第二十五話 リアルツィーゲ様キター!
三月の終わり。羊子は東北の田舎町から大学入学を機に上京し一人暮らしを始めた。
誰の目もないアパートでの一人暮らしは快適そのもので、羊子はワンルームを自分の趣味で飾り立てた。
家具やカーテンはモノトーンで統一し、棺型の物入れに燭台のレプリカに黒薔薇の造花、上部にコウモリの飾りが付いた鏡など、過保護で保守的な母が見たら趣味が悪いと眉をひそめるものをこれでもかと置いた。
自分の好きなものに囲まれて生活できることの、なんて心弾むことか。
そして入学式の前日、原宿にあるゴスロリ服の専門店に足を運んだ。
何度もネットで写真を見てはため息をついて、夢見て憧れていたお店。
たどり着いたときには比喩ではなく、ほんとうに心臓が止まりそうになった。
興奮しすぎて、胸がドキドキしすぎて、過呼吸になりかけていた。
友人に付き合ってやっていたヨガのポーズでなんとか乗り切り、歓喜に震える足で入店を果たした。
「………!」
古き良き西洋のお屋敷のような売り場に、ところ狭しとディスプレイされた、ゴシックロリィタの数々。
華やかなフリル。芸術品のようなレース。愛らしいカチューシャ。ふわふわしたリボン。エロティックなにおいのするコルセットにガーターベルト。
喜びは言葉にならず、ただただ吐息となって漏れ出した。
ああもう、死んでもいい。なんてウソ。ここにある服を好きなだけ着るまで、死んでなんかやるもんか。
羊子は夢見るような眼差しで店内を見て回り、そして自分の運命と出会う。
「これって、ツィーゲ様にそっくり…」
マネキンが着ていた服は、羊子の最推しであるツィーゲ様のドレスに瓜二つだった。
フリルがふんだんにあしらわれたドレスも、パンツが見えそうなくらい前後が短く左右がマントのようにはためく特徴的なスカートも、クモの巣模様の網タイツまで完璧に再現されている。
「ほんとカワイイですよねえ、ツィーゲ様のドレス」
ほうっと吐息を吐いて眺めていると、いつの間にか側に来ていた店員さんも、羊子と同じようにうっとりした顔をしていた。
ゴスロリ専門店だけあって店員さんも華やかに着飾っている。
肘の先から袖口にかけて鐘のように膨らんだ、フリルたっぷりの純白のドレス。ドレスの上に装着した薔薇の刺繍の入った青いコルセットがカッコかわいくて、つい見惚れてしまう。
手には白い優美な手袋をつけて、頭には白くふんわりしたレースに青いリボンの付いたヘッドドレスまで着けている。
フル装備のゴスロリを初めて目の当たりにして、羊子は内心で快哉を叫んだ。
「ヤバい、めっちゃカワイイ」
「ありがとうございます」
声に出ていたようでちょっと恥ずかしい。
しかし言われ慣れているのか、店員さんはそっと微笑むとツィーゲ様のドレスに目を向けた。
「あたしも大好きで欲しいんですけど、アニメとコラボで作った限定品なんでお値段はちょっとカワイクないんですよねえ」
値札を見てみると、確かにちょっとカワイクない数字が並んでいた。
「えっ、ウソ。これこんなにするんですか…」
羊子の予算の三倍くらいでとても手を出せない。
「そうなんですよお。だけどそのぶん品質の良さは保証します。その辺の量販店のちゃちなものとは作りが違うので何年でも着られるんですよ。例えばここの縫い目とか…」
説明してもらっているうちに店員さん、白瀬麻友もツィーゲ様が最推しだとわかって打ち解けて、気がつくと連絡先を交換して試着までさせてもらっていた。
着るだけならただなのでと、鼻息荒く押し切られた。
「わあ素敵!羊子ちゃんよく似合ってる!神!超カワイイ!リアルツィーゲ様キター!」
「そっ、そうかな…」
と謙遜しつつも、鏡に映った自分を見て羊子はまんざらでもなかった。
自分でも思った。あれこれ、ツィーゲ様そっくりじゃね、と。
「うん、羊子ちゃん綺麗な黒髪とキツネ顔がツィーゲ様そっくりだし。あと足が長くてスタイルよくて、でもおしりはプリッとして、胸は、その…」
「ふん、どうせうちは貧乳だよ」
「それがいいんだって。ツィーゲ様も絶壁だし完璧な原作再現だよ、うん。羊子ちゃんはツィーゲ様になるために生まれてきたんだよ」
そう言われたら悪い気はしないものの、でも程よく膨らんだ麻友の胸元をじっとりとした目で見てしまう。
羊子の貧乳コンプレックスは根強い。自分にはないものを欲するのが人間の性というものだ。
その後、何着か手頃な値段の服を麻友と一緒に選んで試着させてもらい、黒いドレスに真紅のコルセットが妖艶な、麻友と色違いの服を購入した。
「ほんとにいいの羊子ちゃん、わたしとオソロで」
「もちろん。麻友ちゃんのおすすめなら間違いないだろうし、紅もちょうかわいいし」
「ふへへ、そう言ってもらえると嬉しいな。ねえねえ羊子ちゃん、入学式とかいろいろ落ち着いたらお揃いの服着てお出かけしない?お手頃なお値段でアフタヌーンティーを楽しめる、いい雰囲気のお店知ってるんだ。ここなんだけどさ」
麻友から見せられたスマホの写真に、羊子はほうとため息をついた。
きらめくシャンデリアにアンティーク調の革張りソファ。燭台を模したランプに壁一面の大書架に並んだ古書の数々。
「行く!絶対行く!うちなんてどうせ暇な大学生になるから、麻友ちゃんの予定に合わせるって」
「もう、羊子ちゃんならお友だちたくさんできるって。大学生活、楽しんでね」
「ありがと、麻友ちゃん。それじゃまた、連絡するね」
「うん、わたしも連絡する。またね羊子ちゃん」
本当の自分の趣味の服が入った紙袋の紐を握りしめて歩く羊子の顔は、とびきり美味しいスイーツを食べたかのようにとろけていた。
服だけでなく、上京して早々にこんなに趣味の合う友だちと巡り会えるなんて。やっぱり東京はすごい。
目に映るもの全てが羊子には薔薇色に映り、大学生活にも期待が膨らんで膨らんで仕方なかった。




