第四十話 アタシゆかりのこと、守れたかな…?
「ぐうぅ…!」
痛い。全身に注射針を突き立てられたみたいに、チクチクと細くて鋭いものが肉に食い込んでくるような痛みが襲ってくる。
だけどこれくらいなら、一分間耐えられる。
「まずは十秒経過か」
「へっ、こんなもんなら楽勝だよ。蚊に刺されてるようなもんだ」
額に脂汗を滲ませながら、グラップレッドはニヤリと笑った。もう半分くらい過ぎたろうと思っていたのが、まだそんなものかと嘆きたくなるのを抑えて。
叫んだりするほどではないが、絶え間なく与えられる苦痛は鉋のようにじわじわと精神を削っていく。
「そうでなきゃ張り合いがねえ。その余裕がいつまで続くか楽しみだなあ」
「残念だったな。こんなもんじゃアタシをくじくことはできねえよ」
「クハハハ!いいねいいねえ!それじゃあ、レベル2(ツヴァイ)だ!」
シュバルシャーフが楽しそうに告げるとふっと痛みが遠のき、
「うあああぁぁぁ!痛い痛い痛い!」
またたく間に跳ね上がった。全身にナイフを突き立てられ、肉が切り刻まれているような強烈な痛みに身悶えが止まらない。
目からは涙、鼻からは鼻水、身体中からは血のように汗が吹き出し、全身を濡らしていく。
「ゆかり!」
「クハハハ!どうしたどうした!まだ半分も過ぎてねえぞ!」
「あああぁぁぁ!うあああぁぁ!」
自分の体を見てもどこにも異常はない。どこも切られてなんかいない。血も出ていない。なのに痛みが、猛烈な痛みだけが感覚を埋め尽くしていく。
シュバルシャーフは宣言通りにグラップレッドの手を握ったりはしていない。いつでも手放せる。今すぐにでも手放したい。だってこんな痛み、耐えられるわけが。
「かんな!もういい!もう手を離して!かんながおかしくなっちゃう!」
「おっと、手を出すなよゆかりちゃんよ。それはルール違反だぜ」
シュバルシャーフが一瞥すると、止めに入ろうとしたゆかりの手足に黒い縄が絡みついた。
「やめて!離して!このままじゃかんなが!」
「ゆ、ゆかり、あ、アタシは、だいじょぶ、だから…」
汗と涙と鼻水でぐちゃぐちゃになった顔で、グラップレッドは微笑んだ。
そうだ、ゆかりの貞操のために、アタシはこの手を離さない。ゆかりのあれやこれやを見ていいのは、あたしだけだ。
決意を新たにしたグラップレッドは、シュバルシャーフの手を離さないように強く握りしめた。
「へえ、余裕じゃねえか熱血ちゃんよお。見直しちまったよ、根性あるんだなあ」
「こ、こんなもん、ゆかりのビンタに比べりゃ、痛くも痒くもないな」
「そうかい。それなら残り二十秒、この痛みに耐えられるかな」
黒い羊がニタリと笑い、酷薄な声で告げた。
「レベル3(ドライ)」
全ての痛みが遠のいて終わったのかと思うと、この世の終わりのような痛みが襲ってきた。
「……………!!」
声も発せられないほどの痛み。あらゆる内蔵を大蛇に締め付けられ、体を通る全ての神経を丁寧にメスでなぞられているかのような、痛みだけで死んでしまいそうになるほどの激痛。
「ぎゃあああぁぁぁぁ!痛いぃ!痛いぃ!」
「かんな!」
「クハハハハハッ!痛いよなあ、もう手を離してもいいんだぜぇ!」
「いやだっ…!アタシはっ…!ゆかりをっ…!ああああぁぁぁ!」
それだけで死んでしまいそうになるくらいの痛みにのたうちながらも、グラップレッドはシュバルシャーフの手を掴んで離さなかった。涙も汗も鼻水も、身体中の水分が全て出尽くすのではないかという勢いで滴り落ち、半狂乱になって叫んでいる。
「殺して!殺してええぇぇぇ!」
「かんな!かんなああぁぁ!」
「おうおう、白目剥いてすげえ顔してんなあ!あと五秒だ!五!四!三!にぃ!いちぃ!ぜろぉ!」
永遠に続くかのようなカウントダウンを聞き終え、シュバルシャーフから手を離すと、グラップレッドは気を失ったように床に倒れた。倒れる瞬間に身体が光に包まれて変身が解かれ、その下にはツンと鼻をつく臭いのする水たまりができている。
「おいおい、汚えなあ。せっかく耐えたっつうのにお漏らしとは台無しだな」
肩をすくめるシュバルシャーフをゆかりが睨みつけると、おおこわとつぶやいて手足の縄が解かれた。
「かんなぁ!」
縄を解かれたゆかりは弾かれたようにかんなに駆け寄り、汚水に濡れるのにもかまわず抱き起こして、膝の上に戦いを終えた闘士の頭を乗せた。
汗と涙と鼻水でぐしゃぐしゃになった顔に手を添えると、ちいさくうめいて薄く目が開かれた。
「ゆかり…アタシゆかりのこと、守れたかな…?」
顔に添えた手にかんなの弱々しく震える手が重ねられて、ゆかりはぎゅっと握りしめた。
「うん、うん…!かんなはわたしのこと、ちゃんと守ってくれたよ!」
大きな瞳に涙を溜めながら、かんなを安心させるようにゆかりは微笑んだ。
「へへっ、よかった…」
かんながニッと笑い、ゆかりの目から溜まっていた涙が零れ落ちた。ぽたぽたと垂れたしずくがかんなの頬を濡らしていく。
「泣くなってゆかり。もうこれで、だいじょうぶなんだから」
「うん…うん…」
「もう、ゆかりは泣き虫だなあ」
かんながゆかりの目元に手を伸ばして、その涙を拭う。涙を拭うかんなの目からも、涙が零れ落ちた。
パンパンと手を叩く音に振り向くと、漆黒の刃を手にしたシュバルシャーフが立っていた。
「よう、感動中のところ悪いが、やっぱりゆかりちゃんの服は切り刻ませてもらうぜ」
「そんな、約束が違う!」
悲痛な声を上げるかんなをせせら笑い、シュバルシャーフはバカにしたように指を振った。
「おいおい、見逃してやってもいいぜ、としか我は言ってないぜ。つまり、どうするかは我の気分次第」
「この卑怯者!」
「クハハハ!それはサイッコーの褒め言葉だなあ!」
ゆかりに迫る漆黒の刃を白く煌めく矢が弾き飛ばし、シュバルシャーフは素早く身を引いた。
「ちっ!おじゃま虫め!」
つい先刻までシュバルシャーフが立っていた場所に、流れ星のような勢いで突っ込んでくる白影。勢いを殺すために手にした弓を床に突き立て、リノリウムを削りながらの強引な着地。
純白のマントをはためかせモウモウと立ち込める土煙を払うと、凛とした顔をした魔法少女が姿を現した。




