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聖女の秘密  作者: 日街小町
序章 覚醒
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6.手紙



 家族会議の後から食事やティータイムはできるだけ一緒に食べるようになった。そうでなくとも定期的に家族だけで話す場をつくることを決めていた。

 あの後部屋を出た後私は一人で屋敷の中を見て回っていた。どうにも落ち着かなくて、何だかずっと後ろから見られているような嫌な感じがしたからだ。

 廊下で目立たないように話をしているメイドさんや、自分の好みの女性の話などで盛り上がっている男性使用人さんたち、昨日までと大して変わっていないやり取りではあるはずなのに、部屋に行ってから何か含みのある会話に聞こえてくる。


 屋敷内の色々なところを見て回っていたら気が付いたら夕暮れになっていた。

 ここの夕暮れをじっくり見るのは初めてのことだ。屋敷からの景色は最高で、しばらく一人で廊下の窓から外を眺めていた。

 窓を開けると夕暮れ時の独特の匂いが立ち込めて思い切り息を吸い込んで体の中に溜める。


 それにしても不思議なことになったものだ。何で漫画の世界なんかにきているんだろう。

 そんなこと考えるのは今更ではあるけれど一人のときはやはり思い出してしまう。

 写真に撮られたら漫画の世界にいるなんて、本当にそんなことはあるのか、もしかしたらこれは全部夢とか……いや、今そんなこと考えても仕方がない。

 私は頬を思い切りはたき気合を入れて窓を閉めた。



 夕餉時になり、調理室の前を通るといい匂いがしてきたのでもうそろそろできそうだと思い、そのままダイニングに向かった。

 ダイニングには既にイリスが一人で座っていて私の姿を見ると頬を膨らませながら走ってくる。


「おねえさま、今日いちにち見えませんでしたがどこにいたんですか?」

 頬を可愛らしく膨らませて不満を口にしながら私のスカートの裾を掴むイリス。

 その可愛らしい仕草に微笑ましく思いながら頭を撫でる。

「もしかして私を探していました?」

 そう聞くと小さな声で照れたようにはい……と言った。とても可愛らしい表情で。


「明日からはお勉強がはじまるようですので、一緒に遊ぶことは……いえ、夜に一緒に星でも見ましょうか」

「お星さまを!?」

 イリスは

「ええ、温かい飲み物と暖かい恰好をして外で見ましょう、ずっと見たいと思っていたんです。ここの星はきっと綺麗ですよね」

「見ます! それならおとうさまとスーザンとサーシャも誘って、後は……」

 指を折りながら誰を誘うか楽しそうに考えている。気が付いたら頬が緩んでいるのを感じた。


「どうしたんだ、そんなに嬉しそうに」


「お父様! 明日おねえさまとお星さまを見る約束をしたんです! おとうさまもお忙しくなければいかがでしょうか?」

「それは随分と楽しそうだ、お言葉に甘えて参加させてもらおう」

 そう言うとその場でピョンピョンと跳ねて体全部で喜びを表すイリス。それをお父様は優しく注意し、照れたように頬を掻いて私の方を見る。

 とてつもなく愛らしかった。


「そろそろ席に着こうか、料理が冷めてしまうよ」

 そう声かけるとイリスは慌てて席へとつく。

 ところでお父様はドアに挟んでおいたメモを見てくれただろうか。

 そう考えているとお父様はすれ違う瞬間、イリスから見えない位置から私に耳打ちで『今日の9時に私の部屋に来なさい、サーシャも一緒で構わない』と言った。

 小さく頷き、私も自分の席へと座った。





 9時少し前、二人で人の気配が全くしないフロアを歩きお父様の部屋まで来ると、サーシャが懐中時計で時間を確認し、9時になった瞬間にドアノックをした。

 すると確認することもなくドアをが開き、お父様が私たちを中に誘う。

 お父様の部屋は私の部屋よりも一回り以上は広くて、正面には大き目な机にたくさんの本棚があり、チラリと横目でその本の内容を見ても、全く理解できる気がしない内容の本だった。

 他に目につくのは家族写真やお母様とのツーショット写真だ。


 お父様は私をソファに座るように促すと正面の高級そうな自分の椅子に座り腕を組んだ。

「それでどうしたんだ? わざわざメモまで書いて話したいこととは」

「実は私たちお母様の部屋を見に行ったんです」

 そういうと少しだけピクリと動いた気がした。しかしそれは一瞬で、すぐにいつも通りの表情に戻る。

 

「そうか、何か分ったことでもあったか?」


「ええ、お父様はお母様宛てに継続的に来ていた手紙というのはご存知でしたか?」

「手紙が? そんなものが届いていたのか?」


 手紙がきていたことは伝えていなかったのか……まあそうか、さっきクオリャさんに聞いてみたときもそんな重要なことじゃなさそうな反応だったしわざわざ言わなかったということもある。

 なんだか腑に落ちないところがあるがとりあえずはいいだろう。

「ええ、失踪の数週間前ほどからその手紙は途絶えたそうです。中身は不明、部屋を見てもそれらしき手紙は見つかりませんでした」


 そう言いながら後ろ背にある窓を開けて煙管と缶を取り出す。そして缶を開け草を火皿に詰めると人差し指を向けてそこから火が出た。

 なるほどこれが魔法というやつか。

「ローザは大事な手紙は全てファイルして本棚にしまってあるんだ」

 煙管に口をつけ吸い込み紫煙を吐き出し、ゆらゆらと紫煙が揺れる。


「私が捜索したときは手紙は1通も見つかりませんでした」

 サーシャが凛とした声で言う。

「ああ、俺も騒動がしばらく経って整理するために探したが……」

 無かった。

 あえて口にはしなかった理由は言わずとも分かっているつもりだ。

「ちなみに他に無かったものは?」

「そうだな、アルバムも日記帳も無くなっていたな」

 表情は窓から外を眺めていたので分からない。こちらからは風に流れていく白い煙が揺れているところしか見えない。



「……お母様は失踪のとき荷物などは持っていましたか?」

 少し考えたがやはり聞いてみることにした。

 お父様は目に分かるように反応し、しばらく無言の時間だけが続いていった。

 どのくらい時間が経ったのだろうか、煙管を最後まで吸い終わり窓を閉めながら観念したように言った。


「……何も持っていなかった」

 そうか、やはりそうなのか。

 やはり、この家の人間がお母様の荷物を持ち出していることが判明してしまった。

 勿論まだ断定はできない、が。第三者がこの家に忍び込んで金目のものには目も暮れずに盗み出すとは思えない。



「……単刀直入に言います、誰かがお母様の」

 私が推測をお父様に投げかけようとしたまさにそのとき、突然目の前で何もないところからヒラヒラと手紙が舞う。

 そう、何もないところからだ。その手紙はヒラヒラと右へ左へいったかと思えば最後はお父様の手元へ落ちた。

 咄嗟に私は右後ろに控えていたサーシャの方を振り返るが、サーシャも信じられないものを見た表情をしている。

 その表情はいつもの無表情では無くしっかりと驚愕という二文字が見て取れた。


「今のも魔法?」

「いえ……術式は見えなかったので魔法ではないかと」

 というと何だと言うんだ、もしかして私が得意な手品だとでも言うのか。

 馬鹿な、いくら手品とはいえ何もないところ、しかも窓もドアも開いていない、人の気配もしないところから何かを出すなんて無理に決まっている。

 便箋はどこかの機関のものなのかもしれない、一般の便箋のようには見えないし封蝋も独特なものだ。


「お父様、手紙にはなんと?」

 お父様は呆然としていたが声をかけるとハッとしてすぐにナイフを取り出し封蝋を切り、恐る恐る手紙を開けた。

 しばらく沈黙が続く。その様子を私サーシャも見ていることしかできなかった。


「…………そうか」

 手紙を見ながら小さな声を漏らした。その声は少しだけ安堵したような意味も含まれている気がする。


「ローザは無事らしい」

「それはどういうことですか? その手紙には一体……」

 そう言うとお父様は少し目を泳がせたが何も言わない。私には言いづらいのか、それとも別の理由があるのか。


「……分かりました、これ以上詮索はしません」

 とにかく行方も何も不明だったのが手掛かりは分かったんだ、それだけでも良しとすべきなんだろう。

 この謎の手紙には懐疑心しかないが。

「本当にルルにもイリスにも迷惑をかけっぱなしで本当に申し訳ないと思っている」

「いえ、言っても良いと思えるときまで待っています」

 小さく微笑むと今度こそ安堵したように微笑み返してくれた。




 お父様の部屋からの帰り、部屋から離れてすぐにサーシャに話しかける。

「あの手紙は何なんでしょうか」

「申し訳ありませんがあの便箋にも封蝋に心当たりがありません」

 まああの封蝋も便箋も特徴的だ、もしいずれ見る機会でもあればいいのだが。

「貴方が見たお母様宛ての手紙とは違うものでした?」

「はい」

「納得できてはいませんが、お父様があそこまではっきりと大丈夫だと仰るのなら大丈夫なのだとは思いますが……理解はできても納得できるかは別の話ですよね」

 小さくつぶやいた言葉には何も返ってこなかった。ただただ長い廊下を無言で歩いていく。


 こうして長い一日は終わった。




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