#8
川上を向くと、物憂げに煙をくゆらせる女が私と同じように川岸に立っている。ガス灯に照らされ緋色になった髪が頬を隠し、その眼光を覗かせていた。はっきりとした目であるのにどこか遠くを眺めているようで、どこも見ていないようであった。まるで目を閉じると不便であるから開けているのだといわんばかりに。彼女のそのような仕草から目が離せなくなった私は、撃鉄を跳ね上げたような気持ちを抑えられずにいた。
カエルやセミ、スズムシなんかが鳴くのは、自分の居場所を異性に知らせたりするためだという。彼らは言葉を持たないから、そういう仕草で気を引くのだ。しかし、私は言葉を持ち合わせているはずであるのに、こうして彼女の方に向かい歩き始めた。
最初に言葉が出なかった。彼女がこちらに気付き、目が合った瞬間にその砕けた金剛石のような瞳が私の心を飲み込んでしまった。光に包まれるような抗いようのなさに、慌てふためくことも繕うことも叶わず、私は眠い目を滾らせ立ち尽くした。
彼女はそんな状態の私に一瞥すると、何もなかったかのように再び川の方を眺め始めた。意に介さない、その様相は私をますます搔き立てた。
向こう岸のガス灯の光が、彼女の瞳から私の瞳に入ったことで、私はようやく我に返った。そうして私たちは会話を始めた。彼女の声はタバコのせいか、少ししゃがれていて心地よかった。彼女と話せば、ぬるま湯につかっているような気持ちになる。決して体があったまることはないが、かといって体温が下がることもない。しかし、こういう会話に私の脳は警鐘を鳴らし始める。何か得難いものを得ろ、何か前に進めと。酒を飲んでいてよかった。酔っているときだけは、この不毛な考えを飛ばすことができるから。
夜が更けるにつれ気温も下がってきた。私は彼女の部屋で飲みなおすこととなった。彼女は机を挟んで反対側の座椅子に腰かけ、そのうち部屋が靄で見えなくなるのではないかというほど絶えずタバコを吸っている。彼女は傍らの冷蔵庫へ手を伸ばすと、ビールを2缶取り出し、私にもくれた。タバコを指に挟みながら、ビールを開ける。そんな彼女の豪胆さというか、欲への忠実さがむしろ私に安心を与える。
私もつられ、ビールを開ける。先ほどまで冷やされていたビール缶は、室温で結露し手を当てたところから雫が落ちた。雫はやがて浴衣にシミを作り、私はそれを見下ろしながら所々に汗染みが浮いているのを確認した。
頭を上げると、彼女がこちらにタバコを差し出してきた。




