96. 2週目
グラウンドにできたもう一本の光の塔から突如姿を現すと、南美達との邂逅をあっさりと済ませて、校舎の方へと去っていった謎の子犬は、校舎脇を横切ると、そのまま正門を出て、長い階段をとことこと降りて学校の外に出ると、やがて山をゆっくりと下り始めた。
見たところ、まだ生後間もない小型犬のポメラニアンの子である。
そのため、子犬の山下りは必然的に遅い歩みとなって、子犬が山を下っている最中に異変が収束すると、周囲には彩りが復活し、いつもの日常の生活が再開した。
その時、山を下りて下校中だった宝箱女子高の2人組の生徒は、時の進行が再開した途端、いきなり目の前に子犬が出現し、一人とことこと山を下りるのが見えたのでビックリした。そしてキョロキョロと周囲を何度も振り返っては、この子犬の飼い主が近くにいないか捜した。
だが、飼い主らしき人物がどこにも見当たらないので、とりあえず自分達でこの子犬を保護して、飼い主が来るまでここで待っておこうか、もしくは、今から学校に引き返して子犬を職員室か生徒会室にでも預けに行こうかなどと2人で相談していると、その間にも、その子犬はとことこと先へ先へと行ってしまった。
彼女達は少し慌てて、後ろから「おーい!」とか「わんちゃん!」などと呼び掛けてみたが、子犬からはまったく反応がなかった。
彼女達は、そんな子犬の様子を見て、多分あの子は人見知りなんだろうと言って、お互いふふっと笑い合うと、その子犬の元へ小走りで駆け出した。そしてすぐに子犬の元に追いつくと、横からやさしく声を掛けた。
「わんちゃん、どうしたの?」
彼女達が子犬を見ると、子犬は彼女達の存在など、まるで眼中に入ってないかのごとく、彼女達の呼びかけに一切反応することなく、前を向いたまま淡々と歩みを進めた。
彼女達は、その時、初めて子犬をまじまじと見た。その子犬は、やっぱりポメラニアンの子供で、幼いながらも顔は整って、全身も綺麗なオレンジ・セーブルの被毛でもこもこっと覆われていて、飼い主の手入れもしっかりと行き届いているのがわかる。左耳のピンクのリボンを確認しなくても、その子犬が野良であるなど絶対にあり得ないだろう。その子犬が、どこかの由緒正しき血統をもったポメラニアンであるのは間違いない。
そして、小さくコロコロした子犬が、とことことがんばって地面を歩いている様は、愛らしくて仕方ないはずなのに、彼女達は子犬の精悍な表情と堂々とした歩く様を見ると、その子犬については、愛らしいというよりも、むしろなぜか威厳しか感じなかった。そして親切な彼女達は、最終的にその子犬の保護を諦めると、子犬が去っていくその堂々とした後ろ姿を黙って見送った。
その後の子犬の道中も、また似たような感じだった。下校中の学生や近隣の住民は、小さい子犬が一人で道を歩いているのを見て、皆一様に驚くと、中には先ほどの彼女達のように、親切に子犬に声を掛けた人もいたが、同じように子犬に無視されると、最後は黙ってその後ろ姿を見送ることとなった。
やがて子犬は、学校からの坂道を下リ終えて宝箱駅まで来ると、当たり前のように駅の中に入っていった。駅員は、改札から子犬が構内に入っていくのを見てぎょっとすると、子犬を保護しようと、とっさに改札口から出ようと一歩踏み出したところ、子犬が改札を通る様があまりにも堂々としており、それがまるで国会議員の先生か何かが、タダ券のくせに偉そうに電車に乗るかのごとき感じだったので、子犬の元に駆け寄って止めることができずに、その様子をただ呆然と眺めるだけだった。
子犬は、構内に入って掲示板の案内を確認すると、エスカレーターを上って、駅に待機している始発電車に乗り込んだ。そして電車が発車するのを車内の片隅で静かに待っていた。
その時、偶然同じ車両に乗り合わせていた乗客も、車内に突然子犬が入ってきたので、皆一様に驚くと、多分飼い主から逃げた子犬が、たまたま電車の中に入りこんできたんだろうと思って、近くにこの子の飼い主が捜してないか、キョロキョロと辺りを見回してみたものの、それらしき人物はどこにも見当たらなかった。
だったら、とりあえず駅員に知らせようかと思ってその子犬を見ると、大体こういったケースだと、自分から逃げ出したからといっても、飼い主や親犬が急に目の前からいなくなって、一人ぼっちで心細くしているようなことが多いのに、子犬からはそんな気配が一切感じられず、終始堂々としていた。
また、迷子の子犬を保護してあげようと、子犬の元に近寄った乗客の一人は、子犬から一瞥を食らって、余計なことはするなという大きな圧を確かに受け取ると、どうしようどうしようと悩んでいる間もなく子犬を乗せた電車は発車した。
そして電車が発車してから何駅か止まって、やがて目的の駅に到着すると、子犬は電車を降りて、それから入った時と同じように堂々と駅の改札を出ると、そこから目的の場所に向かって再びとことこと歩き出した。
それからしばらくして、ある一軒の家の前で立ち止まった。その家は、どこにでもあるような普通の一軒家で、その子犬がなぜこの場所に来ようとしたのか、まったくの謎だった。
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