第七話 ピュアホワイト、出動します
「というか、なにしに来たんですかブランさん?あっ、まさか私とシュバちゃんの愛の日記を読みたいんですか!?」
純度100%の夢小説を愛の日記と言い張る魔法少女、二十二歳。公的には無職。
もしもシュバルシャーフがこの場にいたら、いったいどんな顔をして、なんと言ったことだろう。
「ええー、ちょっと恥ずかしいですけどお、でもどうしてもって言うならあ、読ませてあげてもいいですよお」
顔を赤らめてもじもじしながらも、原稿用紙の束を持ち上げてトントンと角をそろえている。書いたものはせっかくなら誰かに読んでほしいと思うのが、書き手の業だ。
「キミの力作は非常に興味深いけど、残念ながら今回はそういう用件じゃないんだ。直々に出動要請にきたんだよ、ピュアホワイト」
「はあ、それは珍しいですね」
魔法少女が出動するか否かは基本的に当人の自由意志に委ねられている。要請を受けるかも断るかも自由。とは言え限度というものはある。
「ピュアホワイト、キミここのところずっと出動拒否しているよね。こんな大作(夢小説)を書くくらい暇を持て余しているのに、どうして」
「相手がシュバちゃんじゃないからです。私、シュバちゃん以外と戦いたくないです」
聖愛が食い気味にこたえるとブランは目を丸くして、ため息をついた。
出動要請があった場合、一度も戦ったことのない相手だと????と表示されて、一度でも戦ったことがある相手なら名前が表示される。
魔法少女と闇魔法少女と言っても人間同士だからどうしても相性の悪い相手というものはいるので、それを避けるための配慮である。あの人と同じシフトで働きたくないです!みたいな感じの。
「まあ、前回の戦い後のやり取りからしてそんなところだろうなとは思っていたよ。でもまさか、こんな堂々と言われるとも思ってなかったな」
「別にごまかすようなことでもないですから。私はもう、シュバちゃん一筋なんです。そう決めたんです」
ムンと胸を張ると、胸元に描かれたウサちゃんが悲鳴を上げそうなほど引き伸ばされる。しかしブランはそれを見ても何も反応しない。
こんな欲望のシンボルのような見た目をしているくせに、使い魔に性的な興奮は存在しない。そうした概念が存在することは知っていて利用することはできても、その本質までは理解できないのだ。AIが文脈を読み取れないのと同じように。
「うーん、それはまあ、麗しい友情だとは思うけどね。でもピュアホワイト、やむを得ない事情もないのに出動してくれないとなると、こっちとしてもちょっと考えなきゃならなくなるよ」
「それってまさか、クビってことですか?」
聖愛の肩がビクリと震える。
それは非常に困る。シュバルシャーフに会えなくなってしまうし、ついでに生活費もちょっとヤバい。
「残念だけどねえ。やる気のない人材を座らせておけるほど魔法少女の椅子に余裕はないんだよ」
企業が雇用できる人数に限りがあるように、一度に存在できる魔法少女の数は有限らしい。おそらく闇魔法少女側もそうなのだろう。
「ええー、でもでもお、もしもシュバちゃんが私以外の魔法少女と戦っていたら、戦ったのか、私以外の魔法少女と…ってヤキモチ焼いちゃうと思うんですよねえ。だからシュバちゃんにもそんな思い味わわせたくないっていうかあ…」
脅しを受けてもなお、マイペースに意味のわからない理屈をベラベラとのたまう聖愛はなかなか大物かもしれない。
指先をツンツンとしてもじもじする聖愛を、ブランは冷静な口調で諭した。
「だったらシュバルシャーフにそう思わせてやればいいんだよ。戦ったのか、私以外の闇魔法少女と…って、ヤキモチ焼かせちゃいなよ。たぶんいいもんだよ、ヤキモチ焼かせるのは。支配欲的なものを満たせるんじゃないかな」
聖愛はスネてヤキモチを焼くシュバルシャーフを妄想してみた。
「えっ、ちょっと待って、それすごくいい。ヤバい、可愛すぎます。えっ、ブランさん、ひょっとして天才ですか」
「君のやる気スイッチが入ったみたいで何よりだよ。とりあえず鼻血拭いたら。カワイイウサちゃんが汚れちゃうよ」
「あっ、すいません。私ったら、はしたない」
静かに垂れていた鼻血をティッシュで拭い、聖愛は顔を引き締めた。
「よし、ピュアホワイト、出動します」
「やる気になってくれてなによりだよ。あっ、そうそう、キミこの前の出動で五十回目だったから、ボーナスとして新しい魔法を送ったよ。魔法はアプリで装備しとかないと使えないから、ちゃんと確認してね。まあ例外はあるけど」
「えっ、そんなログインボーナスみたいなのあったんですね。ありがとうございます」
「うん、あったんだよ。最初に説明したんだけど、やっぱりキミは人の話なんて聞いてないよね」
ブランのこの言葉も、スマホでログインボーナス的なものを受け取るピュアホワイトの耳には届いていなかった。聖愛は一つのことに夢中になると周りが見えなくなるタチなのだ。
「あっ、すごい。出動回数ボーナスでこんなに魔法少女ポイント貰えるんだ。えーと、新しい魔法はこれですね。使い魔召喚。自分の使い魔と同じ姿形をした魔法生物を複数体召喚し相手を攻撃する呪文、ですか。へえ、強そう。でも、自分の使い魔と同じ姿形…」
パッと明るくなった聖愛の顔が、自分の使い魔を見た瞬間にズーンと沈んだ。まるでジェットコースターのような目まぐるしい変化。
こんなのを複数体召喚して攻撃させるなんて、どう考えても魔法少女のすることではない。
「ダメだ、こんな公序良俗に反する物体を召喚していいわけがない…。この魔法は封印ですね」
「ええっ、どうしてさ。見せつけてやろうよ、キミの自慢の使い魔を」
ぶらんと鼻を揺らす使い魔に聖愛は絶対零度の視線を向けた。
「絶対にダメです。この魔法はブランさんのスキンをチェンジするまで永久封印です」
「ちぇー、マジメなんだから。まあいいけど」
「そんなことより出動先はどこなんですか?急がないと罪のない人々が辱められてしまいます」
「ああ、そうだったね。出動先はなんと」
ウキウキしながらブランが告げた出動先を聞き、聖愛はよろめいて畳に手を付くほど愕然として、要請を受けたことを後悔した。
まさかこんな場所に闇魔法少女が現れるなんて、いったいなにを企んでいるんだ。
でもこれもシュバちゃんにヤキモチを焼かせるためだと思い直し、気合を入れて立ち上がった。
それにいい加減に働いておかないと、今後がちょっぴり心配でもあった。
いくら魔法少女が破格のギャラとは言え、いつまでも続けられるものではないのだから稼げるときに稼いでおきたい。二十三歳の誕生日まで、そんなに間があるわけではない。
まさか二十三歳になったら即、辞めさせられるということはないだろうが、しばらく無職でも心配ないくらいの貯蓄は欲しい。切実に安心が欲しい。
そのために魔法少女として、闇魔法少女の魔の手から罪のない人々を守らねば。
なんとも現実的な理由で闇魔法少女に立ち向かう決意を新たにするピュアホワイトであった。




