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二十二歳、限界魔法少女  作者: みそ
第二章 黒百合学園の甘い罠
6/10

第六話 使い魔をチェンジしたいんです、切実に

 ピュアホワイトこと阿部聖愛あべまりあは1DKの賃貸マンションに住んでいる。

 築年数は六年と浅く、清潔感のある真っ白な外壁が気に入り、最寄り駅から徒歩五分という近さも非常にグッドだった。

 五階建ての最上階、角部屋。なので他の部屋と比べると家賃はちょっとお高めだが、防犯の観点から最上階は譲れなかったし、気兼ねせずに音を出して動画とかを見たい聖愛にとって角部屋は理想だった。

 風呂とトイレはもちろん別々。ユニットバスなんてありえないと聖愛は思っている。


 聖愛は社会人になるときに長年暮らしてきた家を出て独り立ちした。

 実家で暮らす利便性を考えると離れがたかったもののぐっと堪えて、これを機に自立するんだと住み慣れた家を出た。

 とは言えあまり離れすぎるのは不安なので、実家から二駅先のところに部屋を借りた。

 

『私ももう社会人なんだからさ、余裕ができたら仕送りしたり、旅行とかにも連れてってあげるからね』


 家を出るときに、さみしさと照れくささを滲ませて、両親にそう言って出てきた。両親は娘の成長と門出に涙ぐんでいた。

 それが、どうしてこうなった。


 火曜日。平日の真っ昼間。一般的な社会人ならばスーツや制服に身を包んであくせく働いている時間帯。

 聖愛は長年愛用している部屋着である、ウサちゃんが描かれたピンクのスウェットを着て、ピンと背筋を伸ばしてレトロな雰囲気の文机に向かっていた。クシで梳かしてすらいない髪を垂れ流して、一心不乱に何かを書き綴っている。

 熱心に履歴書でも書いているのかと思いきや、向かっているのはこれまた懐かしさを覚える四百字詰めの原稿用紙。聖愛は空白を埋められない履歴書をほっぽりだし、シュバルシャーフと自分が友情を育んでゆく夢小説を原稿用紙につらつらと書き連ねていたのであった。

 その枚数、そろそろ百枚の大台に届こうとしている。もはや中編小説並みのボリューム。

 

 職人のような顔つきで高そうな万年筆にインクを浸し、昔の文豪みたいにカリカリカリカリと、やたらと達筆な文字で書き連ねている。

 万年筆とインクとレトロな文机のセットは、大学の入学祝いに祖父母が買ってくれた聖愛のお気に入りだった。実家から持ってくるほどに。

 祖父母はまさか孫が万年筆を使って夢小説をしたためるなんて、夢にも思わなかったことだろう。夢小説だけに、夢にも。

 それはともかく、聖愛は習字六段とかなりの腕前を持っている。見るものをハッとさせるほどの美文字の無駄遣い。

 ずっと友だちのいなかった聖愛が、青春を費やして打ち込んできたのが勉強と習字だった。

 

 聖愛にとって字とはキーボードやタッチパネルで打ち込むものではなく、こうしてペンや筆を用いて書き連ねるものだった。

 確かに電子機器を用いた執筆は効率的で、なおかつ誤字脱字の修正も容易であるし、人とのやり取りや共有もスムーズにできるといいこと尽くめだ。

 それは認めよう。

 聖愛だって現代人なのでブラインドタッチができるくらいにはキーボードを使えるし、スマホで誰か(主に親族)とやり取りだってする。

 だけど聖愛にとっては、機械で打ち込んだ文字はこの一言で否定される。

 

 愛がない。


 人がその手で書いた文字のように、感情がこもっていない。

 その人の人となりを読み取れない。

 ウキウキしながら書いた文字なのか、苛立ちながら書いた文字なのか、悲しみながら書いた文字なのか、何も伝わってこない。

 だから聖愛は、画面上の平坦な文字が苦手だった。


 その点、習字はいい。書いた人の人となりが真っ直ぐに伝わってくる。

 どういう感情でその文字を書いたのかも、滲んだりかすれたりしている墨の濃淡から伝わってくる。

 習字までいかずとも、手書きの文字でもそれは伝わってくる。

 角ばっていたり丸っこかったり、崩しがちだったりきっちりしていたり。

 手書きの文字が聖愛は大好きだった。文字フェチと言ってもいいくらいに。


 ああ、シュバちゃんはどんな字を書くのだろう。

 きっとヤンチャな字なのだろうな。いや、意外とああいう子ほど繊細な字を書くかもしれない。そういう例はいくつも見てきた。

 人は見かけによらない。

 私の知っているシュバちゃんは闇魔法少女のときのシュバちゃんだけで、それ以外のシュバちゃんをまるで知らない。

 ああ、知りたい。シュバちゃんをもっと知りたい。

 シャンプーとかコンディショナーとかボディソープとかを知って、おそろいの香りをまといたい。

 もう、こんなに悶々とするならこの前ベンチで接近したときにもっとにおいを吸い込んでおくべきだった。そうすればそこからわかったかもしれないのに。

 私のなんてうっかりさん。

 ああ、シュバちゃんシュバちゃん。


「えーと、なになに、シュバルシャーフのあまいにおいと眼差しが、ピュアホワイトに本当の愛と友情を教えた。それは身体の芯をあまくとろかせて、まるで春の芽吹きのような幸福を彼女にもたらし」


 ほとばしる熱いパトスを原稿用紙にぶつけていると、耳元で軽快な声がして読み上げられた。


「ゔおおおぉぉぉ!?」


 驚いた聖愛は魔法少女にあるまじき野太い悲鳴を上げて、書きかけの原稿用紙を隠すように覆いかぶさった。まるでエロ本を読んでいるところに、いきなり母ちゃんが乱入してきたときみたいなリアクションだ。


「なななな、なんですかいきなり!?びっくりするじゃないですか、ブランさん!読み上げるのは反則ですよ!」

 

 涙目になった聖愛が振り向いた先にはデフォルメしたゾウのような、奇妙な形状の生物が浮いていた。

 聖愛の使い魔、ブラン。

 

「何度もスマホにメッセージを送ったよ。だけどいつまで経ってもピュアホワイトが返事をしないもんだから、来ちゃった」


 語尾にハートマークでもついていそうな可愛らしい口調。もしもシュバルシャーフがそんなことを言って部屋に来てくれたら、聖愛は喜びのあまりショック死することだろう。


「あっ、やだほんとだ。ごめんなさい、気が付きませんでした」


「もう、業務連絡くらいきちんとしてよ。そんなだから新卒わずか一ヶ月で窓際族になっちゃうんだよ」


「そ、それは関係ないでしょう。あとブランさん、その姿ほんとにどうにかならないんですか」


 聖愛はいくばくかの嫌悪感がこもった視線でブランを見た。

 ここですこしばかりブランの形状を説明しよう。

 色は全体的に肌色でツヤツヤしている。特徴的なのは二つ並んだゾウの耳のようなものと、その真ん中に位置する長い鼻のような突起物。

 耳のようなものは膨らんでラグビーボールに近い独特の丸みを帯びていて、突起物の先端部分は皮っぽいダルダル感がある。

 なんというか、ゾウというよりは非常にアレに近い形状をしている。

 

「仕方ないだろう。ボクの見た目はキミが最後に見た、最も純粋だと感じたものをモチーフに作られるんだから。それがキミの場合は、タマタマ生まれたばかりの甥っ子の股間だった。これはもう、笑うしかない悲劇だよね。喜劇と悲劇は紙一重とはよく言ったものだよね」


 スマホから召喚されてきたブランを見た聖愛のリアクションは、これだった。


『しょ、しょうたくん(生後一ヶ月の甥っ子)のおち◯ちんが、浮いてる!?』


 なんて夢もロマンもない使い魔との出会い。

 

「ボクもいろんな形状になってきたけどね、ぶっちぎりでワーストだよ、これ。軽くボクの尊厳を破壊しているよね」


 ブランはニヒルに口元を歪めた。ブランの口はゾウと同じ、鼻の付け根あたりにあるから見えづらい。というかあんまり凝視したくない。

 だって、デフォルメされてるし赤ちゃんのものとは言え、アレだから。


「それは私も本当に申し訳ないと思っています。でも私だって、せっかくならティンカーベルみたいな可愛い使い魔がよかったです。チェンジとかできないんですか?」


「そういうシステムないから。前にも説明したけどボクのスキン(見た目)を変えたかったら、戦って魔法少女ポイントを溜めて、それ用のマジックアイテムを買ってね」


「それは、わかってますけどお。でもなあ、そんなことに魔法少女ポイント使うのはもったいなくって…」


 魔法少女ポイントは魔法少女アプリ内でのみ使える通貨みたいなもので、マジックアイテムを買う以外にも、新しい魔法やスキルを身につけるといった自己強化にも使う大事な資源だ。

 なのでよく考えて使う必要がある。使い魔の見た目なんていう、戦闘とは関係のないところにはできればあまり費やしたくない。

 でも連絡調整役の使い魔の見た目がコレはちょっと、いや、大いにやる気に響くので悩みどころだった。

 

 一回の戦闘で貰える魔法少女ポイントは最低値が決まっており、戦いの内容に応じて増加する仕組みになっている。減らされることは基本的にない。

 勝利条件を満たしたり、相手を戦闘不能にしたり、魔法少女ならどれだけ人的被害を少なく戦いを終えられたか、等によってボーナスが付く。

 なので、自己強化して戦いを有利に進められるようにするのが、魔法少女ポイントを効率的に溜めるためには重要だ。


 闇魔法少女側も同じシステムなので当然、次に戦うときには前に戦ったときよりも手強くなっている。

 今のところダントツの出動回数を誇るピュアホワイトはトップクラスの強さではあったが、油断していられるほどの力量差ではない。

 新しい魔法やスキルによって勝敗が決まるというわけではないものの、できるだけ強化しておいた方が安心感はある。

 戦闘不能にされたときの屈辱と羞恥は、できればもう二度と味わいたくない。


「ふふっ、見てごらんピュアホワイト。ブランのブランが、ぶらーんぶらーんしているよ」


 でも耐え難い。

 ゾウでいう鼻の部分をぶらんぶらんと揺らして、こんな下らないことを言ってくる使い魔はあまりにも耐え難い。

 効率重視の自己強化か、華やかな見た目の使い魔か、それが聖愛の目下最大の悩みであった。

 再就職先がなかなか決まらないことよりも、重大な悩みであった。

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