104. 異変の後
―トントントン
その時ひばりは、誰かが自分の部屋をノックする音で目が覚めた。
どうやら、知らないうちに寝てしまっていたようだ。
しつこい子犬から逃げて自分の部屋に入った後、なぜか光り輝いている黄色い石を見るのに飽きたひばりは、部屋着に着替えて、片手にマンガを持ってベッドにうつ伏せに寝転ぶと、早速マンガを読もうとしたものの、放課後に学校で遭遇した一連の妙に現実ぽい夢と、先ほどの子犬との長時間に及ぶ死闘によって、自分では気づかなかったものの、実は心身ともにすっかり疲れ果てていて、ページを数ページめくるかしないかのうちに、すとんと眠りに落ちてしまった。
ひばりは目を開けると、多分ご飯でもできたのかなと思って、特にノックにも返事せずに、ぼんやりとドアを眺めた。
「……お姉ちゃん。入るよ。」
すると万智がドアを開けると、ひばりの部屋に入ってきた。
ひばりは、なぜかいつも以上にニコニコしている万智の顔を、まだ半分眠ってる頭と眼で、不思議そうにぼーっと眺めた。そしてふと視線を落とすと、万智が茶色いぬいぐるみを抱えているのに気がついた。ひばりは、なるほど多分これが万智の笑顔の理由なのだろうと思って、その茶色いぬいぐるみに目を向けると、それはぬいぐるみなんかでなくて、先ほど自分と死闘を演じたあの子犬だった。
「……なっ!?」
ひばりはその子犬を見るなり、まるで中学に入った頃に、すっかり黄ばんで汚くなったので泣く泣く捨てた、幼少の頃からお気に入りだったシナモロールのぬいぐるみと、街中でばったり再会を果たしたかのような、驚愕の表情を描いた。
一方子犬の方は、万智に抱きかかえられながら、ひばりのことを恨めしそうに、じとっとした目で見つめていた。
万智は、いつも通りの面白い顔をしながら、なぜか固まってしまった姉の様子などさほど気にする様子もなく、子犬の前脚を軽く持ち上げると、
「この子ね、今日学校から帰る時に、なぜか家の玄関の前にいたの。多分、近所の飼い主とはぐれちゃったのかと思ったんだけど……でも、周りに飼い主らしき人も見当たらないし……それでお腹でも空いてたらかわいそうだと思って、とりあえず牛乳でもあげようと思って、一度家の中に入って戻ってきたら、この子いなくなっちゃってて……多分、飼い主の人に見つけてもらって、一緒にお家まで連れて帰ってもらったのかなと思ったんだけど……一応念のため、牛乳を玄関の前に置いといて……それからしばらくして見に行ったら、牛乳がなくなってたから、あれ? やっぱりどこかにいるのかな? と思って、その後も何回か外に出て探してみたんだけど、どこにもいなくって……でも、さっき探しに行ったら、庭の茂みの中からくーんって犬の鳴き声が聞こえてきて……それで茂みの方に行ってみたら、なぜかこの子が茂みの中で逆さまになってもがいてたから、すぐに引き取って保護してきたの。」
万智は、子犬と初めて会って家に連れてくるまでの経緯をひばりに説明し終えると、「ねー。」と言って、ニコニコと子犬とお互いの顔を見合った。
ひばりは、万智の話を聞きながらベッドから起き上がると、恨めしそうな顔で自分のことをずっと見つめている子犬の視線を横目に避けつつも、がんばって作り笑いを作ると、
「へ、へー……そうなんだ。」
内心はかなり焦りながらも、まるでその子犬を今まで見たことがないような白々しい反応をした。
万智は、そんなひばりの不自然な表情に一向に気づいた気配もなく、
「お姉ちゃんが帰った時は、この子見なかったの?」
「えっ? えーと……私が帰った時は……確か、いなかったかなー?」
ひばりは、天井の方を見つめながら、考えたような表情をしてうそぶいてみたものの、その時、子犬からのじとーっとした冷たい視線を感じざるを得なかった。
「それにしても、なんで茂みの中に刺さってたのかな?」
「う、うん……不思議だね。」
「もし誰かがやったんだったら、人として絶対許せないよね。」
それまでずっとニコニコしていた万智だったが、急に怒ったような顔になった。
「う、うん……そうだね。私もそう思うよ。」
「こんなかわいい子に、よくそんなひどいことができるよ。」
「う、うん……ひどい奴だねソイツ。」
その時、子犬からの冷え切った視線と、それと多少の罪の意識に耐えられなくて、ひばりは思わず顔を横に背けた。
「……あっ、そうだ! 思い出した。……私、今からこの子のドッグフードを買いに行くから、それまでお姉ちゃんこの子のこと預かってくれる?」
万智はいきなり、ひばりにとって無理難題を押し付けてきた。
「……えっ!?」
ひばりは、この子犬を家に入れたくなくて、さっき茂みの中に放り込んだ張本人なのに、これから二人きりになるなんて、ものすごく気まずいじゃないかと思った。
それから、万智は首を傾げて不思議そうな顔をすると、
「それと、私もよくわからないんだけど……なぜかこの子、お姉ちゃんに用事があるような気がするの。」
「…………。」
ひばりは何も答えなかったものの、悪い意味で、自分も万智と同感だと思った。
「もしかすると、パパとママが昨日話していた魔法少女のことと、何か関係があるのかもしれないよ。」
「……えっ?」
ひばりは、万智から不意に魔法少女という言葉が出たので少し驚いた。
「ふふっ、冗談だけど。」
万智は、わざと少し意地の悪い表情を作って、ひばりにウインクすると、
「それじゃお願い。」
万智は子犬を床の上に置くと、さっさと部屋を出て、どこかにドッグフードを買いに行ってしまった。
「あっ……」
ひばりは万智を引き留めようと、名残惜しそうに手を伸ばしたが、時すでに遅し。すでに万智は部屋を出て行った後だった。
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