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CRIME TRIGGER  作者: DRGN
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第一話


「それで、どうすんだい兄ちゃん。ここまで来て今さらケツ捲るってのはねぇよなぁ?」


深夜、山奥のひと気のない小屋。

電気など通るはずもなく、天井にぶら下げたランプが薄暗く部屋を照らしている。


木の椅子に腰かけテーブルに向かう俺の肩がポンと叩かれる。


いや、押さえつけているのだ。


眼に刺さる派手なスーツを着た小指のないおっさん。

その腕が俺の左肩に重くのしかかっている。


この俺、昼間斗真(ひるま とうま)17歳。

人生最大の危機がここに到来していた。


「斗馬ぁ。お前のスマホでここにいる女がショートメッセージをおくる。あとはこの女と一緒にいりゃいいだけだ。それで10万。ボロい商売じゃねぇか」


女。

テーブルの向こうには女が座っている。


紅い髪、ヘアバンドで眉を隠し表情は見えづらいが、二十代半ばから三十歳の間といったところか。

その手は小刻みに震えているが、恐怖とは別のなにか、腕に見える注射痕のほうがその理由に近しいようだ。


「なぁ斗馬、お前言ってたじゃねぇか。妹のために金が要るんだろ?」


そうだ。

俺は金が要る。


最近高校の卒業が近づき、大学の学費を調べて驚いた。

大金、俺の財布からはとても出せない大金が必要だった。

俺はいい。

しかし妹には必ず必要になる。

あいつには何一つ、不自由をさせたくない。


それが親もいなくなって不良に成り下がった俺が、唯一まだ生きることを許される理由なのだ。

絶対に、金を稼がねばならない。


「......使えよ」


俺はスマートフォンのロックを解除し、目の前に座る赤髪の女へと滑らせた。


「ハハハ、さすがは"鉄拳"と恐れられた伝説の不良ォ、度胸が違うね!」


度胸などでこんなことするか。

俺は崇高な使命のためにリスクを受け入れるだけだ。


というか、普通に怖いわ。

なんかこの小屋、薄暗くて見えにくいけど血痕っぽいものあるし。

このおっさん、絶対にここで何人か殺してるだろ。

しかしビビっている様子など絶対に見せるわけにはいかない、コイツらは俺のことを不良のカリスマか何かだと思っている。

ちょっとでもそれらしく振舞っておかないと、舐められたら何をされるかわからないのが悪人の常なのだ。


つーか俺は確かに不良だが、別に悪いことをしたいわけじゃないし、それがかっこいいとも思っていない。

ただ、弱い者いじめをする奴らを見かけたらぶん殴り、そいつらが人から奪った以上の罰金を徴収していただけだ。

ただ喧嘩が強くて、妹想いで、ちょっと手段を選んでいられるほど余裕がないだけの普通の人間なんだ。

それがいつの間にか"鉄拳"だのなんだの、変な伝手もできてこんな仕事を紹介されるまでになってしまった。

俺はただ金が稼げるから人を殴っていただけなのに。


「──はぁい、おわったよ」

「オゥ、はえーじゃねーか」


俺が物思いにふけっている間に、どうやら作業は終わったようだ。

色っぽい手つきで、赤髪の女からスマートフォンを手渡される。

そう丁寧に応対されると、自分が雑にスマホを渡したのが恥ずかしくなるからやめてほしい。


「......」


送られたショートメッセージの内容を確認しようとしたが、既に削除されている。

どうやら人に見せられる内容ではないらしい。


画面に気を取られていると、何か柔らかいものが顔に押し付けられた。


「じゃー、しばらくよろしくね」


彼女の唇が軽く頬に触れていた。



---



山小屋の一件から数時間後、俺と赤髪ヘアバンド女は何故か俺の自宅にいた。


築三十五年・木造二階建てアパートの一階2DK、家賃は四万八千円。

二人で住むにはそこそこ広い部屋だ。

アパートオーナーから大家としての仕事を任せてもらう対価として、格安で住まわせてもらっている。


妹にはそれっぽい嘘でごまかして、お友達の家に泊まってもらっているから二人きりだ。

あのヤクザのおっさんもいない。


「何がどーなってるのか、きかないんだ」

「あれこれ詮索するのは趣味じゃねぇだけだ。気にはなってる」


女は鼻歌を歌いながら、震えた手で冷蔵庫に缶ビールを何本か突っ込み、そのうち一本のプルトップを片手で開ける。

その手を俺に差し出すが、未成年なので受け取るのはやめておいた。


酒なんて、何が良いんだかまったくわからん。

大人は知らんが、同世代でこんなもん飲んでるやつはみんな無理してると思ってるくらいだ。


無言で手の平をみせる俺の素振りに、彼女は呆れた顔で笑う。


「ふーん、じゃあ内緒にしとこっかな」

「構わねぇけど明日には出てけよ。妹のお泊り会もいいとこ二日までだ」

「あら、普通はいつまでも居ていいよっていうところじゃない」


いや、本当にマジで出て行ってください。

妹に悪影響だから。


そう言いかけて目線を送るが、遠く窓の外を眺める女の表情は暗い。

ビールもあけたきり、口をつけようとはしない。

ただその缶の重さが、手の震えを止めているだけだ。


そんな姿をみていたら、悪態をつく気も失せちまう。


「......大丈夫よ、今日中には片が付くわ」

「あんた、名前は?」

「あら、やっぱり気引いてる? 詮索するのは趣味じゃないんじゃない?」

「言いにくいなら偽名でもいいぞ」

「ふーん」


女は床に落ちていたクッションを腹に抱え、窓枠に腰かけながら夜空を見上げていた。


その姿は、何かが欠けていた。

人間が生きていくうえで本当は持っていなければならない何か、それを失ってしまったような寂しさ。

そんなものが背に映っているように見えた。


その背中を眺めていることに少しの罪悪感が芽生え、俺もまた彼女に背を向けることにした。

俺と同じく闇バイトに手を染めたか、それにはなにか深い事情や覚悟があるのか、どうにしろ気前のいい話ではなさそうな雰囲気だ。

女性経験などない俺でも、空気くらいは読めるもんさ。


「でもさぁ、ペットでも何でも名前つけると急に愛着沸くじゃない?」

「何の話だよ」

「昔に、犬、飼ってたんだけどさ。飼うって決めた時まではそうでもないのに、いざ名前を決めてその子と生活してみるといきなり身内になったように感じるのよ」

「そうかもな」

「だから、あの子が死んだときは悲しかったなぁ、いつまでも忘れられなくなっちゃった」

「そんなに大事だったんなら、思い出話でも名前で呼んでやれば」

「......ユウト」

「聞きなじみのある名前だな」

「そうよねぇ、星の数ほど同じ名前の子はいる。でも、私にとってはあの子だけを指すの。逆に特別って感じしない?」

「名前が何であれ、特別なもんは特別なんじゃねぇの」

「まあね。ただ名前を付けた時、いや名前を知っただけでもその存在は身近になる。"犬"という概念から、"ユウト"っていう個体になるの。」

「悪いことじゃないだろ。それで、あんたの名前は」

「ききたい?」


衣擦れの音が近づく。


彼女の顔は俺の首元に、その両腕は俺の肩から腹にかけて垂れている。

吐いたあたたかい息が耳にかかる。

体温が熱い。


「でも教えなぁい。本当にごめんね、これからきっと──」


パァン。


彼女の言葉をかき消すように、乾いた炸裂音が鳴る。


そして、同時に視界に映る血しぶき。

背に寄りかかっていた女の後頭部がだらりと垂れて、鼻の穴や耳からコップの水をひっくりかえしたように流血する。

まるで蛇口をひねったかのように、どばどばと流れ出る。


彼女の後頭部には穴が開き、部屋には火薬と血なまぐさい匂いが広がっていった。


反転、回避、逃走、把握。

考えるより先に俺の心臓が跳ね上がったその時。


「動くな、焦るな、テンパるな。お前を殺す気はない」


さっきまでとは全く別の暗く沈んだ女の声と、後頭部に触る金属の感触。


それが俺の両手を吊り上げて、体を石みたいに固めちまった。



カチャ、カチャ...



背中と首筋、わきの下に汗が垂れる感触が伝わる。

まるで馬券握ってる馬が3着に入るかどうかきわどいゴールを眺めているときのように、心臓は激しく動いている。


人生最大の危機、更新だ。

マジでヤバイ。

本当にこれは死ぬ。

何か一つ間違えたら、いや何一つ間違えなくても死ぬかもしれない。

既に俺の運命の分岐路ははるか後方にあったのかもしれない。


俺の肩から滑り落ちた女の身体から、血だまりが生まれているのが目に入る。

身体がこわばり震え、下半身から力が抜けているのを感じながら、必死に歪みそうな表情を押しとどめる。


掃除どうしよう。

制服の血やべえな。

てかこの人なんて名前だったんだろう。


今考えることじゃないことで、脳が現実から逃げ出そうとする。


しっかりしろ、俺。

しっかりしろ、まだ大丈夫だ、まだ生きてる、俺は。

とにかく何か言ってくれ、交渉の余地をくれ、何か、何かきっかけを!



カチャ、カチャ...バチンッ



なにかの金属機器をいじる音が鳴りやんだころ、待望の瞬間がやってきた。


「じゃ、振り向いて良し」


よし、よし!

まずは第一関門、問答無用で死ぬルートは回避した!

まだワンチャンある!


低くけだるそうな女の声に、ゆっくりと手をあげたまま振り向く。

そこには一人の少女が小さな銃を構えて立っていた。


ぼさっとした黒髪を二つ縛って流している、俺と近い世代の少女。

グレーのフーディーに黒スパッツ姿で、そこらのコンビニにたむろしていそうなフツーの容姿だ。

そんな女が、無表情のまま銃をこちらに向けて立っている。


身長は160cmほどの小柄さだが、厚手のフーディーの上からでもわかる巨乳におもわず目が寄っていく。


「ずいぶん余裕あるな」


ここでビビッてはダメだ。

舐められたら何をされるかわからない。

それが悪人の常。


「......全員殺す気なら、俺から撃つんじゃねぇかと思ってな」

「なるほどね、たしかに」


女はスマホと俺の顔を何度か見比べ、何かに満足したようだ。


「うん、間違いない。おにーさんがこの電話番号の持ち主だよね?」


そこに書かれていたのはショートメッセージの発信元一覧。

そして俺の電話番号からのメッセージ履歴だった。


俺は静かにうなずく。


「ならよかった。依頼人を殺しちゃあね?」


本当に俺を殺す気はないのか。

いや、それはあくまで"今は"という話の可能性もある。

相手の要求を確認し、可能な限り俺を殺す理由を排除する必要はまだあるはずだ。


俺は絶対に死ねない。

親もいなくなって、俺まで消えたら妹はどうなる。

絶対に、何が何でも生き残ってやる。


女にばれないように溜まった息を吐き出す。


「で、何が目的だ」

「あー、やっぱ何も知らない感じ? まぁ、そんな感じするよね」


無表情で平坦な口調、俺を見ているようで絶妙に合わない視線。

何を考えているのか全く分からない。

おそらく、人を殺したのも初めてではないだろう。


だが、おそらくだが、敵というほどの距離間ではないことは感じる。


「......状況を教えてほしい」

「OK、ボス」


女の口角だけがニッと引きあがった。



---



「──というわけ、大体わかった?」

「......まぁ、なんとなくな」


俺はフーディー女が持参したボディバックで赤髪女を包み、飛び散った血を丁寧にふき取りながらぼんやりと話を聞いていた。


女はソファで寝っ転がり、冷蔵庫に入っていた缶ビールを勝手に開けて飲んでいる。

もしかしたら二十歳は過ぎているのかも。


「それ、違法か?」

「合法」


どうやら年上らしい。

何が"おにーさん"だバカにしやがって。


さて、フーディー女が言うにはこうだ。


俺に闇バイトを押し付けたヤクザ組織は殺し屋を雇っていた。

しかしながら、そいつがどうも最近失敗続きで使えない。

それじゃあ新しい殺し屋を雇おうか、となるのは自然な流れだろう。

かといってまた使えないやつじゃ困る。

だから、今の殺し屋と新しい殺し屋候補を殺し合わせて、生き残った方を雇ってやるよってことになった。

そして今、俺の家でその決着がついたってことなんだと。


気分が悪い。

そんなくだらないことに俺たちの家を巻き込みやがって。


ボディバッグの中から俺を見つめる目をそっと閉じ、ヘアバンドで目を隠す。

落ち着いてから、もやもやと、怒りとも悲しみとも取れない不快感が胸に張り付いている。


ジッパーを閉じ、特に意味もなく手を合わせてみる。


やはり、あまり実感はわいてこない。

俺はこの人のことを何も知らないままだったから。


「......とても生き残ってやろうって感じには見えなかったけどな」

「深い仲だったわけ?」

「いや、名前も教えちゃくれなかった」

「ふぅん、気ぃつかったんだ」

「......お前、窓から入ってきただろ」

「うん、正面切って殴り合う必要もないからね」

「その窓、こいつが開けたんだ。お前が来る直前までずっと外を眺めてた」

「格上だったか、ラッキー」

「......」


相変わらず表情一つ変えず、どこを見ているのかわからない真っ黒な瞳でビールをあおる。

ずーっと虚空を眺めて、幽霊でも見えてやがるのか、てかいつまばたきしてんだこいつ。

そんでいつの間にやら、俺が隠していたポテトチップスまで開けていやがる。


「まるで普通のことみたいだな」

「普通だしなぁ」

「止めといた方がいいんじゃねえの、死んだら金もってても意味──」

「あのさぁ」


俺の声を遮るように女がだるそうな声を上げる。


「これ、ただの仕事だから。それにいつ死ぬかもしれないのはみんな一緒、そうでしょ?」

「でもヤクザに雇われた殺し屋の末路は見ただろ」


目線をボディバックに向ける。


「見えてる地雷原に突っ込むのかって話だよ」

「事故った奴みて車乗るの止めるタイプ? 生きにくそうだね」

「......おめーより長く生きると思うがな」

「闇バイトなんかに手を出す人にいわれてもね」

「......そこは反論できねぇけど」


はぁ、と息を吐き捨てる。


全く違う常識、価値観、まるで異教徒。

そういう存在と会話することがこれほど交わらないとは知らなかった。

宗教戦争がなくならないわけだ。


「とりあえずある程度片付いたからよ、この人もって出てってくれよ」

「アホだな。私の連絡帳に登録されているのはおにーさんだよ。仕事したんだからお金払ってくれなきゃ」

「ハァ!? 聞いてねえぞそんなこと! つーかお前にメッセージ送った奴はお前が殺しちまっ──」


女の真っ黒い視線が、初めて俺と合った。

それだけで俺は声を止めちまった。


「そういうバイトだったんだろ」


スマホ貸すだけで十万、そのリスクを俺は何も考えていなかった。

つーかこんなの、予想できるかよ。

最悪だ、金もらうために金払ってどうすんだ。

いや、まだ払える金額の可能性も......


「......いくら?」

「人を選ばず百万円ポッキリ、大統領でも総理大臣でもお値段変わらずっての込みで業界最安値よ」

「終わったー! あーあー終わったー!!」


もう恥も何もない。

ただただ感情のままに五体投地する。

もうやだ、もうやだ。

何も考えたくない。


地面に突っ伏しているから何にも見えないが、あの女の笑い声が聞こえる。

どんな笑い方してんのかと首だけそちらに向けてみるが、相変わらず真っ黒い目はガン開きのままで超こわかった。


「くふふ。まー私もこれで雇ってもらえるって話なら、一度組長とは顔合わせしないといけないし」


そう言いながら、女は空になったビールの缶を放り投げる。

がらんがらんと音を立て、しっかりゴミ箱の中に落ちた。


「一緒に行く? バイト代ももらわないとね」

「......クソがよ」


しゃあねぇ、なんとか組長に金を払ってもらえねぇか頼み込むしかねぇ。

マジのマジで土下座したらなんとかならねぇか。

なるわけねぇか。

でもとりあえずいかなきゃ確率はゼロだ。


俺は椅子の背に掛けてあった学ランに袖を通した。

裏地に縫い付けられた龍の刺繡が少し泣いている気がした。

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