100. 異変の後
「もう。ママったら、今日は春巻きパーティーだっていうのに、肝心の春巻きの皮を買い忘れるだなんて。」
相変わらずの抜けた母親の行動に、なかば呆れた表情を見せた万智は、少しため息をつくと、歩きながら独り言をつぶやいた。
万智は、地元の中学から家に帰る途中、母親の洋子から連絡が入り、急遽近くのスーパーに寄って春巻きの皮を購入すると、今は再び家路に向っているところだった。
ちなみに支子家の春巻きパーティーとは、通常の春巻きの具材の他にも、同じ中華であるエビチリや青椒肉絲、変わり種として、塩辛やチョコレートムースなんていうのもあったりして、支子家ではそれなりに好評を博している。だが問題なのは、洋子がこれらの具材を分けずに一緒くたにして食卓に提供してしまうため、どれが普通の春巻きか、甘いのなのか辛いのなのか、春巻きの中に何が入っているのかわからないので、春巻きを口に入れる瞬間に少し勇気が必要になるなど、一種の闇鍋的要素が加わってしまう点である。
それ以外にも、皮を餃子の皮に変更した餃子パーティーというのもあるが、単に皮が変わっただけで趣向はまったく同じである。
「……でもよかった。今回は料理する前に気づいてくれて。」
万智は、もう一度独り言をつぶやくと、その場でにっこり微笑んだ。
万智は、母親が今日の献立を作る際に、具材や調味料など料理の要となる食材を買い忘れることなど、もはや日常茶飯事で慣れっこだったので、今日は料理する前の早い段階で気づいてくれたのが、むしろラッキーに感じたくらいだった。
万智は、春巻きの皮の他に、今日の春巻きパーティーに必要となりそうな具材なんかも、ついでに何点か買っておいた。おそらく母親の洋子のことだから、春巻きの皮以外にも色々と買い忘れているだろうと思ったからである。しかも、こういう時の万智のおせっかいというのが、大体当たってしまうというのだから、洋子の抜けっぷりも相当である。それに対し、そんな母親の日常の行動を完璧にフォローしているのだから、やはり万智は相当しっかり者である。
万智は、支子家の二人姉妹の次女で、現在は地元の中学に通う中学3年生の女の子である。
長女である高校2年生のひばりとは2個下ながらも、身長はすでに姉より高く、顔もひばりに似ているが、どこか間の抜けたぼーっとした顔をしている姉とは違い、引き締まったシャキッとした顔をしている。髪も姉より長くて、中学生ながらどこか大人びた雰囲気がして、彼女によく似合っている。初見で支子姉妹に会った人は、どちらが姉でどちらが妹か、100人いれば100人とも必ず間違えるという。
実は万智自身は、もしかすると姉やパパとママのようにお気楽に生きてみたいと思ったかもしれないが、自分が生まれた時には、すでに父親の耀司、母親の洋子、そして姉のひばりの支子家の3人が、揃いに揃って抜けた人間であったため、家族の中で最後に生まれた自分が、必然的に3人のフォローを担当する運命にあったのである。
万智は、通学用のカバンとさっき買ったばかりの食材が入ったバッグを両手に持ちながら、角の道路を曲がると、やがて自宅が前に見えてきた。
万智は家に入ろうと正面玄関を見据えた時に、なぜか自宅の正面玄関の前に、小さな子犬が佇んでいるのに気がついた。
「あれ? 子犬だ。」
万智は、なんで家の前に子犬がいるんだろうと不思議に思いながら、子犬の方に近づくと、子犬の方も、万智の存在に気づいてはっとすると、起き上がって2、3歩万智の前に進み出た。
それから万智と子犬は、しばしお互いを見つめ合うと、子犬はウーとかワンとかかんとか言って、四肢を踏ん張って必死に何かを訴えるような素振りを見せた。
そんな子犬の必死な様子を見て、万智は子犬の意図をなんとか汲み取ってあげようと、むーっと真剣な表情で、しばらくの間、子犬のことを見つめていた。
「……かわいそうに。飼い主とはぐれちゃって心細いんだね。」
万智は、同情の視線を子犬に向けた。
すると子犬は、そんな万智の反応を受けて、頭と尻尾をがっくりと落とし、明らかな失望の表情と素振りを示した。
「……あれ? 違うのかな?」
察しのいい万智は、子犬の明らかにがっかりした様子を見て、その場で再びじっくりと考え込んだ。しばらくして、万智は何か思いついたようにはっとした顔をした。
「……あなた……もしかするとお姉ちゃんに用があるの?」
すると子犬は、前足を空中に高く上げて尻尾を振りながら、万智の言葉に賛同するような素振りを見せた。
万智は、そんな子犬のリアクションをまじまじと見つめた。
「うーん……自分で言っておいて、まったく意味がわかんないんだけど……でも、子犬の反応を見てる限りだと、なんか間違ってないような気もするな。でも……だったら、なんでお姉ちゃんに用があるんだろ?」
万智は、難しい顔をして少し考えてみたが、そんなこと、考えたところでわかるはずもない。
「……うん。そんなこと考えても仕方ないな。……ところであなた、もしかしたらお腹空いてるよね? 牛乳でも入れてくるから、少し待っててね。」
そう言って子犬に微笑みかけると、万智は玄関を開けて家の中に入った。それから台所に行って母親に買ってきた食材を渡すと、冷蔵庫から牛乳を出して小皿に薄めた牛乳を入れると、再び子犬の元へと向かった。
「……あれ?」
万智が玄関のドアを開けると、そこには子犬の姿はなかった。
万智は、ひとまず玄関の前に小皿を置くと、庭や周りを一通り探してみた……が、やはり子犬の姿はどこにも見当たらなかった。
「飼い主に見つけてもらって、連れて帰ってもらったのかな?」
万智は一人納得すると、念のため小皿はそのままにして、再び家の中に入った。
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