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冗談で作った秘密結社が世界最大企業になっていた ~平凡な学生を演じる創設者の俺は、今さら全部作り話だったと言い出せない~  作者: てへろっぱ


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19/22

第19話 最高幹部十人が共同工房で作った物は、全部俺専用だった



 《無銘共同工房》の利用受付が始まった朝。


 学院生と新人職人、四百名。


 《アウローラ》の女性社員、八万人。


 作業着姿へ変装した最高幹部五人と、その側近五人。


 全員が、同じ入口へ並んでいた。


「工房って、こんなに人気なんだねー」


「絶対に、お前が来るからだと思うぞ」


 俺の隣で、トーマが長い列を眺めている。


 列は《アウローラ・グランド》の地下通路から地上へ伸び、施設の外周を一周していた。


 並んでいる女性社員の多くは、工具箱や材料袋を持っている。


 中には、作業着を新品のまま着ている人もいた。


「みんな、何か作りたいんじゃないかなー」


「八万人全員が、今日になって突然?」


「世界には物作りが好きな人が多いんだねー」


「どう見ても、視線がお前に集まってるんだが」


「気のせいだよー」


「その言葉、最近便利に使いすぎだぞ」


 列の前方。


 偽装魔法で姿を変えたセレスたち十人も、一般利用者として順番を待っている。


 全員、真剣な表情だった。


 ただし。


 持っている材料に、かなり差がある。


 セレスとリゼットは革や紙。


 ミコトとシズクは、小型魔石と細い金属線。


 エルシアとノエルは、魔法薬の瓶や色つきの石。


 ヴィオラとクラリスは、高級そうな布や金具。


 ラグナは。


「どうして大きな鉄の塊を持ってるのかなー」


「見ないふりをしてやれ」


 トーマが小声で答える。


 ラグナは、自分の身体より大きな黒い金属塊を背負っていた。


 その隣では、カレンが小さな木箱を抱えている。


「我は最高の品を作る!」


 ラグナの声が、地下通路へ響く。


「一般利用者として振る舞ってください」


 カレンが袖を引く。


「分かっている!」


「声量を落としてください」


「一般人も元気に話すであろう!」


「閣下ほどではありません」


「今、閣下と言わなかったか?」


 トーマが聞き耳を立てる。


「遠い国では、親しい人を閣下と呼ぶ文化があるんじゃないかなー」


「前にも同じ説明を聞いたぞ」


「便利な文化だねー」


「絶対に違うだろ」


     ◇


 《無銘共同工房》の利用人数は、一度に百名まで。


 初日は安全確認も兼ね、工房を発見した俺たち三人と、抽選で選ばれた学院生、職人、《アウローラ》社員が入れることになった。


「抽選結果を発表いたします」


 受付担当の女性職員が、震える手で名簿を読み上げる。


「アレン・クロフォード様――ではなく、アレン・クロフォードさん」


「はいー」


「トーマ・ベルクさん」


「はい!」


「マヤ・フェルンさん」


「はい!」


 その後も名前が読み上げられる。


 偶然なのか。


 セレスたち十人も全員、最初の百名へ選ばれていた。


「十人全員が当たったねー」


「偶然です」


 セレスが即答する。


「抽選箱には不正防止術式がついていたよな?」


 トーマが尋ねる。


「もちろんです」


 受付職員が答える。


「なお、最高幹――一部の利用者から、事前に一万二千回ほど不正操作が試みられました」


「一万二千回!?」


「すべて自動的に無効化されています」


「誰がそんなことをしたんだ?」


「記録は最高機密です」


 トーマがセレスたちを見る。


 十人は一斉に目を逸らした。


「やっぱり、あの人たちじゃないか?」


「物作りへの熱意が強かったんだねー」


「不正への熱意だろ!」


 実際には、リゼットが抽選条件を厳密に設定していた。


 作りたい物。


 必要な材料。


 完成後に使用する予定。


 それらを事前登録し、内容が具体的な者ほど最初の利用者へ選ばれやすい。


 セレスたち十人は、昨夜ほとんど眠らず、何を作るか考えていたらしい。


 不正を試みなくても、全員が選ばれていた。


「では、工房へ入る前に利用者登録をお願いします」


 受付職員が、入口前の石板を示した。


 古代工房に残されていた登録装置。


 名前。


 作る物。


 使用目的。


 完成した品を誰が使うのか。


 その四項目を入力する仕組みだった。


「古代の工房なのに、随分細かいんだな」


 トーマが感心する。


「材料を無駄にしないためかもしれないねー」


「適当に作る人は入れない、ということかな」


 マヤが《夜机灯》を抱えながら言った。


 最初の利用者が石板へ手を置く。


「小型の革鞄を作ります。使うのは妹です」


 石板に青い光が灯った。


 ――製作意思を確認。


 ――入場を許可。


 扉が開く。


 次の若い職人は、金属製の飾りを作ると登録した。


「高く売れるものを作りたいです」


 石板は反応しない。


「どうして開かないんだ?」


 職人が困ったように俺たちを見る。


「売ることが悪いわけじゃないと思うよー」


 俺は、石板の入力欄を見る。


「誰が使うのか決まってないからじゃないかなー」


「客が使います」


「どんな人に使ってほしいのー?」


「どんな……」


 職人は、しばらく考える。


「高価な装飾品を買えない、若い冒険者」


 石板が淡く光った。


「初めて報酬をもらった冒険者でも、自分への記念に買える飾りを作りたいです」


 ――製作意思を確認。


 ――入場を許可。


 扉が開いた。


「売ることも認めるんだな」


 トーマが言う。


「利益だけを求めるな。でも、利益を軽んじるなって、記録にあったからねー」


「売った人が次も作れなければ、工房も続かないものね」


 マヤが頷く。


 古代の工房は、善人かどうかを判断しているわけではない。


 作る目的が、自分の中で決まっているか。


 それだけを見ているらしい。


     ◇


 やがて、セレスの番になった。


 彼女は石板へ手を置く。


「携帯用の書類入れを製作します」


 石板へ文字が浮かぶ。


 ――使用予定者を入力してください。


「……個人用です」


 セレスが答えた。


 石板は光らない。


「個人名が必要みたいだねー」


 俺が声をかける。


「そうですね」


 セレスは少し迷う。


「アレン・クロフォード」


 石板が青く光った。


 ――使用予定者、アレン・クロフォード。


 ――入場を許可。


 周囲が静かになる。


「アレンへの贈り物なのか?」


 トーマが尋ねる。


「一般職員として、学生モニターへ必要な備品を製作するだけです」


「それなら、会社で買えばいいんじゃないですか?」


 マヤの素朴な質問。


「自ら作ることに意味があります」


 セレスは平然と答え、工房へ入った。


 次はリゼット。


「小型の砂時計を製作します」


 ――使用予定者を入力してください。


「アレン様――」


 リゼットが止まる。


「アレン・クロフォードさんです」


 ――使用予定者、アレン・クロフォード。


 ――入場を許可。


「またアレンだ」


 マヤが呟く。


「休憩時間を正確に管理していただくためです」


「本人が使うって言ってるんですか?」


「これから言っていただきます」


「先に作るんですね」


「必要な物ですので」


 ラグナは、金属塊を床へ下ろした。


「我は、絶対に壊れぬ弁当箱を作る!」


「弁当箱に使う量ではありません」


 カレンが指摘する。


「古代竜に踏まれても壊れぬ!」


「弁当箱が古代竜に踏まれる状況は想定しなくて構いません」


「万が一がある!」


「ありません」


 石板に、使用予定者の入力を求める文字が浮かぶ。


「アレンだ!」


 ラグナが即答した。


 ――材料が過剰です。


 ――使用目的に合わせ、九十九・八パーセントを削減してください。


「工房に怒られたぞ」


 トーマが笑う。


「何だと!?」


「弁当箱に砦の門ほどの鉄は必要ありません」


 カレンが、用意していた小さな材料箱を渡す。


「最初から、こちらを使ってください」


「我の鉄は?」


「軍事部門へ返却します」


「持ってきた意味がないではないか!」


「私も最初から、そう申し上げました」


 ラグナは不満そうにしながらも、小さな材料箱を受け取った。


 ――使用予定者、アレン・クロフォード。


 ――入場を許可。


 その後も。


 カレンが作る、白い羽根を模した栞。


 使用予定者、アレン・クロフォード。


 ミコトが作る、小型音声記録器。


 使用予定者、アレン・クロフォード。


 シズクが作る、部屋の前へ置く来客通知鈴。


 使用予定者、アレン・クロフォード。


 エルシアが作る、飲み物の温度を保つ器。


 使用予定者、アレン・クロフォード。


 ノエルが作る、机へ置ける小さな花鉢。


 使用予定者、アレン・クロフォード。


 ヴィオラが作る、学生向けの革製財布。


 使用予定者、アレン・クロフォード。


 クラリスが作る、汚れを落とす魔法を込めた布。


 使用予定者、アレン・クロフォード。


 十人全員。


 俺の名前だった。


「全員、アレン用じゃないか!」


 トーマの声が工房前へ響く。


「偶然だねー」


「どこがだ!」


「施設調査で世話になったお礼です」


 セレスが答える。


「十人全員が?」


「各部門から一つずつです」


「側近の人たちもいるだろ!」


「個人的な追加支援です」


「やっぱり全員、お前を好きなんじゃないか?」


 トーマが俺を見る。


「そうだと思うよー」


「認めるのかよ!」


「前から知ってるよー」


「知っていて、どうして普通にしていられるんだ!」


「みんな、昔からこうだからねー」


 工房へ入った十人は、少し嬉しそうだった。


 正体を隠していることより。


 俺が好意を知っていると、トーマの前で認めたことが重要らしい。


「聞きましたか、セレス」


 ミコトが小声で言う。


「アレンが、私たちの気持ちを理解していると明言しました」


「以前から知っています」


「第三者の前で認めたのは、大きな進歩です」


「記録しておいてください」


「すでに三か所へ保存しました」


「一か所で十分です」


「百年後に消失する可能性があります」


「百年間、何度も複製するつもりですか?」


「はい」


 喜び方も、少し大げさだった。


     ◇


 古代共同工房には、百の作業台が並んでいる。


 利用者が作りたい物を登録すると、必要な工具が自動的に運ばれてくる。


 ただし。


 完成品を自動で作ってくれるわけではない。


 革を切る。


 金属を削る。


 魔法回路を書く。


 縫い合わせる。


 失敗すれば、やり直す。


 古代の便利な設備は、作業を手伝ってくれるだけだった。


「思ったより普通の工房だな」


 トーマが作業台を眺める。


「だから使いやすいのかもしれないねー」


「もっと古代の超技術で、一瞬で完成すると思ってた」


「それだと作ったことにならないからねー」


 マヤは、《夜机灯》の改良型を作り始めている。


 今日は持ち運べるよう、取っ手を追加するらしい。


 トーマは販売用の木箱。


 俺は二人を手伝いながら、空いている作業台を見て回る。


「アレン」


 セレスに呼ばれた。


「少し確認していただけますか」


 彼女は革を使い、書類入れを作っていた。


 学生が授業用の紙を持ち歩ける、小さな鞄だ。


「きれいにできてるねー」


「こちらへ、名前を入れようと思います」


 内側には、細い文字を書き込める革札がある。


「アレン・クロフォードでいいんじゃないかなー」


「はい」


 セレスは嬉しそうに書き始める。


 ただし。


 俺の名前の下へ、別の文字も刻もうとしていた。


 ――所有者の配偶者、セレスティア・エルノア。


「必要ないと思うよー」


「紛失時の連絡先です」


「配偶者って書いてあるねー」


「将来的な情報を先に記載しているだけです」


「消そうねー」


「まだ完成前です」


「完成してからだと消しにくいよー」


 リゼットが無言で革札を取り外した。


「リゼット」


「一般的な連絡先へ修正します」


「会長命令です。戻してください」


「本日は一般利用者です」


「最近、それを便利に使っていませんか?」


 セレスは少し不満そうだった。


     ◇


「アレン!」


 次に呼んだのはラグナだった。


「見ろ!」


 作業台の上には、黒い金属製の箱が置かれている。


 弁当箱のはずだった。


 だが、表面には防御魔法。


 内部には保温術式。


 衝撃吸収。


 毒物検知。


 魔力遮断。


 緊急時には盾として展開する機能まで入っている。


「高性能だねー」


「そうであろう!」


「重さは?」


「わずか八十キロだ!」


「学生が持ち歩けないねー」


「アレンなら持てる!」


「普通の学生としては持てないことになってるよー」


「ならば、周囲の学生を鍛える!」


「弁当箱のために?」


「全員が八十キロを持てるようになれば問題ない!」


「問題の解決方法が逆だねー」


 カレンが小さな木箱を俺へ見せる。


「こちらが、修正版です」


 軽い木材。


 内側へ薄い金属板。


 保温術式は一つ。


 毒物検知も、簡単な警告を出すだけ。


 一般の学生でも持てる重さだった。


「使いやすそうだねー」


「ありがとうございます」


「カレンが全部作ったのか?」


 ラグナが尋ねる。


「閣下が作った箱から、不要な機能と重量を取り除きました」


「ほとんど残っておらぬ!」


「蓋の留め具は、閣下が作ったものです」


「小さすぎる!」


「立派な部品です」


「アレン」


 ラグナが俺を見る。


「この留め具は我が作った!」


「上手だねー」


「そうであろう!」


 ラグナは一瞬で機嫌を直した。


「もっと褒めてもよいぞ!」


「普通に閉じるねー」


「褒め方が小さくなった!」


     ◇


 ミコトの作業台では、小型の記録魔道具が完成しかけていた。


「これは、声を残せるのー?」


「はい」


 ミコトが装置を起動する。


『あー、そうだねー』


 俺の声が再生された。


「いつ録音したのー?」


「百三年前です」


「古いねー」


『いつかねー』


 次の声。


「どこで使う魔道具なのかなー」


「アレンの重要なお言葉を、いつでも聞けるようにします」


「もっと実用的な使い方があるんじゃないかなー」


「寝る前に聞けば、安眠できます」


「ミコトが使う物になってるよー」


「使用者はアレンです」


「俺が自分の声を聞くの?」


「自らの過去の発言を思い出していただくためです」


「婚約の証拠に使う気だねー」


「記録は真実です」


 シズクが、装置の側面へ小さな部品を取りつける。


「古い記録の自動再生機能を削除」


「シズク!」


「代わりに、今日の予定を音声で記録できます」


「普通に便利になったねー」


「アレン様の授業、アルバイト、食事予定を管理できます」


「シズクも監視するつもりじゃないよねー」


「本人が入力した予定のみです」


「なら大丈夫かなー」


 ミコトは納得していない。


「百年前の約束再生機能は?」


「削除しました」


「戻してください」


「私情です」


「重要な記録です!」


     ◇


 エルシアは、温度を保つ器を作っていた。


「飲み物を入れると、三時間同じ温度を保ちます」


「便利だねー」


「熱い物は熱く。冷たい物は冷たく」


「研究室でも使えそうだねー」


「アレン専用です」


「みんなも使えるようにしたら、売れそうだよー」


 エルシアの手が止まる。


「量産します」


「早いねー」


「ただし、最初の一個はアレン専用です」


「分かったよー」


 隣では、ノエルが花鉢へ小さな種を植えていた。


「この花は、毎朝咲きます!」


「毎朝?」


「アレン様が起きる時間に合わせて開きます!」


「目覚まし代わりかなー」


「はい! それと、お水を忘れると『ノエルを思い出してください』と鳴きます!」


「花が鳴くのー?」


「私の声で!」


「毎朝ノエルの声がするんだねー」


「寂しくありません!」


「静かな朝も好きなんだけどねー」


「音量を下げます!」


 花鉢から、小さな声が聞こえた。


『ノエルを思い出してください』


「もう録音してあるんだねー」


「百種類あります!」


「多いねー」


「朝、昼、夜、食事前、お風呂前、就寝前――」


「一日中鳴かないかなー」


「アレン様専用ですから!」


 用途の一部が、目覚ましから離れていた。


     ◇


 ヴィオラは、革製の財布を作っていた。


「あなたがアルバイトの給金を入れるための品よ」


「立派だねー」


 黒い革。


 赤い糸。


 小さいが、丁寧に縫われている。


「中には、紛失防止、盗難防止、位置追跡、所有者認証の術式を入れてあるわ」


「高そうだねー」


「材料費は金貨三千枚ほどよ」


「給料より財布の方が高いねー」


「あなたが持つのだから当然でしょう?」


「学生が持つ財布に見えないよー」


「外見は普通よ」


 ヴィオラが財布を開く。


 内部には、金貨や宝石を無限に近い数だけ収納できる空間が広がっていた。


「これは普通じゃないねー」


「必要な金額は、いつでも金融部門から補充されるわ」


「アルバイトする意味がなくなるよー」


「働きたいときだけ働けばいいのよ」


「働いたお金を入れたいんだけどねー」


「……」


 ヴィオラは悩んだ。


「では、収納量を銀貨百枚までに制限するわ」


「普通の財布くらいでいいよー」


「私が作る以上、世界最高の財布でなければ」


「最初の物作りなんだから、失敗してもいいんじゃないかなー」


「私が、失敗しても?」


「みんな、最初から上手じゃないよー」


 ヴィオラは、少しだけ財布を見る。


 縫い目の一部が曲がっている。


 何度も直そうとしていたらしい。


「曲がってても、手で作った感じがしていいと思うよー」


「……そう」


 ヴィオラは、縫い目を直すために持っていた針を机へ置いた。


「なら、ここは残すわ」


「うん」


 隣でクラリスが微笑む。


「ヴィオラ様。初めての手縫いとしては、非常によくできております」


「最初からそう言いなさい」


「私が申し上げても、直されると思いましたので」


「アレンの言葉なら聞くと?」


「はい」


「否定できないのが腹立たしいわね」


 クラリスが作った布は、汚れを拭き取る小さなハンカチになっていた。


 俺の名前が、隅へ丁寧に刺繍されている。


「クラリスは上手だねー」


「ありがとうございます」


「慣れてるのー?」


「幼い頃、ヴィオラ様のお衣装を修繕しておりましたので」


「私の話は必要ないでしょう!」


「昔はよく破ってたねー」


「走り回っていた頃の話をしないで!」


「今も、あまり変わらないと思うよー」


「どこがよ!」


 ヴィオラは昔と同じように、頬を膨らませた。


     ◇


 夕方。


 最初の利用者たちの作品が、次々に完成した。


 全員が成功したわけではない。


 材料を切る場所を間違えた者。


 回路が動かなかった者。


 思った形にならなかった者。


 それでも工房は、失敗した者を拒まなかった。


 作業記録を残せば。


 明日、続きから作ることができる。


「完成しなくても、失敗じゃないんだね」


 マヤが、改良途中の《夜机灯》を見る。


「次があるからねー」


「うん」


 俺たちが話していると、工房中央の石板が光った。


 ――初回製作品の登録を開始します。


 ――製作者。


 ――名称。


 ――使用予定者。


 完成した品を、一つずつ登録するらしい。


 セレスたち十人は、作った品を抱えて石板の前へ並んだ。


 書類入れ。


 砂時計。


 弁当箱。


 白い羽根の栞。


 予定記録魔道具。


 来客通知鈴。


 保温器。


 花鉢。


 革財布。


 ハンカチ。


 十個すべての使用予定者欄に。


 同じ名前が並んだ。


 ――アレン・クロフォード。


「本当に、全部アレン用なんだな」


 トーマが呆れる。


「みんな頑張って作ったんだねー」


「そういう感想なのか?」


「使える物ばかりだよー」


「どれを最初に使うんだ?」


 その一言で。


 十人の動きが止まった。


「最初に使う物……」


 セレスが静かに繰り返す。


「公平性を考慮すれば、統括責任者である私の書類入れです」


「待て!」


 ラグナが弁当箱を抱える。


「食事は毎日必要だ! 我の弁当箱が先だ!」


「給金を受け取るなら財布でしょう?」


 ヴィオラが割り込む。


「毎朝使う花鉢です!」


 ノエルが手を上げる。


「飲み物を摂取する回数の方が多いです」


 エルシアが保温器を前へ出す。


「予定管理が先です」


 ミコトとシズク。


「休憩時間の管理が必要です」


 リゼット。


「本を読むなら栞を」


 カレン。


「日常的に携帯するハンカチが、最も自然です」


 クラリス。


 工房の中で、新たな争いが始まる。


「全部使えばいいんじゃないかなー」


 俺が言うと。


 十人が黙った。


「書類入れに授業の紙を入れて、砂時計は机に置くよー」


 順番に品を指さす。


「弁当箱は、次のアルバイトの日に使おうかなー」


「よし!」


「栞は、今読んでる本に使えるねー」


 カレンの背中が少し膨らむ。


「記録魔道具と鈴は部屋に置いて、保温器は食堂で使うよー」


 エルシアの周囲へ、細かな雪が舞う。


「花鉢も机に置けるねー」


「毎日、私を思い出してください!」


「一日百回は鳴かないようにしてねー」


「十回に減らします!」


「まだ多いねー」


「財布は給料を入れて、ハンカチは持ち歩くよー」


 ヴィオラとクラリスが、それぞれ品を大切そうに俺へ差し出した。


「みんな、ありがとうー」


 十人が、同時に顔を逸らす。


 工房のあちこちで。


 雪。


 花びら。


 膨らむ翼。


 揺れる耳。


 握り潰される工具。


 さまざまな感情の反応が起きていた。


「アレン」


 トーマが小声で言う。


「これを全部受け取っても、誰とも付き合わないのか?」


「贈り物を受け取っただけだからねー」


「十人分だぞ?」


「みんな、昔から物を作るのが好きだったんだよー」


「絶対に、それだけじゃない!」


 その意見には、俺も少しだけ同意した。


     ◇


「見てたら、俺も何か作りたくなったねー」


 俺が何気なく呟く。


 十人が、再び停止した。


「アレンが?」


 セレスが尋ねる。


「うん。次の給料で、みんなへ何か買うつもりだったけどねー」


 工房の作業台を見る。


「ここなら、自分で作ってもいいかもしれないねー」


 空気が変わった。


「アレン様が、私たちへの贈り物を手作りされるのですか!?」


 ノエルが叫ぶ。


「簡単な物になると思うけどねー」


「私は何でも構いません!」


「我には武器を!」


「私は日常的に身につけられる品を希望します」


「一人ずつ希望を出してはいけません」


「公平に抽選を」


「不正防止術式は?」


「私が解除します」


「解除してはいけません!」


 十人の声が重なる。


 そのとき。


 俺の前にある登録石板が、自動的に光った。


 ――新規製作者を確認。


 ――アレン・クロフォード。


 ――初回製作品の登録を開始します。


「まだ何を作るか決めてないよー」


 ――初回製作では、一品のみ登録可能です。


 工房が静まり返った。


「一品だけ?」


 セレスが尋ねる。


 ――初めて作る者は、一つの品と向き合ってください。


 ――複数製作は、初作品完成後に許可されます。


 十人の視線が、俺へ集まった。


「十人分を一度に作るのは、無理みたいだねー」


「では」


 ミコトが、ゆっくりと記録魔道具を持ち上げる。


「最初の一品を、誰へ贈るのですか?」


 工房内の温度が下がる。


 ラグナが拳を握る。


 ヴィオラの赤い瞳が細くなる。


 セレスの微笑みが深くなる。


 側近五人も、一歩も引く様子はない。


「公平に決めようかー」


 俺がそう言った瞬間。


 リゼットが、不正防止術式つきの抽選箱を作業台へ置いた。


「用意してあるんだねー」


「この事態を想定しておりました」


「いつから?」


「昨夜です」


 まだ俺が、何か作ると言う前だった。


 工房の中で。


 世界最高の女性十人による、俺の最初の手作り品を巡る争いが始まった。


最後までお読みいただき、ありがとうございます。


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