「また?」
「以前より検討しておりました」
リゼットが記録板を見る。
「検討開始時刻、三分前」
「セレス」
「今から検討する予定だったのです」
「言い方を変えたねー」
「重要な市場です」
ヴィオラが立ち上がる。
「金融部門の参加は必須よ」
「研究展示があります」
エルシア。
「魔導研究部門も必要です」
「国外だから護衛が必要だ!」
ラグナ。
「情報管理も必要です」
ミコト。
「会長として、各国教育機関との連携を確認します」
セレス。
五人が互いを見る。
そして。
側近五人も前へ出た。
「当然、私たちも同行します」
カレンが言う。
白い髪には。
俺が作った《片翼の髪留め》。
「十人全員で来るのー?」
「仕事です」
「仕事ですね」
「仕事だ!」
「業務です」
「公務よ」
答えだけは揃っていた。
「アレン」
トーマが俺の隣で囁く。
「何かなー」
「絶対、仕事じゃないぞ」
「みんな忙しいからねー」
「だからだよ!」
王女からの招聘騒ぎは。
どうやら無事に終わった。
俺が他国へ引き抜かれることもない。
今日も、普通の学生生活は守られたと思う。
ただ。
一か月後の教育交流祭に。
王立魔法学院の学生代表団。
アルヴェイン王国第二王女。
世界最大企業最高幹部五名。
その側近五名。
さらに。
なぜか《アウローラ》正式構成員三千名分の渡航申請が。
すでに提出されていたらしい。
理由欄には。
――教育交流支援。
と書かれていた。
「教育って、大変なんだねー」
俺がそう呟いたら。
「お前だけは、一か月後まで何もするな!」
今日二度目の。
トーマのお願いを受けることになった。




