13.アイ・キャント・イグノア・ザット!!
「そこまで」
ぐんと後ろに引かれるように遠くなるルーベニス。の、後ろでにっこり笑うリヴィオ。よく見ればルーベニスのコートを掴んでいる。
引かれるように、ではなくルーベニスは事実リヴィオに引っ張られていたらしい。美しい笑顔から感じるのは、怒気。怒気だ。底冷えするような背筋がぞぞっとするような怒気。
リヴィオが怒っていらっしゃる。
「近いです」
端的に言うリヴィオに、ソフィの喉がひぇっと鳴った。
そうだ。鼻先が触れそうなくらいに近い距離から、ルーベニスに目を覗き込まれていた。はたから見りゃとんでもない絵だ。気付いたソフィは強烈な羞恥に襲われた。お行儀の良い淑女としての人生に未練なんぞありゃしないが、恥じらいまで捨てたつもりはない。
第一、逆の立場ならどうだろう。
リヴィオが誰かとそんな近くで見つめ合っている。
なし! なしなしなし! 絶対! 断固! なし!!!!!
ンなもん見たくないに決まっとる。考えるだけで胃のあたりがモヤモヤむかむかしちまう。ああ! なんてことだろう! 自分がされて嫌なことは人にしてはいけません。そんな当たり前のことに気づけなかった自分が情けなくて申し訳なくて、ソフィは慌てて立ち上がった。
「リヴィオ、わたくし」
「大丈夫ですよソフィ。悪いのはレディへの接し方がなっていないこのおじさんと、そこのぬいぐるみですから」
「おい、人前で喋るなと言ったのはぬしだろう」
「時と場合によるってことがわからんかなあ!」
「主に身の危険はなかった。小さいことでグチグチグチグチと……ぬしは器が小さすぎる」
「はーーん? 言ったな食欲まみれの白毛玉野郎め」
「誰が毛玉か貴様!!!!」
「なるほどねぇ。この毛玉は神で、おチビはこの毛玉と契約したんやね。どうりで、魔力に妙な気配があると思った。おチビが成長したっちゅうだけやと説明つかん変化があるからさあ、なんかと思ったんやけど。神と魔力を共有しとう感じやろ? ほなら説明つくなあ。ねぇねぇ、他者と魔力を共有すんのってさあ、どんな感じなん? 便利? 気持ち悪くないん? 魔力容量どこまで自覚できるん?」
「みなさん落ち着いてください」
一斉に喋るな静まれい!!
とは言わんけどね。向こうとこっちで、やいやいやいやい言い始めやがるので、ソフィは我に返った。リヴィオに対する申し訳ない気持ちや自分の迂闊さを恥じ入る気持ちが、やかましい声に押し流されていく。もうちょっと反省させてほしい。ちょっと皆様ハッスルしすぎでは?!
ぐっと堪えて、ソフィはできうる限りの低い声を腹から絞り出す。
それなりの声量で、けれど盛り上がる声の中で異質に響くように、重たく、冷たく。無意識の意識に滑り込むように。ひやりと一滴、水を垂らすが如く。
「今、一番大事なことは何かしら?」
そりゃあもちろん、リヴィオを嫌な気持ちにさせてしまったことは謝罪しなくてはならないし、同じことを繰り返さぬよう反省しなくてはならない。当然だ。
が、しかし。
積み荷が消えてしまうかも知れないという魔法がかけられた馬車の中で、長々と問答をする必要があるだろうか。
「このままでは、わたくしたちも消えてしまう可能性もあるのでは?」
答えは否である。
個人の感情は、大事の前で些末だ。
些末である事はどうでもいい事と同義にはならんが、何事にも優先順位がある。商品は商人の命と同等であるし、荷台にいるソフィたちは文字通り命がかかっている危険性がある。ワイワイガヤガヤしとる場合ではないのだ。
元凶である己が言うのは非常に、ひっじょーに心苦しいソフィであったが。
「今為すべきことを。そうでしょう?」
にこりと微笑むと、ルーベニスが「たしかに」とリヴィオの手をはらった。
「生きているものを除外できるんかわからんし、そもそも”消す”っちいうんが、どういう意味なんかわからんもんな。ありえん話やないな」
ルーベニスはぐるっと視線を走らせる。
「……そこかな」
一点で視線を止めると、積み荷に手を伸ばした。
赤いグローブが、ぽん、と木箱を叩く。それから、ひとつ息を吸って。
「おどきなさいな」
ソフィは目を疑った。
ふかふかの布団で包むようなやわらかい声音はたしかに、たしかにルーベニスの薄い唇から発せられたのだ。
荒い言葉で騒ぎ立ててばかりの、このルーベニスの唇から!
いや、いやいやどっかどうやって発声してんだ。もはや別人だぞ。そんな声が出るのなら、そんな話し方ができるのなら、いつもそうしてりゃあいいだろうに。そうしたら、ふわりと木箱をいくつも浮かせる彼は偉大な魔女として人々の尊敬を集めていただろう。間違ってもコソドロなんて呼ばれんだろうよ。
だが、まあ、なあ。
「あぁやれやれ。ぼけっと見てないで、箱の一つ二つでも運んでくれたら良いんになあ。なんのためについてきたんこのデカいの」
そっと木箱を隣に下ろしながら、大仰にため息を付く態度が変わらんなら一緒だろうな。あの優しい声でこんな暴言吐かれたら逆に怖い。
「ああ、お年寄りはこんな小さな箱でも持ち上げるのは大変ですよね。気が付かなくてすみません」
にっこりキラキラ美しい微笑みで毒吐かれるのもこんなに怖いんだもの。怒鳴ってまくし立てて、わかりやすくチンピラやってくれた方が可愛く見えちゃう。人を威圧する方法について改めて学んだソフィである。
わかりやすく「あぁん?!」と威嚇し始める大魔女様の前に立って、ソフィはにっこりと微笑んだ。
「ルーベニス様、それで魔法は?」
「ああ、これやないかな」
噴火直前だったルーベニスは意外にも怒りを収め、半歩体をずらす。
目を凝らすと見える、キラキラと揺れる青い光が描く円にソフィは瞬いた。
「魔法陣……?」
「やね」
ルーベニスは、魔法陣の前に座り込むとしげしげと眺めた。
「魔法を発動するための魔法陣っちより、ある条件で発動する魔法をかけたら魔法陣が残った、っち感じやな。この雑で大振りな感じ……人間やなさそうやな」
魔法陣を見ただけで、そんなことがわかるのか。
よくよく見れば、子どもの落書きのようにも見える歪な円。同じものを見ていても、知識の量が変われば読み取れる情報が変わる。当たり前のことにワクワクしながら、ソフィはルーベニスの隣に座り込んだ。
「例えば?」
ルーベニスは、にやりと口の端を上げる。
「妖精とか」
「当たりです!」
思わず手を叩くソフィに、ルーベニスは「ふふん」と得意げに笑った。
「なぜ妖精だとわかるんです?」
さっきまでの冷気が嘘のよう。リヴィオが子どもみたいに首を傾げた。
ルーベニスは取り立てて気にした様子なく、メガネを押し上げた。
「あいつらのは、ちょっと独特なんよね。とにかく大雑把で歪で、理もルールも無視して暴力的、なんにまるで最初からそうであったみたいに発動する。出鱈目なんがおもろいねん」
ただなあ、と楽しそうに言いながらルーベニスは顎を撫でた。
「失敗も成功も興味ない連中やけんね。結果も出鱈目なんが、他の種族に迷惑がられとう所以やな。基本的に悪意はないんやけど」
なるほど、とソフィはリヴィオとアズウェロを見上げる。と、なんとも微妙な顔をするので、そういうことかあと納得する。
ふたりが妖精に対して良い顔をしなかったのはつまり、妖精の「悪意はないが出鱈目」がもたらす結果を知っているからなのだろう。ソフィはルーベニスの本ともルネッタの魔法とも違う魔法陣を眺める。
見慣れないものというのはそれだけで居心地が悪く、けれどおもしろいものだ。ただし。
「馬車がここから動いたら積み荷が消える……ようにしたかったんかな。読みにくいけど、多分」
「したかった、ということは」
「勢い余った感じやなぁこれ」
「……どうなるんですか?」
はは、とルーベニスは屈託なく笑った。
「爆発する」
「?!」
笑ってばかりはいられないようだけれど。
間があきがちで申し訳ありません。
次回はもうちょっと早く更新できるように頑張ります!
さて、今月のコミカライズ版はじかねは、みなさまお読みいただけましたか?
久々のお馬さん!!!!!やっぱり先生の抹茶とかタフ可愛くてかっこいいですね〜!!
杖も素敵なデザインにしていただけてとっても嬉しいです。姿を変えたアズウェロも可愛かった。
そして最後のコマのルネッタがまた可愛らしくて…
プレミアム版では、シルエットですがとある方を見ることができます。
シルエットじゃない姿を先生の絵で見られたら良いな〜ととても嬉しくなりました。
みなさまもぜひコミカライズ版はじかねをお楽しみください!





