Episode46 心の中
「俺ってさ運動能力ある方じゃん?」
「知ってるよ。お前、体力テスト学年1位だったんだろ?」
「そうなんだよね。小さい頃から外で遊ぶのが好きだった。鬼ごっことか、木登りとか体を動かすのが好きだった。」
「まあ分からなくもないな。たまに小学生みたいになるもんな。」
「小学生の頃はさ、足が速いだけでモテるって言うだろ?それ本当なんだよ。俺結構モテたの。」
(俺は何を聞かされてるんだ?さっきまでの重苦しい雰囲気はどこにいった…)
「なんだよ、自慢かよ。」
「ハハッ、自慢だよ。でもそんな俺にも苦手なことがあるんだ。」
「何だよ。勉強か?」
「違う。スポーツだよ。」
「はぁ?何言ってんだよ。運動能力、あるんだ…」
「それが嫌なんだよ…」
高木の声が曇った。俺は話すのを止めて高木が話し出すのを待つ。意外にもすぐに高木は話し出す。
「運動能力があるからってさ、スポーツが出来ると思うなよ…『運動能力がある=スポーツできる』っていうレッテル貼られるのが嫌なんだよ。」
確かにそうだな、なんてこの時納得してしまう自分がいた。俺も運動能力がある人は何でもスポーツ出来ると思ってる人間だった。今までそのことを何も不思議に思わなかった。
でも身近にいた。こんなに苦しんでる人間が。周りから過度な期待をされて、一人誰も気づかないところで傷ついてる人間が。
ここで何か言いたくなるのが人間だ。「そんなことないよ。」とか「俺はそんな風に思わない。」とか言ってしまいそうになる自分がいた。
でもさ、そんな励ましのつもりでかけた言葉でさえも時に相手の心をえぐることになるんだろうな。
今、高木はようやく本当の気持ちを打ち明けてくれた。誰にも言えなくて、心の奥にしまい込んでいた気持ちを伝えてくれた。だったら俺はとにかく聞く側に徹するべきだな。
俺は黙って高木の溢れてくる重い言葉を一つ一つ、聞いた。高木は話を続ける。
「俺はさ中学生の時みたいにソフトテニスを楽しめれば良かった。勝ち負けなんて気にしないで、ただボールを夢中で何も考えず打てればそれで良かった。」
「うん…」
「なのに、この学校のソフトテニス部は勝ち負けを意識する学校だった。いちいち一つのプレーにさ頭を使うなんて俺にはできない。俺はボールを追いかけて打ち返すことで精一杯なのに、それ以上この学校では求められる。」
「うん…」
「前衛になった当初は『前衛の方が楽しいかも』なんて思ってた。でも違う。前衛も後衛も一緒で俺には難しかった。正直楽しくなかった。全然上達はしないし、いつの間にかもう部活に行くのが苦痛になってた。」
そうか高木…お前そんなに苦しんでたんだな。ごめんな、気付けなくて。でも辞めたらダメだ。辞めたところでお前の心は苦しいままだ。そう思った時にはもう、口が動いていた。俺はどうしても人間であった。
「だから辞めるのか?」
「うん。」
「辞めてどうするんだ?」
「苦手な勉強に時間を割ける。国公立大学に合格して親に安心してもらいたい。」
「もうソフトテニスは嫌いか?」
「どうだろうね…。もう分かんないや。」
「高木、お前はソフトテニスを辞めちゃダメだ。」
俺の心からの想いがこもった言葉が高木に届いてくれるかな…俺は祈る思いで高木の返事を待った。




