第三十五話 シュバ✕ホワではなくホワ✕シュバ
のんべんだらりと求人サイトを眺めて、阿部聖愛は自分にふさわしい仕事を探していた。
業務内容、勤務形態、基本給、賞与、福利厚生。
そういったものを見ていても、どうせそんなものは建前で実態は異なるんだろ、と斜に構えた見方で。
かつて聖愛が務めていたベンチャー企業だって、表面上の感じは良かった。表面上だけは。
風通しのいい社風で、残業代は適切に支払われ、社長は社員の話に耳を傾けてくれる、そんなホワイト企業に見えた。
『アットホームでやりたいが実現できる職場です!』
退職して初めて開いてみたホームページでは、同期で入社した世渡り上手な感じのする子が白い歯を見せて笑っていた。
同期の飲み会で会社に対する不平不満しか口にしていなかったあの子が、新人の声というコーナーに嘘八百の文章を並べて何の屈託も見せずに笑っている。
だいぶ加工が施されたその写真を見て、聖愛はため息をついた。
なんだよこの写真。あの子はもっと目つきが悪くて、鼻は団子みたいに潰れてて、肌はニキビ跡が生々しく、歯並びガッタガタだったのに、全部キレイになっちゃってまあ。
この世なんてしょせんウソだらけだ。
聖愛はノートパソコンを閉じてゴロンと寝転がった。
直に寝転んでもあたたかみがあって、畳の部屋にしてよかったとこういうときにしみじみと思う。
魔法少女をやっていれば当面の間、生活費に困ることはない。
しかしその魔法少女をやっていられる限界の日が段々と迫ってきていた。
十二月二十四日。聖愛の二十三回目の誕生日。
三ヶ月なんてあっという間だ。年々時の流れは加速度を増している。
特に退職して、魔法少女になってからの時の流れが早すぎる。マジで光陰矢の如し。
そのときを迎えたらどうなるのか、まだ使い魔のブランに聞けていない。
当たり前のように、誕生日がキミの魔法少女人生の終止符になるに決まってるじゃないか、と言ってきそうでとても聞けない。
シニカルなブランは何の感情も交えずに、聖愛を絶望の底に突き落としてほくそ笑むに違いない。
そうなっちゃったら私、シュバちゃんに会えなくなっちゃう。リーリエちゃんにも。他の闇魔法少女の子たちとも。ついでにビーナスちゃん、はチックタックから繋がれるからいいとして。
ともかくそれを思うだけで、聖愛は重くて分厚くて冷たい鉄板で押しつぶされるような気持ちになった。
今の聖愛にとって、魔法少女関連で繋がっている人間関係だけが生きる希望だったから。
大げさではなくて、それがなかったら家族以外の人間との繋がりがなく、孤独すぎて心を病んでいたのではないかと思う。
セミの鳴き声がよく聞こえてくる部屋の窓からは西陽が差し込み、晩夏の長い黄昏どきを告げている。
夕陽をシュバちゃんと眺めたいなあ。眺めながらぼんやりと、あれこれ実のないことを話したいなあ。
話の種になりそうなことを探すためネットニュースに目を通そうとスマホに手を伸ばすと、聖愛が手に取るのを見ていたかのようなタイミングで出動要請が飛び込んできた。
今はそんな気分じゃないんだよなあと思いつつ目を通してみると、ターゲットの名前を見て跳ね起きた。起き上がりこぼしくらいの勢いで。
「シュバちゃん!」
♡
時は一時間ほどさかのぼる。
場所は都会のド真ん中。同人イベントやコスプレイベントが頻繁に開かれることでその筋では有名なビル、アマテラスシティ。
今日のアマテラスシティでは女性限定のゴスロリオンリーイベントが開かれていた。会場となる一階のホールには長机を合わせたブースが等間隔に並び、ゴスロリ関連の同人誌や小物類が売られている。
晩夏の暑さにも負けないくらいの熱意や欲望、それに華やかな香水の匂いとちょっぴりの体臭が渦巻くホール。
売り子やホールを歩く人々の大半は各々の世界観を全面に出したゴスロリ服を着込んでおり、右を見ても左を見ても、前を向いても後ろを向いても華やかだ。
「わあ、すごいねゆかり。舞踏会に迷い込んじゃったみたいだ」
目をキラキラさせながら周りを見回している少女、堀越かんなはうっとりとため息をついた。
ボーイッシュな雰囲気の漂う短髪のかんなは、デニム地のホットパンツにオレンジのボーダーのTシャツを着ている。活動的な服装が健康的に日焼けして、気の強そうな顔立ちをしたかんなによく似合っている。
「ええ、夢のようですわね、かんな」
瞳を潤ませ手を合わせ、ほうとため息をついている少女、花園ゆかりは作ったようなアニメ声で答えた。
ゆかりは肩下まで伸びた黒髪を水玉模様のリボンでひとつ結びにし、服はリボンタイ付きの半袖ブラウスと、レースアップがキュートな黒いロングスカート。
クラシカルな雰囲気の漂う夏のお嬢さまスタイルで、ゴスロリイベントの会場に溶け込んでいる。
「ですわね…?」
かんなに首を傾げられ、ゆかりは慌てて顔の前で手を振った。
「あっ、い、今のは違うの、その、なんというか、職業病みたいなもので…!」
「職業病って、次の演劇部の役がお嬢様系とか?」
「そ、そう!そうそう!そうなのですわ!次の役が悪役令嬢で、その練習をしすぎてつい日常にも出てしまったのですわ!」
「へえ、マジメだなあゆかりは。尊敬するよ」
「お、おほほ、光栄ですわ」
素直に感心して尊敬の眼差しを向けてくれる親友に、ゆかりの胸はチクリと痛む。
言えない。素直で真面目で正義感溢れるかんなには、闇魔法少女活動をしているなんてとてもカミングアウトできない。
お嬢様感全開の服を着て、周りもそういう系統の服だらけでテンション爆上がりで、つい闇魔法少女モードのときの声音になってしまった。
いかんいかん、自重せねば。
今日の自分は闇魔法少女リーリエ・ショコラーデではなく、ただの花園ゆかりなのだから。
「さてと、ゆかりの買いたい本ってどこにあるんだっけ。似たようなブースが並んでるから迷っちゃうね」
「あっ、うん。えーとお、どこだったかなあ…」
道行く人々の邪魔にならないように端の方に寄って会場マップを広げ、ゆかりは激しく頭を悩ませていた。
ブースの位置なんて頭の中にきっちり叩き込んでいる。目を閉じると浮かんでくるくらい脳に焼き付けている。なんせ推しの同人サークルなのだ、覚えてこないわけがない。
新刊の値段もチェックしてお小遣いをきっちり貯めておき、準備万端だった。
誤算はただひとつ、かんながついてきてしまったことだ。
『えっ、なになにイベントって。楽しそう、アタシも行きたい!ゆかりの好きなものならアタシ知りたい!』
忠犬のように純粋な瞳でそう言われては、テキトウな理由をつけて断ることができなかった。
だってそんなこと言われては、キュンとしてしまうではないか。
たとえ目的が大っぴらにできない内容の薄い本であるとしても、断れないではないか。
ゆかりが買おうとしている新刊のタイトルは『黒い羊は白に染まる』。
ピュアホワイト✕シュバルシャーフのいわゆる百合本。
魔法少女と闇魔法少女の戦いはSNSの拡散力もあって広く認知されている。しかしその実態は謎に包まれている。
当の本人たちもよくわかっていないのだから、見ている側のあいつら何してるの感は相当なものだろう。
なので憶測が憶測を呼び、いくら考察を重ねても真実には決してたどり着けず、謎が謎を呼ぶのが雪だるま式に神秘性を増大させ、魔法少女にも闇の方にもけっこうコアなファンがついている。
その中には当然、カップリングを考えるファンもいる。その中の少数にはちょっとエッチな妄想をしてしまうファンだっている。そしてその中でも極小数の選ばれし者はその妄想を形にする。
なんの説明もなく唐突に現れて、人前で堂々と服を破き合っているのだから、そういう妄想と結びつくのは仕方ない。魔法少女の宿命だ。
しかしゆかりにはどうしても納得のいかないことがあった。
どうしてシャーフねえさまが攻めで、ホワイトねえさまが受けという安直なカップリングのものばかりなの。
近くで二人を見てきたゆかりの感覚としては、どう考えてもピュアホワイトが攻めでシュバルシャーフが受け。
シュバ✕ホワではなくホワ✕シュバ。
闇魔法少女だからシュバルシャーフが攻めで、魔法少女のピュアホワイトが受けなんて、本質を理解していない。解釈違いもはなはだしい。
なのでゆかりは貴重なピュア✕シュバ本、『黒い羊は白に染まる』を是か非でも手に入れたかった。
そして描いてくれたサークル『雪どけ工房』の人に熱い感謝を伝えたかった。
貴重なピュア✕シュバ本を描いてくれて、本当にありがとうございますと。
ああ、でも買えない。伝えられない。
純粋なかんなの前で百合丸出しな薄い本を買って、オタクを炸裂させることなんて、できない。
どうにかしてかんなを撒けないものかと会場マップとにらめっこしながら頭を巡らせていると、周りがざわつきだした。
「えっ、なにあの人。ねえねえ、あの人ってああいうコスプレ?」
かんなの指さす先を見て、ゆかりは絶句した。
堂々たる仁王立ちで宙に浮いている、ゴスロリ系闇魔法少女。
なんとシュバルシャーフがアマテラスシティのホールに君臨しているではないか。
こんなに開いた口が塞がらないことがあるなんて、ゆかりは初めて知った。




