第三十八話 もっと熱くなれよ!
「やめろ!離れやがれ!」
拳をデタラメに振り回してまとわりつく黒い旋風を跳ね除けようとするも、手応えがまるでない。スカスカと空を切るばかり。
「クハハハ!ぬるい拳だな!そんなんじゃハエも殺せねえぞ!」
「クソっ!」
シュバルシャーフの高笑いに焦りが募る。拳を空回りさせている間にも、まとわりつく黒い旋風に衣装を切り裂かれている感触がする。
このままでは非常にまずい。主に貞操の危機だ。
「グラップレッド!魔力を感じて!そこを狙わないと引き剥がせませんわ!」
「魔力って、いったいどうすりゃ」
「目を閉じて感じて!きっと今のあなたなら分かるはずですわ!」
なぜゆかりがそんなことを知っているのか考える余裕もなく、グラップレッドは目を閉じた。親友がそう言うのなら、間違いないから。
すると何か、これだと感じる一点を鋭敏になった感覚が捉えた。まとわりつくうっとうしいハエの位置がくっきりと、手に取るようにわかった。
「そこだぁ!」
そこに向かって拳をアッパーのように突き上げると浅い手応えがあり、目を開くとシュバルシャーフが衣装をはためかせ華麗に宙返りしていた。引き剥がせたものの、クリーンヒットとは程遠い。
シュバルシャーフは飛び退って距離を取り、ニヤけながら手をパンパンと叩いている。
「やるじゃねえか新米ちゃん。今ので素っ裸にひん剥けると思ってたんだけどなあ」
「その余裕ヅラもここまでだ。きっちりお返ししてやるからな」
ビシッと指を突きつけると、シュバルシャーフは高笑いを上げた。
「クハハハ!そんな格好で言っても格好つかねえぜ!」
「そんな格好…?きゃああぁぁ!?」
グラップレッドは自分の体に目を向け、甲高い悲鳴を上げて手で隠した。その顔は羞恥の色に染まっている。
堂々たるおニューのコスチュームはかまいたちに襲われたかのように、いたるところがパックリと切れて小麦色の肌が覗いている。
何よりも目を引くのは肉感的で筋肉質なふとももからおしりにかけてのライン。ゆかりの目はそれを焼き付けるために釘付けで、あるひとつの確信していた。
やはりかんなは、おっぱいよりもおしりの逸材。おしりで天下を取れる。
「クハハハ!いい眺めだなあ新米魔法少女!負けを認めてもいいんだぜ!」
高笑いするシュバルシャーフの両手には、影をそのまま刃物に加工したようなナイフが握られている。一切の光を刀身に吸い込む深い漆黒で、酷く不気味で不吉な刃。
「だ、誰がこんなもんで諦めるか!アタシはゆかりを守るんだ!」
「グラップレッド…!」
体を隠す手を離して身構えるグラップレッドに、ゆかりは浅ましい欲望のままに親友を凝視していた自分を恥じた。
恥じたのだが、すぐにまた目を見開いて親友を凝視してしまった。
グラップレッドの胸周りが芸術的な形に切り裂かれていて、きれいなお椀型のそれがあらわになっていたから。もちろん要所は謎の光が差し込んで隠されている。
片手で慌てて隠す姿が恥じらいに満ちていて、ゆかりの鼻の奥がツンと熱くなった。
なんてことだ。やっぱりおっぱいも、いい。
「くっ、わたしのお鼻がグラップレッドしてしまう…!」
「なに言ってんのゆかり!?早く逃げてよ!」
「いいえ、わたくしにはグラップレッドの艶姿…もとい、この戦いを最後まで見届ける義務がありますわ」
スカートもスパッツも程よくズタズタで、おしりはもう下着で覆っている部分くらいしか隠せていない。オレンジの縞パンが最後の羞恥心の砦になっている。
「親友の戦いを、その勇姿を見届ける、か。へっ、尊いじゃねえか…」
シュバルシャーフは腕組みしてグラップレッドを舐め回すような目で見て、垂れる鼻血を止めようともしない。堂々たる仁王立ち鼻血だ。
「その余裕、絶対に後悔させてやるからな!」
胸を隠す腕を離して拳を握りしめ、新米魔法少女は瞳に闘志を燃え上がらせている。しかしその勇ましさとは正反対に頬は真っ赤で、ゆかりは胸がキュンキュンして止まらなかった。
「なんだ、またバカの一つ覚えでぶん殴ってくるか?」
「それがアタシは一番得意だしそれで倒せりゃ一番楽なんだけど、そうもいかないんだろ」
渾身の正拳突きを食らわせたところで、物理的な破壊力は防御効果のある魔法の服に吸収されてしまって効果的でないことは、さっきからの手応えのなさで悟っていた。グラップレッドは身体で覚えていくタイプだ。
「それならアンタを見習って、アタシも魔法で服を引っ剥がしてやるよ」
「おもしれえ、ヤッてみろよヒヨッコ!」
ビシッと指さされたシュバルシャーフは鼻血をぐいっと手の甲で拭い、両手を広げて嘲笑った。
あからさまな挑発にぶん殴りたくなるのをグッと堪えて、グラップレッドは両の拳を胸の前で打ち合わせた。
衝撃で小ぶりな胸が揺れて、手にはめたグローブの纏う炎がゴウっと音を立てて燃え上がる。そうすると魔法が発動することが、なぜだかわかった。
「もっと熱くなれよ!燃え盛れ!アタシの炎!」
グラップレッドの雄叫びに呼応するかのように炎はメラメラと燃え上がり、ボッと音を立てて消え去った。
「ギャハハハ!バカかよおめえ!燃え尽きてどうすんだ!」
嗤うシュバルシャーフを見つめ返すグラップレッドの眼差しは気高く凛としていた。
「なあアンタ、不死鳥って知ってるか。何度燃え尽きようとも蘇り、蘇るたびにその身体を熱く気高く燃え上がらせる不死鳥を」
「あん?それがなんだってんだよ」
「鈍いな。アタシの炎もそうだって言っているんだよ!」
再び拳を打ち付けると、グラップレッドの両手から自身をも巻き込むほど巨大な火柱が上がった。
「グラップレッド!?」
駆け寄ろうとするゆかりを安心させるようにグラップレッドは微笑みかけ、荒れ狂う火柱を制御するために目を閉じて精神を集中した。
炎を恐れずに、獰猛な獣を手懐けるように心を通わせた。
炎はアタシで、アタシは炎だ。
すると荒れ狂う火柱は根本から徐々に蒼く染まってゆき、握り合わせた拳に集まっていった。集った蒼い炎は翼を広げた鳥のような形になった。
蒼炎を纏った、気高き不死鳥のような姿に。
「きれい…」
ほうけたようにつぶやくゆかりの顔が蒼く染まり、熱気を感じた。まるでかんなそのもののような、優しく心強い熱気を。
「お、おいおいなんだよそんなの!?魔法少女になりたての新米ちゃんが使っていい魔法じゃねえだろ!?」
慌てふためくシュバルシャーフの衣装の端々は、グラップレッドから漂う熱風の余波を受けて溶け始めている。
あんなものが直撃しては、間違いなく衣装を焼き尽くされて真っ裸にされてしまう。焼き羊になってしまう。
「年貢の収め時だよ、アンタ」
グラップレッドは哀れみすらこもった眼差しでシュバルシャーフを見つめ、頭に浮かんできた魔法の名を叫んだ。
「蒼き炎で灰へと還れ、焼滅の不死鳥!」
握り合わせたグラップレッドの拳から、けたたましい鳴き声を上げて飛翔する蒼い不死鳥。
蒼い不死鳥は燃え盛る翼で羽ばたき、情けない悲鳴を上げる黒い羊へと迫った。
「ヒイイィィ!?」
恐怖で歪んだ顔が焼滅するのを見ていられずゆかりが目をそらそうとした瞬間、ニヤリと不敵な笑みを結んだ。
「なんてな。広がれ、宵闇のカーテン(ツヴィーリヒト)」
シュバルシャーフの前に暮れたばかりの空を写し取ったような暗幕が広がり、焼滅の不死鳥が夜空に溶けるように吸い込まれた。音も熱も全てが吸い込まれて、星座になってしまったかのように消え去った。
「なんだと!?」
「あれだけの魔法を丸ごと消すなんて…!?」
「消しただけじゃねえぜ。ちゃんとお返しもしねえとな」
シュバルシャーフがパチンと指を鳴らすと、グラップレッドの眼前に夜が広がった。




