14.変幻自在
「爆発?!」
「ほんま雑よなあ。妖精には魔法の美学とかないけんね。そこがおもろい」
おもろくない。何もおもろくない。好奇心旺盛さでは負けない自信のあるソフィだって全力で否定させていただくが。
雑だとか美学だとかしったことか。だって爆発だぞ。
動揺するソフィとリヴィオを置いて、アズウェロが「まあ」と頷いた。
「積み荷は消えるな」
「消えるどころの話じゃないわよ?!」
「積み荷っていうか馬車ごとじゃねぇか……」
妖精怖い。頭にしっかりインプットされたソフィである。
リヴィオに嫌いだと言ってしまうってのは、そりゃあソフィにとって一大事であるが、体が四散するような命の危険はないだろ。な。ソフィの精神は磨耗してるけども、ただそれだけだ。
よくもまあこの結果で済んだものだと、今更ながらに、ソフィは己にかけられた魔法に背筋が冷えた。
それに気づいたらしいアズウェロはもふりと腕を組む。
「主には加護があるからな。主の身に危険を及ぼすような魔法は、そう簡単にはかけられぬよ。混ざりあったが故の結果なのか、目論見通りなのかは、あの妖精が描いた絵が見えぬ以上わからんがな」
「な、なるほど」
そういえば。
呪いをかけられたエレノアも、抵抗する自身の魔力と呪いの魔力とが絡み合っていた。あれに近い状態なのかもしれない。魔法とはかくも奥深きものである。
「それで、その魔法陣をどうするんですか?」
上から振ってきたリヴィオの質問に、ルーベニスは「消すけど」と事も無げ言った。
「消せるんですか?」
「できるよ。自分より弱い魔力の魔法陣なんか、簡単に消せる」
「……待ってください」
馬車が爆発する魔法陣なんて一刻も早く消してほしい。それはそう。簡単に消せる。それは素晴らしい。
だけれど、ソフィの魔法は解けないとアズウェロは言った。神の魔法を勝手に解除したならば?
「大乱闘ぱにっくくらっしゃーずです!!!」
「あ? なに?」
天変地異大開催。神の神による神のための神の大戦争。地が割れ海が荒れ嵐巻き怒るエンディングは看過できない。それなら爆発させよう。馬車を。
無論、ソフィだってただ爆発させろだなんてお野蛮なことを言うつもりはない。
商人には全て説明して理解を得る。
次に、馬車が爆発しても周囲に影響を及ぼさぬよう結界を張り、荷を引く馬が動揺しないよう抹茶に話をしてもらう。
そして馬車はソフィのお小遣いで買い替えるのだ。
これまでの旅で、馬車の相場はソフィの頭に入っている。ちょっと前に売り払ったアクセサリーの代金の残りと計算しても、まったく問題がない。
この世の終わりと比べるまでもないだろう。
「神は自分の領分を侵されることをひどく嫌うのだと聞きました。ここで勝手に魔法を解いてしまえば、恐ろしい結果になるのではありませんか?」
「あぁ……まあ、うーん、俺はべつにおもろそうやなあと思うけど」
「駄目ですよ?!」
「えぇー」
えぇーじゃないわい。好奇心で大戦争を起こさせてなるものか。さて図体のでかいこの子どもをどうやって納得させようかと思った瞬間。
「冗談やんか」
ルーベニスは両手を上げた。
はっとして見ると、リヴィオがルーベニスの首を掴んでいる。
「守ると約束したんだ。勝手な真似はさせない」
──まるで、心臓を握られているみたい。
ソフィは思わず、自分の胸を抑えた。
ひたとルーベニスの首を狙う静かな紫は、いっそ穏やかに見える。
だが、それは恐ろしく甘ったれた勘違いにすぎない。
油断すればその瞬間、冷たい牙は無慈悲に命を摘むだろう。まるでひどく寒い日の、夜のように。
「だから冗談やって」
「あんたギャグセンスないから冗談を言うのはやめた方が良いですよ」
「価値観の相違は不幸やな」
「俺にとっては幸運だね」
ルーベニスの首から手を離したリヴィオは、なんでもないように笑った。
軽口を叩く瞳にはもう、どこにも冷たさなどない。興味深そうに魔法陣を眺める瞳に、ソフィは頬の内側を噛んだ。
ぎゅううううと、そらあもう強めに強めに噛んだ。ぶち、と嫌な音がしたし口内が鉄臭いがそれがどうした。何があってもこれを吐き出すわけにいかん。そういう場合じゃない。わかってる。爆発だ。大戦争だ。
でも。
だって。
『リヴィオがかっこいいいいいいいいいいいい』
ソフィは魔法陣をじいいいいいっっと検分する。ふりをした。ひい。息が苦しい。
薄々気づいていたが、こうれはもう己の癖を認めざるを得んだろう。好きだ。大好き。
ソフィは、リヴィオの冷たい目が大大好きだ。
あ、いや変態ってわけじゃないぞ。安心してほしい。
リヴィオは常にソフィに微笑みかけ、常に正しい騎士であろうとする。騎士道というものをソフィはよくわかっていないし、わかったふりをすることは騎士に対して失礼だろうと思っている。
が、リヴィオにとってそれはとても大切なもので、騎士という職にあるか否かはさしたる問題ではないのだろうなとも思っているのだ。ソフィにとって重要なのは、リヴィオがリヴィオらしく笑ってくれることであり、ソフィをこれ以上なく丁寧に扱ってくれるその優しさに報いることだ。
時にはちょっぴり意地悪なときもあるけれど、そんなところも可愛い。屈託のない笑みは今やソフィの生きるエネルギーである。主食といっても差し支えないかもしれん。
そんなリヴィオだから、ソフィに怒ったり冷たい目を向けることはないのだ。
きっとソフィは、極寒の夜を向けられる恐怖を知らぬまま死にゆくのだろう。
それをほんのちょっと。ほんのちょーーーーーっとだけ、残念に思ったり思わなかったり、するわけだ。
リヴィオのことを誰より知っていたい。自分の知らない顔を誰かに向けるなんて、ちょっとずるい。
そんな欲深な自分を受け入れて、というか開き直って楽しんで生きてゆくことに決めたソフィは、美しく冷たい横顔に大暴れする浮かれ脳みそくんの制御に一苦労しているわけである。場違いにもほどがある。大丈夫だ。自覚はしている。
「んー、こないだちょっとめんどい神とやりあったばっかやしなぁ。まあ、だるいか」
「なんですって?」
とんでもない言葉に、さすがの浮かれ脳みそくんがダンスをやめる。
神とやり合った? 何を平然と言っているのだろうこの男。
それはつまりどこかで天変地異が起こったということではないのだろうか。ソフィにとってルーベニスは魔法を教えてくれた大切な存在であるが、ははぁなるほど。これは魔女から嫌われるわけである。
「喧嘩は良くないです。大きな力を持つならば尚更」
「誰かの指図を受けるんも我慢するんも嫌いやもん。文句やったら俺にふっかけてきた馬鹿に言って」
どこの馬鹿がこの面倒くさい魔女を怒らせたのか。考えるだけ無駄だろう。だって大抵の人間はこの面倒くさい魔女に怒るだろうから。まさに歩く地雷。
「……今はその問題は置いておきましょう」
「んふふ。可愛いね」
「は?」
振ってくる低い声に、ルーベニスはけたけたと笑った。
「あんね、おチビにかかっちょる魔法は効果を発揮し続ける継続的な魔法やから、解除されれば相手に勘付かれる。けど、これは魔法をかけ終わった後なんよ。魔法の痕跡みたいなもんやから、消したからっち気取られる可能性は低い。効果も一度きりみたいやし」
「あくまで魔法を発動させる装置、置物に過ぎない、ということですね?」
そうそう、とルーベニスは人差し指を立てた。
魔力が集まる感覚に目を凝らすと、赤い火花がぱちぱちと散っている。
「とはいえ、相手は神の力を使っとうし。ま、念のため魔法陣は消さんで、書き換える程度にしとこっか」
「消すと書き換えるでは、違うんですか?」
「視てなさい」
ふ、とルーベニスが息を吸ったのがわかった。
すると、どうだろう。
いかにも血の気が多そうな赤い火花が、ふわふわとした青い光の粒子に変わったではないか。妖精の魔力のように!
「そ、それ」
「お、ちゃんと視えた? そう、妖精の魔力をね、真似てやりゃ良いんよ」
「そんなことできるんですか?!」
「できんよ」
普通はね? とルーベニスはウィンクをする。
悪戯な笑顔は悔しいかな、チャーミングでちょっと格好良いのでソフィは笑ってしまった。場違いで申し訳ない。





