第四十二話 私があなたをひとりぼっちになんかさせません!
こんなもろプライベート映像が見えちゃっていいのか。だけど見えちゃったものはしょうがない。記憶は消せない。そんな魔法は存在しない。
痛みとともに映像は次々と進み、気がつくと黒柳羊子は闇魔法少女になっていた。それからの日々は概ねピュアホワイトも知っていたもので、魔法少女になり立てでやる気が空回りしていた自分が出てきたところでは赤面した。
そしてピュアホワイトが友だち宣言したあの日、家に帰った羊子は暗い部屋でベッドに寝っ転がって、手のひらを窓から差し込む月明かりにかざして小さく笑っていた。
手を握られたときの熱が、まだ手のひらにうっすら残っていた。
「魔法少女と闇魔法少女で友だちって、バカだろあいつ…」
まだ温もりが残るその手を、大切な宝物を抱きしめるように胸に押し当て、静かな眠りについた。
それから時は流れて今日のこと。
羊子は一人でアマテラスシティに来ていた。麻友と別れて以来プライベートで着ることのなかったゴスロリ服を着て。
それは羊子にとって麻友との悲しい思い出を断ち切り、純粋にゴスロリが好きだったころの自分に戻るための儀式だった。
この日のために闇魔法少女三ヶ月分の賃金を新しいドレスに注ぎ込んだ。
自分の好きな世界を見て触れて心の底から楽しめば、もう闇魔法少女を卒業できるんじゃないかと思っていた。あの日の痛みを振り切って飛び立てるんじゃないかと、祈りにも似た切実さを抱きながら一歩を踏み出した。
だけどそんな羊子の思いは、粉々に砕け散った。
「麻友ちゃんと…奈津美ちゃん…?」
元恋人と、大学で唯一友だちになれそうだった子が、仲睦まじく手を繋いで歩いていた。恋人同士特有の幸福そのものの笑顔で。
二人の左腕には固く誓い合った約束のように包帯が巻かれていた。羊子にはつけられなかった傷を奈津美はつけていた。
羊子のことなんか忘れた顔をして頬を寄せ合い、二人だけの幸福に満ち溢れた世界を作っていた。
色違いでお揃いのドレスを身に纏って。
かつて羊子と麻友がそうしていたように。
どうして。
どうしてどうしてどうして。
どうしてうちの隣にはだれもいないのに、オマエたちだけが満たされている。
二人だけの世界を作り出して、幸福を全身全霊で表現している。
うちはこんなに、ひとりぼっちなのに。
赦せない。
赦せない赦せない赦せない。
その笑顔を赦せない。うちがいなくても何の屈託もなく浮かべているその笑顔を。
うちに向けていたよりも眩しいその笑顔が憎い。
だれもうちに笑いかけてくれないのに。うちだけに向けた、宝物みたいな笑顔をくれないのに。
ああ、そうか。うちはこのために、闇魔法少女になったのか。
むちゃくちゃにしてやる。お前たちの幸せを、ぶち壊してやる。
そして羊子は奥歯を噛み締め、闇魔法少女シュバルシャーフに変身したのだった。
「シュバちゃん…あなた、元恋人と知り合いが付き合っているのに嫉妬して暴れ回っていたんですか…!?」
「なぁっ…!?」
身も蓋もない指摘をされたシュバルシャーフは弾かれたようにピュアホワイトの手を離して後ずさった。
途端に遠のいていく痛みと羊子の心の傷。
「な、何でオマエがそんなこと知ってんだよ!?」
「なんか見えちゃったんです。痛みと同時に、シュバちゃんの過去から今に至るまでがこう、いわゆる走馬灯みたいに」
「ウソだろ、何でそんなことが…」
真赤になった顔を泣く寸前のように歪める孤独な少女を見つめ、ピュアホワイトは迷わずその手を握りしめた。
身を守るイバラのトゲのように、触れたものに襲いかかってくる激痛。
消えない痛み(デア・シュメルツ)のもたらす感覚器官を埋め尽くす苦しみ。
だけどそれ以上にシュバルシャーフが感じていた孤独が切なくて、ピュアホワイトはすべてを受け止めるようにその手を強く握りしめた。
「やめろ!離せよバカホワイト!」
「嫌です!絶対に離しません!」
「何でだよ!痛えくせに!」
「痛くなんかないです!」
「ウソつけ!涙目になってるじゃねえか!」
「こ、これは羊子ちゃんの事情を知ってのもらい泣きです!」
「本名で呼ぶんじゃねえバカホワイト!うちのことなんかほっとけばいいだろ!周りに八つ当たりして迷惑かけるだけのクソ女なんだから!」
「それでも、私はあなたの友だちです!」
激しさを増す痛みに抗いながら、ピュアホワイトはシュバルシャーフを抱きしめた。全身全霊で包み込むように。
「私があなたをひとりぼっちになんかさせません!」
互いの体温が伝わるほど近くから放たれたその声は、どんな魔法よりも強く大きくシュバルシャーフの胸に響いた。
グスッと鼻をすする音が聞こえ、胸に熱いものがぽたぽたと落ちてくるとともに、全身を襲っていた痛みが遠ざかっていった。もう身を守る必要がなくなったイバラのトゲが抜け落ちていくみたいに、消えない痛み(デア・シュメルツ)が、消えていった。
「ほんとうに…?」
胸の間に顔を埋めていたシュバルシャーフが、涙目になって上目遣いで見上げてくる。しかもこれまで聞いたことのない、甘えた声を出して。
「ほんとうにうちから離れていかない…?ひとりにしない…?」
顔を見て返事をしようと目線を下げたピュアホワイトの脳髄を、消えない痛み(デア・シュメルツ)を遥かに超える衝撃が貫いた。
よく見たらこのシュバルシャーフ、ほぼ全裸だ。見下ろすと背中から下着に包まれた尻にかけてのラインがなんとも艶めかしい。
それでいて潤んだ瞳の上目遣い。そしてトドメとばかりに全力のデレ。
鼻の奥から吹き出しそうな熱いたぎりを魔法少女生活で培った使命感で抑えつつ、ピュアホワイトは聖母のような笑みを浮かべた。
今まで生きてきた中で一番理性を振り絞った。
「もちろんです。私はずっと、シュバちゃんのそばにいますよ」
「約束だからね…。もしも破ったら許さないんだから…」
子どもみたいに言うシュバルシャーフの頭をなでてピュアホワイトは思った。
もしもここにお布団があったら、危なかった。
そんなよこしまな思いを察知してか、シュバルシャーフの目が鋭く尖った。
「おい、オマエ今エロいこと考えてただろ」
「かっ、考えてなんかいません!だって私は魔法少女ですよ!」
「ウソつけ!ヤラシイ目でうちのことジロジロ見てただろ!このイヤラシホワイト!」
「い、いやらしいって言ったほうがいやらしいんですー!そういうことを普段自分が考えてるから他人もそうだって疑ってかかるんですー!」
「なんだよその屁理屈!ガキじゃあるまいし!」
「ガキじゃないですー!これでも立派な社会人ですー!」
「うっせえ!二十二歳の魔法少女が立派な社会人なんてへそで茶が沸くわ!」
「あっ、ひどい!年齢のことは言わない約束じゃないですか!」
「そんな約束してねーし!」
なおもぎゃあぎゃあと言い争う二人を、ゆかりとかんなは生あたたかい眼差しで見つめながら同じことを思っていた。
もう帰ってもいいかな、と。




