Episode59 進歩
どうやって声かければ良いんだ?待ってはみたものの、いざ声を掛けようとすると急に悩みだす。偶然を装って話しかけることはできないし、そもそも時間が夜というのが問題だ。もう少し時間が早かったら、どこかで話をできたかもしれないのに。
でも、ここまで待ったのは心の中で久井さんに話しかけるって決めたから。あとは勇気を振り絞って声を掛けるだけ!
大きく息を吸って、「久井さん!僕です、白城です!」と確実に気付いてもらえる声量で言った。久井さんが俺の方を見る。
「白城君…。気付いてたの?」
「はい、最後店を出る時にガラスに久井さんが映ってました。」
久井さんは気まずそうに視線をそらし、レジ袋を持っている手でほっぺを軽くかく。
「えっと、その、今日はごめんね?いきなりどっか行っちゃって。」
「いえ…。みなさん心配してたんですよ?」
「そうだよね…私みんなに迷惑かけちゃった。」
「迷惑だなんて、そんなこと…。」
「由衣はどうだった?やっぱり怒ってた?」
「怒るもなにも、本当に心配そうにしてましたよ。」
「そっか…」
何だろう、久井さんやけに落ち着いてるな。もっと感情的になるかと思ってた。
「とりあえず、もう時間も遅いし駅に向かいませんか?」
「大丈夫だよ、親には遅くなるって連絡してるし。」
「じゃあこの後どこか寄るんですか?」
「駅前の本屋さんに寄ろうと思ってたよ。」
「じゃあ僕もご一緒してもいいですか?」さらっと俺はすごいコトを言った。
「待ってたってことは、このまま帰るつもりはないんでしょ?」
「はい…。」
「じゃあ、行こっか。」
すごいなぁ俺。成長したな。まさか久井さんと一緒に歩ける日が来るなんて。もう付き合ってるんじゃないのって言う感じです、俺は!もう心臓バックバクで、真冬なのにめっちゃ体温が高い!でも、久井さんは特に変わった様子はなく、俺だけが浮かれていて、少し恥ずかしかった。
「本屋で何を買うんですか?」
「白城君は私が何を買うと思う?」
「えー、勝手なイメージですけど漫画とかないかな。」
「そうだねー、漫画はないかな。」
「だからと言って小説とかを買うようなタイプでもない気がします。」
「おお、さすが白城君。いい推理力だよ!」
「正解は何ですか?」
「参考書だよ、勉強のね。」
「受験に向けて、ってことですか?」
「うん、あと入試までちょうど1年くらいだからね。」
(そっか、俺も2年後は入試か…まっ、まだまだ先のコトだ。)
そんなこと話していたら本屋の近くまで来ていた。ちょうど話すことが無くなると同じくらいに到着した。二人で店内に入る。
中学生の時、英検の単語帳を買いに来て以来、約1年半ぶりの本屋はほとんど変わっていなかった。強いて言うなら、セルフレジが導入されていたくらい。
久井さんは店内をすいすい歩いていく。通いなれているのか、目を少し話すとかなりの距離ができる。俺は久井さんの背中を追った。
「うわっ、すご…。」たくさんの参考書が置いてあった。本屋の一大スペースといった感じ。漫画は品ぞろえがあまり良くないが、参考書は本当に品ぞろえが良い。
「私も最初はびっくりしたよ。ここまで置いてある本屋は見たことない。」
「久井さんの町に本屋さんってないんですか?」
「あることはあるよ?でも小さいよ、ホントに。」
「そうなんですね…。岬望町、でしたよね?」
「そうそう。岬を望むって書くのに、海が近いわけじゃないんだよね。」クスッと笑った。
「変な町ですね。」俺も自然と顔が明るくなる。
会話が続かなくなると一気に不安な気持ちになるから、辺りを見渡す。思わずT大学の参考書に目が留まった。
「なんですかこれ…。僕の人差し指くらい厚さがありますよ。」
「さすがはT大学だよねぇ…。日本一の大学は違うよ。」
「先輩はどれ買うんですか?」
「私はこれ。」と言って同じ種類の参考書を持ち上げる。その本には「坂井大学」と黒文字で太々と書いてあった。
「坂井大学って、この町の坂井大学ですよね?」
「そうだよ。」
「坂井大学って、かなり難しいですよね?」
「うん。今のままじゃ無理だけどね。」
(そうか…。久井さんが坂井大学行くなら俺も目指そうかな…)
「すごいなぁ、坂井大学かあ…。尊敬します。」
「まだ受かってないよ(笑)。」また笑ってくれた。嬉しいけど、ちょっと照れくさい。
久井さんはその後も教科別の参考書も3冊買った。合計4冊の参考書はかなりの値段だったらしい。セルフレジから出てきた久井さんはしばらくレシートから目を離さなかった。
「先輩、もう帰りますか?」
「白城君は門限とかあるの?」
「ないですけど…。」
「じゃあもう少しだけ。」
「全然っ、大丈夫です!ご一緒させてください。」と本心を早口で言った。
「良かった。じゃあ、行こっか。」
「はいっ!」
俺は久井さんの後を追う。一体この人は何を考えているのか全く分からない。
でも俺の夢のような時間はまだ続く。それが嬉しくてどうしようもない♪




