第二十四話 ありのままの私を、この世界に刻んであげる
黒柳羊子は平凡な女子高生だった。
周りに合わせてアニメやドラマを見たりSNSをやったり、流行りのファッションをしたりしてクラスに溶け込んでいる、ごくありふれた女子高生。
そうしていないと群れから弾かれて、痛い目を見ることはわかっていたからそうしていた。
だから何が面白いのかわからなくても、話を合わせるためだけに映像コンテンツを見たり、仲間内のSNSで適度に共感の得られそうな発信をしたり、高校生のお小遣いの範囲内で買えるファストファッションの店で無難な服を買っていた。
違う、ほんとうのうちは、こんなんじゃないのに。
常にそんな思いがついて回っていたが、押し殺して擬態してきた。
心がピクリとも動かないものにカワイイとウソをついて、面白くない映像にウケると笑って、誰とも繋がっていたくない時間をSNSに縛られて、雑誌をそのまんま真似した没個性的な服を着ていた。
周りに合わせることに疲れ果てた羊子は、限界を感じていた。このままでは自分が自分でなくなってしまうような気がして、怖かった。
学校というものは羊子にとって狭い鳥籠に思えてならなかった。
羊子がカワイイと感じるものは、昔からみんなとちょっとズレていた。
鳥に腹を食い破られた蝶。逆さまにぶら下がったコウモリ。放射状に広がる糸の上を這う蜘蛛。しなびて今にも落ちそうな花。ひび割れたコンクリートに割れたガラス。朽ち果てた教会に打ち捨てられた十字架。曇ったステンドグラス。真っ赤な血を流す細い手首。鮮血の滲んだ包帯。開け放たれた鳥籠。服は黒かそれに近い色が好き。華やかに咲くフリルやレースは多いほどいい。
そういったどこか退廃的で、幻想的で、少女趣味的な雰囲気がするものが羊子は大好きだった。
だけど周りの友だちはみんな健全で、そういったことは言えなかった。白ばかりのオセロの中で、ひとりだけ黒にひっくり返る勇気はなかった。
例えばダークな雰囲気のアニメが流行り、友だちが語り合っているときに羊子は自分を抑えるのに必死になっていた。
友だちは主人公側の主要キャラたちについて語り合うばかりで、羊子の大好きな敵キャラたちにはほとんど誰も触れないから。
そのアニメ、ゴシックキラーは敵キャラたちにみんなそれぞれ悲しい過去があって、やむにやまれぬ事情で闇堕ちしたというのが羊子の琴線にぶっ刺さりだった。
だけど友だちはそういうのがちょっと疲れると否定的だった。なので羊子は仕方なく、あまり興味のない味方サイドのキャラで、強いて言えば好きくらいのキャラを推しにして話に乗っていた。
それのなんて疲れるし、楽しくないことか。
本当は声を大にして言いたかった。
うちの最推しはぶっちぎりで、残虐非道で血しぶきを浴びて高笑いを上げる優雅で可憐な敵キャラ、シュバルツィーゲ、通称ツィーゲ様なのだと。
ドイツ語で黒という意味のシュバルツと、山羊という意味のツィーゲを組み合わせた名前の、ゴスロリ風のドレスを着た可憐な少女。頭には山羊の角が生えている、半魔と呼ばれる人と魔族のハーフ。
漆黒のドレスにはデコレーションケーキのようにフリルがふんだんにあしらわれ、特にスカートが特徴的だった。前と後ろがパンツが見えそうなくらい極端に短く、横の部分がマントのようにひらひらと揺れてている。
ほぼ剥き出しになっている真っ白な太ももには紫のガーターベルトが走り、クモの巣模様をした網タイツに繋がっているのがエロかわいくて、羊子はひと目で惚れ込んだ。
そんな可愛らしい見た目をしながらも、やることはえげつない。
身の丈ほどもある大鎌、魔女の安息を軽々と振り回し容赦なく罪のない人々を切り刻み、幻惑の魔法を使い主人公たちに狡猾な罠を仕掛けてあと一歩のところまで追い詰める。
その強くてずる賢い姿がたまらなく格好良くて、羊子は童心に帰ったように憧れた。そして過去を知ってますます好きになった。
かつてツィーゲ様は母と二人で、辺境の村の外れでひっそりと暮らしていた。
幼少期は人間と同じ姿をしていたものの、成長するにつれて頭から角が飛び出してきて、魔族の血を引くがゆえに身体能力も異常なほど高くなり、そのどちらも隠しながら生きていかなければならなかった。
生まれたときから一緒にいる親友にもそれを伝えられず、帽子で角を隠さなければならないのが窮屈でたまらなかった。
本当の自分を押し殺すのが、ツィーゲ様にとっては何よりもの苦痛だった。親友を裏切っているかのようで、悲しくてさみしかった。
そんなある日、村外れの森で親友たちと遊んでいるときにオオカミの群れと出くわしてしまう。
必死で逃げるもなすすべもなく囲まれてしまう子どもたち。襲いかかってくるオオカミの群れから友だちを守るために、ツィーゲ様は力を振るう。
生まれて初めて振るう自分の力に、ツィーゲ様は酔いしれた。
撫でるように触れるだけで鮮血が吹き出し、足蹴にすると水風船のようにパンと破裂するヤワな生き物。
温かな臓物。鉄臭い血の香り。撒き散らされる肉片。自分に捧げられた愛しい供物たち。
気がつくと狼の群れは尻尾を巻いて逃げ出し、追い打ちをかけようとしたツィーゲ様は我に返った。
血で濡れた視界の向こうで震える、子どもたちが目に入ったから。
魔族の象徴である角が剥き出しになり、恐れられることを覚悟した彼女を、親友はすごい!かっこいい!と褒め称えて抱きしめた。
それに続いてほかの友人たちも彼女を称賛し、このことは絶対に秘密にしようと誓い合った。
そんな友人たちに彼女は涙を流し、隠してきたことを心の底から後悔する。
家に帰っても彼女は母にこの一件を伝えなかった。友人たちを信じると決めたのだから。
しかしその夜、ツィーゲ様と母は住んでいる家を焼かれた。
大人に告げ口をしたのは、最初に彼女を褒め称えて抱きしめてくれた、唯一無二の親友。
大人に混じって松明を持つ彼女は、家の壁を突き破って脱出するツィーゲ様を見て、恐怖に震えていた。
それを見て、ツィーゲ様は理解した。
人間にとって魔族は絶対の恐怖の対象で、その存在は例え半魔であっても、子どもであろうとも、生まれたときから一緒にいる親友であっても、命の恩人であっても、許されないものなのだと。
武装した村人たちは狼のようにはいかず、力を解放したツィーゲ様であっても満身創痍になった。
母はツィーゲ様を逃がすためにおとりになり、村人たちに捕らえられてしまう。
母の悲鳴を背中で聞きながら、ツィーゲ様は滂沱の涙を流しながら夜の森を駆ける。
月の光を遮断する漆黒の森の中でも昼間のように見え、足を止めずに走れる自分の異常性を再認識して、涙を高笑いに変えて、真紅の足跡を地面に刻みながら駆け抜ける。
この世界がお母さんと私を否定するのならば、私もこの世界の全てを否定してあげる。
魔族に犯されたお母さんを、半魔の私を受け入れないこんな世界なんか、いらない。
もっと力を、誰もがひれ伏すくらいの強い力を身につけて、ありのままの私を、この世界に刻んであげる。
そうしてツィーゲ様は闇堕ちし、世界の敵になったのだった。
この回を見た羊子はもう涙が止まらなかった。
ただエロかわいくて強くてずる賢いだけじゃなくて、こんな悲しい過去があったなんて、もう推すしかないではないか。
そしてこの回を見た羊子は強く決心した。
周りに合わせるだけの自分はもう、高校で卒業しよう。
大学ならもうみんなある程度大人で、適度に他人に無関心で、下らない同調圧力も弱まっているはず。
ありのままの自分を、大学に刻んでやるんだ。大学はきっと、鳥籠ではなく、解き放たれた大空なのだから。




