第18話 学生が作った安い灯りで、世界最大企業が見つけられなかった地下工房が開いた
世界最高峰の魔導研究者たちが、十日間かけても発見できなかった古代施設。
その入口を見つけたのは。
学生が銅貨四十五枚で販売した、小さな照明魔道具だった。
◇
「また地下なのか……」
《学生挑戦市場》の一室。
トーマが机に置かれた古い本と、浮かび上がった地図を交互に見ていた。
マヤの《夜机灯》が斜めから照らすと、本の余白に青白い古代文字が現れる。
――安価な灯火を作りし者へ。
――我らの工房を、託す。
その下に描かれていた地図。
印がつけられているのは、《アウローラ・グランド》の建設地だった。
「この施設、地下に何かありすぎじゃないか?」
トーマが俺を見る。
「大きな施設だからねー」
「大きさで説明できる問題か?」
「昔から人が住んでた都市みたいだから、地下にもいろいろ作ったんじゃないかなー」
「お前の学生寮の真下には古代兵器があっただろ」
「そうだったねー」
「学院の地下には災厄の封印」
「それもあったねー」
「今度は世界本部の地下に古代工房だぞ!」
「便利な場所に集まってるねー」
「どうして他人事なんだ!」
俺が作ったわけではないので、他人事には違いない。
「本当に古代工房なのかな……」
マヤは、不安そうに《夜机灯》を抱えていた。
「私の魔道具を使ったせいで、危ないものが出てきたらどうしよう」
「灯りは、文字を見えるようにしただけだよー」
「でも、ここには《灰冠の王》も封印されてたんでしょ?」
第一災厄の存在は、一般には公開されていない。
学院や市場で起きた異常については、古代魔力炉の事故として説明されている。
「そんな噂もあるみたいだねー」
「アレン。説明が雑だぞ」
トーマが横から口を挟む。
「古代兵器が出てきたことは、俺も見てるんだからな」
「今回は、工房って書いてあるから大丈夫じゃないかなー」
「古代兵器工房だったらどうするんだ?」
「ラグナが喜びそうだねー」
「誰だよ」
「知り合いだよー」
「また女か?」
「そうなるねー」
「お前の知り合い、女ばかりだな!」
大きな声を出したトーマへ、部屋にいた《アウローラ》の女性職員たちが一斉に視線を向けた。
「声が大きいよー」
「お前のせいだ!」
そのとき、扉が開いた。
灰色の髪と眼鏡で姿を変えたエルシアが入ってくる。
今日も表向きは、魔導研究部門の一般研究員エル先生だ。
後ろには助手役のノエル――偽名はノア。
さらに、調査用の魔道具を抱えた女性研究員が二十人ほど続いていた。
「地図の解析が終了しました」
エルシアが淡々と告げる。
「印が示している場所は、《アウローラ・グランド》地下百二十七層より、さらに下です」
「地下百二十七層まであったのか!?」
トーマが驚く。
「公表されている地下施設は、二十層までじゃなかったか?」
「その下は、建設作業用区画です」
「百層以上も?」
「世界本部ですので」
「世界本部って、そんなに地下が必要なのか?」
「必要です」
エルシアは迷わず答えた。
実際には地下百階付近に、《ノクス・アウローラ》の秘密本部が存在する。
もちろん、トーマとマヤには教えられない。
「古代工房は、秘密――建設作業用区画とも異なる位置にあります」
エルシアが地図を表示する。
《アウローラ・グランド》地下。
巨大な地下本部。
そこから横へ大きく離れた岩盤の中に、空洞らしき形が浮かんでいた。
「施設建設時の調査では、発見できませんでした」
「《アウローラ》でも見つけられなかったの?」
マヤが尋ねる。
「魔力による探査を完全に遮断する構造です」
「じゃあ、どうしてこの本には地図が?」
「現地で確認します」
エルシアが俺を見る。
「発見者である三名にも、同行をお願いします」
「俺たちも行くのか?」
トーマの顔が引きつる。
「危険はないんですよね?」
「現時点では不明です」
「あるかもしれないんじゃないか!」
「安全確認のため、魔導研究部門の調査員が同行します」
「軍隊は?」
「必要ありません」
エルシアが答えた直後。
床が小さく揺れた。
遠くから、重いものが移動する音が聞こえる。
「今の音は?」
「建設作業です」
ノエルが元気よく答えた。
「軍事部門の人たちが、地下へ移動している音ではありません!」
「聞いてないことまで答えたねー」
「ノア」
「秘密でした!」
実際には。
ラグナ率いる軍事部門の精鋭が、古代工房を包囲しようとしているらしい。
◇
『我が先頭に立つ!』
地下本部の極秘通信から、ラグナの声が響く。
『学生三名を危険な場所へ近づけるなど認められぬ!』
『閣下は表へ出ないでください』
カレンが止める。
『なぜだ!?』
『トーマ・ベルク学生とマヤ・フェルン学生に、正体を知られる可能性があります』
『変装する!』
『一般研究員が大剣を背負って、千名の兵士を率いていたら不自然です』
『では、剣を小さくする!』
『人数の問題もあります』
『五百名に減らす!』
『十名です』
『少なすぎる!』
俺にだけ聞こえる通信なので、トーマたちは気づいていない。
『アレン』
今度はセレスの声。
『本当に同行なさるのですか?』
「発見者らしいからねー」
『危険が確認された場合は、即座に退避してください』
「分かったよー」
『絶対に、です』
「うん」
『約束してください』
「約束するよー」
通信の向こうが静かになった。
『……記録しました』
ミコトの声が入る。
『セレスだけが、明確な約束を得ました』
『安全確認に関する約束です』
『約束であることに変わりはありません』
『再生できます』
『しなくて結構です』
『我にも何か約束しろ、アレン!』
ラグナが割り込んでくる。
「帰ったら話を聞くよー」
『約束だな!?』
「うん」
『記録した!』
『私の担当業務です』
ミコトが不満そうに言った。
『では、アレン様』
ヴィオラの声が続く。
『帰還後、私と夕食を――』
「それは別の話だねー」
『なぜラグナだけなの!?』
『我の日頃の行いだ!』
『絶対に違います』
カレンの声が重なる。
古代工房を調査する直前とは思えない会話だった。
◇
俺たちは、《アウローラ・グランド》の一般客用区画から、職員用の昇降魔道具へ乗り込んだ。
地下十階。
二十階。
三十階。
表示は、そこまでしか出ない。
だが、昇降魔道具はさらに下り続けた。
「まだ下りるのか?」
トーマが壁へ手をつく。
「長いねー」
「お前は前にも来たことがあるのか?」
「少しだけねー」
「どうして一般学生が、世界本部の地下へ来たことがあるんだ?」
「施設の説明を受けたんだよー」
「説明で地下百階まで連れていく会社があるか!」
「大きな会社だからねー」
「最近、それで全部済ませようとしてるだろ!」
隣でマヤが《夜机灯》を抱え直す。
「本当に、これが鍵なのかな」
「ほかの照明では、文字が出なかったんだよねー」
「うん。研究部門の高級照明でも、太陽の光でも出なかった」
「安い灯りじゃないと見えない仕組みなのかもねー」
「そんな仕組み、作れるの?」
マヤがエルシアを見る。
「可能です」
「どうやって?」
「光量、波長、魔力密度を限定すれば」
「《夜机灯》は、特別な光を出してるつもりはないんですけど」
「高級な照明魔道具は、光を均一にするため複数の術式を使用します」
エルシアが説明する。
「《夜机灯》は単純な回路で、安価な魔石から必要な量だけを受け取る。そのため、わずかな光の揺らぎが残っています」
「欠点だと思ってた……」
「通常使用では問題ありません」
「その小さな揺らぎが、古代文字を見せたんだねー」
「はい」
完璧に作られた高級品では、見えない。
安価な材料を工夫して作った灯りだからこそ、見つけられた文字。
この工房を作った者も、似たような考え方をしていたのかもしれない。
昇降魔道具が停止した。
扉が開く。
目の前には、岩を削って作られた細い通路が続いていた。
「ここが地下百二十七層?」
「正確には、その外側です」
エルシアが先頭へ立つ。
「この先に、人工的な空洞があります」
「魔獣や古代兵器の反応は?」
トーマが尋ねる。
「ありません」
「災厄は?」
「ありません」
「本当に?」
「現在確認できる限りでは」
「最後の言葉が不安だ!」
◇
通路の突き当たりには、何もなかった。
灰色の岩壁。
扉も。
魔法陣も。
古代文字もない。
「地図では、ここなんですよね?」
マヤが古い本を広げる。
「はい」
エルシアが岩壁へ探査魔法を使う。
「奥に空洞があります。しかし、入口が存在しません」
「壁を壊せばよい!」
極秘通信からラグナの声が聞こえた。
『静かにしてください』
カレンが止める。
「壊さない方がいいよー」
俺は岩壁へ近づく。
表面は、ほかの岩と変わらない。
触れても、魔力の反応はない。
「《夜机灯》を使ってみる?」
マヤが尋ねる。
「そうだねー」
地図の文字を浮かび上がらせたときと同じように。
岩壁を斜めから照らす。
何も起こらない。
「角度が違うのかな」
マヤが灯りを上下へ動かす。
右。
左。
上。
下。
ある位置へ来た瞬間。
岩壁の表面に、細い線が浮かび上がった。
「出た!」
青白い線が、壁の上を走る。
一本。
二本。
三本。
線は大きな長方形を描いた。
扉の形だ。
中央には、小さな円形の窪み。
《夜机灯》と、ほぼ同じ大きさだった。
「ここへ置くのかな」
「試してみようかー」
「壊れない?」
「危なくなったら、すぐ離れるよー」
セレスとの約束もある。
マヤは慎重に、《夜机灯》を窪みへはめ込んだ。
円盤の大きさは、ぴったりだった。
灯りをつける。
柔らかな光が、壁の中へ吸い込まれる。
古い音が響いた。
石同士が擦れる。
長い間閉じていた扉が、ゆっくりと左右へ開いた。
「開いた……」
マヤが呆然と呟く。
扉の向こうは、小さな部屋だった。
◇
最初の部屋には、宝物も古代兵器もなかった。
木製の机。
壊れた椅子。
錆びた道具。
壁際に並ぶ、小さな棚。
どれも長い時間が経っている。
しかし、埃はほとんどない。
「ここが古代工房?」
トーマが部屋を見回す。
「小さいな」
「入口の部屋でしょう」
エルシアが答える。
「奥に、さらに広い空間があります」
机の上に、一つだけ壊れていない物が置かれていた。
透明な記録結晶。
その前に、古代文字が刻まれている。
――灯火を、ここへ。
「また《夜机灯》だねー」
マヤが窪みから取り外した灯りを、記録結晶の前へ置く。
光が結晶へ当たる。
内部に、白い霧が集まり始めた。
やがて、一人の老人の姿が映し出される。
豪華な服でも。
賢者の法衣でもない。
汚れた作業着を身につけた、どこにでもいそうな職人だった。
『この記録を見ている者へ』
古代語。
だが、記録結晶が自動的に現代語へ変換している。
『我々は、《無銘工房》の職人である』
「無銘工房……」
マヤが繰り返す。
『我々は英雄ではない』
『王に仕えた魔導師でも、歴史へ名を残す賢者でもない』
『ただ、魔道具を買えない者たちのために、安い道具を作っていた』
映像の中で、老人が小さな照明魔道具を持ち上げる。
形は違う。
けれど、使われている材料は安価な魔石と陶器。
《夜机灯》によく似た考え方だった。
『当時の魔導具職人たちは、複雑で高価な品ほど優れていると考えた』
『王侯貴族が使う道具を作る者だけが、一流と呼ばれた』
『だが、灯りを必要としているのは、王だけではない』
『夜に文字を学ぶ子ども』
『暗い部屋で針を持つ者』
『日が沈んだあとも、家族のために働く者』
『その者たちにこそ、安い灯りが必要だった』
マヤが、自分の《夜机灯》を見る。
『我々は、この工房へ技術を残す』
『ただし、完成された答えは残さない』
『答えだけを得た者は、それを守ることしかできない』
『自ら考え、直し、作り続ける者だけが、次の時代へ進める』
マヤが、ゆっくりとエルシアを見る。
エルシアは表情を変えていない。
だが、ほんの少しだけ目を細めていた。
彼女がマヤへ答えを教えなかった理由と、同じだ。
『もし、我々より安く』
『我々より使いやすく』
『我々より多くの者へ届く灯火が、この記録を照らしたなら』
『この工房は、その者たちへ託す』
老人が微笑んだ。
『ただし、一人で独占してはならない』
『作る者へ開き』
『失敗する者を笑わず』
『利益だけを求めず』
『利益を軽んじることもなく』
『次も作れる形で、技術を残してほしい』
トーマが息を呑んだ。
「売る人が続けられる値段……」
俺たちが《夜机灯》の価格を決めたとき、話していたことだ。
『最後に』
老人が記録結晶の向こうから、こちらを見た。
『我々の名を、歴史へ残す必要はない』
『道具を使った者が便利だと思い』
『作った者が、また次を作りたいと思えたなら』
『それで十分だ』
映像が消える。
部屋が静かになった。
「変な人たちだね」
マヤが小さく言った。
「そうかなー」
「自分たちの名前を残さなくていいなんて」
「マヤも、似てるんじゃないかなー」
「私は商品に名前を書いてるよ」
「それでいいと思うよー」
俺は止まった記録結晶を見る。
「この人たちは、自分たちが有名にならなくても、作った考え方が残ればよかったんじゃないかなー」
「考え方……」
「安くても、ちゃんと使えて、次も作れるものを残すことだねー」
マヤは《夜机灯》を両手で持った。
「私も、次を作りたい」
「うん」
「今度は持ち運べるもの」
「お客さんが言ってたねー」
「光の色を変えられるものも」
「楽しそうだねー」
「それに、もっと壊れにくくしたい」
不安そうだった表情は、もう消えていた。
古代の完成品を手に入れたわけではない。
新しい答えを教えてもらったわけでもない。
それでもマヤは、先ほどより楽しそうだった。
◇
記録が終了した直後。
部屋の奥で、低い音が響いた。
何もなかった壁へ、一本の光が走る。
古代文字が浮かび上がった。
――灯火、確認。
――製作者の意思、確認。
――共同工房を開放する。
壁が、ゆっくりと左右へ分かれる。
「まだ奥があるのか」
トーマが警戒する。
「次の扉みたいだねー」
「お前、慣れてきてないか?」
「最近、扉がよく開くからねー」
「普通の学生は、古代遺跡の扉を何度も開けない!」
扉の向こうへ、柔らかな光が広がった。
最初の部屋とは比べものにならないほど広い空間。
何百もの作業台。
材料棚。
小型の炉。
魔法薬の調合台。
金属加工区画。
衣服や革製品を作る設備。
魔導具だけではない。
さまざまな職人が、同じ場所で物を作れるよう設計された巨大な共同工房だった。
「すごい……」
マヤが一歩、前へ出る。
その瞬間。
工房中の照明が、一つずつ灯り始めた。
最初は入口近く。
次に中央。
そして、最も奥。
千年以上眠っていた工房が、ゆっくりと目覚めていく。
古代文字が、入口の上へ浮かんだ。
――作る者を拒まない。
――ただし、作る意思のない者を入れない。
「どういう意味だ?」
トーマが尋ねる。
「職人や学生のための工房なんじゃないかなー」
「《アウローラ》の研究者は入れるの?」
マヤがエルシアを見る。
「作る意思があれば」
エルシアが答える。
「役職や身分は関係ありません」
「じゃあ、私たちも?」
「おそらく」
マヤが次の一歩を踏み出そうとする。
「今日は、ここまでです」
エルシアが肩を掴んで止めた。
「ええっ!?」
「安全確認が終わっていません」
「危険な反応はないんですよね?」
「現時点では」
「その言葉、さっきも聞きました!」
「明日までに、入口周辺の調査を完了します」
「明日?」
「通常なら一か月必要です」
「一日でやるんですか?」
「アレンとあなたが、使用を希望していますので」
「俺は、まだ言ってないよー」
「使用しますよね?」
「便利そうだねー」
「使用希望を確認しました」
「仕事が速いねー」
エルシアはすでに、研究部門へ指示を送り始めていた。
◇
『古代共同工房を確認』
地下本部へ報告が届く。
「土地の所有権は?」
ヴィオラが最初に尋ねた。
『《アウローラ・グランド》地下のため、当社保有地です』
クラリスが答える。
「では、金融・外交部門が管理を――」
『一人で独占してはならない』
記録映像が再生される。
「……」
ヴィオラが黙った。
「ならば軍事部門が守る!」
ラグナが立ち上がる。
「入り口に千名を――」
『作る意思のない者を入れない』
「我も武器を作るぞ!」
「工房を利用するためだけに、急に職人にならないでください」
カレンが止める。
「剣の手入れはできる!」
「製作ではありません」
「柄を交換する!」
「修理です」
「少しくらい認めろ!」
「私は利用条件を満たしています」
ミコトが言う。
「偽装道具や記録魔道具を製作しますので」
「情報部門の監視装置を持ち込まないでください」
シズクが指摘する。
「工房の安全管理です」
「アレン様の作業風景を記録するつもりですね」
「安全記録です」
「私情です」
「その二つは両立します」
「開き直りましたね」
「会長」
リゼットがセレスを見る。
「共同工房の今後について、ご判断を」
「記録に残された意思を尊重します」
セレスは、巨大映像に映る工房を見つめた。
「《アウローラ》の所有物にはしません」
「しかし、維持管理には費用が必要です」
「当社が負担します」
「無料で?」
「いいえ」
セレスの視線が、映像の中の俺へ向く。
「作る者が次も作れる形を残す」
「アレンが《学生挑戦市場》で示した考え方です」
「利用料は、設備の維持に必要な最低額のみ」
「学生や新人職人には減免制度を設けます」
「利益が出た者には、次の利用者を支援してもらう」
「共同で管理する、新たな工房制度を作ります」
「承知しました」
リゼットが、すぐに書類を作成し始める。
「制度名は?」
セレスは少し考えた。
「《無銘共同工房》」
「古代の職人たちの名を残すのですか?」
「彼らは、個人の名を残す必要はないと言いました」
「ですが、考え方は残すべきです」
誰も反対しなかった。
◇
「明日には安全確認が終わるって」
帰りの昇降魔道具。
マヤが嬉しそうに《夜机灯》を抱えている。
「そこで次の商品を作ってもいいのかな」
「たぶんねー」
「設備、使い放題なのかな?」
「利用料は必要になるんじゃないか?」
トーマが答える。
「工房を維持する金が必要だからな」
「高かったら、使えないよ」
「《アウローラ》なら、学生向けに安くするだろ」
「どうして分かるの?」
「アレンが、近くにいるからだ」
「俺?」
「お前が何か言うたび、この会社は制度を作るからな」
「偶然だと思うよー」
「今回も一日以内に新制度が発表されるぞ」
「さすがに、そこまで早くないんじゃないかなー」
昇降魔道具が地上へ到着する。
扉が開いた。
正面の巨大案内板に、新しい告知が表示されていた。
――《アウローラ・グランド》、学生・新人職人向け共同工房を新設。
――名称、《無銘共同工房》。
――利用受付、明日開始。
「……」
トーマが案内板を見る。
次に俺を見る。
「仕事が速いねー」
「絶対、お前のせいだ!」
施設内に、トーマの声が響いた。
古代工房の謎は、まだすべて明らかになったわけではない。
共同工房のさらに奥には、閉ざされた区画も残っているらしい。
けれど。
危険な災厄も。
世界を滅ぼそうとする兵器も出てこなかった。
今度こそ。
ただ学生たちが物を作るための、普通の工房として使えるはずだ。
そう思っていた。
翌朝。
《無銘共同工房》の利用受付には。
学院生と新人職人、合わせて四百名。
《アウローラ》女性社員、八万人。
そして。
作業着姿へ着替えた最高幹部五人と側近五人が、一般利用者の列へ並んでいた。
「今回は、正規の利用申請です」
セレスは真剣な表情でそう言ったらしい。
目的が本当に物作りだったのか。
俺の隣の作業台を確保することだったのかは。
聞かない方がいい気がした。
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