6話 記憶
目を開けた瞬間、視界に飛び込んできたのは――
業火に焼かれた街だった。
瓦礫が崩れ、炎が家々を飲み込んでいる。
焦げた木の匂いと煙が空気を満たしていた。
「……ここはどこだ?」
さっきまで俺は、飛竜に襲われていたはずだ。
周囲を見渡す。
そこに広がっていたのは、見慣れた日本の街ではない。
石造りの建物、石畳の道。
まるで中世ヨーロッパの街並みだった。
「沙耶……悠太……!」
思わず名前を呼ぶ。
しかし返事はない。
「夢……なのか?」
いや、この光景には見覚えがある。
何度も見てきた――あの夢と同じ景色だ。
その時だった。
「アクタ!」
聞き覚えのない、しかしどこか懐かしい声。
振り向くと、そこには
深い青色の長い髪を揺らした女性が駆け寄ってきていた。
夢の中で見た少女。
「……アティーナ?」
思わずその名前が口からこぼれる。
彼女は驚いたように目を見開いた。
「アクタ、大丈夫?後方へ戻る?」
「後方……?」
意味がわからない。
その瞬間――
ズキンッ!!
頭の奥で、激しい痛みが弾けた。
「ぐっ……!」
視界が揺れる。
剣を振るう感覚。
魔法式を構築する思考。
戦場、炎、そして――アティーナ。
「こ、これは……アクタの記憶……?」
断片だった夢が、一つの記憶として繋がっていく。
そして――意識が、急に引き戻された。
***
ここはまたどこだ?
乾いた笑い声が、石造りの廊下に響いていた。
「おい見ろよ、また最下位様のお出ましだぜ」
「平民のくせに王立学校とか、場違いにもほどがあるだろ」
教科書を抱えたまま、俺は足を止めた。
目の前には、三人の貴族の生徒。
どいつも見覚えがある。成績上位、家柄も良い――いわゆる“上の人間”。
(……またか)
視線を逸らし、そのまま通り過ぎようとする。
だが、肩を掴まれた。
「無視してんじゃねぇよ」
強く引き戻され、体勢が崩れる。教科書が床に散らばった。
「ほんと使えねぇな、お前。魔法もまともに使えないくせに、よくここにいられるよな?」
「お情け入学ってやつだろ?ああ恥ずかしい」
笑い声が、やけに遠く感じる。
(……言い返せ)
頭ではわかっている。
でも、言葉が出てこない。
(俺は……何もできない)
拳を握る。けれど、その手に力は入らなかった。
「おい、聞いてんのかよ」
胸ぐらを掴まれ、無理やり顔を上げさせられる。
そのとき――
「その手、離してもらえるかしら」
澄んだ声が、空気を切り裂いた。
三人の動きが、ぴたりと止まる。
ゆっくりと振り返ると、そこに立っていたのは――
深青の長い髪をなびかせた少女。アティーナだった。
「……アティーナ様」
一人が顔色を変えて、慌てて手を離す。俺の体が自由になる。
「ずいぶんと楽しそうね。授業中じゃなかったかしら?」
静かな声。だが、その奥には冷たい圧があった。
「い、いえ、その……」
さっきまでの余裕はどこへやら。三人は明らかに動揺している。
「理由は?」
短い一言。それだけで、空気が凍る。
「……」
誰も答えられない。アティーナは一歩、前に出る。
「答えられないの?」
その瞬間――床に落ちていた教科書が、ふわりと宙に浮いた。次の瞬間、三人の目の前に叩きつけられる。
「っ……!」
無詠唱。しかもあの精度。(やっぱり……すごいな)思わず見とれてしまう。
「次に同じことをしたら……どうなるか、わかるわよね?」
静かに告げる。だが、その言葉には十分すぎる威圧があった。
「も、申し訳ありませんでした!」
三人は顔を青くして、その場から逃げるように去っていった。足音が遠ざかる。廊下に、静寂が戻る。
「……大丈夫?」
アティーナがこちらを見る。さっきまでの冷たい表情とは違い、どこか柔らかい。
「あ、ああ……助かった」
視線を逸らしながら答える。
「いつものことだけど……無理に我慢しなくていいのよ?」
優しく言われる。だが、その言葉が――少しだけ、痛かった。
「……俺は、大丈夫だよ」
「大丈夫に見えないわ」
即答だった。言葉に詰まる。
「あなた、本当は――」
アティーナが何かを言いかける。だが、俺はそれを遮った。
「……いいんだ」
俯いたまま、続ける。
「どうせ俺、才能ないし」
自嘲気味に笑う。
「成績も最下位だし、魔法もまともに使えない。平民だし……」
口に出して、改めて実感する。
「ここにいる資格なんて、ないんだよ」
沈黙が落ちる。数秒後――
「……そんなこと、ない」
はっきりとした声だった。思わず顔を上げる。アティーナは、真っ直ぐこちらを見ている。
「あなたは、まだ知らないだけ」
「……何を?」
「自分の価値を」
即答だった。その言葉に、胸がざわつく。(……何言ってるんだ)
「買いかぶりすぎだよ」
苦笑しながら目を逸らす。だが――
「私は、そうは思わない」
一歩、距離を詰めてくる。
「あなたは、必ず強くなる」
その瞳には、迷いがなかった。
「だから――」
ほんの少しだけ、表情が柔らぐ。
「私が、そばにいる」
その言葉に。心臓が、大きく跳ねた。
***
目を開ける。
そこには、瓦礫の中で倒れている悠太と沙耶の姿があった。
「……戻ってきたのか」
頭の中には膨大な記憶が残っている。前世の戦い。魔法。
そして、自分の名前――アクタ。
情報量の多さに頭が混乱する。
その時だった。
ドォン……ドォン……
重い羽ばたきの音が聞こえた。顔を上げる。さっきの飛竜が、こちらへ向かってきていた。
「あれは……ワイバーンか」
記憶が徐々に繋がっていく。
「それなら――」
無意識に右手を掲げた。空中に魔法式が展開される。
火属性魔法――炎槍フレイムランス
次の瞬間、炎の槍が一直線に飛んだ。
ドォン!!
炎槍はワイバーンの眉間に突き刺さる。飛竜は一声も上げることなく、その場に崩れ落ちた。
「……やっぱり魔法は使えるのか」
静かに息を吐く。
「これで――守れる」
ワイバーンが倒れたことを確認すると、俺は急いで悠太と沙耶の元へ走った。
「二人とも……」
体を確認する。
「かすり傷だけか。よかった」
初級回復魔法を発動する。淡い光が二人の傷を包み、ゆっくりと傷口が閉じていく。
「これからどうする……」
周囲を見渡す。
「魔獣から守れる避難場所なんてあるのか……?」
疑問が頭をよぎる。
「そもそも、なぜこの世界に魔獣が……」
思考を整理していく。しかし考えれば考えるほど、辻褄が合わない。
さっきの飛竜。あれは前世で山奥に生息していた中型魔獣――ワイバーン。
最大百体の群れを作る厄災級の魔獣だ。そんな存在が、魔法のないこの世界に現れるはずがない。それになぜ俺は前世の記憶を持ち、魔法が使えるのか。まるでラノベの主人公だな。
その時だった。
ギィエエエエ!!
空から咆哮が響いた。見上げる。仲間が倒されたことに気づいたのか、十体ほどのワイバーンが一斉にこちらへ向かってきていた。
「……これは少々厄介だな」
この体で魔法を使うのは初めてだ。
前世よりパフォーマンスも落ちている。
だが――
振り向く。そこには気絶したままの悠太と沙耶がいた。
答えは、もう決まっている。俺は再び右手を掲げた。
「――あの飛竜たちを倒す」




