第21話 平凡な学生のつもりなのに、世界最大企業との交渉役に指名された
俺がカレンへ《片翼の髪留め》を渡した翌日。
王立魔法学院で。
俺は、世界最大企業との交渉担当に任命された。
「……どうして?」
「俺が聞きたい!」
朝の教室。
俺の机の前で、トーマが一枚の紙を握り締めている。
紙の上部には。
――王立魔法学院・学生代表選出通知。
と書かれていた。
「アレン・クロフォード」
「うん」
「学院と《アウローラ》の正式協議に、学生代表として出席」
「そう書いてあるねー」
「どうして、お前なんだ!?」
「分からないねー」
「分からない顔をするな!」
トーマが紙を机へ叩きつける。
周囲にいたクラスメイトたちも、興味深そうにこちらを見ていた。
「でも、学生代表なら生徒会の人がやるんじゃないのー?」
「普通はな!」
「じゃあ、間違いかなー」
「学院長印が押してある!」
「本物だねー」
「さらに《アウローラ》本社の承認印まである!」
「仕事が速いねー」
「お前は、そこを褒めるな!」
詳しい説明を読んでみる。
王立魔法学院と《アウローラ》は、《アウローラ・グランド》開業後から連携を深めている。
学生アルバイト。
学生モニター。
《学生挑戦市場》。
《無銘共同工房》。
気づけば、いろいろな制度が始まっていた。
そのため。
今後は学院側から定期的に、学生の要望を《アウローラ》へ伝える場を設けるらしい。
「いいことじゃないかなー」
「問題は、なぜお前が代表なのかだ!」
そこも資料に書かれていた。
――選出理由。
一、《アウローラ・グランド》第一号学生モニター。
二、《学生挑戦市場》発案者。
三、《無銘共同工房》発見に関与。
四、《アウローラ》側との意思疎通実績が豊富。
「実績だけ見ると、妙に立派だねー」
「全部お前だ!」
「不思議だねー」
「だから他人事みたいに言うな!」
トーマが頭を抱える。
「お前、本当に学院へ入学して何か月だ?」
「そんなに長くないねー」
「俺は同じ期間、授業を受けて飯を食ったくらいしかしてないぞ!」
「普通の学生だねー」
「お前も、それを目指していたんじゃなかったのか!?」
「目指してるよー」
「完全に道から外れてるぞ!」
確かに。
少し予定とは違っている気がする。
◇
「アレン・クロフォード君」
午前の授業が終わると。
学院長から、正式に呼び出された。
「学生代表を引き受けてもらいたい」
「生徒会長さんでは駄目なんですかー?」
学院長室には。
学院長。
教頭。
生徒会長。
学院の財務担当教師。
魔導研究科の教師。
なぜかトーマまでいた。
「どうして俺も呼ばれたんです?」
トーマが尋ねる。
「アレン君の友人だからだ」
「それだけで!?」
「君がいる方が、彼は普通に話すと聞いている」
「誰から聞いたんですか!?」
「《アウローラ》だ」
トーマが俺を見る。
「お前の交友関係まで把握されてるぞ」
「学生モニターだからかなー」
「絶対、それだけじゃない!」
学院長が咳払いをする。
「今回、我々が《アウローラ》へ要望したいことは多い」
机の上へ資料が置かれる。
「共同工房の学生枠拡大」
「はい」
「夜間における学生用施設の利用時間延長」
「はいー」
「学院と《アウローラ・グランド》を結ぶ安全な通学路の整備」
「徒歩十二分ですよねー?」
「雨天時の問題がある」
「傘でよくないですかー?」
「君は世界企業相手でも、本当に普通だな」
学院長が少し困った顔になる。
「さらに、優秀な学生が経済的理由で学院を辞めないための支援制度についても協議したい」
「それは大事ですねー」
「だろう?」
学院長が身を乗り出す。
「しかし」
「何ですかー?」
「《アウローラ》は、あまりにも巨大すぎる」
学院長の表情が真剣になる。
「一つの国家より、大きな経済力を持つ企業だ」
「そうみたいですねー」
「そうみたい、ではない」
「はいー」
「こちらから正式な要望を提出するとなれば、学院としても相応の準備が必要になる」
つまり。
気軽に話せる相手ではないらしい。
「だが、君が学生モニターとして発言した内容は、驚くほど早く採用されている」
「偶然じゃないですかー?」
部屋にいた全員が、俺を見る。
「何かなー」
「アレン君」
生徒会長が尋ねる。
「君が『形の悪いパンも安く売ればいい』と言ったあと、《アウローラ・シンプル》が始まったのだろう?」
「みたいですねー」
「君が初給料で友人へパンを買った翌日には、福利厚生制度が変更された」
「仕事が速い会社ですねー」
「君が学生でも小さく商売を試せる場所があればいいと言えば、《学生挑戦市場》ができた」
「みんなで考えましたよー」
「古代工房を見つければ、翌朝には《無銘共同工房》として制度化された」
「それは俺も驚きましたー」
「君が世界本部の女性職員たちと休日を過ごしたら、社員休暇制度まで変わった」
「あれも俺なのかなー」
「むしろ、どこまで行けば自分の影響を認めるんだ!?」
生徒会長までトーマみたいになってしまった。
「学院側では、一つの仮説が出ている」
学院長が声を落とす。
「仮説?」
「君は《アウローラ》から、極めて高く評価されている」
「アルバイトはパン屋さんですけどねー」
「なぜ、そこだけ普通なんだ……」
「楽しいですよー」
「そういう話ではない!」
学院長が額を押さえる。
「我々は、君が《アウローラ》の特別採用候補なのではないかと考えている」
「俺が?」
「卒業後、幹部候補として迎えるつもりなのではないか」
「ないと思いますよー」
「どうして言い切れる?」
すでに創設者だから。
とは言えない。
「偉い人になるのは面倒だからねー」
「理由が個人的すぎる!」
「普通に暮らしたいのでー」
「世界最大企業にそこまで気に入られておいて、もう無理じゃないか?」
トーマがぼそりと言った。
少しだけ。
俺も、そう思い始めている。
◇
「交渉といっても難しく考える必要はない」
学院長が説明を続ける。
「我々教師陣も同行する」
「じゃあ、俺はいらないんじゃないですかー?」
「君には、学生側の意見をそのまま伝えてほしい」
「そのままで?」
「そうだ」
「本当にそのままでいいんですかー?」
学院長たちが少し迷った。
「……なるべく常識的な範囲で頼む」
「難しくなりましたねー」
「なぜだ!」
「普通に言えばいいのにねー」
俺が引き受けると。
トーマにも、学生代表補佐という役職がついた。
「待ってください!」
「何だね?」
「どうして俺まで!?」
「アレン君を止められる者が必要だ」
「俺、止められたことありませんよ!?」
「では、発言の意味を説明してくれればいい」
「それなら普段からやってますけど!」
「適任だな」
「納得したくない!」
トーマは最後まで抵抗した。
結局。
俺と一緒に来ることになった。
◇
その日の放課後。
学院側の代表団は、《アウローラ・グランド》へ向かった。
学院長。
教師三名。
生徒会長。
俺。
トーマ。
合計七名。
入口では、一般の女性職員が待っていた。
「王立魔法学院の皆様。お待ちしておりました」
胸元の徽章を見る。
かなり上の役職らしい。
「本日の協議会場へご案内いたします」
俺たちは、上層階にある会議区画へ案内された。
「やっぱり世界企業は違うな……」
トーマが小声で呟く。
壁。
床。
照明。
置かれた家具。
どれも一流品だ。
ただし。
「この廊下、前に見たことがあるねー」
「来たことあるのか?」
「少しねー」
「どこまで案内されたんだよ」
「地下の方までー」
「ここは上層階だぞ!」
「広い施設だからねー」
「説明になってない!」
巨大な扉の前で、案内役が止まった。
「こちらです」
「先方は、どなたでしょうか?」
学院長が尋ねる。
「本日は学院との今後の関係について協議する重要な場ですので」
職員は笑顔で答えた。
「当社最高責任者が出席いたします」
学院長の顔が固まった。
「最高責任者?」
「はい」
扉が開く。
◇
中には。
五人の女性が座っていた。
中央。
世界最大企業会長。
セレスティア・エルノア。
その隣。
世界各地の治安維持や軍事支援を統括するラグナ・ヴァルガ。
情報部門長ミコト・クズノハ。
魔導研究部門長エルシア・レヴァント。
金融・外交部門長ヴィオレッタ・ノクス。
さらに。
その後ろには、それぞれの側近。
リゼット。
カレン。
シズク。
ノエル。
クラリス。
十人全員が揃っていた。
「……」
学院長が停止した。
教師たちも。
生徒会長も。
トーマも。
全員、入口で固まった。
「どうしたのー?」
「アレン」
トーマの声が震えている。
「何かなー」
「俺たちは、学生施設について話し合いに来たんだよな?」
「そうだねー」
「どうして世界を動かす最高幹部が、全員いるんだ?」
「暇だったのかなー」
会議室の温度が少し下がる。
セレスの笑顔がわずかに引きつった。
「アレンさん」
公の場なので。
セレスは、初対面に近い丁寧な態度を取っている。
「本日は、ご足労いただきありがとうございます」
「こんにちはー」
「お、お前!」
トーマが俺の袖を引く。
「世界企業の会長だぞ! もっと緊張しろ!」
「前にも会ったからねー」
「それでもだ!」
学院長が慌てて頭を下げる。
「このたびは、このような機会をいただき、ありがとうございます!」
「こちらこそ」
セレスは完璧な会長の顔で答える。
「王立魔法学院との関係は、当社にとって極めて重要です」
その目が。
ほんの一瞬だけ、俺を見る。
「特に、優秀な学生の意見は大切にしたいと考えております」
「優秀な学生……」
トーマが俺を見る。
「気のせいだよー」
「まだ何も言ってない!」
◇
席へ座る。
俺の正面がセレス。
右斜め前がラグナ。
左斜め前がヴィオラ。
少し離れて、ミコトとエルシア。
なぜか全員、俺からほぼ同じ距離だった。
「この机、変な形だな」
トーマが囁く。
円卓ではない。
俺の席を中心に。
相手側五席が扇状へ広がっている。
「新しい会議机なのかなー」
「絶対、お前の席を基準にしてるだろ」
「そんなことしないと思うよー」
セレスが目を逸らした。
「会長」
後ろのリゼットが小声で言う。
「視線が不自然です」
「分かっています」
たぶん気のせいだ。
学院長が資料を広げる。
「まず、共同工房の利用についてですが――」
「拡張します」
セレスが答えた。
学院長が止まる。
「まだ要望を申し上げておりませんが」
「現在の利用状況から、学生枠が不足していることは把握しています」
リゼットが資料を出す。
「来月までに、学院生向け利用枠を二倍へ増やす予定です」
「二倍……」
「必要であれば、三倍まで対応可能です」
「い、いえ。十分です」
一つ目。
協議開始から、二分で終わった。
「次に、夜間利用時間について――」
「延長可能です」
エルシアが答える。
「ただし、学生の睡眠時間を削る利用は推奨しません」
「それは確かに」
「午後十時以降は、指導職員の許可を必要とします」
「妥当でしょう」
二つ目。
三分。
「次に、通学路の雨天対策ですが」
「学院まで屋根を設置します」
セレスが答える。
「えっ」
「全天候型魔法障壁でも構いません」
エルシアが続く。
「待ってくださいー」
俺は手を上げた。
五人が一斉に俺を見る。
「アレンさん。何でしょう」
「徒歩十二分なんだから、傘でよくないですかー?」
「……」
セレスが黙る。
「しかし、雨天時にはアレン――学生の皆様が濡れます」
「雨だからねー」
「風の強い日は?」
「傘をしっかり持てばいいんじゃないかなー」
「冬季は?」
「上着を着ますー」
「転倒の危険性が」
「普通に歩こうねー」
「……」
学院長が俺とセレスを交互に見る。
「会長」
リゼットが小声で助言する。
「押し切ると不自然です」
「分かっています」
セレスは一度目を閉じた。
「では、屋根の設置案は保留としましょう」
「よかったねー」
「……はい」
少し残念そうだった。
「すごいな」
生徒会長が俺へ囁く。
「何がですかー?」
「《アウローラ》会長の提案を、三十秒で止めたぞ」
「屋根はいらないからねー」
「そういう問題じゃない!」
トーマと同じことを言われた。
◇
「最後の議題です」
学院長の声が、少し真剣になる。
「学生の経済支援について」
部屋の空気が変わった。
「王立魔法学院には、能力があっても授業料や生活費を支払えず、退学を選ぶ学生が毎年おります」
俺も知っている。
王立学院とはいえ。
全員が裕福な家の出身ではない。
奨学制度もあるが、人数には限りがある。
「《アウローラ》から、優秀な学生への支援制度を設けていただければと」
「可能です」
ヴィオラが答えた。
「人数と予算は?」
学院長が数字を示す。
「現在、支援を必要としている学生は百二十八名です」
「全員支援します」
「え?」
学院長が止まる。
「必要な予算は――」
「確認する必要はないわ」
ヴィオラは資料すら見ていない。
「授業料、教材費、最低限の生活費。当社が負担します」
「しかし!」
「年間百二十八名程度であれば、当社の教育支援予算から問題なく支出可能よ」
「条件は?」
ヴィオラが答えようとする。
俺は、その前に少し考えた。
「働かないと駄目、とかはない方がいいんじゃないかなー」
全員の視線が集まる。
「どうして?」
学院長が尋ねた。
「お金がないから働いて、授業に出られなくなったら意味ないですよねー」
「……」
「勉強するために学院へ来てるなら、ちゃんと勉強できた方がいいと思いますよー」
特別なことを言ったつもりはない。
「卒業したら《アウローラ》に入社しないといけない、とかも?」
生徒会長が尋ねる。
「それだと会社が学生を買ってるみたいじゃないかなー」
「アレンさん」
セレスが静かに呼ぶ。
「では、あなたならどのような条件を設けますか?」
「条件?」
「何も設けず、無制限に資金を渡せば、制度を悪用する者も出る可能性があります」
「あー」
それはそうだ。
「本当に困ってるかは確認した方がいいですねー」
「はい」
「でも、成績が一番じゃないと駄目、とかはいらないんじゃないかなー」
「理由を伺っても?」
「今は成績が悪くても、これから伸びるかもしれないからねー」
昔。
俺が拾った少女たちだって。
最初から何でもできたわけではない。
文字を読めない子もいた。
魔法をまともに使えない子もいた。
人と話すことすら怖がる子もいた。
それが今では。
俺の目の前で、世界を動かしている。
「学校を続けたいと思ってるなら、それでいいんじゃないかなー」
会議室が静かになった。
セレスが俺を見ている。
ラグナ。
ミコト。
エルシア。
ヴィオラ。
その後ろの五人も。
誰も喋らない。
「何かなー」
「いいえ」
セレスが小さく首を振った。
「非常に、あなたらしいと思っただけです」
「学生の意見ですよー」
「ええ」
セレスは少し笑った。
「学生代表の意見として、正式に受け取ります」
ヴィオラが資料を書き換える。
「支援条件を変更するわ」
「どのように?」
「家計状況の確認と、本人に就学継続の意思があること」
「成績基準は?」
「最低限、学院へ在籍できる基準のみ」
「卒業後の進路指定は?」
「なし」
「返済は?」
ヴィオラが俺を見る。
「不要にしましょう」
学院長が立ち上がった。
「本当に……よろしいのですか?」
「ええ」
「百二十八名全員を?」
「今年度は」
ヴィオラが微笑む。
「来年度以降は、王立魔法学院だけではなく、世界各地の提携教育機関へ広げます」
「世界各地!?」
「規模はこれから試算します」
学院長たちの顔が変わる。
トーマが。
ゆっくり俺を見る。
「アレン」
「何かなー」
「お前、今度は世界中の学生の学費を変えたぞ」
「ヴィオラが決めたんだよー」
「お前が喋った直後だ!」
「相性がいいのかなー」
「五人全員と相性がよすぎるんだよ!」
相手側。
ヴィオラが扇で顔を隠した。
耳が少し赤かった。
◇
協議は、一時間の予定だった。
実際にかかった時間は。
二十三分。
学院側の主要な要望は、ほぼすべて受け入れられた。
「こんな交渉、初めてだ……」
学院長が会議室を出ながら呟く。
「私は何を交渉したのだ?」
「よかったじゃないですかー」
「よすぎるのだ!」
「困るんですかー?」
「困らないから困っている!」
「難しいですねー」
生徒会長も、どこか遠い目をしている。
「アレン君」
「はいー」
「君、卒業後は生徒会へ来ないか?」
「卒業したら、生徒会には入れないと思いますよー」
「今すぐだ!」
「面倒だから嫌ですー」
「世界最大企業との交渉より、生徒会の方が嫌なのか!?」
「会議が多そうだからねー」
後ろからトーマが俺の肩を叩く。
「安心しろ」
「何がー?」
「お前は、確かに出世に向いてない」
「そうだよねー」
「でも、周りがお前を勝手に出世させる!」
「それは困るねー」
「もう諦めろ!」
◇
俺だけ、忘れ物をしたことにして会議室へ戻った。
扉を閉じる。
「お疲れさまー」
俺が言うと。
十人全員の姿勢が、一気に崩れた。
「アレン!」
ラグナが最初に飛んでくる。
「先ほどの我はどうだった!?」
「静かに座ってたねー」
「もっと褒めるところはないのか!?」
「途中で三回立ち上がろうとして、カレンに止められてたねー」
「見ていたのか!」
「正面だからねー」
カレンがため息をつく。
白い髪には。
昨日俺が作った《片翼の髪留め》。
「カレン」
「はい」
「今日も使ってくれてるんだねー」
「当然です」
「落ちなかった?」
「二重保護結界を張りました」
「普通に使ってねー」
「努力します」
「髪留めへ保護結界を二重に張る人、初めて見たねー」
「私も初めてです」
「本人なんだけどねー」
セレスが俺へ近づく。
「ところで、アレン」
「何かなー」
「昨日のお約束について」
「贈り物?」
九人の目が輝く。
「覚えておられたのですね」
リゼットが僅かに表情を緩める。
「もちろん覚えてるよー」
「次は誰ですか!」
ノエルが手を上げる。
「私でしょう?」
ヴィオラ。
「我だ!」
ラグナ。
「順番を争わないでください」
セレスが止める。
「会長は、自分が次だと思っている顔です」
シズクが指摘した。
「そのような顔はしていません」
「しています」
「シズク」
「事実です」
「まあ、順番は後で考えようかなー」
「後で?」
セレスの目が細くなる。
「今日は作らないのですか?」
「アルバイトがあるからねー」
全員が停止した。
「パン?」
ラグナが尋ねる。
「うん」
「我々への贈り物より、パン?」
「仕事だからねー」
「世界最高の女性九人より、パン屋が優先された……」
「言い方がおかしいねー」
「アレン」
ヴィオラが額を押さえる。
「あなたは時々、本当に残酷ね」
「アルバイトへ行くだけだよー」
「そのアルバイト先を買収――」
「しないでねー」
「まだ最後まで言っていないわ」
「最近分かるようになってきたよー」
「成長する方向がおかしいわ!」
俺は笑いながら扉へ向かう。
「じゃあ、行ってくるねー」
「アレン」
セレスに呼び止められる。
「何かなー」
「次の品」
「うん」
「急がなくても構いません」
その言葉に。
ほかの九人がセレスを見る。
「ただし」
セレスが続ける。
「私たち一人一人のことを考えて、選んでくださるのでしょう?」
「あー」
カレンの髪留めを作ったとき。
昔の彼女を思い出した。
それと同じように。
残り九人にも。
誰でも使える同じ物ではなく。
その人に合った物を作った方がいい。
「そのつもりだよー」
十人が黙った。
「だから、少し待っててねー」
「……はい」
セレスが答える。
今回は。
誰も急かさなかった。
少しだけ。
大人になったのかもしれない。
「では、アレン様」
ノエルが手を上げる。
「私は花が好きです!」
「言っちゃうんだねー」
「参考情報です!」
「我は武器だ!」
「私には髪飾りを」
「情報端末が適切です」
「日常的に身につけられる物を希望します」
「全員、普通に要望してるねー」
前言撤回。
昔と変わっていなかった。
◇
俺が去ったあと。
最高幹部会議室。
セレスたちは、先ほど学院と決定した支援制度について最終確認を行っていた。
「名称は?」
リゼットが尋ねる。
「《アウローラ学習継続支援制度》」
セレスが答える。
「対象地域は?」
「初年度から世界全域へ広げるわ」
ヴィオラが資料を表示する。
「支援規模は、十万人程度から開始可能よ」
「必要であれば、さらに増額できます」
「選考時、成績による順位づけは行わない」
ミコトが続ける。
「不正申請だけを情報部門で確認します」
「学生が学業を続けられることを最優先」
エルシアが淡々とまとめる。
「これでよいでしょう」
十人が頷く。
「しかし」
カレンが、小さく笑う。
「本当に変わりませんね」
「何が?」
ラグナが尋ねた。
「昔もそうでした」
カレンの指が。
白い髪の《片翼の髪留め》へ触れる。
「アレンは、文字を読めない子がいれば教え」
「食べ物がなければ分け」
「何もできないと泣く子がいれば、できることを一緒に探していました」
セレスが目を伏せる。
「本人は」
ミコトが笑う。
「大したことではないと思っていました」
「今も同じです」
エルシアが答える。
「世界中の学生を救う制度のきっかけを作りながら」
ヴィオラが扇を広げる。
「今頃、パンを売っているのでしょうね」
「そこがアレン様です!」
ノエルが嬉しそうに言った。
「だから我らは好きなのだ!」
ラグナが胸を張る。
「閣下」
カレンが見る。
「何だ?」
「それについては、珍しく完全に同意します」
「珍しくとは何だ!」
会議室に笑い声が広がった。
◇
その頃。
俺は《麦の朝》で。
「アレン!」
「何かなー」
「どうして世界最高幹部五人と会議した直後に、普通に前掛けをしてるんだ!?」
トーマに怒られながら。
丸パンを棚へ並べていた。
「今日はアルバイトの日だからねー」
「切り替えがおかしい!」
「トーマ。こっちの棚、少なくなってるよー」
「分かった……って、違う!」
店長のマリナさんが笑っている。
「二人とも。仕事中ですよ」
「すみません!」
「すみませんー」
「アレンさん。丸パンの間隔が、また揃いすぎています」
「あー、前にも言われましたねー」
「完璧に並べる必要はありません」
「分かりましたー」
少し崩して並べ直す。
世界企業との交渉より。
こっちの方が、まだ難しい気がする。
そのとき。
店の入口が開いた。
「いらっしゃいませー」
顔を上げる。
そこに立っていたのは。
王立魔法学院の学院長。
教頭。
生徒会長。
今日の協議へ参加した教師たちだった。
「……」
全員が。
前掛け姿でパンを並べる俺を見ている。
「どうしましたー?」
学院長が。
長い沈黙のあと。
小さく呟いた。
「君は……本当に何者なのだ?」
「学生ですよー」
「それは知っている!」
店内に、学院長の声が響いた。
俺としては。
ようやく普通の学生らしい一日に戻ったつもりだった。




