第16話 世界最高の研究者が臨時講師に来たのに、学院生へ答えを教えなかった
合同交流会が終わった日の放課後。
俺はトーマと一緒に、王立魔法学院の魔道具工房へ向かっていた。
「まさか、交流会で出した案が本当に来週から始まるとはな」
トーマが、渡された資料を読みながら言う。
「仕事が速い会社だねー」
「速いなんてもんじゃないぞ。俺たちが学院へ戻る前に、出店区画の工事が始まってたらしい」
「空いてる場所を使うだけじゃなかったのー?」
「新しい建物を一つ作ってる」
「試験販売にしては大きいねー」
《アウローラ・グランド》に新設される《学生挑戦市場》。
学生や新人職人が、自分で作った品を小さな売り場で試験販売できる区画だ。
当初は机を数台並べる程度のつもりだった。
ところが、完成予定図には二百の販売台、共同工房、商品倉庫、休憩所、相談窓口まで描かれている。
「最初は二千台作ろうとしてたらしいぞ」
「誰が使うのかなー」
「大陸中の学生を呼ぶつもりだったんじゃないか?」
「地域交流の規模じゃないねー」
「お前が案を出すと、何でも世界規模になるよな」
「俺のせいじゃないと思うよー」
「最近、その言葉にも自信がなくなってきた」
トーマが深いため息をついた。
今日の目的は、市場へ最初に出す商品の試作品を完成させること。
商品を作るのは、同じクラスのマヤ・フェルンだ。
魔力消費を抑えた、小型の照明魔道具。
高価な魔石を買えない学生でも、夜に勉強できるよう考えた品らしい。
「売り方と値段は、俺に任せろ」
トーマが胸を張る。
「実家の商会で、商品の並べ方くらいは見てきたからな」
「頼りになるねー」
「アレンは魔法回路を見てくれ」
「俺でいいのかなー」
「最新術式の欠陥を見抜いた奴が何を言ってるんだ」
「偶然だったんだけどねー」
「偶然で世界中の教科書を古くするな」
工房の前まで来る。
扉には、見慣れない張り紙が貼られていた。
――本日、外部技術者による特別安全指導を実施。
――関係者以外の立ち入りを禁止する。
「外部技術者?」
トーマが首を傾げる。
「《アウローラ》から、専門家が来るらしいよー」
「学生の試作品一つに?」
「安全確認は大事だからねー」
扉を開ける。
広い工房の中央で、マヤが待っていた。
作業着の袖を肘までまくり、机の上に部品を並べている。
「来たね、二人とも!」
「待たせたー?」
「私も今、準備が終わったところ」
マヤの机には、小さな円盤型の照明魔道具が置かれていた。
手のひらほどの大きさ。
表面に光属性の術式。
中央には、一般家庭でも使われる小さな魔石が取りつけられている。
「これが試作品?」
「うん。昨日見せたものを、少し作り直したんだ」
マヤが魔力を流す。
円盤の中央から、柔らかな白い光が広がった。
「明るいな」
トーマが手をかざす。
「普通の照明魔道具と変わらないように見えるぞ」
「明るさは少し低いよ。でも、消費する魔力は五分の一以下」
「十分じゃないか!」
「問題は、長時間使うと光が不安定になること」
マヤの言葉どおり、光が小さく揺れ始めた。
明るくなる。
暗くなる。
しばらくすると、円盤の一部から薄い煙が上がった。
「危ないねー」
「また失敗か……」
マヤが慌てて魔力を止める。
「昨日から、そこだけ直せないんだ」
「学院の先生には聞いたのか?」
トーマが尋ねる。
「基本構造から作り直せって言われた。でも、それだと高価な部品が必要になる」
「安く作る意味がなくなるな」
「だから困ってるの」
マヤは煙の上がった円盤を見つめる。
「学生挑戦市場の最初の商品に選んでもらったのに、このままじゃ出せないよ」
そのとき。
「出せません」
工房の奥から、静かな女性の声が聞こえた。
灰色の髪をした女性が、作業台の間から歩いてくる。
質素な研究員の制服。
眼鏡。
手には検査用の魔道具。
外見は変わっている。
けれど、中身はエルシアだった。
その後ろから、緑髪の女性助手が飛び出してくる。
「このまま販売した場合、百台に三台くらい煙が出ます!」
ノエルだ。
「それは駄目だねー」
「はい! パンなら少しくらい焦げても食べられますが、魔道具から煙が出るのは危険です!」
「比較するものが違わないかなー」
「昨日までパン店を調査していたので!」
ノエルは元気よく答えた。
「こちらは、《アウローラ》魔導研究部門のエル先生と、助手のノアさんです」
マヤが二人を紹介する。
どうやら偽名まで用意したらしい。
「よろしくお願いいたします」
エルシアが、一般職員らしく小さく頭を下げる。
「よろしくお願いします!」
ノエルも続いた。
「アレン、知り合いか?」
トーマが小声で尋ねる。
「前に研究部門の面談で会った人に似てるねー」
「似ているだけなのか?」
「世の中には似た人がいるからねー」
「またそれかよ」
エルシアは試作品を手に取った。
検査用の魔道具をかざす。
空中に、複雑な魔力回路が表示された。
「安全基準を満たしていません」
迷いのない判断だった。
マヤの肩が下がる。
「やっぱり、全部作り直さないと駄目ですか?」
「問題点は三つあります」
「三つも……」
「一つ目。魔石ごとの出力差を吸収できていません」
エルシアが回路の一部を示す。
「安価な魔石は、品質が均一ではありません。同じ回路でも、流れる魔力量に差が出ます」
「高品質な魔石へ変えれば直りますか?」
「直ります」
「でも、値段が五倍になります」
「はい」
それでは、学生向けの商品ではなくなってしまう。
「二つ目。光量を一定に保つ回路が、余剰魔力を熱へ変換しています」
「それで煙が出たんですね」
「三つ目。熱を逃がす構造がありません」
エルシアは、試作品を机へ戻した。
「以上です」
「直し方は……?」
「自分で考えてください」
マヤが目を丸くした。
「教えてくれないんですか?」
「私は、安全検査の担当です」
「でも、世界最高の会社の研究員なんですよね?」
「答えを教えることはできます」
エルシアが静かに言う。
「ですが、それでは次の問題が発生したとき、あなたは再び誰かへ答えを求めます」
マヤが黙る。
「この魔道具を考えたのは、あなたです」
「はい」
「ならば、まず自分で直してください」
厳しい言葉に聞こえる。
けれど、昔のエルシアなら、すべて自分で直していたはずだ。
答えを教えるより、自分で考えさせる。
そんな教え方をするようになったのは、少し意外だった。
「エル先生、少し厳しくないですか?」
トーマが尋ねる。
「商品として販売する以上、必要です」
「安全を守る仕事だからねー」
俺は、机に置かれた試作品を見る。
「マヤは、どうして光を一定にしようと思ったのー?」
「明るさが変わると、本を読みにくいと思って」
「魔石の出力が強くなったときは?」
「回路で余った魔力を……熱に変えて……」
マヤの声が止まる。
自分で問題へ気づいたらしい。
「熱にしなかったら、どこへ送ればいいかなー」
「魔力を外へ逃がす?」
「それだと、もったいないねー」
「じゃあ……」
マヤは空中へ回路を書き始めた。
余剰魔力を逃がす線。
途中で手を止める。
「光が弱くなったときのために、内部へ残しておけば……」
「保存回路は高価です」
エルシアが指摘する。
「別の部品を増やせば、商品の価格が上がります」
「新しい部品を使わずに……」
マヤが眉間へしわを寄せる。
机の上には、光を作る回路。
魔石から魔力を受け取る回路。
光量を調整する回路がある。
「受け取る側を、少し閉じればいいのかな」
「どういうことだ?」
トーマが尋ねる。
「余った魔力を処理するんじゃなくて、最初から必要な分だけ受け取るの」
マヤが魔力回路の一部を書き換える。
魔石から一方的に流れていた線へ、戻り道が追加された。
光が強くなりすぎたとき、入口を狭める。
弱くなれば、再び広げる。
「できそうだねー」
「まだ分からないよ」
マヤは急いで試作品の回路を書き換える。
もう一度、魔力を流した。
白い光が灯る。
先ほどより少し弱い。
しかし、揺れていない。
「安定しています!」
ノエルが検査用の魔道具を見る。
「消費魔力も、前より少なくなっています!」
「やった!」
マヤが笑う。
だが、エルシアの表情は変わらない。
「残り二つです」
「一つ直したのに、まだ二つあるんですか?」
「問題点は三つと申し上げました」
「そうでした……」
マヤの喜びが、すぐに消えた。
「余剰魔力の発生量は減りました」
エルシアが円盤へ触れる。
「ですが、完全にはなくなっていません」
「少しくらいの熱なら、大丈夫じゃないですか?」
「一時間の使用で、机の表面温度が十一度上昇します」
「机が?」
マヤが試作品の下へ手を入れる。
「あ、本当だ。魔道具より、机の方が温かい」
「不思議だねー」
俺も机へ触れる。
「熱が下へ集まってるみたいだねー」
「下へ……」
マヤが、円盤をひっくり返した。
底面には、魔道具を安定させるための金属板が取りつけられている。
「この板が、熱を机へ伝えてる?」
「はい」
エルシアが答えた。
「でも金属板を外すと、魔法陣が歪んじゃう」
「別のものに変えたら?」
トーマが尋ねる。
「金属と同じくらい硬くて、熱を伝えにくくて、安い材料なんて――」
マヤが工房内を見回す。
棚。
作業台。
材料箱。
その中に、割れた陶器を捨てる籠があった。
「陶器……」
マヤが小さな欠片を手に取る。
「魔法陣を全部支える必要はない。金属板と机の間に、薄い陶器を挟めば……」
彼女は円盤の下へ、四つの小さな陶器片を取りつけた。
机との間に、わずかな隙間が生まれる。
「もう一度、試します」
光を灯す。
十分。
二十分。
三十分。
明るさは変わらない。
煙も出ない。
机の温度も、ほとんど上がっていなかった。
「安全基準を満たしました」
エルシアが検査結果を表示する。
「やった……」
マヤが椅子へ座り込んだ。
「できた!」
「おめでとうー」
「アレンのおかげだよ!」
「俺は何も直してないよー」
「質問してくれたじゃない」
「考えて直したのは、マヤだからねー」
「でも、一人だったら基本構造から作り直してた」
「作り直すのも、悪くはないと思うよー」
「そうかもしれないけど……」
マヤは完成した試作品を、両手で大切そうに持つ。
「私は、この形を残したかったの」
「なら、残せてよかったねー」
「うん!」
その様子を、エルシアが静かに見ていた。
「エル先生」
ノエルが小声で話しかける。
「どうしました?」
「うれしそうです」
「安全な商品が完成したためです」
「アレン様が、昔と同じ教え方をしたからでは?」
「ノア」
「偽名で怒られると、少し変な感じです!」
ノエルが口を両手で塞いだ。
トーマには聞こえていなかったらしい。
「マヤ」
エルシアが完成品へ検査済みの印を入れる。
「この魔道具は、販売可能です」
「ありがとうございます!」
「ただし、三十台までは一台ごとに検査を行ってください」
「全部ですか?」
「品質を安定させるまでは必要です」
「分かりました」
「製作記録も残してください。失敗品も捨てず、原因を書き込むように」
「はい!」
先ほどまで落ち込んでいたマヤが、素直に頷いている。
「厳しいけど、いい先生だねー」
「先生ではありません」
エルシアが俺を見る。
「私は、あなたの――」
言葉が止まる。
トーマとマヤがいることを思い出したらしい。
「……《アウローラ》の一般研究員です」
「今、別のことを言おうとしなかったか?」
トーマが尋ねる。
「研究員です」
「間が長かったぞ」
「発声前に、文章を修正しました」
「正直だな」
「嘘は苦手です」
その点は昔から変わっていない。
◇
商品が完成すると、次は価格を決めることになった。
トーマが、部品代と作業時間を書き出す。
「魔石が銅貨十四枚。外枠が六枚。回路用の魔力インクが三枚。陶器片は……」
「捨てるものを使うから無料?」
マヤが言う。
「無料にしたら駄目だ」
「どうして?」
「毎回、都合よく同じ陶器片が手に入るとは限らない。商品を作り続けるなら、材料として用意する費用を考えないと」
「なるほどー」
「アレン。お前も売り手側だろ」
「パン屋さんでは、値段を決めてないからねー」
「店員でも、少しは考えろ」
トーマは、製作費と販売手数料を計算する。
「全部合わせて、銅貨三十枚くらいだな」
「じゃあ、三十二枚で売る?」
マヤが尋ねる。
「安すぎる。失敗品が出たら赤字になる」
「でも、高くしたら学生が買えないよ」
「だからって、作るたびにマヤが損をしたら続かない」
トーマが紙へ数字を書く。
「最低でも銅貨四十五枚」
「高くないかな……」
「同じ明るさの照明魔道具は、銀貨一枚以上する。銅貨四十五枚でも半額以下だ」
「でも、私は学生だよ?」
「学生が作ったから安くしなきゃいけない、という決まりはないだろ」
トーマの表情は、いつもより真剣だった。
「売る人が続けられない値段にしたら、買いたい人も次から買えなくなる」
「続けられる値段かー」
俺が呟く。
「それがいいんじゃないかなー」
「アレンもそう思う?」
「うん。せっかく作ったんだから、次も作れるくらいは残った方がいいよー」
マヤが少し考えたあと、頷いた。
「分かった。銅貨四十五枚にする」
「決まりだな」
「その価格で、十分な利益を確保できます」
エルシアも承認する。
「《学生挑戦市場》の販売手数料は、売上の五パーセントです」
「五パーセントだけ?」
トーマが驚く。
「安すぎないか?」
「当初は無料でした」
ノエルが答えた。
「ですが、無料だとお店を続けるためのお金がなくなると、リゼットさんが言っていました!」
「リゼットさん?」
「一般職員のリゼットさんです!」
「また、アレンの知り合いか?」
トーマが俺を見る。
「似た名前の人が多い会社なんだねー」
「誤魔化し方が雑になってきたぞ」
◇
試作品を市場へ登録するため、申請書を書く。
商品名。
価格。
製作者。
商品の説明。
「名前は、何にする?」
トーマが尋ねる。
「小型低消費魔力照明器でいいんじゃない?」
「固すぎる。売るなら覚えやすい名前が必要だ」
「アレンは、どう思う?」
マヤに聞かれ、完成した照明魔道具を見る。
高価な部品は使っていない。
小さくて。
明るすぎず。
机の上で本を読むには十分な光。
「夜机灯とかー?」
「そのままだな」
「分かりやすいよー」
「私は好きかも」
マヤが申請書へ書き込む。
――商品名《夜机灯》。
「製作者は、マヤ・フェルン」
トーマが読み上げる。
「共同製作者、アレン・クロフォード」
「俺の名前はいらないよー」
「どうして?」
マヤが筆を止める。
「回路を直すのを手伝ってくれたじゃない」
「直したのはマヤだよー」
「でも――」
「俺は、どこが温かいか聞いただけだからねー」
「それが大事だったんだよ」
「次の魔道具を作るとき、俺がいなくても作れるでしょー?」
「……うん」
「なら、マヤの発明だねー」
マヤが、じっと俺を見る。
「アレンって、変な人だね」
「よく言われるよー」
「普通は、自分の名前を残したがるのに」
「俺は普通の学生だからねー」
「今の話と関係ある?」
「あると思うよー」
マヤは少し笑って、共同製作者の欄を空白にした。
「分かった。製作者は私だけにする」
「うん」
「その代わり」
マヤは、机の上に置かれた試作品を俺へ差し出した。
「最初に完成した一台は、アレンにあげる」
「俺に?」
「手伝ってくれたお礼」
「売らなくていいのー?」
「これは試作品だから。それに、アレンが使ってくれたら、壊れないか確認できるでしょ?」
「それなら、大事に使うねー」
「うん!」
俺は《夜机灯》を受け取った。
小さな円盤から、柔らかな光が広がる。
学生寮の机に置けば、本を読むときに便利そうだ。
◇
同じ頃。
《アウローラ・グランド》地下百階。
最高幹部会議室では、緊急警報が鳴り響いていた。
『学院の女生徒から、アレン様へ個人的な贈り物が渡されました』
巨大映像には、《夜机灯》を受け取る俺の姿が映っている。
「個人的な贈り物……」
セレスが、低い声で繰り返す。
「しかも、世界に一つしかない最初の完成品です」
リゼットが報告する。
「我らが次の給料で贈り物を受け取る前に!」
ラグナが立ち上がった。
「学院の娘が先を越したのか!?」
「贈り物を競争にしないでください」
カレンが止める。
「しかし、アレンは『大事に使う』と約束しました」
ミコトが音声を再生する。
『それなら、大事に使うねー』
「永久保存級の発言です」
「再生を止めなさい!」
セレスの声が響く。
「なぜですか?」
「今は聞きたくありません!」
「現実から目を逸らしてはいけません」
シズクが淡々と告げる。
「マヤ・フェルン。恋愛警戒度を上方修正」
「どの程度だ?」
ラグナが尋ねる。
「中度から高位へ」
「最高位ではないの?」
ヴィオラが扇を強く握る。
「アレン様から贈り物を返されていません」
「では、返礼品が渡された時点で最高位に変更します」
「返礼品を買わせなければよいのね」
「妨害は禁止です」
クラリスが微笑んだ。
「アレン様がお嫌がりになります」
「分かっているわ」
ヴィオラは不満そうに目を逸らす。
「問題ありません!」
ノエルが元気よく手を上げた。
「同じ照明魔道具を、私たちも買えばいいんです!」
「同じではありません」
エルシアが即座に否定する。
「アレンが受け取ったものは、最初の完成品です」
「では、二号機を買います!」
「番号が違います」
「三号機!」
「さらに離れました」
「十台作ってもらって、一人一台ずつ買えば公平です!」
「アレンと同じものを持つ、という点では有効です」
セレスたちの表情が変わった。
「《夜机灯》の販売予定数は?」
セレスが尋ねる。
「初回は三十台です」
リゼットが答える。
「十台を確保してください」
「学生や一般客の反応を確認するための商品です」
「では、一般客として購入します」
「最高幹部十人が開店前から並べば、正体を疑われます」
「変装します」
「前回も疑われていました」
「今度こそ完璧に演じます」
十人が真剣な表情で頷く。
一般店員のふりすら満足にできなかった女性たちだ。
一般客として、自然に一台ずつ購入できるとは思えない。
「それとは別に」
リゼットが、新たな報告書を表示した。
「《夜机灯》の商品登録情報が、先ほど市場の公開一覧へ掲載されました」
「予約状況は?」
「販売開始前のため、予約機能はありません」
「ならば問題ないな」
「いいえ」
リゼットが画面を切り替える。
公開から、わずか三分。
商品詳細を閲覧した《アウローラ》女性社員の数。
十二万八千四百三十二名。
購入希望として、市場運営部門へ送られた問い合わせ。
九万一千件。
「多すぎませんか?」
クラリスが微笑んだまま尋ねる。
「アレン様が開発へ関わり、最初の一台を所有されているという情報が、内部通信で広がっています」
「誰が情報を流したのです!」
セレスが立ち上がる。
会議室の全員が、ミコトを見る。
「私ではありません」
「本当ですか?」
「今回は」
「今回は?」
「重要情報として記録しただけです」
「その記録を、情報部門の職員が閲覧したのでは?」
「閲覧権限を持つ者は多くありません」
「何名ですか?」
「三万二千名ほどです」
「十分に多いです!」
初回販売数は三十台。
購入希望者は九万人以上。
《学生挑戦市場》最初の商品は。
販売開始前から、世界最大企業の女性社員による争奪戦へ巻き込まれようとしていた。
俺はまだ何も知らない。
完成した《夜机灯》を鞄へ入れながら。
「これで、夜も本が読めるねー」
そんな普通のことを考えていただけだった。
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