第三話
「お姉ちゃんを雇うって話、悪いがありゃなしだ」
歓迎の言葉に続いて、褐色肌の少女――茶木まひるが俺たちへ投げた二言目がそれだった。
早い。
俺たちはまだ部屋に入って、二歩くらいしか進んでいない。
コロが仕事の報告をするどころか、俺なんて目の前の中学生が本当に組長なのかすら飲み込めてないってんだ。
背後で重たい扉が閉まる。
見た目は木製だが、中身は何か別物。
ごうん、と腹に響く音を最後に外の気配が完全に途絶えた。
廊下を歩いている時には聞こえていた庭の虫の声や子分の足音も、何一つ入ってこない。
室内にいるのは、俺とコロ。
巨大な黒檀の机の向こうに座る茶木まひる。
その背後に立つ、小指のない派手なスーツの齋藤。
四人だけだ。
窓はない。
壁は分厚い。
何かあっても、助けを呼ぶ声すら外には届かなそうだった。
いや、そもそもヤクザの組長室で何かあった時、誰に助けを求めればいいんだよ。
「ま、そんなことだろうとは思ってたけどね。表の二人でしょ」
「察しのいいこって」
茶木は牛乳パックのストローをくわえた。
ずぞぞ、と中身を吸い上げてから、机の上へ戻す。
「殺った殺られたの話なんでな、誰が生き残るかなんて怪しいもんだ。だから並行していくつかの殺し屋を試してたんだよ」
「流石、組織の頭を張る人はそうでなきゃね」
「あの兄弟は腕もあるし、筋も通す。なにより任侠を感じる男気が気に入ったのさ」
驚きも怒りもない。
それどころか、本気でどうでもよさそうな声だった。
こいつ、自分で仕事受けたくせに何でそんな反応なんだ。
つーか、なんだかすんなりと何事もなく終わりそうな雰囲気だしてくれているが、この流れヤバいんじゃないのか......?
俺の背中に冷たい汗が流れるのを感じる。
じわりと掌が滑り始める。
どうする、何を話せばいい!?
「マツから聞いてるよ。仕事は上手いこといったらしいな」
「まぁね」
「強かったか?」
「やる気なかったみたい」
「...... そうかい」
コロはポケットへ両手を突っ込んだまま、わずかに顎を上げた。
「じゃ、これでアタシの話はおわったけど」
「なんだぁ、まだなんかあんのかよ。あ、斗真への報酬か? もちろん払うぜ。十万だったよなちょっと待ってろよ」
「あぁ報酬ね。ほいじゃ、おにーさんもアタシの百万よろしくね」
「えー? お姉ちゃん百万円で雇われてたのー? 初耳~、斗真すごいねぇ!」
くっそ、こいつらマジで......
なにか、何か絞り出さねぇとマジでヤバイ。
「...... あぁ、俺からもあるんだが......」
とりあえず考えがまとまるまで、何か!
「...... そういや随分静かだな。下にもほとんど人いなかったけど」
「あ? あぁ、この部屋は遮音性高く作ってるってのもあるが、そもそもあんま人が居ねぇんだ。よその組と揉めててな」
茶木が椅子の上で足を組む。
「若いのはだいたい出払ってる。ま、柄の悪い連中がいねえ方が、静かで話しやすいってもんだぜ」
「...... ここに残ってる連中だけで十分柄悪いけどな」
「ギャハ、おい齋藤、こいつあちきに喧嘩売ったぞ。どうすんだー」
「おんどりゃクソガキィ!? テメェこら吐いた唾飲むまで奥歯ガタガタ言わしちゃるけんのぉ!? オォ?」
齋藤が唐突に壁を殴りつけ唾を飛ばす。
何を言ってるのかはよくわからん。
よくみるとちょっとサングラスの奥の目が泳いじゃってるし。
急に振られて、多分おっさんも苦労してるんだな。
しかし、うーんダメか......
なんか時間かけるほど悪化しそうだし、もう出たとこ勝負しかねぇや。
そう腹を決めて、思い切って金の話を切り出してみる。
「喧嘩売ってるわけじゃねぇけど、ほら、コイツの仕事の報酬もらわねぇとよ」
「報酬~? プッ、ククッ」
茶木がきょとんと目を丸くした後、ぷっくりと頬を膨らませる。
一瞬だけ見れば、どこにでもいる生意気な中学生だ。
だが、拳銃の隣でそんな顔をされても、まったく微笑ましくない。
「今回のこいつの料金は、そっちが払うんだよな?」
「なんでぇ? なんでウチが払うのさぁ? プククッ」
想像してた通り、やっぱり俺に支払いをかぶせるつもりだったか。
じゃあ終わったか、終わったなぁこれ。
流石にヤクザ相手に無理やりいうこと聞かせるってのは無茶だよなぁ。
まぁ今それをやるのはいいとしても、今後一生狙われそうだし......そしたら妹があぶねぇし。
「お前のスマホが、そこのお姉ちゃんと契約したんじゃねえか。なぁ?」
「その通り」
コロが、こくりと頷いた。
その態度についプチッと来てしまう。
「いや、お前は少しくらい俺の味方しろよ!」
「えー、いやアタシはそういう交渉得意じゃないし、仕事でもなけりゃ責任もないもーん」
「金もらえなくて困るのはお前も一緒だろ!?」
「べつにー? 人間一人いりゃそれなりの伝手でお金には変えられるし」
「はぁ?」
「わかんない? 別におにーさんは百万円分の資産もう持ってるって話だよ」
「テメェ......」
「仕事は終わった。だからアタシは、アタシの契約者に金を払ってもらうだけ」
「依頼を出したのは赤髪の女だろうが!」
「じゃー証明できんの? もう本人死んじゃってるけど」
「端末を貸せって言ったのはこいつらだ!」
「アタシと契約してんのはおにーさんだよねー? くみちょー」
「ギャハ、ギャハ! そうだよー! あちきらは昼間斗真に十万で仕事を頼んだだけだぜ~」
俺とコロのやり取りを眺め、腹を抱えて爆笑する茶木。
興味なさそうにスマートフォンをいじるコロ。
頭の中の家計簿が、見たこともない赤字で真っ赤になり、俺の心は死んでいた。
こいつらマジでふざけてやがる、そんなに人間一人追い込むのが楽しいかよ。
何も言えずにいると、ひとしきり笑い終わった茶木が牛乳パックを放り投げた。
齋藤がそれをキャッチする。
「あー笑った。つまりよぉ、どんな下請けを使っていくらでなんの契約したかなんて元請けの責任だろ? 斗真はお姉ちゃんに"勝手に"依頼したんだから、ウチはなーんの関係も無いよねー」
「その通り。下請けには上の事情なんか関係ないし」
「...... そうかよ」
マジで終わった。
どうしようもねぇ、やっぱこんなところ来ないでさっさと夜逃げでもするべきだったか。
マジで冷静じゃなかった、何でこんな女と一瞬でも打ち解けちまったんだよ......
歯を食いしばり何も言えない俺に、追い打ちをかけるようにコロが詰め寄る。
「ほら、アタシのスマホにも契約者の電話番号として、おにーさんのが登録されてるでしょ。ちゃぁんと、よーくみて」
コロはポケットから自分のスマートフォンを取り出し、画面を向ける。
そこに表示されていたのは、シンプルな文章だった。
そうか──
まだ可能性はある。
この状況、一つだけ俺には有利な点があるんだ。
後はいかに話を通すか、それ次第だが、まだいける。
そう思い思考を逡巡させたところだった。
プルルルルルッ...... プルルルルルッ......
現代には珍しい固定電話、組長室の机に備え付けられた白い電話が音を鳴らした。




