第五話 それこそが私が魔法少女になった意味だと思うんです
真っ赤な夕日が照らす中、じっと見つめ合う白と黒。
ピュアホワイトは驚きに目を見開き、シュバルシャーフは手を離して恥ずかしげにそらしている。
先に立ち直ったのはピュアホワイトで、握られたところを愛おしそうに撫でながら、花が咲くようにシュバルシャーフに笑いかけた。
「なんだ、じゃあ私たち友だちいない仲間だったんですね」
「な、なんでもかんでも仲間でくくるんじゃねえよ、バカ」
「ふふっ、すいません」
謝りながらもピュアホワイトは嬉しそうで、さっきよりも近い距離でシュバルシャーフの隣に座り直した。もう肩と手が触れ合うくらいの近さだ。
「バカッ、ちけーよ。なんでこんな余裕あんのに端っこで押しくら饅頭してんだよ」
顔を赤くして抗議するシュバルシャーフだったが立ち上がったりすることもなく、軽くピュアホワイトに肩をぶつけた。猫がじゃれつくような感じで。
「いいじゃないですか。こうやってベンチに並んでおしゃべりするの、憧れだったんですよね」
ピュアホワイトも軽く肩をぶつけ返すと、シュバルシャーフは不機嫌そうな声を出してそっぽを向いてゴクゴクとジュースを飲んだ。その横顔はちょっと笑っているようにも見える。
「あれっ、でもたしかこの前、シュバちゃんサークルの友だちと合宿行ってきたんだぜ、って自慢してましたよね?」
「ブフーっ!」
疑問の声にシュバルシャーフは飲んでいたジュースを盛大に吹き出した。甘い匂いを放つ液体が、夕陽を受けてキラキラときらめく。
口元に指をあてて小首をかしげる可愛らしいポーズをとっているものの、ピュアホワイトの目は笑っていない。その目には魔法少女にあるまじき疑心暗鬼が宿っていた。
シュバルシャーフはうっと低く呻き、バツの悪そうな顔でピュアホワイトを見返した。
「えっ、なに、もしかして私に同情してウソついたんですか。友だちいない暦イコール年齢の可哀想なヤツだと思ってバカにしてたんですか。仲間だと思わせておいて見下していたんですね。そういうのって私、最低だと思います」
持っていたジュースの缶をベコリとヘコませて、呪文のような早口で不満を連ねるピュアホワイト。連ねるごとにその胸元に輝く純白の宝石に、黒い霧のようなものが浮かんで段々と濃くなってきた。お味噌汁の中に発生するモヤモヤみたいにモクモクと沸いてくる黒い霧。
魔法少女にはそれぞれ闇堕ち度を示すアクセサリーがついていて、ピュアホワイトの場合それは胸元の宝石。
これが漆黒に染まったとき、ピュアホワイトは闇魔法少女になってしまうのだ。
ちなみに闇魔法少女には反対に光堕ち度を示すアクセサリーがついており、シュバルシャーフの場合は胸元の血で濡れたようなリボンだ。
こんなことで闇堕ちしかけているピュアホワイトに目を見張り、シュバルシャーフは慌てて言い訳した。
「まっ、待て待て!あれは見栄を張ってそう言っちまっただけだよ!サークルに入ってるのも合宿行ったのもホントだけどよ、ウチはその、サークルでも浮いてて、みんなからなんでこいつ来たのって目で見られてた。でもみんな気を遣ってくれてるのもわかって、それが惨めでちっとも楽しい気分になれなくて、ただ居心地悪かっただけで、なんで行っちまったんだって後悔したくらいだし…。でもそう認めるのもなんか悔しくて、楽しい思い出に改ざんして喋っちまってたんだよ…」
「シュバちゃん…」
ピュアホワイトの目から疑心暗鬼の光が消え去り、涙が滲んでいる。あんなにモヤっていた宝石の曇りはきれいサッパリ晴れていた。
アッパレ純白ピュアホワイト。
「それすっごくわかります。私も親に心配をかけまいと、友だちいるふりをしてしまっていたこと、ありましたから。家族構成や趣味や好物まで設定したイマジナリーフレンドを作り出して、親に話しているうちにだんだんとほんとにその子がいるような気がしてきて、ついにはその子とおままごとまでしていましたから」
潤んだ目をしたピュアホワイトはシュバルシャーフの手を両手で包み込み、うんうんとうなずいた。
二人が持っていた空き缶は魔法の力でふよふよ浮かび、自販機横の空き缶入れに吸い込まれていった。魔法少女はポイ捨てを決して許さないのだ。
「いや、オマエのはなんか、心の闇的なやつじゃ…」
シュバルシャーフの目には言葉の通じない人を前にしたような戸惑いや恐怖が浮かんでいた。
闇魔法少女を心の闇でドン引きさせる魔法少女、ピュアホワイト。
「私に心配をかけまいとして、友だちいるって言ってくれてたんですよね。その気持ちは嬉しいです」
「いや、ウチはただ、悲しい記憶を誤魔化したくて…」
「でもそれはそれ、これはこれ。やっぱりウソはいけないと思います」
「あっ、ダメだわこいつ。話聞いてねえや」
ピュアホワイトは時としてその純粋さと正義感を爆発させて、思い込みにどっぷり浸ってしまうことがある。思い込みが熱く激しいタチなのだ。
そのタチが災いして、入社してわずか一ヶ月で物理的に窓際族になるほどに。
「私、常々思っているんですよね。この世界には愛が足りないと。闇魔法少女さんたちは、愛が足りないから闇堕ちしてしまったのだと」
「いやどーだろ。性癖こじらせて闇魔法少女になったやつも多いからなあ」
「だからシュバちゃんも、愛を知ることができたら、愛で満たされたら、そんなパンツ丸見えの格好しなくて済むと思うんですよね」
「いやこれは見せパンだしウチの性癖だしほっとけよ。ってやっぱり話聞いてねえなこいつ」
シュバルシャーフは愛について滔々と語り続けるピュアホワイトを見てため息をついた。
それから三分くらいぼーっと空を見上げていた。浮かんでいる雲の形によって今日の晩ご飯を牛丼にするか、ハンバーガーにするか決めようとしていた。
あの雲はなんとなく牛丼っぽい気がする。チーズのたっぷり乗った、ハイカロリーな牛丼っぽい気が。
よし、今晩はチーズ牛丼の大盛りにしよう。あくせく働いたのだから、それくらいの贅沢はしてもいいだろう。タバスコいっぱいかけちゃうぞ。
チーズ牛丼を思い浮かべてよだれを垂らしそうになっていると、ようやくピュアホワイトの演説は終わったようで結論を言い放った。
「なので、私がシュバちゃんの友だちになって、光堕ちさせてあげたいと思います!アイムユアフレンド!いや、ベストユアフレンド!フォーエバー!」
キラキラと目を輝かせ、堂々と胸を張りブルンと震わせるピュアホワイトに、シュバルシャーフは開いた口が塞がらなかった。
「……はっ?」
チーズ牛丼を注文してから提供されるほどの間を空けてなお、シュバルシャーフの口から出てきたのはその一言だけだった。
何を言われているのかさっぱり理解できず、脳がところてんみたいに口や耳や鼻から出てくるような感じがした。それほどまでに理解不能な申し出だった。
「ふふっ、照れなくてもいいですよシュバちゃん。初めての友だちに戸惑っているんですね。だいじょぶ、私も初めてだから」
でもそんなシュバルシャーフの様子なんか気にせず、ピュアホワイトは竹馬の友の如く肩を抱き寄せた。そうされると二の腕のあたりにたっぷりとやわらかい感触があたり、シュバルシャーフのこめかみのあたりがヒクヒクと動いた。
「安心してください!私が愛の力であなたを光堕ちさせて、立派な魔法少女に更生させてみせます!それが、それこそが私が魔法少女になった意味だと思うんです!」
ようやく脳の理解が追いついたのか、シュバルシャーフは乱暴にピュアホワイトを突き飛ばして立ち上がると、ツバを飛ばしながら罵倒した。その顔は夕陽みたいに真っ赤に染まっている。
「なっ、何言ってやがるんだオマエ!やっぱり脳みそお花畑牧場だな!魔法少女と闇魔法少女がトモダチなんて、そんな前例聞いたことねえぞ!」
ピュアホワイトも立ち上がるとファサッと前髪をかきあげ、デキる女風に言い放った。
「前例がなければ作ればいい。弊社の社長はそう申しておりました」
「オマエんとこの社長ってブラック社長じゃねえかよ!」
「私を(物理的に)窓際に置くときに、止めてくれようとした部長に放った一言です」
「な、なんだよその悲しいエピソードは。やめろよ、静かに微笑みながら言うんじゃねえよ…」
たじろぐシュバルシャーフに、ピュアホワイトは純白のフリル付きの手袋に包まれた手を差し伸べた。
「私たちで作りましょう、前例を。戦うだけが魔法少女と闇魔法少女じゃないと、証明しましょう」
シュバルシャーフは気性の荒い猫にさわるような慎重さで手を伸ばし、黒いレース編みの手袋に包まれた手をそっと、純白の手袋の上に重ねた。
きゅっとやさしく握りしめてくれた手はあたたかく、顔を見ていられなくて目をそらした。
「たっ、戦いで手を抜いたりはしねえからな」
「はい、もちろんです。私も全力でお相手しますからね!」
ピュアホワイトの満面の笑みを間近で見て、シュバルシャーフの胸のリボンの先っちょがほんのすこしだけ白く染まった。




