第三十六話 力が欲しいか
一瞬そういうコスプレの人かと思った。でも違う。
コスプレだとしたらあんなパンツ丸出しの衣装はNGだし、恥ずかしげもなく高笑いなんてしないし、なにより浮遊の魔法なんて使えない。
「クハハハ!よくもまあこんなに雁首揃えたもんだなあ愚民どもお!我こそは闇魔法少女シュバルシャーフだ!」
高笑いに続く名乗り。闇魔法少女のルールとしてまずは名乗って、今日の活動目的を不幸にもその場に居合わせた一般人たちに告げるというものがある。
ルールだとはわかっているものの、見ていてゆかりはこそばゆい気持ちになってしまう。
当の本人は闇魔法少女ハイになっているからあまり気にならないものの、シラフで見ているとこんなにもむず痒くなるなんて。
堂々と我とか言っちゃってるよ、あの人。そんなキャラだっけ。
「きゃああぁ!シャーフさま!シャーフさまよ!」
「生シャーフ様だ!ヤバい!エモい!」
「シャーフさま!目線こっちお願いします!」
「シャーフさまぁ!サインお願いします!」
薄い本のモデルにもなるくらい界隈では人気なだけあって、熱烈なファンたちから声が上がる。
人気アニメのキャラを丸パクリしたスタイルにアンチもいるものの、ファンサービスを怠らないシュバルシャーフはそこそこ人気だった。
魔法少女が到着するまでの本格的な戦いが始まるまでの時間、写真撮影や握手やサインにできるだけ応じるのがこれまでのシュバルシャーフのやり方だった。
「悪いなあ、今日の我はすこぶる虫の居所が悪くてなあ、そういうのはなしだ。そのかわり、魔法のハサミでテメエらご自慢の一張羅を切り刻ませてもらうぜえ!」
ところが今日はファンサービスにかける時間はなく、問答無用の戦闘態勢。
シュバルシャーフの手には先端に黒い星のついたステッキが握られ、軽やかな手つきで空中に魔法陣を描いてゆく。
「踊れ!ドレス断ち(シュナイダーシェーレ)!」
描き終えた魔法陣に向けてステッキを振り下ろすと、魔法陣からその筋では瘴気と呼ばれる黒い霧が漏れ出し、金属をこすり合わせるようなイヤな音とともに無数の漆黒のハサミが踊り出てきた。
ハサミはカラスくらいの大きさで、見るものにじゅうぶんな恐怖と威圧感を与える。
それが獲物を追う猛禽類のような勢いで空を裂いて襲いかかってくるのだからたまったものではない。
「いやあ!こないでえ!」
「やめて!今日おろしたての衣装なの!」
「ヤダ!せっかく作ったのにい!」
「ダメダメダメ!これにはあの子との思い出が…!」
会場中から悲鳴が上がり、皆が出入り口へと殺到していく。
漆黒のハサミは縦横無尽に宙を舞って襲いかかり、衣服だけをシャキンと鋭い音を立てて切り裂く。
おそらくそれぞれにとって大切だったり、思い入れがあったりする、ただひとつの衣装を。
魔法で生成された刃は肉を切ることがないかわりに手で掴んで止めることができず、どれだけ必死に振り払おうとしても無慈悲に服を切り裂いてゆく。
ズタズタに、徹底的に。
楽しく賑わっていた会場からは悲鳴が上がり、切り裂かれた布地が宙を舞い、肌色面積が増えていった。
「おうおう、絶景だなあ」
シュバルシャーフはわざとらしく手びさしを作り、その様子を舐め回すように見ている。
「シャーフねえさま…。ゴスロリ好きなねえさまが、どうしてこんな酷いことを…」
「ゆかり、何してるの!早く逃げないと!」
呆然とするゆかりの手を取って逃げ出そうとするかんなの前に、不吉な鳥のようにシュバルシャーフが降り立った。
その背に二本のハサミを従えて。
「おまえらなんか見覚えあんなあ。そうだ、前にピュアホワイトにジャマされて仕留め損なったやつらだ。こんなとこで会うなんて、運命の再会ってやつか」
「くそっ!なんなんだよアンタ!こんな人がイヤがることして楽しいのかよ!」
「あうっ…」
自分を守るようにシュバルシャーフとの間に立つかんなの放つ言葉が、グサグサとゆかりに突き刺さった。
ゆかりはストレスが溜まったときに闇魔法少女活動をするのがすっかり日課になっており、人がイヤがることをしてオーホッホッホッと高笑いしていたから。
そう思うとここで、お気に入りのお嬢様系の服をシュバルシャーフに破かれるのも因果応報というものかもしれないと思えてくる。
ああ、でもやだなあ。お小遣いはたいて買ったばかりで、お気に入りで、かんなもかわいいって言ってくれたのに。
「ああ、楽しいねえ。ションベンちびりそうなくらい楽しい。どうもおまえらの悲鳴でしか震えねえとこがあんだよなあ、この辺にさあ」
ゾクッとするほど冷たい笑みを浮かべて、シュバルシャーフが同人誌くらい薄い胸をとんとんと手で叩いた。
ゆかりはそれに激しく同意だったが、まさかかんなの前では言えずにぎゅっと押し殺して、キッとシュバルシャーフを睨みつけるふりをした。
ああ、シャーフねえさまと闇魔法少女談義がしたい…!
「サイッテーだなアンタ!みんなの大切なもんを踏みにじって楽しいなんて人として軽蔑するよ、マジで!」
「はうあっ…!」
かんなの真っ直ぐな言葉がゆかりの胸をえぐった。それはもうマリアナ海溝くらい深々と。
どうしよう、親友にマジで軽蔑されちゃった。泣いちゃいそう。
「クハハハ!最低はうちら闇魔法少女にとってサイッコーの褒め言葉だぜ!よく見るとおめえのお姫様はずいぶんとおめかししてるじゃねえか!もっとキレイにアレンジしてやるよ!」
シュバルシャーフが指揮者のようにステッキをひと振りすると、漆黒のハサミがゆかり目がけて襲いかかってきた。
どうする、変身すれば魔法で防げる。でも変身したら、わたしも闇魔法少女だってバレちゃう。かんなにバレて軽蔑されちゃう。そんなの、絶対イヤ!
覚悟を決めたゆかりはドンと押されて、床に尻もちをついた。さっきまでゆかりが立っていた場所には、かんなが立っている。
優しく微笑んで、ゆかりを見下ろしている。
「かんなっ…!」
微笑むかんなに迫る漆黒のハサミたち。
シャキンと鋭い音が鳴り、かんなの服が無惨に切り裂かれていく。
ハサミは獲物をいたぶるように何度も往復し、かんなの服はあっという間にただの布切れに成り果て、パサリと床に落ちた。
「へえ、根性あんなあ。そんな姿になってまでお姫様を守ろうなんてよお」
下着姿にされたかんなは恥ずかしげに手で体を隠している。それでも気丈にシュバルシャーフを睨みつけていた。
それなのにゆかりの目は、引き締まったかんなのお腹周りに吸い寄せられていた。ほどよく筋肉のついたお腹に、形の良いおへそ。
かんなはおへそが弱くて、小さい頃にくすぐったときには良い反応をしてくれた。いまくすぐったら、どんな反応をみせてくれるのだろう。
「気は済んだかよ、変態女」
かんなの険しい声がゆかりの耳に突き刺さり、不埒な妄想を中断させて深く恥じ入らせた。
わたくしったら、守ってくれてるかんなになんてハレンチな妄想を…!
「ダメだなあ、そっちのヤツも同じ目にあわせるまで満足できねえ!」
「ゆかりっ!」
「くっ…!」
ゆかりに再びドレス断ち(シュナイダーシェーレ)が迫る。
必死の形相でゆかりに飛びつき、守るように抱きしめるかんなにシュバルシャーフが高笑いを上げる。
「クハハハ!ムダムダムダあ!魔法は魔法でしか防げねえ!」
「クソっ!アタシに魔法が使えれば!」
ゆかりが叫んだその刹那、ブウンと甲虫の羽音を幾重にも重ねたような重低音が響き、時が止まった。
そして脳に直接響くように聞こえてくるバリトンボイス。
(力が欲しいか)
その声が聞こえて、かんなはハッと息を呑み、ゆかりとシュバルシャーフは戦慄した。
こういうのって普通、覚醒する本人にしか聞こえないものじゃないの。部外者に聞こえていいのものなの。
(お、おまえはいったい…!?)
さらに謎の声に答えるかんなの心の声まで聞こえてしまい、二人は言い知れない気まずさを覚えた。
だけど謎の声は聞こえちゃってる二人に気がつく様子はなく、覚醒イベントに興奮するかんなに語りかけ続ける。
(私の正体はどうでもいい。友を、親友を助ける力が欲しくはないのかと問うている)
(うーん、でもなんかさ、そういうのって代償みたいなのあるんじゃないの。実は命削ってましたみたいな。ゆかりのためとは言えさすがにそれはちょっとなあ)
迷わず欲しいと言ってくれると信じていたゆかりは難色を示すかんなに幻滅した。
こういうときって普通は、そんなの聞かずに欲しいって言うものでしょ。それで後から代償に苦しむのが王道ってもんでしょうが。
心の声を押し殺すゆかりの肩を、シュバルシャーフがさすってくれているような気がする。
(ないない!そういうのは一切ない!止められる時間にも限りがあるから早く決断するのだ!)
(ええー、そう言って決断を迫って、実はあるパターンなんじゃないの)
慌てて威厳をなくす謎の声にも、この期に及んで疑り深いかんなにも、ゆかりはダブルがっかりだった。
なんだよこいつら。聞きたくなかったよ、こんな情けない会話。
シュバルシャーフもそうだそうだとうなずいているような気がする。
(ほんとにそういうのないから急いで!もう限界だ!早く決断してくれ!)
(なら欲しい!ゆかりを助ける力をくれ!)
こんな会話を経て助けられるのかと思うと、ゆかりは情けなくて涙が出てきそうだった。
(ええい、ならば叫べえ!心に浮かんだその言葉をお!)
やけくそ気味なテンションの謎の声とともに動き出した時の中、かんなは迷わず決断した者みたいな凛々しい顔をして、勇ましく叫んだ。
「マジカルオーバー!グラップレッド!」




