第二十七話 カマトトぶってないでさらけ出しちゃいなよ
羊子にとって一番の癒しと楽しみは、お揃いのゴスロリ服を着て麻友とお出かけすることだった。
大学では異端としか見られないゴスロリ服も、東京という多種多様な個性が生息する街に出てしまえば何のこともなく埋没できた。
もちろんある程度の視線は感じるが、自分だってお揃いで色違いのゴスロリ服を着ている二人がいたら絶対に凝視してしまうから嫌とは思わなかった。むしろ見られるのにちょっとした快感を覚えるようになっていた。
大学で向けられる視線とは違いそこに悪意や嘲笑はほとんどなくて、だいたいが好意的な眼差しで心地よかった。
せっかく自分の思う、最高に可愛い自分になったのだから誰かに見てほしい。見て可愛いと褒めてほしい。そういう思いが自分の中にあったことに、羊子は驚いていた。
誰にも理解されなくても、可愛いと言われなくても、うちはうちの好きなファッションをするんだと決意していたはずだった。
それなのに、麻友に可愛いと言ってもらえて、道行く女の子から写真撮ってもいいですかと頼まれたりしているうちに、もっと見てほしいという欲求が羊子の中で段々と大きく育っていった。
羊子の中に眠っていた、承認欲求。
恥ずかしいなと思いつつ、文明開化な雰囲気の漂うレトロなカフェで麻友にそれとなく伝えると、当たり前のように受け入れてもらえてほっとした。
「せっかく可愛くしてるんだもん、見てほしいと思って当然じゃん。手軽にやるならやっぱSNSだね。エンスタとかチックタックとか、その辺に写真とか動画とか撮って上げてる子けっこういるよ。まあ、かく言うあたしもやってるんですけどね」
「えっ、どれどれ。麻友ちゃんの見たい」
「ええー、なんか羊子ちゃんに見られるのは恥ずかしいなあ」
「いいじゃん、見せてよ。麻友ちゃんも見てほしいんでしょ。ほらほら、カマトトぶってないでさらけ出しちゃいなよ」
「うう、羊子ちゃんって実はSだよね。羊の皮を被った狼だよね」
「へへっ、わかってるなら早く見せろよ。早く見せねえと喰っちまうぞお」
「きゃあー、見せる!見せるからくすぐるのはやめてえ!」
麻友が見せてくれた画像を見て、羊子はほうとため息をついた。
場所は古びた洋館の一室。天井にはクモの巣がかかり、ぶら下がるシャンデリアはところどころが割れている。その破片がテーブルの上に置かれた銀の食器の中に溢れ、光を反射しているのが万華鏡のようで美しい。
テーブルの向こうにある暖炉は黄泉の世界に繋がるかのように漆黒の口を開けて、どこか不吉な予感を抱かせる。暖炉の上の壁にかかった女性の肖像画は顔の部分がずたずたに引き裂かれ、ルージュの引かれた口元だけが妖艶に微笑む。
そんな煤けた部屋の中、なめし革のような光沢を放つ木製のアンティークチェアに気だるげに座る女性。
喪服を思わせる黒いドレスに、顔の上半分を覆い隠すダークレースのベール。指先には猛禽類の爪を思わす鋭く尖った指飾り。
指飾りの先端を薔薇のような真紅に染まった唇に咥える姿はもう。
「なにこれ、ヤバ…。エロすぎない…?」
「えへへ、でしょお。自分でもこれはヤバいなって思ったもん」
「えっ、というかどこ、ここ?雰囲気ありすぎなんだけど。麻友ちゃんち?」
「羊子ちゃん、あたしをヴァンパイアか何かだと思ってる?」
「えっ、違うの?」
「違いますう!これは撮影用の貸しスタジオ!都内某所のビルの一室だから!」
「あっ、うわさには聞いたことある。すごい、ほんとにあったんだ!」
「そんなラピュタはほんとにあったんだみたいな言い方しなくても」
「いやいや、田舎育ちのうちからしたらラピュタレベルの伝説の地ですよ…」
「そっか…」
麻友はしばし思案するように視線をさまよわせ、羊子を見つめて小首をかしげた。
「じゃあ今度一緒に行ってみる?あたしも久しぶりに撮りたいし」
「えっ、いいの!?でもこういうとこって、お高いんじゃないんですか?」
警戒する小動物みたいにおそるおそる聞く羊子に、麻友はくすりと笑う。
「うーん、まあまあ、かな。だいたい一時間三千円くらいで、折半すればその半分。でも一時間だと慌ただしくなっちゃうから、最低でも二時間は取りたいね」
指を二本立てる麻友に、羊子も同じサインを返してほっとした。
「あっ、それくらいなんだ。その倍くらいすると思ってた。それならいける」
「やった!羊子ちゃんの初スタジオフォトいただけちゃうんだ!楽しみすぎて眠れない!」
「はいはい、それでいつ行く?」
「そうだねえ、予約制だからちゃんと決めとかないとね。この日はどう?」
「いいぜ!」
手帳を広げる麻友に、羊子は勢いよく親指を立てた。
「はやっ!手帳も見ずに即答!」
「友だちいねえから授業以外の予定ねえし!暇を持て余した大学生舐めんなよ!」
「悲しい!悲しいけどすぐに予定立てられて嬉しい!そんな羊子ちゃんが好き!」
軽く言われた好きに心臓が跳ね上がる。
でもそんな様子はおくびも出さずに、鼻の下をこすりながら羊子はわざとらしく笑った。
「へへっ、よせやい。照れるじゃねえか」
「それでそれで、部屋どうする?廃墟風とか教会風とかいろいろあるんだけど」
「ええー、全部良すぎる。えっ、待って、これ一日悩めるんですけど」
「ちょうわかる。じっくり選ぼう」
身を寄せ合ってスマホを見つめる二人の肩は触れ合い、テーブルの下で自然と手を繋いでいた。
麻友の手のしっとり吸い付くようなやわらかさとほのかな体温。誘うように漂ってくる甘いにおいに、羊子はこれまでに感じたことのない類の心臓の鼓動を確かに感じた。




