第17話 三十台しかない学生の試作品を、世界最大企業の女性社員九万人が買おうとしている
《学生挑戦市場》の開業初日。
マヤが作った照明魔道具《夜机灯》の販売数は、三十台。
販売開始前に届いた購入希望は、九万一千件だった。
「……数字を間違えてない?」
開店前の売り場。
マヤは、運営職員から渡された報告書を見つめていた。
「九十一件じゃなくて?」
「九万一千件です」
職員が申し訳なさそうに答える。
「正確には、先ほど九万三千件を超えました」
「どうして!?」
「注目度の高い商品ですので」
職員は俺を見た。
すぐに視線を逸らす。
俺が回路修正へ関わり、最初の一台を持っているという情報が、《アウローラ》内部で広まったらしい。
ただし、それをマヤへ話すわけにはいかない。
「学生が作った照明魔道具だよ?」
「学生の商品だからこそ、応援したい方が多いのでしょう」
「九万人も?」
「《アウローラ》は大きな企業ですから」
「購入希望者って、アウローラの社員なの?」
「……多くは」
職員の返答が少し遅れた。
「何かしたのか、アレン」
トーマが疑うように俺を見る。
「何もしてないよー」
「お前が関わると、何もしなくても騒ぎが起きるんだよ」
「不思議だねー」
「他人事だな!」
俺たちの前には、完成した三十台の《夜机灯》が並んでいる。
白い円盤型の本体。
小さな魔石。
裏側には、熱を机へ伝えないための陶器製の脚。
すべて、マヤが学院の工房で一台ずつ作ったものだ。
「三十台しか作ってないのに、どうやって九万人へ売るの?」
マヤが頭を抱える。
「抽選にするか?」
トーマが提案する。
「九万人の中から三十人?」
「公平ではあるだろ」
「でも、本当に必要な人へ届かないかもしれないよ」
「必要かどうかをどうやって決めるんだ?」
「それは……」
二人が悩み始める。
「社員さんには、次に作った分を買ってもらったらどうかなー」
俺が言うと、運営職員が固まった。
「次回、でございますか?」
「今回は学生が作った商品を試す場所なんだよねー」
「はい」
「それなら、最初は普通のお客さんに使ってもらった方がいいんじゃないかなー」
「普通の、お客様……」
「社員さんなら、次の販売予定も早く分かるよねー」
「おそらく、販売開始時刻の一秒後には把握します」
「仕事が速いねー」
「職務上の情報収集能力が高いためです」
職務なのだろうか。
「今回は《アウローラ》の社員は購入できないことにしよう」
トーマが頷いた。
「そうすれば、一般客へ売れる」
「でも、応援してくれてる人を追い返すみたいで悪くない?」
マヤは心配そうだった。
「次にまた作るんでしょー?」
「売れたら作りたいけど」
「なら、今回は買えない人にも、次があるって伝えればいいよー」
「……そうだね」
マヤが頷く。
「次も作る」
「決まりだな!」
トーマが販売条件を書き換えた。
――初回販売分は、一般客および学生を優先。
――《アウローラ》所属者の購入は、次回販売以降。
――一人一台まで。
運営職員は、その条件を通信魔道具へ入力した。
数秒後。
《アウローラ・グランド》地下百階から、悲鳴に近い通信が返ってきた。
◇
「職員は購入禁止!?」
ラグナの叫び声が、最高幹部会議室へ響いた。
「なぜだ!」
「初回販売分を、一般のお客様へ優先するためです」
リゼットが淡々と説明する。
「我も一般客のふりをすればよい!」
「所属情報は入館証で判別されます」
「入館証を外す!」
「施設の最高権限者として登録されています」
「偽名を使う!」
「魔力波形で判別されます」
「魔力を隠す!」
「魂情報で判別されます」
「どこまで確認するのだ!」
「皆様が不正を行う可能性を考慮し、昨夜追加しました」
「我らを信用していないのか!?」
「過去の実績を考慮しています」
ラグナが円卓へ突っ伏した。
「アレンと同じ灯りが欲しかった……」
「まだ次回販売があります」
カレンが慰める。
「初号機ではない!」
「最初から初号機は一台しかありません」
「学院の娘が持っていたではないか!」
「製作者ですので」
「我も製作者になればよかった!」
「魔道具を作れますか?」
「剣なら作れる!」
「今回は照明魔道具です」
別の席では、ヴィオラが購入規則を読み直していた。
「《アウローラ》所属者の定義は?」
「雇用契約または正式な構成員登録がある者です」
クラリスが答える。
「一時的に会長職を辞任すれば?」
セレスが尋ねた。
「会長」
リゼットの声が冷たくなる。
「一台の照明魔道具を購入するために、世界最大企業の会長を辞任しないでください」
「購入後、すぐ復職します」
「人事制度を私用で利用してはいけません」
「では、休職なら?」
「同じです」
「創設者との共通の持ち物を得ることは、経営上も重要です」
「どのような利益がありますか?」
「私の精神状態が安定します」
「私的な利益です」
ミコトは、すでに別の方法を考えていた。
「一般客へ購入を依頼し、後から譲ってもらうことは禁止されていますか?」
「転売防止条項があります」
シズクが答える。
「購入から三十日間、譲渡不可」
「では、三十一日目に」
「本人確認済みの商品利用報告を提出する必要があります」
「誰がそこまで厳しい制度を作ったのです?」
「リゼット様です」
会議室中の視線が、リゼットへ向けられる。
「一般のお客様へ公平に販売するためです」
「あなたは自分も買えないのよ?」
ヴィオラが尋ねる。
「理解しています」
リゼットの表情は変わらない。
しかし、手にした筆記具の先が折れていた。
「……業務上必要な措置です」
「一番我慢しているのは、リゼットでは?」
クラリスが柔らかく微笑む。
「問題ありません」
「耳が下がっていますよ」
「照明の問題です」
「耳は照明で下がりません」
「では、空調です」
使える言い訳が尽き始めていた。
◇
《学生挑戦市場》は、午前十時に開場した。
広い区画には、二百の小さな販売台が並んでいる。
学生が作った魔道具。
手作りの装飾品。
魔法薬。
保存食。
小さな工房が試作した生活用品。
商品を作った本人が売り場へ立ち、客へ直接説明する仕組みだ。
マヤの売り場は、入口から少し離れた場所にある。
特別扱いを避けるため、抽選で決められたらしい。
ただし、その周囲だけ警備員が十人いた。
「ほかの売り場より多くない?」
マヤが尋ねる。
「照明魔道具を扱うからじゃないかなー」
「火も出ないよ?」
「念のためだねー」
正確には、ラグナが軍事部門から千人配置しようとしたところを、カレンとリゼットが十人まで減らした結果だ。
市場の扉が開く。
大勢の客が入ってきた。
「押さないでください!」
「販売台の前では一列にお並びください!」
「《夜机灯》は一人一台です!」
運営職員の案内に従い、列が作られる。
一般客を優先したため、昨日までのパン店のように正式構成員ばかりが並ぶことはなかった。
学生。
商人。
職人。
家庭を持つ人。
さまざまな客が《夜机灯》を見に来る。
「これ、本当に魔石一つで一か月使えるの?」
最初の客は、学院の女子学生だった。
「毎日四時間なら、それくらいです」
マヤが説明する。
「明るさは高級品より少し低いです。でも、本を読むには十分だと思います」
「寮で使っても、同室の子が眩しくないかな?」
「光が机の周りだけへ広がるようにしています」
「試してもいい?」
「もちろんです」
マヤが布で囲まれた体験用の小部屋へ案内する。
《夜机灯》を点灯する。
柔らかな光が、机の上の本だけを照らした。
「これ、いいね」
学生が笑う。
「私、夜に勉強すると同室の子に怒られてたんだ」
「では、一台目でよろしいですか?」
「うん!」
マヤの表情が明るくなる。
「ありがとうございます!」
最初の《夜机灯》が売れた。
マヤは銅貨四十五枚を受け取る。
何度も数えたあと、商品を紙箱へ入れた。
「何かあったら、市場の窓口へ持ってきてください」
「分かった。大切に使うね」
その言葉を聞いて、マヤの手が止まる。
「どうしたの?」
「何でもないです」
マヤは少し照れたように笑った。
「ありがとうございます」
自分が考え、自分の手で作ったものが。
知らない誰かに必要とされる。
初めての経験だったのだろう。
「売れたな!」
トーマがマヤの背中を叩く。
「うん!」
「おめでとうー」
「ありがとう、アレン!」
マヤは最初に受け取った銅貨を、大切そうに革袋へ入れた。
◇
二人目の客は、年配の男性だった。
夜間に倉庫を見回る仕事をしているらしい。
「手に持てるようにできないか?」
「今は机へ置く形だけです」
「そうか。見回り中に使えれば便利だと思ったんだが」
マヤは小さな記録帳へ書き込む。
「持ち手をつける案、考えてみます」
「無理に変えなくてもいいぞ。今のままでも、詰所で使えるからな」
男性は一台購入した。
三人目は、裁縫をする女性。
細かな縫い目を見るには、もう少し光が集中した方がよいと教えてくれた。
四人目は、子どもへ読み聞かせをする母親。
暖かい色の光が選べれば、寝る前に使いたいと言った。
客が来るたび。
マヤの記録帳に、新しい意見が増えていく。
「売るだけじゃないんだな」
トーマが感心する。
「客から、次の商品を作るための情報ももらえる」
「市場を作ってよかったねー」
「お前が考えたんだろ」
「みんなで考えたんだよー」
「また功績を分けるのか?」
「一人じゃ売り場も作れないからねー」
トーマは少し考えたあと、頷いた。
「そうだな」
◇
販売開始から三十分。
《夜机灯》は二十台売れた。
「思ったより早い……」
マヤが残りの商品を見る。
「なくなるのが怖くなってきた」
「売るために作ったんだろ?」
トーマが笑う。
「分かってるけど、全部なくなったら急に不安になりそう」
「次を作ればいいよー」
「九万人分?」
「急に九万台も作らなくていいんじゃないかなー」
「でも、欲しい人がいるなら……」
「マヤ一人で作るんだよねー」
「うん」
「学校もあるし、眠る時間も必要だよー」
「少しくらいなら、夜も作業できるよ」
「作るのが嫌になるまで頑張ったら、次がなくなるよー」
マヤが黙った。
「売れるからって、急にたくさん作らなくてもいいと思うよー」
「でも、期待されてるのに」
「作りたいと思える数だけ作ればいいんじゃないかなー」
「作りたい数……」
「買う人を待たせるのは、悪いことじゃないよ。次も作るって分かれば、待ってくれる人もいるからねー」
マヤは、自分の手を見る。
昨日まで三十台を完成させるため、毎日工房に残っていた。
指先には、小さな傷がいくつもある。
「次は、何台作りたいのー?」
「……五十台」
「増えてるねー」
「今日、いろいろ意見をもらったから。持ち手をつけたものと、光の色を変えたものも試したい」
「それなら、楽しそうだねー」
「うん」
マヤは笑った。
「五十台作る」
「決まりだな」
トーマが販売予定の紙へ記入する。
「次回販売、五十台。完成予定は?」
「二週間後」
「九万人が待ってるぞ?」
「二週間後!」
マヤは、今度は迷わず言った。
「私一人で作れるのは、そのくらいだから」
「いいと思うよー」
俺が答えると、マヤは嬉しそうに頷いた。
◇
その会話は、市場内の通信魔道具を通じて。
地下百階の最高幹部会議室にも届いていた。
「増産設備を作る必要はありません」
セレスが、用意していた計画書を閉じる。
「製作者本人が、五十台と決めました」
「研究部門なら、一日で九万台作れます」
エルシアが答える。
「しかし、それではマヤ・フェルンの商品ではなくなります」
「アレンの意向を優先するのですね」
ミコトが言う。
「売れることを理由に、製作者へ無理をさせてはいけない」
リゼットが、アレンの発言を書き留める。
「今後、《学生挑戦市場》へ出店する全製作者に適用します」
「新しい規則?」
ノエルが尋ねる。
「過度な増産要求の禁止」
「注文が多くても?」
「製作者が自ら生産可能数を決めます」
「企業から大量注文を行う場合は?」
ヴィオラが尋ねる。
「本人の同意と、健康状態の確認が必要です」
「では、私たちの九万件は?」
「注文ではなく、購入希望です」
「いつ買えるの?」
「二週間後の五十台も、一般客優先です」
会議室が静まり返った。
「我らは、いつ買えるのだ?」
ラグナが尋ねる。
「三回目以降です」
「三回目は何台だ!?」
「未定です」
「一生買えぬのではないか!?」
「アレン様は、待ってくれる人もいるとおっしゃいました」
「待てと言われたのか……」
ラグナの表情が変わる。
「アレンが望むなら、百年でも待つ!」
「すでに百二十七年待っています」
カレンが静かに言った。
「照明魔道具を買うだけで、さらに百年待たないでください」
「だが、我慢した方が褒めてもらえるかもしれぬ!」
「その可能性は否定できません」
「カレンも待つのか?」
「……一般の購入者として、順番を守ります」
「顔が少し悔しそうだぞ?」
「照明の問題です」
最近、全員が同じ言い訳を使うようになっていた。
◇
正午前。
最後の一台が売れた。
「完売です!」
運営職員が鐘を鳴らす。
周囲から拍手が起きた。
マヤは空になった販売台を、しばらく見つめていた。
「全部、なくなった……」
「売れたんだよ」
トーマが言う。
「お前が作ったものを、三十人が欲しいと思って買ったんだ」
「うん」
マヤは革袋を持ち上げる。
部品代。
市場の手数料。
次に作るための材料費。
それらを差し引いても、自分の利益が残る。
「私、本当に商品を作ったんだ」
「最初からそう言ってるだろ」
「学院の課題とは違うんだよ」
マヤは、客から受け取った意見が書かれた記録帳を胸へ抱いた。
「次は、もっとよくする」
「無理しないでねー」
「二週間で五十台」
「眠る時間は?」
「毎日七時間」
「食事は?」
「三回食べる」
「授業は?」
「休まない」
「なら、大丈夫そうだねー」
「子どもみたいに確認しないでよ」
「昔からの癖なんだよー」
「私、アレンと同い年くらいでしょ?」
「そう見えるねー」
「見える?」
「何でもないよー」
危ないところだった。
俺は外見だけなら十七歳ほどだが、実際には四百年以上生きている。
マヤたちを見ていると、どうしても子どもへ話すような調子になってしまう。
「三人とも、お疲れさまでした」
運営職員が、小さな箱を持ってくる。
「初回販売成功を記念し、出店者用の徽章をお渡しします」
箱の中には、銀色の小さな徽章が三つ入っていた。
中央に、芽を出した種の紋章が刻まれている。
「《学生挑戦市場》の最初の出店者を示すものです」
「俺ももらっていいのー?」
「企画提案者として登録されていますので」
「また知らない役職が増えたねー」
「役職ではありません」
「本当かなー」
最近は、油断すると知らない間に責任者へされている。
俺たちは一つずつ徽章を受け取った。
◇
市場を出ようとしたところで。
一人目に《夜机灯》を購入した女子学生が、慌てた様子で戻ってきた。
「マヤさん!」
商品を抱えている。
故障だろうか。
マヤの顔が青くなる。
「どうしました!? 煙が出ましたか? 光が消えましたか?」
「違うの!」
女子学生は、《夜机灯》と一冊の古い本を机へ置いた。
「これを見て!」
灯りをつける。
柔らかな白い光が、本のページを照らす。
何も変わったところはない。
「普通に光ってるねー」
「角度を変えると――」
女子学生が《夜机灯》を少し傾けた。
白い光が、紙の表面を斜めから照らす。
その瞬間。
古い本の余白へ、青白い文字が浮かび上がった。
「隠し文字?」
マヤが目を見開く。
「寮へ戻って使ったら、急に出てきたの!」
ページの余白に書かれた文字。
一般的な魔法文字ではない。
けれど俺には、見覚えがあった。
《灰冠の王》の封印へ刻まれていたものと、よく似た古代文字。
ただし。
そこに書かれていたのは、災厄の警告ではなかった。
――安価な灯火を作りし者へ。
――我らの工房を、託す。
その下には、学院都市の簡単な地図。
印がつけられていた場所は。
現在の《アウローラ・グランド》が建つ土地だった。
「また地下かなー」
俺が呟く。
「何か言った?」
マヤが尋ねる。
「今度は、普通の工房だといいねー」
「今度は?」
「何でもないよー」
災厄の騒ぎは、しばらく終わったはずだった。
ただの学生が作った小さな灯り。
その光が照らし出したのは。
《アウローラ・グランド》の、さらに地下に眠る古代工房への入口だった。
最後までお読みいただき、ありがとうございます。
続きが気になる、面白かったと思っていただけましたら、ページ下部からブックマークと評価で応援していただけると嬉しいです。
皆さまの応援が、今後の更新の大きな励みになります。




