第二話
死体と相乗りする送迎車なんて、生涯で一度きりにしたい。
そう願いながら、俺は黒塗りのワゴン車に揺られていた。
運転席には、鉄鷲会から寄越された白手袋の老人。
助手席には、ついさっき俺の部屋で人を撃ち殺した、灰色のフーディーに黒スパッツの女。
後部座席には俺。
そして、さらに後ろの荷室にも女が一人乗っている。
誰も言葉を発さない車内の空気は、居心地最悪だ。
せめてラジオでもかけてくれりゃあ気も紛れるもんだがな。
「そういや、お前」
俺の声に、助手席の女がぼさぼさの黒髪を手櫛で流しながら気だるげに振り返る。
真っ黒な瞳は、相変わらずどこをみているのかわからん。
「名前は?」
「聞かない方がいいんじゃなーい? また短い付き合いになるかもよ」
「だから、聞けるときに聞いておこうって思ったんだよ」
「ほーん」
女は腕を組んで軽く考える仕草をした後、再度振り返る。
「じゃ、"コロちゃん"って呼んでよ。 殺しのコロちゃん! 可愛くね?」
「......」
「覚えやすいでしょー」
気の抜けたやり取りに思わずため息が出る。
これから起きることを思えば、いくら吐いても吐き足りない。
俺はこれからヤクザの事務所に乗り込んで、組長から金の取り立てをしなきゃあならないのだ。
流石に意味が分からない、無理だろ。
「顔色悪いよ。車酔い?」
「死体酔いだよ」
「へえー、そんなのあるんだ」
「俺も今知った」
「酔い止めいる?」
「何を出されるかには興味があるな」
「ばっかだなぁ、殺し屋がそんなもん持ってるわけないじゃん」
「はぁ......」
住宅街を抜け出し、車は郊外へと進んでいくようだった。
窓の外を流れていた民家の明かりが、少しずつ消えていく。
夜の闇が濃くなり、周りには木々が並ぶことしか認識できなくなった頃、ゆっくりと車は減速を始めた。
「到着いたしました」
老人が初めて口を開く。
車が止まった先には、鉄製の巨大な門。
俺の家なら、建物ごと押し潰せそうな厚みがある。
中央には金色の鷲が翼を広げ、その両目だけが不気味に赤く光っていた。
門柱の上には監視カメラ。
俺たちの動きに合わせて、黒いレンズがこちらを向く。
「すげえなー」
「そぉ?」
「うちのアパートの防犯設備なんて『猛犬注意』のシールを貼ってるだけだぜ。犬いねえけど」
「効果あんのそれ」
「不法侵入の前例が一件、しかもごく最近だ」
「こわー、戸締りはちゃんとしときー」
「次は窓枠にも張っとくわ」
荷室からボディバッグを降ろす。
というか、これ一人だとどう持ちゃいいんだこれ。
両サイドに取っ手がついてるから明らかに複数人用だが、運転手の爺もコロも手伝うそぶりも見せない。
よくわからないので、お姫様だっこを採用してみた。
「おぉー、女性の扱いに慣れてるねー」
「うるせぇ、つーか殺し料金百万円の中に運搬費は含まれてねえのかよ」
「死体運搬はオプションだよ」
「今初めて聞いたぞ」
「契約書に書いてありますので」
「クソが」
俺が声を荒らげると、監視カメラが上下に動いた。
まるで笑っているようだ。
直後、重い駆動音とともに、鉄門が左右へ開き始めた。
門の向こうには、豪邸と呼ぶ以外に表現のない建物があった。
三階建ての洋館。
白い外壁と黒い屋根。
左右対称に並んだ窓。
玄関まで続く石畳の両側には、手入れされた植木と洋風の街灯。
庭の奥には、照明に照らされたプールまである。
住居というより、金持ちの悪役が最終決戦で爆破されるために用意した舞台ってとこか。
「家賃いくらだこれ」
「買ってんじゃない」
「家って買えんのか?」
「くふふ、そりゃあね」
爺はついてこない。
二人で石畳を進んでいく。
ボディバッグの底が地面に擦れ、俺は慌てて持ち上げた。
死んでいるとはいえ、人様の身体を引きずるのは気分が悪い。
「止まれ」
低い声が飛んできた。
進行方向に二つの大きな影。
妙にでかい、最初は庭木かと思ったが違う...... あれは人だ。
スーツを着た二メートル超の人間二名。
片方は角刈り、片方はスキンヘッド、年齢は四十代くらいだろうか。
彫りの深い顔立ちに、首が分厚すぎて第一ボタンが閉まっていない。
誰かを壊すために使ってきた身体だ。
「何だその袋」
「死体」
スキンヘッドのガラついた太い声に萎縮することもなく、コロが即答した。
男の眉間に、深いしわが刻まれる。
「聞かれたことに正直に答えただけじゃん、何か問題?」
「内容じゃねーよ、言い方ってやつだ。あるだろ? 敬意を払った言い方ってやつがよ。そうしねぇってことはお前ェ、ナメられてんなって思われても仕方ねぇ」
「......? 初対面で何に敬意を感じんのよ」
俺は今すぐこいつの口を縫い合わせたくなった。
急いでコロの前に出て静止する。
「ちょ、ちょ、まてよ! 何でお前そんな好戦的なんだよ」
「いや、いきなりマウント取りに来るコイツのほうがよっぽど...... 」
「わーった! わーったからちょっと黙れって!」
スキンヘッドの男のこめかみに青筋が走る。
今にも殴りかかってきそうなところに水を差すように、角刈りの男が豪快に笑った。
「悪いな。こいつ、緊張しぃなんだ。初めましてだと顔が怖くなっちまう」
「兄貴ィ、勘弁してくれよ」
「いいから、ここは俺に譲ってくれ。タケ」
スキンヘッドの男の気勢がそがれ、握られた拳もほどかれた。
あぶね~、いきなりヤクザの本拠地で殴り合いとか始まったらどうしようかと思った。
コロ、本当マジでこいつ怖い物ナシかよ。
ひとまず硬直した空気を解くように、角刈りの男が自分の胸を親指で示しながら口を開く。
「マツでいい、こっちはタケだ、今は門の見張り中ってとこだな」
「斗真とコロっす。すみません、ウチの連れがご迷惑を」
「いや、お互い様だ」
マツがボディバッグへ目を向ける。
「ずいぶん大事に抱えてんな、知り合いか」
「名前も知らないっすよ。でもまぁ、わざわざ雑に扱う理由もない」
マツはニッと歯を見せて笑うと、俺からボディバッグを受け取り、同じようにお姫様だっこで抱え上げた。
その様子をみてコロは肩をすくめ、口角を引き上げる。
「痛がりゃしないよ」
「仏はな。だが俺達は自分の心のためにそうするのさ、だよなボウズ」
突然の問いに、俺はつい頷いた。
そんなに深く考えていたわけじゃないが、直感的にその通りだなと思った。
だが、その様子を見ていたコロは不満げだ。
いや、黒目ガン開きで何考えてんだかわかんねぇけど。空気的に。
「ご立派なお考えに感服するよ。ところで、あんたヤクザぁ? 殺し屋ぁ?」
「強えェ方だ」
幾度となく喧嘩を繰り返してきた俺だ。
一目見れば強いのは分かっていた、当然ながら二人とも強い。
しかし、このマツという男はどうやらタケと比べても一段違う強さを持っている。
それは技術や体力ではなく、心の強さ、信念の堅さ。
自らの振る舞いに迷いがない、そういう奴の拳は一段と硬くなる。
「...... あっそ」
静寂。
コロももう下手に絡む気はなさそうだ。
角刈りの男がボディバッグを抱えたまま、背を向けてどこかへ行こうとする。
思わず、俺は声をかけた。
「その人、どうするつもりっすか」
「冷房の効いた部屋で寝かせてくる。ご希望ならドライアイスもつけるぜ」
「...... いえ、ありがとうございます」
顔は怖いが、やはり話の通じない人間ではない。
それどころか、俺はこのマツという男が嫌いではないようだ。
コロのほうは、どうやら逆のようだが。
ふと、スキンヘッドのタケが視線を俺へと向けた。
「ふっ、素人の高校生だっていうからもっとガチガチに震えてると思ってたんだがな。大したタマだ」
震えていないように見えるなら、日頃の努力の成果だ。
ヤクザの本拠地に死体持ち込んで、怖い顔の巨人に囲まれてんだからな。
実際には緊張しっぱなし、まるでジェットコースターで落ちる瞬間みたいに胸がふわふわして気持ち悪いわ。
「組長に会うんだろ、ならこの道をまっすぐ行って屋敷に入れ。話は通ってるからよ」
「あざっした」
タケの横を通り抜けようとした時、学ランの胸元から何かが滑り落ちた。
小さな革のケース。
生徒手帳だ。
「あ」
俺が拾い上げるより先に、タケがそれを拾い上げた。
ケースが少し開き、中に挟んでいた写真が覗く。
俺と妹が並んで写っている、何年か前の写真。
妹はまだ小学生で、俺の腕にしがみついて笑っている。
俺は今以上に目つきが悪く、写真を撮られるのが嫌で露骨に不機嫌そうな顔をしていた。
「お前も兄貴か」
手帳を覗き込んだマツが言う。
「…… そうっすね」
「俺もだ」
マツが隣のタケを親指で示す。
「どっちかっつうと、俺が兄貴の面倒見てるけどな」
「お前、そういうこと言うと兄ちゃん泣いちゃうぞ」
「勝手に泣け」
マツが笑い、タケが生徒手帳を俺に投げ渡す。
俺はそれを受け取り、大事に胸ポケットにしまい込む。
「家族は大事だよな」
タケは相変わらず眉間にしわを寄せた顔で俺に言った。
「っすね」
「何があったかは知らねぇが、自分だけ格好つけて死んでも残された方はたまったもんじゃねえからな」
「わかってますよ」
「わかってる奴はこんなとこ来ねぇんだよ」
タケはそう言い残し、門前の持ち場へ戻っていった。
マツもボディバッグを抱えたまま、冷蔵室があるという建物の裏手へ向かう。
それを軽く見送って、俺達もまた屋敷へと歩を伸ばした。
数歩進んだところで、コロが小声ではなしかけてくる。
どうやらもう機嫌は直ったようだ。
「なぁに敬語つかってんのよ、ビビった?」
「俺は悪意を感じなきゃ、年上にそんな当たり強くねぇよ」
「えー! じゃあアタシはどーなんよ!」
「おめーは初対面最悪だろうが! あと"おにーさん"とか言ってただろ!」
「てへぺろ」
「...... ん? いやちょっとまって、もしかして俺が思ってるより...... 上?」
「さてねー、"コロちゃん"って呼んでくれたらおせーてあげる」
「いいよ...... なんか怖いし......」
「は?」
マジで何歳なんだろう...... 酒は合法って言ってたから二十歳は超えてるよな......?
てへぺろって何年前の流行りだっけ......
俺は恐ろしくなって考えるのをやめた。
気が付けば組長の屋敷は目の前だ。
抜けた気を入れ直さないと、マジでヤバイ。
『鉄鷲会茶木組』と書かれた分厚い扉が横へ滑る。
屋敷の中は豪華絢爛の飾りが並び、床には赤い絨毯が敷かれている。
幾人かの子分たちに無言で手招きされ、三階の奥へと通される。
最奥にある扉は、一見すると重厚な木製だった。
だが押した感触は、木の板というより鉄の塊に近い。
「なんだこりゃ、鉄板入りか」
「防音か、それともシェルターってとこかな」
「まぁ両方だろ。組長ともなりゃ、こんな所にでも籠りたくなるか...... ふぅ、よし行くぞ」
俺は扉の取っ手に手をかけ、ゆっくりと引く。
ギギギ...... と木のきしむ音が鳴り響く。
扉の先にいたのは、巨大な鷲だった。
その眼はまだ命が宿っているかのような鋭さを備え、大きく羽を広げた剥製が正面の壁に備え付けられていた。
壁際には、見覚えがある小指のない派手なスーツの男。
そして黒檀の巨大な机。
その上には拳銃、朱印、牛乳パック...... 途中まで解かれた数学のプリント。
そして椅子には、足さえ床に届いていない褐色肌の少女が座っていた。
服装は見覚えのある中学校の女子制服。
頭上で結ばれた髪が、かわいらしい飾りと一緒にぴょこんと跳ねている。
俺たちを見る瞳孔は、黒い渦を巻いていた。
「…… 組長は?」
少女がニマっと口角を上げると、サメのようなギザ歯がきらりと輝いた。
「目の前にいるだろうが。歓迎すんぜ昼間斗真」




