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冗談で作った秘密結社が世界最大企業になっていた ~平凡な学生を演じる創設者の俺は、今さら全部作り話だったと言い出せない~  作者: てへろっぱ


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20/21

第20話 最初の手作り品が側近に当たったら、最高幹部五人が抽選箱を再審査し始めた



 俺が人生で初めて作る贈り物。


 その最初の一つを、誰に渡すのか。


 世界最高の女性十人が見守る中。


 リゼットが、不正防止術式つきの抽選箱を作業台へ置いた。


「公平に決めましょう」


「異議あり!」


 最初に手を上げたのはラグナだった。


「まだ何もしてないよー」


「我は公平という言葉そのものに異議がある!」


「何言ってるのかなー」


「我は最初にアレンへ求婚した!」


「百年以上前から、みんな似たようなことを言ってたと思うよー」


「回数なら我が多い!」


「それ、誇るところかなー」


「もちろんだ!」


 ラグナは胸を張った。


 その隣でカレンが額を押さえる。


「閣下。求婚回数は優先順位を決める基準になりません」


「では、何ならよい!」


「公平な抽選です」


「だから、それが不満なのだ!」


「話が戻っています」


 円卓の反対側では、ヴィオラが抽選箱を眺めていた。


「リゼット」


「はい」


「確認だけれど、この箱を製造したのは?」


「私です」


「材料の供給元は?」


「《アウローラ》工業部門です」


「工業部門の株式は、金融部門が――」


「買収しても結果は変わりません」


「まだ何も言っていないわ」


「過去の行動から予測しました」


 ミコトも箱の周囲を歩いている。


「内部構造の情報開示を要求します」


「却下します」


「情報部門長である私にも?」


「本日は、贈り物を欲しがっている一個人です」


「その言葉、最近よく使いますね」


「便利ですので」


「少しだけ透視を」


「不正です」


「未来予測は?」


「不正です」


「勘は?」


「純粋な勘なら許可します」


「では、情報分析に基づいた勘を」


「不正です」


「基準が厳しすぎませんか?」


「皆様を相手にする場合、このくらい必要です」


 エルシアは、すでに魔力探知を解除して両手を膝へ置いていた。


「私は不正をしません」


「偉いねー」


「はい」


 俺が褒めると、エルシアの足元に薄い霜が広がる。


「ただし」


「まだあるのー?」


「抽選で私が選ばれた場合、他者からの異議は認めません」


「もちろんだよー」


「記録しました」


「ミコトみたいになってきたねー」


 ミコトが少し嬉しそうだった。


「では、アレン」


 セレスが俺を見る。


「お願いいたします」


「俺が引くのー?」


「当然です」


 十人分の名前を書いた札が入っている。


 俺が一枚引くだけ。


 単純な抽選だった。


「そんなに緊張することかなー」


「します」


 セレス。


「するぞ!」


 ラグナ。


「します」


 エルシア。


「当然でしょう?」


 ヴィオラ。


「歴史的瞬間です」


 ミコト。


 側近五人も、全員真剣な顔をしている。


 世界のどこかで国同士の戦争を止める会議をするときでさえ、ここまで緊張していなかった気がする。


「じゃあ、引くねー」


 箱へ手を入れる。


 一枚だけ掴む。


 取り出した。


 細長い紙を開く。


「カレンだねー」


「……」


 静かになった。


「カレン?」


「……」


「聞こえたー?」


「聞こえております」


 返事が少し遅い。


 カレンは、普段と変わらない落ち着いた顔をしていた。


 ただし。


 背中の白い翼が。


 ぶわっ。


 と、一気に二倍ほどに膨らんでいた。


「羽がすごいことになってるよー」


「気のせいです」


「今日は隠してないから、普通に見えてるよー」


「……では、見間違いです」


「動いてるねー」


「見ないでください」


 カレンが翼を抱えるようにして縮こまった。


「おお!」


 ラグナがカレンの肩を叩く。


「やったな、カレン!」


「閣下」


「我ではなかったのは悔しい! 非常に悔しい! 今すぐ箱を破壊してもう一度引かせたいほど悔しい!」


「そこまで言わなくても」


「だが、お前ならよい!」


 ラグナは満面の笑みだった。


「我を百年以上支えてきた褒美だ!」


「これは閣下からの褒美ではありません」


「細かいことを言うな!」


「最重要部分です」


 カレンは俺を見る。


「アレン様」


「何かなー」


「再抽選をお願いいたします」


「どうして?」


「私は側近です」


「そうだねー」


「最高幹部の皆様を差し置いて、私が最初にいただくわけにはまいりません」


 ラグナが眉を寄せる。


「カレン」


「はい」


「我は負けたからといって、お前から奪うほど小さくないぞ!」


「先ほど箱を破壊したいと」


「それとこれは別だ!」


「同じでは?」


「違う!」


 カレンは困ったように俺を見る。


「ですが……」


「公平に決めたんだから、カレンでいいよー」


「……」


「それとも、俺が作る物はいらない?」


「要ります」


 今度は即答だった。


「じゃあ、決まりだねー」


「……はい」


 カレンの頬が、少し赤くなる。


 白い翼は、さらに大きく膨らんだ。


「アレン」


 ヴィオラが横から声をかけてくる。


「今の聞き方は、少し卑怯ではなくて?」


「何がー?」


「あなたに『いらない?』と聞かれて、断れる者がここにいると思う?」


「いないと思います!」


 ノエルが元気よく手を上げた。


「私なら百個もらいます!」


「初作品は一つだけだよー」


「では百回、最初から作りましょう!」


「最初は一回しかないねー」


「残念です!」


     ◇


 抽選が終わると、工房の石板が光った。


 ――製作者。


 アレン・クロフォード。


 ――初回製作品。


 未登録。


 ――使用予定者。


 カレン・グレイス。


 名前が表示された瞬間。


 カレンが石板を見つめたまま動かなくなった。


「本当に登録されちゃったねー」


「はい」


「何が欲しい?」


「……」


「カレン?」


「少々、お待ちください」


 カレンは目を閉じた。


「考えてるのー?」


「平静を取り戻しています」


「そんなに?」


「百二十六年間待って、あなたから初めて個人的な贈り物をいただける状況です」


「あー」


 言われてみれば。


 昔は、食べ物や必要な道具をみんなへまとめて渡すことはあった。


 けれど。


 誰か一人のために品物を選び。


 自分の手で作って渡したことは、なかったかもしれない。


「何でもいいですよ」


 カレンが目を開く。


「アレン様が作ってくださるのであれば」


「一番困る答えだねー」


「では、小石でも」


「ミコトと同じこと言ってるよー」


「先に言われていたのですか?」


「昨日ねー」


 カレンがミコトを見る。


 ミコトは勝ち誇ったように尾を揺らした。


「百年前から石をもらっています」


「道で拾ったものだよー」


「私にくださった事実が重要です」


「カレンも欲しい?」


「石ではなくても構いません」


「じゃあ、俺が決めてもいい?」


「……はい」


 俺はカレンを見る。


 昔から変わらない。


 ラグナが突っ走れば止め。


 組織が暴走すれば後始末をして。


 誰かが困っていれば、先に動く。


 自分のことは、いつも最後。


 そのせいか、何が欲しいと聞いても「必要ありません」と答えることが多かった。


 視線を少し上げる。


 白い髪。


 そして、その背中に広がる白い翼。


「髪留めにしようかなー」


「髪留め……ですか?」


「嫌?」


「いいえ」


 カレンの返事が、少し上ずる。


「非常に……よいと思います」


「じゃあ、それにしようー」


 工房の石板へ入力する。


 ――製作品。


 髪留め。


 ――用途。


 日常使用。


 ――使用者。


 カレン・グレイス。


 青い光が灯った。


 ――製作を許可。


 俺の前へ、小さな材料箱が運ばれてくる。


 銀色の金属片。


 留め具。


 小さな研磨石。


 必要な物だけだ。


「材料は、これだけなんだねー」


「初作品ですので、簡単な構造を推奨しているようです」


 エルシアが隣から覗く。


「アレン。必要なら私が――」


 石板が赤く光った。


 ――初回製作品。


 ――他者による直接加工を禁止。


「手伝えないみたいだねー」


「……残念です」


「エルシアが作ったら、俺の作品じゃなくなるからねー」


「では、助言を」


 ――過度な技術助言を禁止。


「工房も厳しいねー」


「私を警戒しています」


「工房の方が正しい気がするよー」


 エルシアが少し不満そうに離れた。


     ◇


 髪留めを作ると決めたものの。


 俺は装飾品職人ではない。


 四百年以上生きているからといって、何でもできるわけではない。


「曲がったねー」


 一度目。


 細い金属板を曲げすぎた。


「割れたねー」


 二度目。


 留め具を差し込む穴の位置を間違えた。


「小さすぎたかなー」


 三度目。


 作ってみたら、カレンの髪を留めるには短かった。


「アレン様」


「何かなー」


「最初のものでも、私は喜んで使用します」


「曲がってるよー」


「問題ありません」


「髪から落ちると思うよー」


「魔法で固定します」


「それなら髪留めじゃなくてもいいよねー」


「では二つ目を」


「割れてるよー」


「修復します」


「俺が作った意味がなくなっちゃうねー」


「……」


「もう少し待っててねー」


「はい」


 カレンは作業台の正面に座り、じっと俺を見ている。


「そんなに見られると、やりにくいねー」


「では目を閉じます」


 本当に閉じた。


「そこまでしなくていいよー」


「では、見ても?」


「いいよー」


 目が開く。


 また、じっと見つめられる。


「カレン」


「はい」


「少し楽しんでない?」


「非常に」


「正直だねー」


「あなたが私のために何かを作ってくださっているのです。見逃す理由がありません」


 昔より、少し素直になったらしい。


 後ろでは、残り九人も全員見ていた。


「みんなも見てるねー」


「今後の参考です」


 セレスが答える。


「私の順番で、より完成度の高い品を作っていただくために」


「要求を上げないでねー」


「形だけでなく、アレンが作る過程も重要です」


 ミコトの記録魔道具が、俺の手元を撮影している。


「記録しなくてもいいよー」


「歴史資料です」


「普通の工作だよー」


「創設者が初めて――」


「ミコト」


「アレンが初めて個人的な贈り物を手作りした記録です」


「言い直したねー」


 正式な場ではないので、最近はみんなも俺を名前で呼ぶことが増えた。


 その方が、昔に戻ったようで俺も楽だった。


     ◇


 四度目。


 ようやく形になった。


 銀色の細い髪留め。


 飾りは、大きくない。


 端に、小さな翼を一枚だけ彫った。


「片翼なの?」


 ノエルが尋ねる。


「うん」


「どうして二枚じゃないんですか?」


「カレンには、本物が二枚あるからねー」


「なるほど!」


 俺は髪留めを見る。


「それに、全部を飾ると大きくなりすぎるからねー」


「アレン」


 カレンが小さく呼ぶ。


「何かなー」


「その翼は……」


「あー」


 昔。


 カレンを助けたばかりの頃。


 彼女は片方の翼を傷めていて、うまく飛べなかった。


 それでも。


 自分より小さな子たちを守ろうとして、何度も無理をしていた。


 止めても。


 少し休めと言っても。


 大丈夫です。


 としか答えなかった。


「昔、片方の羽を休ませてたことがあったでしょー」


「……覚えておられたのですか」


「覚えてるよー」


 何百年経っても。


 妙なことだけは、忘れない。


「カレンは昔から、自分のことを後回しにするからねー」


「それは……」


「みんなの面倒を見るのもいいけど」


 髪留めの表面を磨く。


「たまには、自分を飾るものがあってもいいと思ってねー」


「……」


「片方くらいは、誰かのためじゃなくて、自分のために使う翼があってもいいんじゃないかなー」


 工房が静かになった。


「少し変かなー」


 返事がない。


「カレン?」


 カレンは両手で顔を覆っていた。


 白い翼が。


 ばさああああっ!


 一気に限界まで広がる。


「わっ」


 風圧で、作業台に置いてあった紙が舞った。


「カレン!」


 ラグナが嬉しそうに叫ぶ。


「翼が全部出ているぞ!」


「分かっています!」


「顔も真っ赤だ!」


「分かっています!」


「泣いておるのか!?」


「閣下は黙っていてください!」


 カレンは両手で顔を覆ったまま、ラグナへ蹴りを入れた。


「ぐおっ!?」


「大丈夫ー?」


「問題ない!」


 ラグナは数メートル飛ばされても楽しそうだった。


「我のカレンがアレンに落とされた!」


「元から好きですよ!」


「本人が認めたぞ!」


「……!」


 カレンの動きが止まる。


「今のは」


「聞いたよー」


「忘れてください」


「今さらかなー」


「……そうでした」


 カレンは完全に諦めたように俯いた。


     ◇


 最後に留め具を取りつける。


 何度か開閉する。


 今度は壊れない。


 工房の石板が青く光った。


 ――初回製作品。


 ――完成を確認。


 ――製作者、アレン・クロフォード。


 ――名称未登録。


 ――使用者、カレン・グレイス。


「名前も必要なのー?」


「普通の髪留めでよろしいのでは?」


 カレンが答える。


「片翼の髪留め、とか?」


 石板が光る。


 ――《片翼の髪留め》。


 ――登録。


「完成だねー」


 俺は髪留めを手に取る。


 近くで見れば。


 少し歪んでいる。


 翼の彫刻も、左右の線が揃っていない。


 世界最大企業の職人が作れば、もっときれいなものになるだろう。


「上手じゃないけどねー」


「ください」


 カレンが即答する。


「まだ何も言ってないよー」


「私へください」


 いつも冷静な彼女にしては珍しい。


 俺は少し笑った。


「はい、カレン」


 手を差し出す。


 カレンは。


 髪留めを見る。


 俺を見る。


 もう一度、髪留めを見る。


 そして。


 手を出さなかった。


「いらない?」


「違います」


「じゃあ、どうしたのー?」


「……つけていただけますか」


「俺が?」


「はい」


 また、工房が静かになった。


 セレスの手から工具が落ちる。


 ミコトの尾が全部立つ。


 ヴィオラの扇に亀裂が入る。


 エルシアの周囲へ霜が広がる。


 ノエルは両手で口を塞いでいる。


 リゼットは無表情のまま記録板を握りしめ。


 シズクの耳が完全に前を向き。


 クラリスの笑顔が少しだけ固まった。


 ラグナだけが。


「やってやれ、アレン!」


 元気だった。


「閣下!」


「何を恥ずかしがる! せっかく作ってもらったのであろう!」


「それは、そうですが……」


「じゃあ、つけるよー」


 カレンが、俺へ背中を向ける。


 白い髪へ触れる。


 少しだけ束を取り。


 作った髪留めでまとめる。


「痛くない?」


「大丈夫です」


「落ちないかなー」


「落ちた場合、私の命と引き換えに回収します」


「髪留め一個で命を賭けないでねー」


「では、世界を敵に回してでも回収します」


「もっと悪くなったねー」


 留め具を閉じる。


 銀色の小さな片翼が、白い髪の上に残った。


「できたよー」


 カレンが振り返る。


「どうでしょうか」


 俺は少し離れて見る。


「うん」


「……」


「似合ってるねー」


 次の瞬間。


 ばさああああああっ!


「また翼がー」


「申し訳ありません!」


 羽毛が工房中へ舞った。


 ラグナが大笑いする。


 ノエルが拾い集める。


 エルシアが一枚を研究資料として保存しようとし、カレンに止められる。


 ミコトは全部記録している。


 セレスたちは。


 俺ではなく。


 カレンの髪についた銀色の髪留めを。


 じっと見ていた。


「……次です」


 セレスが呟く。


「何がー?」


「二作目です」


「もう?」


「工房は、初作品完成後なら複数製作を許可すると言いました」


「言ってたねー」


「では、次の抽選を」


「待ちなさい」


 ヴィオラが立ち上がる。


「初回と二回目では価値が違うわ」


「何を言ってるのかなー」


「カレンだけ、最初の手作り品なのよ!」


「公平な抽選でした」


 リゼットが答える。


「分かっているわ! だから文句を言う相手がいないのよ!」


「私も同感です」


 エルシアが真顔で頷く。


「非常に悔しい」


「エルシアが感情を隠さなくなってきたねー」


「隠す必要がありません」


「私は二番目でいいです!」


 ノエルが手を上げる。


「勝手に二番へ入らないでください」


「では三番!」


「順番を決めているのです!」


「十番以外ならどこでも!」


「全員がそう思っています」


 再び抽選箱を囲もうとする九人。


 俺は少し考えた。


「抽選しなくてもいいんじゃないかなー」


 全員が止まった。


「アレン?」


「残りのみんなにも作るよー」


「……」


「今日全部は無理だけどねー」


 九人が、俺を見る。


「セレスにも」


「はい」


「リゼットにも」


「……はい」


「ラグナ、ミコト、シズク、エルシア、ノエル、ヴィオラ、クラリスにも」


 一人ずつ名前を呼ぶ。


「何が欲しいか考えておいてよー」


 さっきまでの騒ぎが。


 嘘みたいに静かになった。


「全員に?」


 セレスが確認する。


「うん」


「抽選ではなく?」


「順番は相談すればいいんじゃないかなー」


「あなた自身の意思で?」


「俺が作るって言ってるんだから、そうだねー」


「……」


 セレスが目を伏せる。


 ラグナが拳を握る。


 ミコトの尾が揺れる。


 エルシアの周囲へ細かな雪。


 ヴィオラが扇で口元を隠した。


 側近たちも同じだった。


「みんなが作ってくれたからねー」


 俺は今日もらった十個の品を見る。


「俺からも、一つずつ返した方がいいと思って」


「アレン」


 セレスの声が、少しだけ柔らかくなる。


「それは、私たちが作ったから返礼をするだけですか?」


「あー」


 難しい質問だ。


 昔なら。


 そうだねー。


 いつかねー。


 そんな言葉で流していたかもしれない。


 でも。


 カレンの髪にある、少し歪んだ銀色の髪留めを見る。


 あれだけ喜んでくれた。


「俺が作ってあげたいと思ったからかなー」


 今度は。


 誰も声を出さなかった。


「アレン?」


「何かなー」


「今のお言葉を、もう一度」


 セレスが聞く。


「聞こえてたよねー」


「記録はできています」


 ミコトが答える。


「では十分です」


「何が十分なのかなー」


 十人全員が。


 妙に嬉しそうだった。


     ◇


 その夜。


 《ノクス・アウローラ》世界本部。


 最高機密保管庫へ、新たな記録が追加された。


 ――アレン・クロフォード初回手製品。


 名称、《片翼の髪留め》。


 所有者、カレン・グレイス。


 譲渡不可。


 売却不可。


 複製品を真正品として扱うことを禁止。


 歴史的価値。


 測定不能。


「最後の項目はいらないと思います」


 髪留めをつけたまま、カレンが言う。


「必要です」


 リゼットは無表情だった。


「ところで、カレン」


「何でしょう」


 セレスが微笑んでいる。


「今日はもう休むのでしょう?」


「はい」


「髪留めは外しますか?」


「外しません」


「入浴時は?」


「防水結界を張ります」


「就寝時は?」


「保護結界を張ります」


「壊れますよ」


「壊しません」


「寝返りで外れる可能性が」


「本日から仰向けで眠ります」


「身体を痛めます」


「問題ありません」


「カレンまでおかしくなったねー」


 俺が言うと。


 会議室にいた全員が俺を見る。


「アレン」


 カレンが静かに答えた。


「あなたに関することだけです」


「それを堂々と言うようになったんだねー」


「百二十六年かかりましたので」


「長かったねー」


「はい」


 カレンは、髪につけられた小さな片翼へそっと触れた。


 そして。


 ほんの少しだけ。


 いつもの副官らしくない、少女のような笑顔を見せた。


     ◇


 翌朝。


 学院へ向かう途中。


 俺はトーマと一緒に《アウローラ・グランド》の前を通った。


「アレン」


「何かなー」


「昨日、お前が髪留めを渡した女の人」


「カレン?」


「やっぱり知り合いなんだな」


「前から言ってるよー」


「今朝、入口で見たぞ」


「そうなの?」


「昨日と同じ髪留めをつけてた」


「使ってくれてるんだねー」


「それだけじゃない」


 トーマが新聞を取り出す。


 一面ではない。


 経済欄だった。


 ――《アウローラ》、社員間で手作り品が流行。


 ――世界各地の共同工房、利用希望者が急増。


 ――「大切な相手へ、自分で作った物を贈りたい」との声。


「また制度か何か変わったのー?」


「今回は制度じゃない!」


「じゃあ、よかったねー」


「世界最大企業で、お前の真似が流行ってるんだ!」


「たまたまじゃないかなー」


「お前が髪留めを作った翌日だぞ!」


「みんな物作りが好きなんだねー」


「その言葉で八万人を説明するな!」


 トーマの声が、朝の学院都市へ響く。


 その少し後ろ。


 一般社員へ姿を変えたカレンが、俺たちと反対方向へ歩いていく。


 白い髪には。


 昨日、俺が作った少し歪んだ銀色の片翼。


 すれ違う瞬間。


 俺は小さく手を上げた。


「おはよう、カレン」


「……おはようございます、アレン」


「今日も似合ってるねー」


「っ」


 カレンの歩みが止まった。


 耳まで赤くなる。


「アレン」


 トーマが俺の肩を掴んだ。


「何かなー」


「今のは駄目だ」


「何が?」


「恋人でもない女へ、自分で作った髪飾りをつけさせて、翌朝また似合ってるって言うのは駄目だ!」


「喜んでくれたからねー」


「自覚しろ!」


「何をー?」


「お前が一番危険なんだよ!」


 俺は。


 そこまで大げさなことをしたつもりはなかった。


 ただ。


 昨日より少し嬉しそうに歩いていくカレンを見て。


 残り九人にも。


 ちゃんと似合うものを考えて作ろうかなー、と。


 そんなことを思っただけだった。


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